よみもの



6.祝い事は続くもの




 ノギク様ご懐妊の報は、瞬く間に城内を駆け抜けました。

 目出度い、目出度い、と西の離宮はお祭り騒ぎです。

 お掃除をする侍女さんたちも、調理場の料理人たちも、庭の手入れをする庭師たちも、厩の厩番たちも、城の警護をする騎士様たちも、そして私たち女官も。仕事をしながら顔がニヤニヤと笑ってしまいます。各地に散らばっているグリフィノー家の皆様が揃ったら、城をあげて祝宴を開く予定です。

 侍医様の診察によるともう安定期に入っているそうで、来年の春、三月には生まれてくるそうです。あと半年ですよ、楽しみですね。


 始めのうちこそ少し動揺が見られたノギク様ですが、すぐに落ち着かれました。まったく膨らみのないお腹をじっと見下ろし、柔らかな笑みを浮かべながらそっとお腹に手を当てていました。

「早くお父さんに報告したいねぇ」

 慈しみ深い声は、もうすっかりお母さんです。


 リィシン様が帰ってこられるのは三日後です。通信機で連絡はいたしましたが、それまでは両殿下とももどかしい日々になるのでしょう……と思っていましたら。


 懐妊祝いにと料理長が腕を振るった夕食が終わり、食堂からお部屋戻られるノギク様に付き従い、歩いているところに、大声が。

「野菊────!!!!」

 ノギク様もカサンドラ先輩も私も。ビクリと肩を震わせて振り返りました。

 『ノギク』様を『野菊』様と、正確に発音出来るのは主一家だけです。実を言うと、ノギク様も私たちの星の言葉、ミルトゥワ語を話すときは少しカクカクした感じに訛っています。こちらに来る前からお勉強をなさっていたようなので、気にならないほどですけれどね。でも私たちにはノギク様の母国語の発音は難しくて、ノギク様には訛って聴こえていると思います。

 ああ、今はそんなことは問題ではなく。

 『野菊』と正確に発音出来るお方がここにいることが問題でした。

「あれ、シンくん、まだお仕事……」

「そんなものはいい!」

 良くありません。

 今回の東の大陸出張は、セルティア国を始めとする東の大陸主要国と共に魔族との共存策を話し合うため、フェイレイ様の代理で会議に出席されていたはずですが。

 リィシン様の後ろから、少し困った顔のエーリッヒ様が早足でついてこられました。その後ろから、騎士様が何人か、息も絶え絶えな様子でついてきます。

 何故皆様ここにいるのですか、と視線をやると。

「転移魔法陣を発動されまして」

 エーリッヒ様、苦笑いです。

「……お兄様、それって」

 カサンドラ先輩の顔が青ざめます。

「バレたら懲罰会議モノです」

 皆様、笑顔が引きつっています。精霊召喚以外の魔法陣すべてに言えることですが、その中でも転移魔法陣は未だに成功例が少なく、問題がクリアになっていません。研究中ということもあり、その使用についての法が整備されていませんので、使うには神殿の許可が必要なのです。皆様のご様子を見るに、恐らく許可は取っていないのでしょうね。そうすると、いくら皇族の方とはいえ処罰は免れません。例えリィシン様の魔法陣が絶対的に安全だとしてもです。

 あ、地下にある魔法陣は特別に、惑星王自らが許可を出しているので問題はありませんよ。


「もぉ、何してるの? バレたらみんな捕まっちゃうんだよ? ちゃんと飛行艇で帰ってこないと」

「だってお前、赤ちゃん出来たんだろ? 体は! 何ともないのか?」

「大丈夫だよぉ、今まで気づかなかったくらいなんだから。今もちゃんとご飯食べてきたし、心配しないで」

「……ホントに何ともないのか?」

「うん、平気だよ」

「そうか」

 リィシン様はほっとした顔をして、ノギク様の額にご自分の額を合わせました。

「良かった。リィは気持ち悪くてだるくて何だか無性に泣きたくなるとか言ってたから、野菊も泣いてんじゃないかと思って……」

「……ん?」

 ノギク様が目をパチリと開きました。

「ん?」

 リィシン様もきょとんとしました。

「リィちん、具合悪いの?」

「うん、悪阻で」

 ざわり、と周囲がざわめきました。そ、それって!

「ああ、そっか、言ってなかったな。さっきリィに野菊が実家に帰るかもしれないからよろしくって手紙送ったら、そんな手紙が返ってきたんだ」

「その手紙を見て、『野菊も泣いてるかもしれない!』とか言ってこちらに飛んで帰ってきてしまったのです。我々を巻き込んで」

 エーリッヒ様がそう続けます。妻を想う旦那様。とても素敵ですが、巻き込まれた皆様、お疲れ様でございます。

 でも、本当にお目出度いことは続くものなのですね。妹姫のリィファ様もご懐妊とは。カサンドラ先輩と顔を見合わせて微笑み合い、両手を合わせて静かに喜び合います。
 勇者様と皇女様も、一気に二人もお孫様が誕生されるなんて、きっとお喜びになられますね。
 ちらっと目の端に映った騎士様が、さっと踵を返して大股に歩いて行かれました。すぐにまた城内に祝いの報せが駆け抜けることでしょう。

「嘘、ホントに? リィちんもおめでたなんだ? じゃあお祝いのお手紙書かなくちゃ! 初めてだからお互い不安だけどがんばろうね〜って」

「ああ、リィも不安みたいだから頼むよ」

「泣きたくなっちゃうんだっけ? そういうのも大変だねぇ……」

「まあ、霸龍闘がいるから大丈夫だとは思うけど。常に一緒にいるってことも難しいだろ」

「……そっか、それで私のことも心配になって帰ってきちゃったんだね。ありがとう」

 ノギク様は背伸びをして、リィシン様の頬にキスをしました。

「でもお仕事まだ途中なんでしょ? それに、転移魔法陣使ったって知られたら、シンくんだけじゃなくてみんな叱られるんだから。すぐに戻って」

「……大丈夫か?」

「平気だよぉ。キャスもマリちんもいるし、夜はジュリーもついててくれるもん。大丈夫だよ」

 にっこりと微笑むノギク様をジッと見ていたリィシン様は、やがてふうっと息を吐き出しました。

「分かった。仕事、早く終わらせられるように頑張るよ。……お前は変に意地張って、人に頼らないとこあるから」

 両手でぐにぐにとノギク様の頬を引っ張ると、ノギク様が「いたい、いたい!」と非難の声を上げました。それを見てふっと笑みを零したリィシン様は、引っ張った頬をそっと撫でて、そこにキスをしました。

「何かあったらすぐに呼べよ」

「はぁい。えへへ」

 ついでに髪を撫でるリィシン様に、ノギク様は蕩けそうな笑みです。お二人とも、周囲など目に入っていませんね。

「それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 黒いマントを翻して去っていくリィシン様にノギク様は手を振ります。私とカサンドラ先輩は頭を下げてお見送りです。エーリッヒ様や騎士様たちはそれに礼を返し、去っていきました。

「殿下、位置を間違えないでくださいね。必ず元の控え室に全員、お願いします」

「分かってる、大丈夫だ」

 エーリッヒ様とリィシン様の会話に、ちょっとハラハラ。

 見つからないといいですね。





 ──その後。

 西の離宮の祝事に皇都中が湧き立ちました。

 お生まれになる御子様が男の子か女の子か予想をしたり、名前の予想をしたり、祝事に肖って『勇者』の名がついた商品が出回ったり、離宮で購入したベビー用品と同じものが欲しいと、我が家の商会に子を持つ親がなだれ込んできたりと、色々とありました。

 その中でも一番皇都民の心を掴んだのが、『星を越えた恋人たち』という、リィシン様とノギク様、そしてリィファ様とハルト様をモデルにした恋物語の舞台です。私はまだ観に行けてないのですが、観に行った友人の話によると「もう涙と萌えが止まらない。身分差どころか星まで越えた壮大なる愛の物語だったよ! 憧れるね! 私も恋がしたくなったよ! 運命の人探したくなったよ!」……と、大興奮でした。

 早く観たいです……!







prev next
bkm


Index







×
nanoへのご支援
- ナノ -