(ここは……)
 漆間は重たい身体をゆっくりと起こす。
自分はいつの間にか眠っていたらしい。
止まっていた思考が動き出す。
(そうだ……ここは……)

――バーチャル世界

 自分がおかれている状況を思い出す。
漆間は生徒手帳に手を伸ばし時間を確認する。
時刻は午後三時を回ったところだった。
昨日寝たのが何時か覚えていないが、体のだるさから結構な時間眠っていたのがわかる。
 
 漆間はとりあえずシャワーを浴びることにした。
浴室はユニットバスになっているためトイレが一緒に備えつけられている。
白く綺麗な空間だが浴槽の隣にトイレがあることに慣れない。
辺りを見回していると監視カメラがあることに気づいた。
(嘘だろ……)
ここも監視しているのだろうか。
プライバシーもなにもない。
まさか女子の部屋も……、
漆間は考えるのをやめた。

 シャワーを浴び終えた漆間は昨日から何も口にしていないことに気づいた。
それと同時にお腹が鳴る。
漆間は空腹を満たすため、厨房へと向かった。

厨房に入った漆間の目に映ったのは赤いベレー帽をかぶった少女だった。
「およよ〜そういえばここの冷蔵庫探索してないのだ〜はらへりなのだ〜」
少女はそう呟きながら冷蔵庫をガサガサ漁っている。
「なんだ?冷蔵庫に先客か?……お前何探してんだ?」
漆間はさっさとどいてもらう為、声をかけた。
オレンジの髪が揺れる。
「およ?冷蔵庫探索中なのだ〜」
少女はこちらを振り返り首を傾げる。
その小動物の様な仕草が可愛いと思ってしまう。
「……あんま開けっ放しにすんなよ。つーか、冷蔵庫の中身取りたいんだけど」
「およ?さく邪魔?ごめんなのだ〜」
その少女はすんなりとどいてくれた。
なんだかこちらが悪いことをした気分になる。
漆間は冷蔵庫から食料を取り出しながら少女に問いかけた。
「……お前何か食うの?」
少女はまたも首を傾げた。
「およ?んーと、なにか食べるー?と思っただけなのだ〜。なにを食べるかは考えてなかったのだ〜」
その曖昧な返答に漆間は困ってしまった。
取ってやろうにも何が食べたいのかわからなければ取りようがない。
仕方なく漆間は自分の判断で少女にゼリーを取って渡した。
「およよ?わーい、ゼリーなのだ〜」
少女はそういってゆるくばんざいをする。
どうやら喜んでくれたようだ。
そんな少女の様子を見て漆間も嬉しくなる。
「やっぱ甘いの好きなのな」
「およよ?わかるのだ?すごいのだ〜」
少女は関心したように漆間を見上げた。
純粋で素直。
まるで子供だなと、漆間は感じた。
「女は甘いの好きそうだなと思っただけ」
「およよ〜、女の子はみんな甘いものが好きなんて初耳なのだ〜。覚えておくのだ〜」
そういうと彼女はゼリーを置き、鉛筆とメモ帳を取り出した。
スラスラとメモを取る。
こんなどうでもいい事をメモするのだ、きっと天然というやつなのだろう。

漆間はそんな様子を見ながら問いかける。
「そういやお前、名前と才能は?」
少女は顔をあげる。
「さくはねぇ、超高校級のシナリオ作家の十六夜咲弥なのだ〜」
"作家"という単語に漆間は興味を抱く。
漆間の唯一の趣味といったら読者だった。
幼少期の頃からお伽話が好きで、よく絵本を読んでもらっていたものだ。
しかし、お伽話が好きだなんて他人に言えるワケもなかった。
柄じゃない。
が、
「……作家か。……どんなシナリオ書いてんだ?」
漆間は聞かずにはいられなかった。

「んーと、虐待されてた少女が幸せになる舞台とか〜」
漆間はそれを聞いて少し落胆した。
「なんかありきたりなシナリオだな。……興味ないな」
興味ないと言われたのが気に入らなかったのか咲弥は話を付け足す。
「およよ〜残念なのだ。義理のお母さんがノイローゼになって発狂しながら自分に火をつけて自殺するシーンとかお気に入りなのだ〜」
「!?なんだそのシーン!?読み…っ」

漆間はそこではっと気付き言葉を飲み込む。
危うく素直に「読みたい」と言ってしまうところだった。
可愛い顔をしてなんてものを書くのだこいつは。
「退屈してっから読んでやってもいい……」
漆間は本心を悟られぬよう、そう言い直した。
「およよ〜?気になってくれるのだ?なんだかとっても嬉しいのだ〜今度見せるのだ」
興味を抱いているということは伝わってしまったらしい。
しかし、これでシナリオが読める。

心の中でガッツポーズをしている漆間に咲弥が問いかける。
「そういえば君のお名前聞いてないのだ〜」
咲弥はこてんと首を傾げる。
「……漆間緑だ」
漆間は名乗った。
「ろくくんはブラックなストーリーが好きなのだ?」
咲弥は漆間の顔を真っ直ぐ見る。
「別にブラックなのが好きなんじゃねぇよ。普通に、展開が面白けりゃなんでも……」
「なるほどなるほど、さくもわかる気がするのだ〜」
咲弥はうんうんと頷いた。

「つーか、お前ブラックなの書くんだな。てっきり少女系の恋愛物ばっかりかと思った」
漆間の中で女は恋愛小説が好き、という固定概念があった。
しかし、咲弥の答えはその概念を超えるものだった。
「およよ〜恋愛物も書くのだ〜。彼氏が浮気してその浮気相手の女の子を殺したらその女の子が幽霊になって取り憑いて自殺させられちゃうのとか〜」
「何でブラック挟んでんだよ!?恋愛からいきなりホラーになってんじゃねぇか……!」
漆間は無意識につっこんでいた。
「恋愛は一筋縄ではいかないのだ〜」

咲弥の反応に漆間はまさかと思い聞いてみる。
「……なぁ、冒険物とかも書いたりすんの?」
シナリオといえば王道ファンタジー。
漆間はドラゴンやお姫様が出てくる話が好きだった。
「冒険物?んーと、王道ファンタジーならあるのだ。みんなと仲良く冒険して、魔王だった記憶を取り戻した主人公が世界を闇に染めるのだ〜」
「待て、それって主人公が魔王だったってことか……?お前もしかして全部にブラック入ってんじゃないだろうな……」
そう言った漆間に咲弥は首を傾げた。
「およよ〜そんなことないのだ。さくはハッピーエンド主義者なのだ〜」
これのどこがハッピーエンドなのだろうか。
漆間は問いかける。
「じゃあ全部ハッピーエンドになるのか……?主人公が闇に染めちまうのにか?」
「メリーバッドエンドなのだ〜本人はきっと幸せなのだ〜」
「あぁ、なるほど。確かにそいつにとってはハッピーか……」
漆間はバッドエンドとメリーバッドエンドが嫌いだった。
誰かの不幸を見るのは好きじゃない。それに、不幸にもなりたくない。
小説の中でくらい幸せになりたい。
悪運は、幸せになれないから。
「お前変わったもん書くんだな。……今なんか考えてるシナリオとかあんの?」
「今考えてるのはー、色んな人を不幸にして幸せになった男の子が死神に命を狙われるのとかなのだ〜」

それを聞いた漆間の脳裏に兄の顔が浮かぶ。
漆間の兄は、超高校級の不運と呼ばれていた。
七城家は死神が住む家。
呪われた双子。

「……色んな人を不幸に、か。それ、完成したら最初に俺のとこ持ってこい」
漆間はその話の主人公がどうなるのか、興味を持った。
その言葉に咲弥はばんざいをした。
「およよ?ろくくん読んでくれるのだ?わーい、さく頑張るのだ〜」
「おう、ちゃんと面白いもん書いてこいよ」
漆間はそういうと、ここに来た目的を思い出す。
そういえば空腹だった。
「俺は戻る。じゃあな」
漆間は食事をするため大広間へと足を向ける。
「はいなのだ〜。ろくくんまたね〜」
咲弥は去っていく漆間に手を振った。



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