君待ち夜

「しまったあああ!」
広間の壁にあるカレンダーと、手にした今週の遠征組の名前を見て思わず叫ぶ。
やば、大声出し過ぎた!
慌てて両手で口をふさいで、盛大な溜息を1つつく。きょろきょろと廊下の先を伺ってみても、人の気配はない。良かった、誰にも聞かれてないみたい。これで歌仙とかに聞かれていたら大目玉だし。
「やらかしたよ…」
明日は私の誕生日。もう子供の頃みたいに一々周りに報告してプレゼントを貰いたいなんて贅沢は言わない。言わないけど。おめでとうって言われて悪い気分にはならないじゃない!
しかも今年は…
「主殿?」
「一期!」
そう、どこからどう見ても王子様な粟田口のお兄さんが私の彼氏なんですよ。
部屋着姿でこちらに歩いてくると、後ろからお腹に腕が回された。少し遠慮がちに抱き寄せられるから一つ大きな深呼吸。髪を洗って乾かしてきたばかりなのか、爽やかな石鹸の香りを水色の髪に纏わせていた。わぁ、いい香り。
「何か問題でも発生したのですか?」
優しい問いかけに軽く首を振る。
「ううん、ちょっと忘れてた予定があって」
「成程。もし当日人手が足りないようでしたら、今一度編成を変えるのもよろしいのでは?」
「あ、それは大丈夫。ちょっとした事だから!」
私の誕生日だからってことで一々編成変えるのも申し訳ないよ。
緩く回された腕の中で向きを変える。一期さんの方に顔を向ければ困ったような笑顔で私を見つめていた。黄金色の瞳がきらきらして吸い込まれそうになる。
「…審神者がそうおっしゃるのでしたら」
「うん。気にかけてくれてありがとう、一期」
「貴方の為ですから」
目線を合わせてから、ぎゅっと抱きしめ合えば幸福感で胸がいっぱいになる。
好きな人と気持ちが通じただけでも奇跡なんだから、これ以上欲張っちゃいけない。私も一期もこれが仕事なんだから。プライベートとは分けて考えないとね…。
めいいいっぱい大好きな彼の温もりを感じてから、ゆっくりと腕を解く。
「もう審神者は休むのでしょう?部屋まで送らせていただけますかな?」
「えっ…!」
この時間に部屋まで来るって、その…
ボンっと一気に顔が熱くなる。
色々と深読みして口をパクパクさせていると、一期はくすぐったそうに笑った。
「本当は貴方の望み通り、ずっと甘やかして差し上げたいのですが、なにぶん明日の遠征が早朝ですからな。今日は大人しく帰ることにします」
「そっそうだよね!というか私何も言ってないけど!?」
「ははは、そういうことにしておきます」
彼の兄弟たちにするように二三度軽く頭を撫でられてしまえば文句なんて言えなくなる。
「まーたそうやって子ども扱いして」
「ですが私に撫でられるのはお好きでしょう?」
「好きだけど…」
思わず俯いて一期から視線を逸らしてしまう。
確かに優しくされるのも好きだし、可愛いと思ってくれているのもよく分かる。分かるけど、弟君たちと同じ扱いはちょっと複雑だったりする。
両想いで、一線を越えて、もうすでに身も心も一期に捧げた私としては、もうすこーし女性扱いを求めてしまう。
…うん、わがままです。
「そのような扱いだけではご不満、と」
「っ!わがままでごめ、」
謝罪の言葉を言いきらないうちに身体が持ち上げられた。ひざ裏と背中に添えられた腕の上で固まる私。恐る恐る顔を右に向ければ満面の笑みの王子様。光が舞いそうな美貌を間近にすると心臓が跳ねてしまう。
ほんの数センチ身を乗り出せば触れる距離で一度視線を合わせると、黄金色の宝石の奥に情熱が揺らめいたのが分かってしまう。
気が付けば、どちらからともなく唇を重ねた。


翌日。
普段とあまり変わり映えのしない一日を過ごし、普段よりもゆっくりと日が暮れて行った。
お風呂も済ませて、部屋でくつろぎながら現世用の端末を操作すると、普段より多い受信の印が点滅している。
現世の仲が良い友達からは、お誕生日おめでとうの言葉が思い思いの方法で送られて来ていた。中には直接手紙と贈り物をくれた子も居たんだよね。両親に至っては、ちょっと奮発しちゃった!という言葉と共に某高級ホテルのケーキの予約済み画面をスクショして送ってきた。暗に今度の休みは帰っておいでというささやかな主張なんだろうね。
「…みんな、ありがとう」
あーもう、最近涙腺緩いの良くないなぁ。
じんわりと熱くなった目元を手で拭う。ごろん、と布団の上に寝転がると、今度は本丸用の端末から着信音が響く。
遠征部隊からの定時連絡だよね。
…結局何も言えなかったから、一期も一緒に行ってるんだ。
「はいはーい、後で見るからねー」
文面が送られてきたのかと思って放置していたら、ずーっと音が鳴り続ける。もしかして通話?え、何かあったの!?
「はい、審神者」
慌てて繋げば、耳に届いたのは隊長の薬研くんじゃなくて副隊長の一期の声だった。
「こんばんは。無事任務完了いたしました」
「あ、うん。何事も無く終わったみたいで何よりです」
もう、何かあったのかと思って焦ったよ。
一安心して短く息をはく。
「いきなり通話してくるからちょっと心配しちゃったよ」
「それは申し訳ありません。そのー…今から少し、お時間をいただいてもよろしいですかな?」
少し緊張したように言い淀む一期。こんなに改まるなんて付き合う前みたい。
「いいよー」
「では、」
次の瞬間、部屋の障子が静かに開いた。そこに立っているのは。
「あ、れ…?」
「遅くまでお疲れ様です、主殿」
携帯端末を片手に微笑む一期だった。急いで寝間着を整えてから彼に駆け寄ると、ふわっと花の香りがした。
「え?あれ?遠征は?」
「勿論行っておりますよ。…鶴丸殿が」
端末をポケットにしまいつつにこやかに告げる一期。
「鶴丸?…あ、そう言えば今日は鶴丸見てない!」
「少々貸しがありましたので、代わりに行っていただきました」
「え、何で?もしかして体調でも悪かったの?」
「いえいえ。とても個人的な用事で勝手に代行をお願いしたのです。だから帰って来てから鶴丸殿を責めるのはご容赦ください」
「…分かった。そんなに大事な用事があるなら、昨日言ってくれればよかったのに」
眉を寄せれば、一期は困ったように笑った。
「どうしても驚かせたかったもので…」
「そっか、了解。それで、用事は終わったの?」
「ええ」
頷いた一期が静かにその場に片膝をつき、後ろ手に隠していた物を差し出した。色とりどりの花が綺麗に纏められた、可愛いブーケを。
「審神者、お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて、私を貴方の隣に居ることを許してくれて、本当に嬉しいです。これからも貴女の一番近くで審神者を護らせてくださいね」
忠誠を誓う騎士のように、真摯な瞳で私を見上げる一期に、幸せで胸がいっぱいになる。
「ありがとう、一期…!」
そっとブーケを受け取り、胸元に抱きしめる。
この嬉しさが少しでも伝わるように、私は精一杯の笑顔で笑ってみせた。

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