緑が男に引かれ行き着いた先は二階にあるゲストラウンジだった。先程三階に上がる際に駆け抜けた部屋の一つだ。
ゲストラウンジにはいくつかテーブルが置かれていたはずだが、今は大きなテーブルが一つ、真ん中にあるだけだった。椅子はテーブルの右側と左側にそれぞれ一つずつ、対面するように置かれていた。
「そちらに座りたまえ」
男は掴んでいた緑の腕を離し椅子を指さした。拘束が解かれた緑は逃げようとも考えたがすぐにその考えを振り払う。
今この男に背を向ければ自分は終わる。そう緑の勘が告げていた。
緑は男の指示に従い右側の席へと腰掛けた。
男はそれを見届けると自身も残りの席へとつく。
「本題から入ろうか。私は君が欲しいと思っている」
男は緑の瞳を覗き込むようにして告げた。その瞳は黒く澱んでいて、吸い込まれるような錯覚に陥る。まるでブラックホールだ。
緑はいきなり自分が欲しいと言われたことに狼狽えた表情をみせた。
男はそんな緑の様子を見て一笑する。
「すまない。言い方を変えよう。私の部下になる気はないか?」
「部下に……?」
緑は反射的に問いかけていた。
「そうだ。部下と言っても直属ではないがね」
緑は疑問を多く抱えすぎて混乱していた。
「なんで俺を?そもそもここはどこなんだ?翡翠は、みんなは、」
「落ち着きなさい」
緑の問いかけを男の一言が制止させた。
この男が放つ言葉にはどこか強迫めいたものがあった。
「質問は一つずつにしてくれたまえ。その方が君も混乱しないだろう」
男はそう言うと脚を組んだ。
緑は男の態度から自分を軽んじていることがわかったが何も思わなかった。当たり前だろう、こちらはまだ中学生なのだ。
緑は何から質問するか迷ったが、まず一番の疑問を解消する事にした。
「ここはどこなんだ?」
「ここかい?ここは教会の中だ」
男はそう応えると嘲笑した。
馬鹿にされたことに苛立ちながらも緑は再度質問する。
「そういう意味じゃない、ここは教会なのは知ってる。けど、警備員が襲って来たりして変だ。もっと別の何かなのか?」
「そうだね……。ここは教会であって教会ではないんだ」
緑は男の応えが理解できずに首を傾げる。
「言ってしまうとね、ここは人体実験と暗殺者養成施設なのさ」
「……は?」
緑は突拍子もない事実に間の抜けた声を漏らしていた。
この男の表情を見るに、別段嘘を吐いている訳ではなさそうだ。
「表の顔は厳かな教会だがね。裏はそういうことだ。そして今、君はそれを知ってしまった訳だが……知った人間はどうなると思う?」
男は口角を上げながら緑に問いを投げかける。
知ってはいけない事を知った人間はきっと、
「消される……」
そう口にした瞬間、背筋が凍るような感覚がした。
「本来であればそうだ。しかし、君は特別だ。君には選択肢が与えられているのだからな」
選択肢。それは一番最初にこの男が言っていた、「部下にならないか」というやつだろう。部下になって生きるか、はたまたここで死ぬか。
緑はその二択からどちらかを選ばなければならない。しかしこれは……
「選択肢なんて……ない……」
ポツリと緑は言葉を零していた。
そう、与えられている選択肢などなかった。
「さぁ、君はどうする?」
男は緑の口から言わせたいのだろう。弱った獲物を苛むように、畳み掛ける。
この男に屈するのは悔しいが、今ここで死ぬわけにはいかない。
「……部下に、なる……」
緑は拳を握り締めながら、感傷的な声でそう告げた。
その言葉を聞いて男は満足したように頷いた。
「そうか。いい選択だ。ああ、そうだ、まだ私の自己紹介をしていなかったね」
そう云うと男は居住まいを正した。
「私はここのオーナーを務めている小鳥遊聖音(たかなし せおん)だ。歓迎するよ、七城緑くん」
そこで男は一呼吸置き、言葉を繋げた。

「ようこそ、ルナ教会へ」


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