逃げないようにこの腕のなか [ 6/11 ]






千景の嫁候補の女鬼を天霧が故郷まで送り届けると、鬼の里を立ったのは今朝の事だった。

自室で物思いに耽っていた千景は、その女鬼と互いに名乗り合った以外に会話が無かった事を思い出し、笑みを溢すした。
そんな彼の様子を隣で見ていた千月は、興味津々に千景の顔を覗き込んで満面の笑みを浮かべて問う。





「ちぃが思い出し笑いとはの。何が面白いのじゃ?」


「…ふん。あの女鬼とは、最初の会話以外に喋っていないと思ってな」


「確かに、悪い事をしたのう。」

「元より気乗りしなかった縁談だ、結果は目に見えていた。祖が、世継ぎ世継ぎと五月蝿いから―」

「仕方無かろう?儂は、子を成せん」


「…なんだと?」


「子を、成せんと云った」


「鬼神で、あるから…か」


「如何にも。儂は女としての機能が不十分じゃ、交わる事は出来ても子は成せん」


「何故、」


「儂は鬼でありながら、神の身に近い。時を長く生きるうちにそうなってしまった様での」





苦笑する千月に、千景は喉を軽く上下させた。
彼女を妻にと望んだ目的は、勿論千景が惚れたからと言うのもあるが、より強い子孫を残せると思ったのも一つの理由だった。

しかし、千月は子を成せないのだと言う。
それなら、西の鬼の頭領として傍に置く理由は無い。

それなのに ―





「千月、」


「うむ」


「、愛している」


「はっ!なんじゃ、急に」


「子が成せなくとも、我が妻にしてやる」


「ちぃよ、約束したであろう?嫁を迎えても傍に居ると」


「祖を妻とし、妾に子を産ませる」


「!」





千景は千月の細腕を引くと、腕の中に華奢な身体を閉じ込めた。

されるがままの千月は、苦笑しながら千景の胸をやんわりと押して距離を取った。





「ならん。里の者に示しがつかんぞ?それに、子を産めぬ女鬼を妻になどと家老が許さぬだろうよ」





解れ、とそう思いを込めて千月は言い放ったが千景は口の端を持ち上げて不敵に笑って見せると言った。





「斯様な心配など要らんぞ。どの様な形であれ、鬼の祖である前鬼が風間家に留まるならば家老は手放しで喜ぶ。より一層、風間の名も上がると言うものだ」





千月はそれを聞くと参った、とばかりに眉をハの字にした。
そして、ぎゅっと強く拳を握り締めて言い放つ。





「儂はちぃの嫁にはならんっ!」


「…ほう?俺が気に入らぬか」


「、否」


「では、何故…?」


「一夫多妻など、認めぬ。それに、愛情を持たぬ両親の間に産まれた子が哀れじゃ。ちぃよ、子孫を残すのであればちゃんと愛した女子の―」





ぎゅっ、と千景は千月を抱き寄せた。
彼女は驚いて離れようとするも、強い力で抑えられて抵抗する気力が失せてしまった。





「愛した女は、神の身に近く…子が成せんらしい」


「……………」


「風間家の為とは言え、俺とて愛した女との子を世継ぎにしたい。しかし、叶わんのだ…ならば子は要らぬ…そう言えるのは何も背負う物の無い、ただの男鬼だ」


「……ちぃ」


「俺はどうすればいいのだ…」





はぁ、と小さく溜息を吐いた千月は千景を自分の胸に引き寄せた。

突然の事にされるがまま、千景は彼女の柔らかい胸元に顔を埋めてそっと目を伏せる。





「解った、儂の神格を落とそう」

「……何?」


「さすれば、力は落ちるがこの身は純血の女鬼とそう変わらなくなる」


「俺は祖が手に入るなら、手段は選ばぬ」


「其れを聞いて安心した。儂の力が落ちればこの身を狙う不貞な者も現れるであろうが…構わぬか?この里の平穏が脅かされるぞ」





真っ直ぐに千景に向けられた瞳が鋭くなる。
その視線を受け止め、彼は悠然と笑って見せた。





「案ずるな。里も、祖にも指一本…触れさせはせん」


「、仕方の無い奴よ。ちぃには根負けした」







さらり、金糸な様な髪を撫で微笑んだ千月は千景の額に小さくキスを落とした。











end.



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