今日はユキの部屋に来ている。 非番だった為に十分過ぎる程に惰眠を貪った後、だ。 ぼんやりする頭で、机に向かうユキともう一人を視界に捉えた。 今日は珍しくユキの部屋に来客があった。 それは、俺がこの部屋を訪れて10分もしないうちだった様に思う。 最初はどうでも良かったんだ。 「へぇ、じゃあ…此処をこうすれば簡単にアクセス出来るんだ?」 「そうだ。出来るじゃないか…態々、俺を呼ぶ必要は無かったと思うが」 「いやぁ…だって、私は皆のピンチヒッターだからさ?専門の知識はアマレベルだよ」 「…それにしても、ここまで出来るなら何の問題も無い」 どうやら、ユキがスペクターを呼んだのは通信兵をやる時の為らしい。 確かに、ユキは何をやらせても人並み以上はいく。 極めるまでに達しはしないが、その一歩手前まで楽に到達してみせる。 それがユキの、アンブレラに見込まれた駒としての才能だ。 ソファに凭れ掛かり、温くなりつつあるコーヒーを口に含むが喉に通そうとすると咽た。 「っ、ごほ……」 咄嗟に口を押えたが、ユキが俺を振り返った。 スペクターはパソコンに向かったまま、キーボードを叩く音を響かせている。 「もう、なにやってんの!」 クク、とスペクターの笑い声が洩れた。 ユキは俺の座るソファの前まで来て、マグカップを取り上げた。 代わりにティッシュを抜き取って1枚差し出して来るから引っ手繰ってやった。 「…五月蠅い、少し咽ただけだろう」 「はいはい、どーせ温くなったから飲み辛いんでしょ」 「…………」 溜息交じりにそう零すと、ユキはマグカップを片手にキッチンへ。 まぁ、確かに温い飲み物は何故だか食道よりも気管に入り易い。 …なんでそんな事まで解るんだ、あの馬鹿女。 「クク…自分よりも相手の方が、お前の事を良く理解している様だな」 「気のせいだ。気色の悪い事を抜かすな」 「悪い気はしないから傍に置いているんじゃないのか?」 「…………」 「お前は一人の女に執着する様な男じゃないだろう、ベクター」 「どうでもいい」 「なら、ユキにも“どうでもいい”と言ってみろ。俺が貰ってやる」 「!」 咄嗟に睨み付けてみるも、飄々とした態度で”ククッ”と笑い飛ばされる。 スペクターはパソコンから離れて、玄関の方へ片手を上げて去って行く。 キッチンから顏を出したユキが、スペクターの背を見送って言った。 「あれ?スペきゅんもう帰るの?」 「…あぁ、余り邪魔すると噛み付かれそうだからな」 「噛み付く?」 「ククッ。解らないなら、いい」 スペクターは一度、俺に視線をやってからユキの頭を撫でた。 終始、意図の解らないユキは首を傾げながら、玄関の向こうへ消えるスペクターを見送った。 そして、湯気の上がるマグカップを持って俺の元へ。 「意味、解った?」 「さぁな、」 ユキが聞いてくるもしらを切って、視線を外した。 テーブルにマグカップを置いたユキがソファに寄り掛かる。 「そっか。あ、熱いから気を付けて飲んでね?猫舌ベクター」 「…あぁ」 「熱いのも温いのも苦手なら、冷たいのにすれば?」 「さっきは、少し油断していただけだ」 「油断って、コーヒー飲むのにどれだけ神経使ってんの!アンタは」 可笑しそうに笑ったユキは俺の肩に凭れてくる。 いつもなら、重いとか他の理由を付けて跳ね除けるんだが…今日はまぁ、いいか。 ユキが俺の顏をじっと見つめてくる。 「…なんだ、」 「寄り掛かっていいんだ?いつも嫌がるじゃん」 「今からでも跳ね除けるぞ」 「え!やだやだっ」 「もう、遅い―」 跳ね除けると言いながら、そのままソファに押し倒す。 ゆっくりと覆い被さる様にユキを見下ろすと、頬を染めて見せる。 「……っ…、」 「何か期待したか?何もせんぞ」 「っ!?馬鹿、離れなさいよっ」 ユキは俺を押し返そうと肩に手をやって力を入れるが、態勢的に不利だ。 まして男と女、ユキに俺を押し退ける程の力などある訳が無い。 「馬鹿は貴様だ、この態勢で俺にその言動か?」 「…な、によ!」 「不本意だが、シたくなった」 「!?」 ユキの顏の横に手を突いて、顏を寄せるとキスを落とした。 一度、顏を離すと驚いた様な表情をするユキにもう一度唇を啄む。 「優しくしてやれる保障はないがな、」 「…なっ、なんでよ!?」 「さぁな、自分の胸に聞いてみろ」 「はぁ?」 自分のシャツのボタンを外しながら口角を上げる。 ユキは俺がその気だという事を悟った途端に、大人しくなった。 そうだ、俺にだけ従順なお前を見せろ。 でないと、おかしくなりそうだ。 他の奴が、ユキを好いている事実に押し潰されそうになる。 俺のモノと言えないお前が、俺の腕の中に居る瞬間だけは ― 「ユキ、お前は俺のモノだ」 end. |