二つの温度

内番を担当してくれているみんなに歌仙がいれてくれた麦茶を届け、私も日影が伸びている縁側に腰を下ろす。今日は書類仕事ばかりだったから大して動き回っていないのに、背中を一筋汗が伝う。
うう、気持ち悪い。床の方がよっぽど冷たくて気持ちよさそう…。行儀悪いけど、少しくらいならいいよね?
思い切って寝転がると、少しだけ固く冷たい木の感触が頬に当たる。やっぱり気持ちいい。次いで両手も付けてぐったりとしていると、床板の軋むかすかな音がした。ゆったりとした歩調に合わせて衣擦れの音が近づいて来てのろのろと視線を上げると。
「はっはっは。随分と暑さにやられているな、主」
「三日月さん…」
穏やかに笑う三日月さんがこちらを覗き込んでいた。身に付けているのは豪奢な飾りのついた正装でも、内番衣装でもない。濃紺の着流しを纏った三日月さんは見目の麗しさも相まって涼しげに見える。
流石美人は無地の浴衣でも映えるなぁ。
緩慢な動きで仰向けになる私の隣に三日月さんが腰を下ろすと僅かに風が起こった。お香でも使っているのか三日月さんの上品な香りが鼻先をかすめる。天上から側の美しい付喪神様に目をやれば、汗一つかいていない。
「三日月さんは平気そうですね…私は溶けそうです」
「まぁ、人の姿形を模しているとはいえ、俺達は刀剣だからな。本体は湿気などに弱いが、仮初の身には熱が宿らぬようだ」
そう言われてみれば、刀剣男士たちに時々触れることがあったが温かい、と感じたことはなかった気がする。それはつまり、人の姿でありながら人の温もりを持たないということと同義ではないのか。
人と同じように笑って、怒って、眠って、ご飯を食べて、働いて、傷付いてるのに。
「三日月さ、」
「どうだ?人の子よりは心地好かろう」
「!」
そっと頬に触れるのは冷たい掌。大きくて美しい、意志を持った指先が慈しむように添えられている。見下ろす双眸には一対の三日月と情けなく表情を歪めた自分の姿が映りこんでいた。
「心配せずとも、俺達は突然いなくなったりしない。主の力になりたいと願っている者ばかりだからな」
先程とは別の意味でハッと息をのむ。いつもと変わらない穏やかな口調を嬉しく思うと同時に、胸が締め付けられる。
こうして不安に思っている私の心を汲み取って、言葉をくれるのに、彼らは。
「ありがとう、ございます…出来れば、もう少し、このままで」
「あい分かった」
頬を寄せると穏やかな声が降ってきて、幸福感と切ない息苦しさにそっと目を閉じた。
せめて、私の熱が貴方に伝わるまでは。

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