確信犯の距離

ゆらゆらと心地良い暖かさと薄明るさに身を委ねる朝。
はっきりしない意識の中で微睡むこの時間が至福の時なんだよね…。
前日の日中に短刀たちと一緒に布団を干したから、ふわふわでお日様の匂いがして、余計に離れ難くなっている。
元々朝には強くないし、寝起きもはっきり言って良くない。仕方ないじゃないか、お布団が放してくれないんだから。枕元に時計は置かないし、携帯端末は充電のため、少し離れた机の上。現世では時間に追われているから、ここでは意識的に遠ざけている。
寝ぼけた頭にはスズメか何かのさえずりと障子越しに差し込んでくる柔らかな光以外認識できない。まだ、寝れそう…。
「…んー」
ごろりと寝返りをうち、枕に顔を埋めて再び眠りに落ちようとした時だった。トントンと軽快な足音が近づいてくる。
しかし眠さには誰も勝てない。意識を半ば手放して浅い眠りへと沈んでいく。
「おはよう、審神者。そろそろ朝餉の時間だぜ?」
意気揚々と、しかし丁寧に障子が開けられて誰かが部屋に入って来たみたい。暖かな気配が枕を抱いて離さない頭の側に来る。しゃがみ込んだのか、微かな空気の流れと陽だまりの香りがした。この声と、香り、は…。
「………つる、まる…さ…?」
うつ伏せから仰向けにのろのろと体勢を変えてみるものの、目はなかなか開かない。掠れ気味な声で呼んでみれば、思いの外優しい返事が返って来る。
「あぁ。君の鶴丸国永はここにここにいるぜ」
なんて甘い声なんだろう…。慈しみと優しさを混ぜた男性の声ってこんな感じ、なのかなぁ…。
刀の付喪神様とは言え、見た目は美形ぞろいの成人男性ばかり。寝起きの顔を見られるのはこの上なく恥ずかしいから、目覚まし係は専ら短刀たちにお願いしている。惰眠をむさぼる私にだって乙女心は欠片ほどでも存在しているという証明だと言い張っていることを脈絡なく思い出す。
そう、だからこれはまだ夢なんだ、夢。
…夢なら憧れの彼に甘えたって許されるのではないか。
夢なのに重い瞼を押し上げれば、胡坐をかいて畳に座る真っ白な彼の内番衣装と金の瞳が見えた。
「も…すこ、し…」
彼の方を向いて、布団をギュッと握る。
「まだ眠いのかい?」
「…ん……」
微かに頷いて再び目を閉じれば、髪をそっと撫でられる。何度か髪を梳かれ、おでこの辺りの髪が払われた。大きな掌と空気越しの人の体温が心地良くて思わず頬擦りしてしまう。
「温かいだろう?」
目を閉じているので、視界は薄明るいだけでも、繊細な美貌の彼が微笑む表情まで脳内で完全に妄想できてしまう。
少しして髪から温もりが離れ、布団にしがみついていた手がやんわりと握られる。私の左手を両手ですっぽりと包み込まれているらしく、じわじわと熱が染み込んで同じ温度になっていく。
あぁ…本当に温かい。夢なのにこんな事だけはリアルなのか。いや、起きてたら鶴丸さんに私から触れるなんて恥ずかしくて出来る訳がないのだけれど。
「夢って、幸せだなぁ…」
しみじみと呟いてしまう。
「…ん?もしかして半分寝惚けてるのか?それなら…」
あれ……?これは悪戯を思いついた時の、浮足立った鶴丸さんの、声…?
片手が離れて空気に接触した部分の感覚がやけに現実的だ。
「あと拾数える内に起きなければ」
あれ、これもしかして…。
徐々に意識が覚醒し始め、左胸がやや遅れて自己主張を開始する。
そうこうしている内に、指先が何度か往来してそっと髪をよけてから、一拍の後耳元に吐息がかかる。
「…ぜーんぶ、食べちゃうぜ?」
鼓膜が男性特有の低く艶のある声に満たされて、ぞくりと甘い電流が身体を駆け抜ける。
待ってこれ夢じゃない…!?
はっきりと認識すれば眠気なんてどこかへ吹き飛ぶ。
勢いよく手を放して上半身を起こせば、動きを予想していたのか鶴丸さんが声を殺して笑っている。
「そんなに腹減ってたのか」
楽しそうに笑う鶴丸さんに対して、私には再び布団に隠れる以外の選択肢はなかった。
(…言えない、私がナニを妄想してしまったかなんて…!)


確信犯の距離

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