自室に戻った漆間は改めて周囲を確認した。
やはりゲーム機などの娯楽はなく、本すらない。
(しかたねぇ……体動かしてくるか)
そう思い立つと漆間は再び廊下へと出ていった。

廊下に出た漆間はバク転をすることにした。筋トレは地味で嫌だし、走るとしてもここでは思いっきり走れないだろう。
手軽に体を動かせて、かつ場所をあまり取らないものといったらバク転である。
漆間は少しカッコつけるようにバク転をしてみせた。
そんな様子を見ていたらしく、幸花が近寄って来た。
ぽてん、と可愛らしく漆間の隣ででんぐり返しをしている。

(可愛い……)
そう思っていると数人が廊下へやって来た。
ガスマスクの少女が2人。
1人は黒い帽子を被っていて口元が隠れている。
もう1人は顔全体がガスマスクに隠されていて表情が読み取れなかった。
その2人は私も出来る、といったようにバク転をし始めた。

「何でみんな出てくんだよ……!」
漆間は思わずつっこんでいた。

漆間のツッコミに反応した黒い帽子を被った方の少女が話しかけて来た。
「ノリというやつですノリ。いえーい。こんばんは。漆間さんであっていますか?」
口元が隠れているせいと棒読みなセリフのせいで楽しんでいる感じが伝わってこない。
「なんかノリかたくね?……漆間であってる。アンタは?」
そう問いかけた漆間に少女は首を傾げた。
「なんと。完璧なノリのつもりでしたが固いと言われてしまいました。柔らかいノリ……?」
「どこが完璧なんだよ……。表情がかたい」
また変な奴だ。
ここの奴らはまともじゃない。少しズレている。
そう漆間は考えていた。

「私はRud-07と申します。呼びにくいと思われますのでお好きなようにお呼び下さい」
気を取り直してRudはそういった。
「……ルード。覚えてたらそう呼んでやる。……アンタ、才能は?」
漆間が"アンタ"と呼ぶ時は無意識に相手を警戒している時の呼び方だった。
この女は信用できない。
漆間の勘がそう言っていた。

「才能ですか?超高校級の無名と呼ばれております」
Rud-07。超高校級の無名。
漆間は生徒手帳に載っていたプロフィールを思い出した。
「そういやお前アンドロイド?だっけか?……やっぱ表情はできないんだな」
そう、こいつは人間じゃない。
しかし漆間はそれを疑っていた。

「無名って何」
 漆間は問いかけた。
「何、ですか。私にもよく分からないのですが……開発者様が言うには、有名な方と言うのは色んな方に名前を知られていて、色んな記録に名前が残っていますでしょう?それの逆です。とのことです」
漆間はRudが言った意味を理解出来ず首をかしげた。
超高校級という称号がくっついている時点で無名ではなくなっているのではないか?
「ふぅん。ってことは誰にも名前知られてないし記されてもいないのか……なんかよくわかんねぇな。お前の頭って……なんだっけ、AI?ってやつ?」
ロボットに関して知識が疎い漆間は質問した。
「AI……人口知能ですね。はい、恐らくそういった類のものです。研究者が独自にアレンジしたものらしいので詳細はデータを漁りませんと分かりませんが」
そう言ったRudの顔を漆間は確かめるようにまじまじと覗き込む。
相手がロボットなら羞恥などない。

「凄い研究者なんだな。……よくできてんなぁ」
「はい、凄いと思います。あまりじっと見つめられると照れてしまいます」
「照れる?ただの機会に感情なんてねぇだろ」
漆間は冷たく言い放った。
機械ごときが感情をもつな。
目の前にいる少女を機械の塊だと思いたかったのだろう。
「冷静な切り返しがつらいです。では漆間さんを照れさせます」
そう言うとRudはじっと漆間を見つめる。
漆間は無反応だった。
「……別に照れないけど。お前に興味ないし」
普段なら照れていただろうが相手はロボットだ。
感情のない相手に感情が湧くわけもなかった。
「照れませんか。自分が照れを知らないのに人を照れさせるのはやはり無理なようです。残念無念です」
そう言っているが無表情のせいで残念そうに見えない。
 今度はRudが問いかけてきた。
「漆間さんの才能は合気道部でしたか?」
漆間は頷く。
才能ではないが実際に合気道は習っていたし、嘘ではない。
「合っていました。私は武道が好きなのでとても興味があります」
それを聞いた漆間はチャンスだと思った。
武道好きに合気道を見せれば才能であると信じてもらえるのではないか。
「……へぇ。じゃあ合気道知ってんだ?」
「はい、知っています。見たこともあります。残念ながら習ったことはありません」
きた。
運がいい。
「ふーん……何?教えてほしいわけ?」
しかし、自分のプライドが邪魔をし上からの物言いになってしまった。
「?教えて下さるのですか?」
「別に……どうしてもってんなら教えてやる」
自分の素直になれない性格に少し苛立つ。



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