見極め当日 ―



空は晴れ渡り、心地良い風が吹いていた。
指定時刻より少しばかり早く闘技場に着き、気を落ち着けていた。
緊張ではない、早く自分の腕を試したい…高揚する感情に、手が震えるのだ。

快楽殺人者にまで成り下がる気はないが、殺るか殺られるかの昂りは近いものがあるのかも知れない。





「堕ちたくは…ないのだな、」





人を殺める事に躊躇しない類いが、何を抜かしているんだか。
自分で自分が笑えてくる。

もし、ユキに会う機会があったとしても…もう、どんな顔をしていいか解らない程に。

自分が見えない、自分を見失っていたのだ。





ザッ―、
土を踏みしめる音に振り返った。
そこにはハンク、そしてその隣には“俺の相手に相応しいの者”が立っていた。

黒いフードで頭を覆い、表情は伺えないが殺気は感じる。
アーミー柄のズボンに黒い編み上げのブーツ、軍人の様な身形だ。





「待たせたか?」


「…否、少し早目に来ていた」


「そうか。コレが、お前の相手だ。互いに殺し合ってもらう、ベクターが生き残った時点で合格という事だ。死が失格を意味する、解ったな?」


「了解した、」


「では、始めるとしよう。十分な間合いを取って立て」





ハンクの言葉の通り、俺と相手は向かい合って五メートル程の距離を置いた。

それを確認したハンクは、開始の合図を出す。
瞬時に間合いを詰めてきた相手にハンドガンを取り出して向けると、既に目の前には居なかった。

ACTカモフラージュだ、俺も訓練で習い取り入れた戦法だった。

背後の気配にナイフで応戦するも、ハンドガンでナイフを弾き飛ばされる。

並みの腕ではない、舌打ちしたくなる程に。
敗けは死を意味する、敗ける訳にはいかない。

腕を掴み、背負い投げをしハンドガンを構えるも両足を首に巻き付けられお返しとばかりに投げられて空を見上げていた。

向けられたハンドガンのレーザーポインターから瞬時に逃れるとパシュンッと乾いた音がした。

危機一髪、お返しにハンドガンを構え顔に向けて発射してやると表情こそ伺えない顔の、その頬に朱が走った。

頭部を踏み付け様と持ち上げた足を掴んで引くと、相手は地面に転ぶ。

身体を強打したはずにも関わらず、俺の腕に向かいハンドガンを撃った。

服と皮膚が裂けて、血が吹き出す。
なんて奴だ、と感心したがそれどころではない。

油断すれば、長引けば自分が危ういと感じた。





「終わりにするぞ」



― パァンッ



「…っ、ぐ」





相手の腹部から血飛沫が上がる。人間の身体で、一番血液が堪り止まらない場所を狙った。

致命傷だろう ―


ハンクに視線をやると、目を伏せて一度小さく頷いた。
失血死するまで生かしておくのは酷だ、とでも言いたげな表情だった。

相手を見下ろせば、出血で意識が朦朧としていて俺に銃口を向けるも狙いが定まっていない。

ガタガタと震える手は、しっかりとトリガーに掛けられている。

この者は、任務の為に死を覚悟したのだろうか?
俺との戦いの為に、人生を捨てると言うのか。





「今、楽にしてやる」





相手の額に向け、俺は銃を放った。
その場に崩れ落ちた相手はもう、ぴくりとも動かない。

ハンクに振り返る ―





「流石だ。こうなる事は、予想がついていた。早いか、遅いかでしかない」


「ハンク、何を言って―」


「この訓練場に、お前の相手が務まる者など…一人しかいない」


「…、…っ……冗談…だろ」





事切れた相手にゆっくりと視線を落とす。
馬鹿な、そんな筈がない。

ゆっくりとしゃがみ、フードに手を伸ばした。





「上層部からの命令で、はじめからこうなる事は必然だった」





はらり、フードを捲るとそこには暫く見ていなかった知っている顔。

息が、止まるかと思った。





「最後には、お前達を戦わせるつもりだったのだ」





ユキ ―
俺がお前を突き放した事に果たして意味はあっただろうか?

どうして俺はお前を傷付け、血に染め、命を奪っている?


恐れていた事だ。
いや、想像以上の事だった。

何故なら、俺は泣いているから。


俺はユキを傷付けたくなかったのだ。
殺したくなどなかったのだ。





「ユキっ、」





会いたいと、本当は思っていた。
ユキが笑えば、疲れも取れる気がしたからだ。
そんな風に思う自分が、最初は嫌だった。

だが、ユキは俺の拠り所だったんだ ―


こんな形で会うとは、思わなかった。
ぐったりとしたユキの身体を抱き締めた。





「…ユキは、お前に女としてだけではなく…兵士として向き合っていた。お前と対等に向き合いたい、その一心で此処に立ったのだ」


「…………っ、」


「先に背を向けたのはどちらだ?志に縛られて、大事な者を見失い、最悪な結果をもたらしたのは…」


「…黙れっ、!」





力を込めて、もう冷たくなり始めているユキの亡骸を力一杯抱き締める。

知っていたら、ユキだと知っていたなら…俺は ―


殺さなかった?
殺せなかった?

あぁ、たった今理解した。
俺は殺せないんだ。

ユキだけは。
だから…遠ざけていたんだ。

愛する事を代償に ―





「…私の教えは無駄にはしないな?」


「……………」


「お前はこれからも、私に認められた我が社の一兵士として掴み取った道を進む…そうだろう?」


「………yes.my master」





涙を拭い、亡骸をそっと地面に横たえた。
ユキは死んでしまった、もう戻りはしない。

あの笑顔は、もう ―










「だ、そうだ。…ユキ、出て来い」


「!?」





マスターの言葉に驚く。
振り返ると、そこにはバツの悪い顔をしたユキが立っているのだ。

一体何が起こっている?



横たわる亡骸は、確かにユキだと言うのに。

“ベクター”
そう名前を呼ばれて、俺は生き返る様な感覚を覚えた。





あぁ、本当にユキなんだな ―









end.






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