リアからの内容は「まだ上がはっきりと教えてくれない」とのことだった。後でわかった時に連絡をくれるらしい。
それまで漆間と且座等は今回の目的である交流、それと絶望の王探しをしながら待機、という形になった。

チャットが終わった漆間は自室を出て厨房に向かった。
食料の確認をするためだ。
バーチャル世界とはいえ生理現象はあるらしい。
1階、右側の大広間。
生徒手帳に地図が載っていたのですぐにたどり着けた。
大きなテーブルが置いてある。観葉植物などもあり、レストランの様な空間が広がっていた。
その先に扉があった。この先が厨房になっているのだろう。
漆間は扉を開け中へと入る。

地図にも書いてあった通り、厨房だった。綺麗に磨かれた調理台。様々な種類の包丁が備えられている。
漆間の視界に巨大な冷蔵庫が映る。

漆間は冷蔵庫を開けた。
そこにはありとあらゆる食材がズラリと並んでいた。
「よし、色々あんな。飯には困らなさそうだ」
漆間がそう呟いた時、背後から男の声が飛んできた。

「やあ、えーと、漆間……だよね?」
そこには自分と同じくらいの背の男が立っていた。
青みがかった髪。左目には眼帯をつけている。ベージュのセーターを着ていてごく普通の男子高校生といった感じだ。
「……ああ。アンタは?」
漆間はその男に問いかける。
「俺は鴨稲亜李咲。トイレと空き部屋とお前の部屋に囲まれた、鴨稲亜李咲だよ」
亜李咲と名乗った男は皮肉っぽく笑った。

その言葉と表情が漆間のカンに触った。
漆間は少し強めに言葉を投げる。
「悪かったな、愛想のない野郎が隣で。まぁトイレ近くて良かったんじゃねぇの?で?アンタの才能は?」
「ははっ、愛想がないなんて自分で言えるんだから心はとても素直なようだな。まあね、トイレの近い俺にとっちゃ……って、部屋にもトイレあるんだよな、これが」
『心は素直』という言葉にまた漆間は苛立ちを覚える。
心が見透かされている。そんな感覚。

それもそのはず。
亜李咲は言った。

ーー俺は、心理カウンセラーだ

「心理カウンセラー……お悩み相談か。チッ、心を見透かされるのは嫌いだ」
漆間は素直にそういった。
「はは、別に心理カウンセラーは心を見透かすんじゃないんだけど……、でも、見透かすのも苦手ではないかな」
 漆間は亜李咲に狂気に満ちたなにかを感じた。
本能が警戒せよと訴えかけてくる。
「……なんか胡散臭いんだよなぁ。ま、隣が煩い奴じゃなくてよかった」
漆間の警戒心が伝わったのか亜李咲はキョトンとした。
「え、俺が?胡散臭い、か……まカウンセラーは大体そう言われちゃうよな。ええと、下の名前なんだっけ?」
どこか偽善者っぽい。
それが亜李咲に感じた第一印象だった。

「温厚な奴ほど危ねえって何処かで聞いた事があるからな……。下の名前は……ろく」
 下の名前を聞いてきたということは、それで呼ぶ気なのだろうと漆間は悟った。
名前呼びに慣れてない漆間は答えるのに少し戸惑ってしまった。
「どこかで聞いた、か……。はは、本当にお前は見かけによらず可愛い奴みたいだな」
「か、可愛いって言うな……!くっそ、調子くるうな……」
可愛いと言われ思わず声をあげてしまう。

「よし!じゃあ疑われないために少し乱暴になってみるかな!緑、か。うん!お近づきにそう呼ぶ!」
やはり呼んできた。
漆間は亜李咲との会話に若干の疲れを感じてきていた。
 漆間は「好きに呼べ」と半分呆れながら言葉を返した。
「お近づきにならないと心もわからないからね」
亜李咲はいった。
別にわかられたくもない。そう心の中で呟く。
この考えも心理カウンセラーには見抜かれているのだろうか。

「俺は亜李咲って呼んでよ!ね?」
亜李咲は漆間に笑いかける。
「アリサ?……俺人の名前覚えんの苦手なんだけど。てか、女みたいな名前だな」
漆間は小ばかにするように言い放った。
自分でもどうして亜李咲につっかかっているのか判らなかった。
たぶん、こいつが漆間にとって苦手な人種なのだろう。
亜李咲は漆間の態度を気にしていない、寧ろどこか楽しんでいるようだった。
「苦手だけど、覚えただろ?よく言われるよ、亜李咲だからね。でも、可愛くていいだろ?俺とのギャップ、的な?」
「くは、ギャップありすぎ。その名前気に入ってんだ?まぁ覚えやすいと助かるな」
漆間は亜李咲の余裕な態度にイラついていた。

「まあね!なんだか御伽チックで好きなんだ。緑は自分の名前、どう?好き?」
亜李咲はまた笑顔で問いかける。
(くだらねえ……)
 漆間はその質問に答える気も失せていた。
「さぁな。別に好きでも嫌いでもねぇよ……」
名前なんてどうでもいい。
ただ判別するためのもの。
それが漆間の考えだった。
その考えを読み取ったのか亜李咲はいった。
「そう、でも名前は自身を決める大事なものだ。好きにならないと勿体無いよ」

 また、心を読まれた。
そのことがまた漆間を苛立たせる。
早く離れよう。あまり話していると危険だと漆間は感じた。
「ほっとけ。……俺は別の場所に移動する。じゃあな」
漆間は足早に厨房を後にした。

「ああ、また話そうな。……緑」
去っていく漆間の背に、亜李咲は手を振っていた。



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