創作審神者あれこれ | ナノ
ハウルの空中散歩のシーンパロディー

少しかかってしまったけれど、職場のガラス戸を開けて大通りに出る。普段よりも遅くなったとはいっても、今日は午前で上がり。バイトの女の子達が今日はお祭りだって騒いでた通り、街は多くの人で賑わっている。
路面電車にはどこへ向かうかも知らない着飾った男女や大きな荷物を抱えたお兄さん、軍服を着こなしたひげ面のおじさま。わー、窮屈そう。
老若男女がひしめき合いながら乗っている様子を横目で見送って煉瓦の敷き詰められた通りを歩いて行く。店のベランダにはカラフルな旗が掲げられ、あちらこちらから香ばしいパンの香りや甘い焼き菓子の香りが喧騒と共に漂ってくる。綺麗に手入れされた店先には花が置かれ華やかを添えるのに一役買っていた。
そんな街中に似つかわしくない一団が中心を堂々と歩んでいく。…この国の軍隊だ。
煌びやかな刺繍に、仕立ての良い生地で作られた服を着た男性たちが列を成して軍靴の音を響かせ行進していく。そんな非日常も、戦争が繰り返されているここ数年ですっかり見慣れてしまった。中には国を守った英雄の帰還だと紙吹雪や花を差し出す人も居るほどだった。
こんな事をしてる今も、どこかで誰かが傷ついてるのに、ね。
あーあ、こんなの見たくなかったんだけどなぁ…。よし、進路変更。近道しちゃえ。
私は人波から逃れるように少し薄暗い路地へと躊躇いなく入る。
途中で1人だけ街の憲兵にすれ違ったけれど、特に咎めれられたりしないで済んだ。うん、やっぱり私、ついてる!
それにしても、薫子さん元気かなぁ。美人だし働き者だし気もきくし、前会いに行ったときはモテまくって忙しそうだったし…。今日はお話しできるといいんだけ、ど…。ん?
ふっと目の前が暗くなった。不思議に思って顔を上げれば、何故か至近距離に若い憲兵の男性の顔があった。
…げ。
「こんにちは、お嬢ちゃん。今1人?良かったらお茶しない?」
「え、その…」
うわぁあナンパだあああ。しかも憲兵だし。何て言って撒こうかな…。
うつむきお気に入りの帽子をギュッとかぶり直すと、細い道の奥からまた別の足音が近づいてくる。
「おいおい、いきなり声かけられたんでお嬢ちゃんびっくりしてるぜー?」
「うるせー」
うわ、増えた。もー…
うんざりしていると、後から来た赤毛の男が下から顔を覗き込んできた。その顔にはニヤニヤとからかう色が濃い。
「…にしても、本当にお嬢ちゃんって感じだなぁ。お前ロリコンだったのかよ」
「バーカ、んな訳ないだろ。そんなことよりさ、これからどこ行くの?俺で良かったらその後一緒にご飯でも」
若く見られがちなことは分かってる。分かってるけど…私とっくに成人してるから!
その反論は。
「やあ、遅れてすまんな。随分と探したぞ」
柔らかで落ち着いた男性の声のせいで行き場を無くした。
後ろからふわりと大きくて温かな腕に肩を抱かれる。決して強引ではないのに、有無を言わせない力で大きな胸元に引き寄せられた。何だろう、すごく、落ち着く…。
…というか、抱きしめられて、る?えっ、えっ?
混乱しているのは憲兵の彼らも同じだったみたい。でも、一足先にあっけにとられた状態から回復した金髪の男が瞳に怪訝な色を浮かべる。
「おいおい、あんた誰だよ」
「ん?俺か?この子の連れだ」
鷹揚に答える声に顔を見上げれば、風になびく太陽の輝きを閉じ込めたような艶やかな髪が風に揺れている。白皙の美貌を持つ、それはそれは美しい男の人がにっこり笑ってとんでもない嘘を口にしていた。
相手の男を見据える瞳は髪と対照的な夜空の色。黒く輝く瞳孔の下には、鮮やかな三日月が浮かんでいた。肩に掛けているらしい上品な青の衣から知らない香がふわりと立ち上る。
薄暗い路地でも彼が男女ともに惹きつける容姿をしていることはその場にいる誰もがはっきりと認識したと思う。
「だから…」
私を抱いていない左手が音もなく持ち上がりくるりと回れ右の動きをする。
「うおお!?」「なんだこれ、身体が勝手に…!」
それに合わせて私たちの前に立ちはだかっていた二人の憲兵は、あっという間に別の道へと消えていった。
なに、今の…。まるで魔法みたい…。
『ねぇ!この近くに魔法使いのお城が来てるらしいわよ!』『もしかして三日月のことー?』『そうそう!私、美人の心臓を狙って町に来てるって噂聞いたよー!』『やーん、こわーい』『『あんたは間違っても襲われないから大丈夫』』『ちょっとぉ!』
バイトに来てる女の子たちのはしゃいだ会話が刹那にフラッシュバックした。
未だに目の前で起こったことが信じられず固まっていると、空気が揺れて耳元に声が注がれる。
「赦してあげなさい。悪気があった訳ではないのだ」
何度も無言で頷けば、男性は満足げに微笑みをくれた。そして長く綺麗な指が優雅な仕草で私の手を握ろうとする。
「さぁ、俺が送ろう」
「え、と…すぐ近くのお菓子屋さんに行くだけなんで…」
遠慮して一歩下がろうとした途端、すっと腕を組まれた。そのまま何の躊躇いもなく歩き始めてしまう。勿論私も強制的に前へと踏み出すことになる。
「ちょっ!?」
「知らん顔してくれ。追われてるいるんだ」
低く落とされた囁きに呼応するようにぞわりと気持ち悪い空気が肌の上をすべる。なにこれ、気持ち悪い…。
心の底にある恐怖を煽る様な感触に、思わず彼の腕にしがみつく。…意外とがっしりしてる。じゃなくて!
私たちを囲う嫌な気配はどんどん濃くなり、それに比例して歩みは早くなる一方。
すると何の変哲もない煉瓦の壁から泥が染み出るようにドロリとした黒い液体があふれ出てきた。黒い液体は通路に出た途端、意志を持ったかのようにどんどん形を人型へと整えていく。ちょっと!目の前の道塞がれてるんだけど!
「ふむ、こっちだな」
反射的に立ち止まりかけた私なんてなんのその。気分でこっちに行こうという口ぶりで、月を瞳に持つ彼は一本手前の更に細い路地へと曲がり、突き進む。
曲がった先は人一人がようやく通れるような広さで、さっきよりも身体が密着してしまう。
いつの間にか肩から腰へとしなやかで逞しい腕が回され、しっかりと抱き寄せられているし。
腰に回された腕が、熱い。
「待って待って!前!前!!怪物!!」
「あっはっはは。あんずるな」
いやどう考えたってこのままじゃぶつかるって…!ギュ、と強く目を閉じて彼にしがみつく。
頭の中では悲鳴を上げているのに、不思議と心は落ち着いていた。
「そのまま…」
その刹那、彼が足に思いきり力を込めて地面を蹴ったのが分かった。
見えない力が収縮して身体が押し上げられるような、風に抱き上げられたような、不思議な感覚。
「はっはっは、もう大丈夫だ。目を開けてごらん」
楽しそうな声音に誘われてそっと目を開けると。
いつもと視点の高さが全く違った。遥か遠くには雄大な山々と荒れた岩肌、青々とした草原が一枚の絵画のように果てしなく続いている。恐る恐る視線を下げれば、折り曲げた脚を隠すように風に緩く翻るスカートの裾。そして見慣れた煉瓦造りの街並みが広がっていた。
「綺麗ー…っていうか空!?っぎゃぁあああ!」
「あっはっはっは、色気のない悲鳴だな」
そう言いつつも夜空の色を身にまとった美しい人は、後ろから私を護るように両手をそっと握ってくれている。まるで私が上手に風を掴み、見えない橋を渡って行けるように。
「私に色気なんて欠片もないんで!というか今色気なんて必要ないですよね!?ど、どうすればいいんですか…!」
「ん?普通に歩くように足を動かすだけで良い。…俺を信じろ」
最後の真剣みを帯びた一言は今の私を納得させるには充分で。
このお兄さんと一緒なら、きっと大丈夫。
曲げていた足を延ばし、透明な橋の上を歩く様子をイメージしながら両足を前へ前へと進めていく。
「そう、怖がらないで。はっはっは、よきかなよきかな」
そこからは見えない足場があるかのように、お兄さんの動きに合わせてどんどん歩くと、スカートが空気を受けて膨らみ波打つ。確かな感触は繋いだ掌だけなのに、地上から流れてくる音楽に合わせてステップを踏むように軽やかに体は動く。
ふふ、だんだん楽しくなってきちゃった。
こっそり後ろを振り向いてみたら、にこにこと笑顔を浮かべた美しい瞳と視線が交わる。
とっても楽しいです。
心の中でそっと唱えれば、俺もだ、と微かな返事があった気がした。
空の散歩は時間にしたらほんの数秒だけ。それでも私にとっては永遠に忘れられない瞬間の積み重ねになった。
私達が降り立ったベランダは、私が行きたいと思っていたお菓子屋さんの二階。
一階に人々が殺到しているけれど、幸い見咎められることもなくベランダへと降り立つ。
ダンスでターンをするように空中で向きを変えられスカートの裾がふわりと円を描くと、左手が離れる。右手は、名残惜しそうにつながったまま。
トン、とヒールの音がして木の床に両足を着き彼を見上げれば手摺の上に器用に立っていた。
うわぁ、やっぱり美人だ…。
スラリとした体躯を覆うのはシンプルな白のシャツと黒のズボン。胸元に輝くペンダントは紫の花弁から直接色を移したような雫型の紫水晶。肩に掛けられた上着は上品な瑠璃色の生地で織られていて、金の刺繍糸が繊細な模様を描き上げていた。風に揺れるそれは王族が纏うマントにも見える。
そうだ!お礼言わないと。
「運んでくださってありがとうございます」
「はは、俺が送りたいと思ったからな」
細い足場なのに、器用にしゃがみ込んだ彼は、眦を下げて心から嬉しそうに笑いかけてくれる。日を浴びた金髪がキラキラ光って、お兄さん自身も光ってるみたい。これだけ美人さんなら、月明かりも似合いそうだなぁ。
でもその笑顔もすぐに曇ってしまう。
「厄介ごとに巻き込んですまんな」
「無事だったから、お気になさらないでください」
「そう言って貰えると俺も嬉しいよ」
あ、また笑ってくれた。
視線が絡んだけど、恥ずかしくてとっさに逸らしてしまう。
本当はもっと綺麗な目を見たかったけど、心臓には優しくないし…!
「…もう来たか」
ゆるりと立ち上がると左側だけ長い髪がさらりと靡き、お菓子とはまた違う甘い香りが薫る。
掌の重なりが、少しずつ減っていく。
「俺が奴らを引きつけよう。お前は少ししてから出てくれ」
ここで私が出来ることはこの人の言うことを聞くこと、だよね。
重なった熱は、お互いの指だけになる。
「…はい」
精一杯の笑顔で応えると、彼の瞳に月だけではなくきらりと星が輝いた気がした。
「いい子だ」
優しい囁きと名残惜しげな熱が指先から零れ落ちて、階下へと消えていく。
すぐに後を追って手摺から下を見るけれど、彼の姿も気配さえもなくて。
賑やかな楽隊の音楽と街の喧騒だけが溢れかえっていた。

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