紅の小華

何度も足を運んだ戦場と、代わり映えのしない景色に苦笑する。自身の率いる部隊の錬度は高く、剣技は洗練されているため多少のことでは刀装すら壊さなくなってしまった。それでもこの地に足を運ぶのはひとえに主の願いをかなえる為である。

***

「小狐丸が、来ない…」
巫女服に身を包んだ主が木札に表示された時間を見て項垂れる。それに合わせて切り揃えられた栗毛がさらりと流れ、花の髪飾りが揺れた。
本丸に呼ぶことが出来ていない小狐丸を迎え入れようと鍛刀部屋に籠り付喪神を下ろすも、かかる時間は望みよりも短い日々が続いていた。
「まぁ、そう落ち込むな。こればかりは運だからなぁ」
「そう、ですよね…。早く三日月さんや三条の皆さんと小狐丸を会わせられるように頑張ります」
「あぁ、ゆるりと待つことにするでな」
疲労を濃く滲ませつつも、それを打ち消すように浮かべられた柔らかな微笑みにのんびりと頷き返す。
幼子にするように髪を梳けば、心地よさそうに目を瞑る審神者。その姿に齢以上の幼さと愛らしさを感じて、天下五剣の一振はほんの僅かに柳眉を下げたのだった。

***


その一件があってからというもの、目撃情報のあった戦場へと赴き繰り返し敵を屠る日が長らく続いている。そのおかげと言うべきか、当初よりは力も付き、探索自体はかなり楽になっていた。まぁ、道に迷うことはしょっちゅうだが。
「さて、今日も行くとするか。物見を放て」
部隊長である三日月の言葉に第一部隊の仲間たちが力強く応え、戦場へと飛び出して行った。
「こんかいはかくよくのじんですよー」
「あいわかった」
真っ先に戻ってきた今剣の言葉に頷き、皆で陣形を整えて突撃する。
「いっちばん乗りー!」
先陣を切るのは主の初期刀、加州清光。本丸内での錬度は三日月、蛍丸に次いで三番目に高い、主自慢の相棒だ。
「おらおらおらぁ!」
太刀よりも軽快に、それでいて確実に敵の弱点を狙う刀捌きは敵の一体を易々と切り伏せる。打刀としての特性を遺憾なく発揮した斬撃は何度見ても見事なものである。
それを皮切りにあちらこちらで金属音と風切音、気合いの入った声など様々な音が入り乱れ始めた。
「俺もやるか」
慣れた手つきで手綱を捌けば愛馬が戦場を風のように駆け抜け、青の狩衣と金の髪飾りが優雅に翻る。涼やかな音を立てて抜刀すれば真昼の陽光に三日月が浮かび上がった。
一瞬で敵に肉薄し、本体を敵の右肩から左腰にかけて一閃すれば、骨肉を断つ重い手応えと共に断末魔が上がった。倒れたかさえ確かめずに馬を駆り、軽く刀身を振る。付着した赤い液体を払った美しき太刀の付喪神は次なる獲物へと緩く視線を向けたのだった。

「はい、戦闘しゅーりょー」
「ほーい。次に行きますかっと」
かわす言葉は軽くとも加州と蛍丸は周囲に警戒を怠らない。
「みかづき、まいごにならないようについてきてくださいね」
「あぁ」
心配そうに振り返る今剣へ穏やかな笑みを返しつつ、彼も一通り近くの気配に神経を研ぎ澄ませた次の瞬間。
耳に届く尾を引く発砲音とかすかに漂う硝煙の臭い。肌で感じる膨れ上がる殺気。
ハッとして右手を見れば、歴史修正主義者たちの残骸が騎馬の足元に転がってきた。聡明な光を宿す瞳が映すのは、自分たちとは似て非なる治安維持部隊の一団である。
「検非違使とやらか」
三日月の呟きは部隊員が得物を鞘から抜き放つ音でかき消された。
このエリアに何度も出陣しているせいなのか、いつの間にか彼らに目を付けられたようで交戦になることは度々あった。果たして今日は運が良いのか、悪いのか。
そんなことを考えつつ偵察から戦闘を開始する。
「ふっ!」
力を込めて薙ぎ払うも相手の刀装に阻まれて本体まで斬撃が通らない。すぐさま上段からの斬りつけが返ってくるが、刀装の補助で重い一撃を受け止めることに成功する。金属のぶつかり合う音と威圧感が襲うも刃を押し戻した三日月は容赦なく鋼を一閃させた。
「こんなものか」
短く息をはき、次の標的を絞ろうとして手綱を握ると。
「みかづき!!」
背後から飛んできた焦りの声と、息つく間もなく訪れた痛みを伴う振動、回る視界。
馬上から突き落とされた。瞬時に判断した三日月はとっさに受け身をとって勢いを殺すことに成功する。
「っく…」
直ぐに体勢を立て直し損傷を把握する。豪奢な狩衣は埃に塗れ、左側の袖は不恰好に切り裂かれていたが幸いにも骨は折れていない。
しかし先程の体当りで切れたのか、鉄錆びた生温かさが口内をジワリと侵食する。三日月はその不快感に一瞬麗しき顔を歪めると、すぐさま血液を勢いよく地面へと吐き出した。不快な水音と同時に真っ赤な小花が一輪、地面に広がる。
通い慣れた地で、天下五剣として、そして主の本丸で最高の錬度を誇る自負が、油断を招いたというのか。
黒の上質な布で覆われた手で唇に残る紅を乱暴に拭い去り、ほんの刹那、消し去る目標に殺気の籠った視線を飛ばす。数は片手の指と同じ。三日月宗近一人で相手をするには決して少なくはない。しかし、不可能な数でもない。
それならば。
「…本気になるか」
チリチリと焼け付く痛みを感じつつ、ニヤリと獰猛な笑みを口元に浮かべて刀身を構えた。

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