茜空に君を想う

定期的に行われる審神者会議から帰ってきた私は、珍しく誰とも言葉を交わさないまま部屋に戻った。空はまだ鮮やかなオレンジ色で、眠るにはまだ早いし夕食だって食べてない。でも、今すぐに布団に引きこもってしまいたいほど疲れていた。
「久々にきつかったなぁ、会議」
口から零れた声は重苦しくて、ついつい苦笑いをする。
今回は上層部の人がたまたま見に来る回だったんだ。彼らは現場をデータでしか把握できない部分が大きいし、自分たちの方針に対する改善案になかなか耳を傾けてくれない面があるんだよね…。
その結果、何故か私たちばかり非を攻め立てられることになっていた。現場の意見を言おうにも、そもそも立場の関係でなかなか話を聞いてもらえないし。日本語が通じないことほど疲れることはない。
…簡単に言っちゃうと余計なお説教まで食らって、とってもへこんでるの!
こんな時に彼氏でも居れば、甘えることだって出来るんだろうけどね。残念ながら私にはそんな存在は居る訳も無くて。
「…少し散歩にでも行こ」
軽装に着替えた私は、誰にも見つからないようにそっと本丸を抜け出した。
向かった先は刀剣男士たちがあんまり来ない裏山。この時間帯は木々の間から差し込む光が茜色になってとっても綺麗なんだ。じっとしてると気が滅入るだけだもんね。
それに、私が落ち込んでいると知ったら、優しい彼らは気を使ってくれることは分かり切ってる。自惚れかもしれないけれど、彼らが心から主の私を大切にしてくれているのが言葉の端々から伝わってくるんだ。
そこでふと、会議が始まる前に他所の刀剣男士が苦笑しながら話していたことが頭を過った。
あまり愚痴ばかり聞かされるときつい、と。
その言葉を耳にした時に、胸が鈍く痛んだ。私も彼らの厚意に甘えすぎていて、知らないうちに嫌な思いをさせているんじゃないかって。
…彼らには、嫌われたくない。きっと身体を動かして、気分転換すればこの胸のもやもやだって何とかなる。というか、何とかする。彼らが居ないときは、自分だけで何とかなったから。
黙々と山道を進んでいくと、広場のように開けた場所に抜ける。
木々の周りには紅葉した葉が散って鮮やかな紅の絨毯を作り上げていた。あまり踏み荒らされていないので、とっても綺麗だ。
「綺麗だなぁ」
気の抜けた声で呟き、一本の木の根元に座り込む。服が汚れちゃうけど、この際気にしない。
木の幹に背を預けて、大きく深呼吸を繰り返す。そのままボーっと夕焼けを眺めていると目頭が熱くなり視界が歪んだ。
あー…思いの外きつかったんだなぁ、今回の。別に誰に見られてる訳でもないし、いいか。
零れる涙を拭いもせずに空を見上げていると、すぐ近くから落ち葉を踏みしめる音が近づいてきた。
「おい」
「っ!大倶利伽羅!?な、なんでここに?」
慌てて涙を乱暴に拭ってから背を向けて問いかける。
「夕焼けを見に来たらたまたまアンタが居た」
良かった…大倶利伽羅なら余計な詮索もしないだろうし…。
いつも通りのそっけない受け答えにほっとする。
「そうだったんだ。あ、えーっと、こ、こんな風に紅葉が絨毯になってて綺麗だ「それで?」
「え…?」
「何で一人で泣いているんだ」
変わらないトーンで、静かに、的確に問いが刺さった。
ひくり、と喉の奥が引きつって、一瞬息が詰まる。
「何か、嫌なことでもあったのか」
「え、と…そういう訳じゃ、ないよ。ちょっと目にゴミが入っちゃって」
「そうか」
一言の後、彼に向けていた背中がふわりと温かくなった。僅かにかかる重さから熱が伝わってくる。
腰に巻いてる布でも掛けてくれたのかな?
そんな軽い気持ちで身じろぎした私の狭い視界に映ったのは、学ランの黒。そして。
「別に、言いたくないなら言わなくていい。アンタの個人的な話なんて興味はないからな」
大倶利伽羅が話す振動が直に伝わってきた。
もしかしなくても、背中合わせで座っていることになる。
え、え!?なにこれどうなってんの??
混乱して固まる私に気づかないのか、大倶利伽羅は言葉を紡ぎ続ける。
「…いいか、これから俺が話すことは盛大な独り言だ」
「うん…?」
「だから別に返事はいらない」
「分かった」
そこで背中側から小さくため息が聞こえてくる。それでも気を取り直したように彼は続けた。
「独り言だと言っただろ」
そうだった…!不機嫌そうな声音に、慌てて一度だけ無言で頷く。
「だから」
不意に纏う空気がほんのちょっとだけ柔らかくなった。
「誰も、何も聞いていない。顔も見えない。誰も居ないんだから、好きなだけ抱え込んでいるものを吐き出したらいいんじゃないのか」
「っ!」
じわり、と瞳が潤う。
「誰も聞いていないから、心の底をぶちまけても気にしない」
そっけない言葉なのに、彼の優しさが背中からも、言葉の端々からも感じられてしまう。
「あ、りがっと…大倶利伽羅…!」
泣きながら伝えた精一杯の感謝の返事は、小さな嘆息と少しだけかけられた背中の重みで返されただけだった。

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