声が聞こえる。
 ひとり、ふたり……何人もの騒めき
 漆間緑はエントランスに立っていた。
(ここは……)
きらびやかな壁紙。中二階へ上がる階段。階段の横には見るからに高そうな壺が置かれている。頭上を見上げるとシャンデリアが見えた。
どうやら無事にバーチャル世界へと入れたようだ。
漆間と同じように辺りを眺めるクラスメイトの姿も確認できた。勿論、且座等もそこにいた。

ぽよよ〜〜〜ん。

 突然何かが跳ねる効果音がした。
全員がそちらに注目すると、なにやらライオンらしき謎の生物が一生懸命こちらに手を振っていた。サイズは漆間の膝丈くらいだろうか。
「みんな〜!ようこそ〜!」
その謎の生物はエントランスの躍場でしきりに跳ねる。
その様子に唖然とする者もいれば目を輝かせている者もいた。

「まず〜僕は君たちの先生なので〜す。ハッピーフラワー幸花だよ〜。よろしくね〜」
よく見るとトサカの部分が花びらになっている。毛が真っ白ということもあり、ピンクの花びらがかなり目立っていた。
(可愛い……)
漆間はその愛くるしい生物を抱きしめたい衝動に駆られた。けれど、漆間はそれをぐっと堪える。

 幸花はここでの生活のルールを提示した。

 みんなと仲良くなること。

 それだけだった。実にシンプルな更生のさせ方だ。それゆえ時間はかかるだろう。
「てなわけで〜みんな〜ポッケの中確認してみてくださ〜い。あ、ポッケない人はパンツの中ね〜」
漆間はポケットの中を確認した。何かが指に触れる。
それを取り出してみると四角い電子機器が姿をみせた。
「それは〜電子生徒手帳というもので〜す!ここにいるみんなのプロフィールが載ってたりしま〜す」
 
漆間は早速電源を入れた。すると自分の名前が浮かび上がった。

――七城緑

それは苗字を変える前の名だった。漆間はわけあって苗字を旧姓に変えていた。
きっとこの生徒手帳に表示される名は『本名』ということなのだろう。
 続けて生徒手帳を操作して行くとみんなのプロフィール画面が表示された。超高校級の葬儀屋、アルバイター、シャーマンなど様々な才能の持ち主が表示されて行く。
漆間のページには『超高校級の合気道部』と表示されていた。
 
 超高校級の悪運である漆間緑は才能を偽っていた。

 偽っているといっても、別に知られたらまずいという訳ではなかった。ただ、自分の才能が嫌いだった。
消してしまいたいほどに。

 漆間は全てのプロフィールに目を通した。やはり誰一人覚えていない。
 且座等のページには『超高校級の幸運』と書かれていた。
(幸運、か……)
友達の才能すら覚えていなかった。
記憶が消されたというのは本当のようだ。

「あ、そうそう〜。自室はオートロック式で〜す。自室は自分の生徒手帳じゃないと開かないからね〜。それじゃあみんな〜自己紹介とかして〜エンジョイしてくださ〜い」
そう言うと幸花はぽてぽてとどこかへ消えていった。

 漆間はとりあえず自室へ向かうことにした。

 電子生徒手帳をかざすと扉が開いた。部屋はいたってシンプルな作りだった。シングルベッド、机、棚が置かれている。ユニットバスも備え付けられていた。
(まあまあだな……)
 ここで生活するには十分な空間だった。

 漆間は窓があることに気づき、外を眺めた。
青。
そこには海が広がっていた。どこまでも続く青い海。
漆間は改めて実感した。自分はバーチャル世界にいる。
ここにいて、ここにいない。

 ふと視線を感じそちらを確認すると、そこには機械が備え付けられていた。
(これは……)
監視カメラだ。きっとあらゆる場所についているのだろう。
みんながちゃんと更生に向かっているか、問題を起こさないか。その為の監視。
見られているというのは気分の良いものではない。

 漆間は監視カメラを見ながら眉間にシワを寄せていた。
そんな時、ポケットの中の生徒手帳が振動した。
生徒手帳を取り出し画面を確認する。
「はいは〜い!どうも〜快適かな〜?」
そんな文章がそこには映っていた。
『リア』と表示されていた。

「うーん、楽しそう、かな」
こちらは『且座等』と表示されていた。
どうやらチャット形式らしい。
漆間は文を打ち込む。
「快適、ではないけど。良い感じなんじゃね」
それは正常に表示された。
リアから文が返ってくる。
「そうか〜うんうん〜!なんか先生とか〜気分いいよね〜!」
「あ……やっぱり先生って……」
「そうそう〜僕が動かしてるんだ〜!だから君たちもバッチリ見えてるよ〜!」

やはり幸花を動かしてるのはリアだった。抱きつかなくて良かった。
「あの可愛いやつの中身がアンタじゃなけりゃな……」
「もしかしたら僕はとっても可愛いやつかもしれないのに〜!」
文章からでもリアが頬を膨らませているのが想像できた。実際本人の顔を見たことはないのだが。

するとまたリアの文が表示された。
「ああ〜そうそう〜!こんな世間話をするためじゃないの〜」
じゃあ何のため?というふうに且座等のクエスチョンマークが表示される。

「えーとね、今上が調べてるんだけど〜どうもおかしい〜おかしい〜って頭抱えてるんだよね〜」
(おかしい……?)

この時はまだ、誰も気づけなかった。これから起こる絶望にーー


1
前へ/top/次へ

しおりを挟む

×