早くその熱をください

長時間遠征から帰還した錬度の高い刀剣男士を出迎えた晩のこと。
夕飯やら湯編みを済ませ、執務室で遠征の成果をまとめていると部屋の外から声がかけられた。
「主よ」
「三日月さん?どうぞ」
障子に伸びる影に許可を出せば、上品な深い蒼の寝間着を纏った三日月さんがゆったりとした足取りで入ってくる。心なしか覇気がないようにも感じるけれど、就寝前なら当たり前かもしれない。
それにしても、何か気になることでもあったのかな?隊長としての報告の時には特に気になることはなかったって言ってたけど…
「遅くにすまんな。まだ書類は終わらぬか?」
文机の前から立ち上がろうとする私を手で制して、すぐ後ろから手元を覗き込む。
「そうですねー…あと10分くらいあれば終わりますよ」
来訪者から紙面へと目を向ければ、筆で半分ほど要項を書き終えたものと、空欄ばかりの紙が3枚重なっている。
提出期限は2、3日後だけどさっさと片付けておくに越したことはないもんね。
「あ、でも急いでる訳じゃないので、三日月さんのお話を聞いてからでも大丈夫です!」
「ふむ、そうか…では」
全身をぬくもりに包み込まれた。お腹の辺りに腕を回され、右肩に重みがかかる。
後ろからすっぽりと抱え込まれた状態になり、一気に距離が縮まった。布越しにじんわりと暖かさが伝わり、三日月さんの愛用しているお香が一層強く香る。
「審神者不足でな…このままで居てくれるか?」
「っ、はい…」
右耳に囁かれ反射的に肩が跳ねるけれど、そんなことは気にせず頭を首筋にすり寄せてくる。サラサラの髪が肌に触れてくすぐったいし、繰り返される呼吸の証が掠めて背筋が粟立った。
……ドキドキし過ぎて書類に集中出来る気がしないんですけど。
恋人同士になってから、三日月さんはこうして私に甘えてくれるようになった。それまでは私が甘やかされてばかりだったけど、好きな人を甘やかせるのはすっごく嬉しい。…嬉しいんだけど。格好いいし美人だし一々仕草が色っぽいしで私は振り回されてばかりな気がする。
初めて閨を共にした翌日には良く分からない恥ずかしさで顔すら見れなかったなぁ…。今はさすがにそんなことはないんだけどね。
こういう時は気を紛らわせれば何とかなる、はず。
大きな猫がじゃれついてると思えば…大丈夫大丈夫。無心で手を動かせばすぐ終わる!
手が震えないように再び筆先を紙面に走らせる。
うんうん、これなら終わりそう。
そう思った矢先のこと。
「足りぬ…」
「何、っひゃ!」
ぬるりと湿気を帯びた熱が首筋を這う。続いて耳朶をそっと食まれて耳の後ろも舐められた。届く息遣いと唾液の音がやけに生々しく、お腹のところで大人しくしていた大きな手のひらは腰のラインを妖しくなぞり始める。
幾度も肌を重ね交わった宵を思い出してじわりと身体が熱を持ち、堪らず声をあげてしまう。
「んっ、ちょっと三日月さ、ぁっ…」
「どうした?」
「どうした?じゃないですって…!」
ムッとして筆を置き机から三日月さんへと向き直ると、すぐに太股の上に乗せられる。体勢変えるの早すぎませんか、おじじさま。いやいや、それよりも。
「後ちょっとって言ったじゃないですかー!」
「いやぁ、審神者の柔肌から良い香りがしたのでな、つい味わってしまった。はっはっは」
いつ食べても主は甘いなぁ。なんてのんきに笑いつつも、三日月の宿った瞳の奥は蜜事を誘う色気が強い。
私がこの目に弱いこと、解っててやってるでしょ…!
自然と顔が熱くなってしまうのはかっこよすぎる三日月さんのせい。
「はっはっはーじゃないですって…」
抗議してみるけど、どうしても語尾が弱くなる。だって、その、三日月さんに触られるの大好きだし、私も三日月さんに触れたい、し…。
徐々に視線が下がり、視界いっぱいには蒼い布地と白い帯。
「なぁ、主よ」
「はい?」
なんだろう?
顔を上げて小首を傾げると、左手が伸ばされた。長くて綺麗な指がそっと頬をなぞってから、そのまま頭を撫でてくれる。
ふふ、こういうスキンシップは私も大好き。
心地よくて瞼を閉じ腕にすり寄ると、何故か一瞬だけ手が止まった。
「どうし「煽ったのは審神者だからな?」
「えっ…ぅん!?」
抱き寄せられて形の良い唇が重ねられる。数回啄むように触れられるだけかと思って油断した途端、舌が差し込まれた。
「っふ、ぅん」
自分のじゃないような甘ったるい声が恥ずかしくて舌を押し返そうとするのに逆に絡め取られた。
ぴちゃぴちゃとわざと水音を立ててくるのが余計に羞恥心を煽るのに、熱くて、頭の中がふわふわして三日月さんの事以外何も考えられなくなる。
初めは一生懸命動きに合わせていたのに、何度も角度を変えて攻め立てられるうちになすがままになってしまう。
呼吸したいのになかなか離してくれないし、段々苦しくなってきて目尻に涙が溜まり零れ落ちた。
も……なに、も、かんがえられ、ない。
歯列をなぞり、硬口蓋の弱いところを執拗に弄られ、口内を味わい尽くされた頃、ようやく唇が解放される。全身に思うように力が入らなくて、胸元に寄りかかるしかない。
「っはぁ…はぁ…」
「あぁ、すまんすまん。少し苦しかったか」
少しも悪びれた素振りを見せず、魅惑的な微笑で顔を覗き込まれる。見せつけるように数秒前の名残で濡れた唇を舌で舐める仕草にまた身体が火照ってしまう。
「な…んで、きゅうに…?」
「急ではあるまい。俺の膝の上であんなに愛らしい顔をしたのだ。手を出すなという方が酷であろう」
「それは、その…三日月さんの手が気持ち良くて…」
「口吸いは気に入らなかったのか?」
半分意識が飛んでたなんて言えない…。
何も言えずにいると、さっきとはうって変わって羽のように柔らかなキスが降ってくる。
「気持ち良くはなかったのか?ん?」
再び抱え直されて直接耳に囁かれたら、今度は下腹部がじんじんし始める。ダメだ、私は三日月さんの声にも弱いのかもしれない。
「なぁ、主。どうだったのか、俺にその鈴のような声で聞かせてはくれぬか」
「うー……」
恥ずかしくて言えるわけないよ…。
「ふむ。では、今宵はここまでだな」
私を畳に下ろし、立ち上がる三日月さん。ひらりと寝間着の裾が翻る。足元に残る温もりが余計に虚しさを掻き立てた。
待って!
言葉にはならなかったけど、指先はしっかりと袖を掴んでいた。
「もっと…」
「もっと?」
一対の月が私だけを見つめている。
視線を合わせて極上の微笑で甘く促されてしまえば、私の微々たる羞恥心なんてどこかに行ってしまうのを知ってるくせに。本当に三日月さんは、ずるい。
「三日月さんが欲しい…です。三日月さんと……もっと、気持ち良く…なりたい、の…」
言い切って抱き付こうとした刹那、押し倒された。回る視界と、繋がれた右手、顔のすぐ隣に付かれた左手。
目の前には日中の穏やかさなど欠片もない、男の顔をした美しいかみさまが私を見下ろしていた。
「っはは……そんな可愛いことばかりされると」
歯止めが利かなくなる。
耳元で吐息混じりの声が甘く鼓膜を揺らす。
先ほどよりも切羽詰まったような深い口付けにこれからもたらされる熱と快感を予感して、私は繋いだ指先にそっと力を込めた。


早くその熱-アイ-をください

[ 5/12 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -