綺麗で残念なお兄さん
ジリジリと夏の太陽が容赦なく照り付けるいつもの道。セミの大合唱をBGMにしながら、日陰をなるべく選んで歩を進める。
あついあついあつい。どこかの月にいる兎じゃないけど、思考回路がちょっと大変なことになってる。今すぐ会いたいよー…クーラーに。
なーんで私はこんな暑い中外歩いてるんだっけ?あぁ、そうだ。
手に握ったお使いメモにゆるりと視線を向けると、地面からは日差しの熱気が感じられた。温い風が髪を巻き上げて揺らす。
私、受験生なんだけどなぁ。一応。


日陰を選びながら陽炎の立ち上る道の角を曲がると、一つの人影が立っていた。というか、ウロウロしてる。
何なんだろう、あの人。
一言で表すなら、白い。夏の焼けつくような日差しの中で今にも溶けそうな日本人らしからぬカラーリングの人だ。髪の毛も、首も、黒い半袖から伸びる長い腕も、私よりずーっと白くて綺麗。

白滝とか豆腐の擬人化したらこんな色になるのかな、なんて暑さでやられた頭で考えながらすぐ傍を通り過ぎようとしたら。

「Konntest du mir sagen, wo ich einen Supermarkt finden kann?」
「え…」

つい振り向き、立ち止まってしまった…。すると嬉しそうに白滝の擬人化みたいなお兄さん(声が低かったから多分男の人)が駆け寄ってくる。うわ、背高い。

というか、さっきの何語ですか!ここ日本ですよ!しかも英語でもないし!多分!

おどおどしていると彼は何やら不思議な言語を呟き(多分日本語ならしまった!みたいなニュアンスっぽかった)、髪をくしゃりとした。長い指の隙間から覗く髪は日の光を跳ね返して金っぽく輝いている。

「あ、悪ぃ。っとー…スミマセン、近くにsupermarketはねぇか?」

あ、スーパーにはどうやって行くんですか?って聞きたかったんだ…。どうせ私もお使いで行くし、一緒に連れて行ってあげよう。えっと、その前に日本語で答えていいか聞かなきゃいけないか。こういう時はとりあえず英語だよね、英語。落ち着け、椿芽。大丈夫、出来る。
答えるはanswerだし、〜してもいいですかはmay I 〜だから…。

「May I answer your question in Japanese?」
「おう、構わないぜー」

通じたぁあ!よし!私の英語通じたっ!
銀髪お兄さんが頷いたのを確認しただけで舞い上がった私は、流暢な日本語で返してくれたことなんて全然気にしてなかった。(というか後から考えたら、このお兄さんは日本語で質問してくれてたんだよね。わざわざ英語で答えた意味がない…)
とにかく日本語が通じる人で一安心だー。
嬉しさから自然と笑顔でお兄さんの目を見て質問に答える。

「スーパーマーケットならありますよ。私もこれから行くので、良かったら一緒に行きませんか?」
「本当か!?」
「はい。こっちです」

日陰を選びながら銀髪のお兄さんと並んでスーパーマーケットへの道順を辿り始める。体感温度の問題もあるけど、このお兄さんの色素が薄すぎて、日光に当てちゃダメなんじゃないかと思えてきたりしたことも理由の1つだったりする。

「お前いいやつだな!」
「ふふ。力になれて良かったです」
「助かったぜー。ダンケ」

お兄さんの快活な笑顔につられて笑ったら、ケセセと不思議な鳴き声を発した。もしかして笑い声、かな?すごく嬉しそうにニコニコしてるし。人懐っこいお兄さんだなぁ。

よくよく観察してみると髪は銀色だけど角度によって薄い金にも見える。ニコニコ、と言うよりはニヨニヨと喜色を浮かべる目は赤。カラコンでも入れてるのかな。彫りの深い外人さん特有の顔立ちだ。思った以上に鍛えあげられているたくましい腕には薄らと残った傷跡があった。この人、案外やんちゃなのかなーなんて。身に着けてるのはシンプルな黒のTシャツにジーパンだけど、首元にはシンプルなプレートの付いたシルバーのネックレスが揺れている。

全体的な色味だけだと、アルビノの兎っぽい。でも動物に例えるなら絶対犬か狼だと思う。

「俺の名前はギルベルト・バイルシュミット。ギルベルト様って呼んでいいぜー」
「ギルベルトさん、ですね」
「スルーした!?ま、俺様の名前がかっこよすぎるんだから仕方ねぇか」

いや、私何にも言ってませんが…。
うんうん、と満足げな表情で頷くギルベルトさんを見ているとそんなツッコミも飲み込んでしまう。なんか、大きな子供みたいな人だ。

「お前の名前は何て言うんだ?」
「橘椿芽、17才、高校3年生です!」
「17ぁ!?12の間違いじゃね?」
「日本人は童顔なんです!」
「にしても、これで17はねぇだろー」
「あります!周りには大人っぽいねーってよく言われるんですよ!」
「へー」
「あー、その口ぶりだと信じてないですね?」
「ソ、ソンナコトナイゼー」
「視線が泳いでます」

そんなやり取りをしていたら、スーパーまでの道のりなんてあっという間だった。


「何買ったんですか?」
「ジャガイモ!」

大きな紺色のエコバッグを掲げて見せるギルベルトさん。私のエコバッグも同じくらいの大きさのはずなのに、私のものより小さく見えるから不思議だ。やっぱり身長高い人が持ってるからなのかな。
ニコニコと幸せそうに頬を緩めるギルベルトさんに、私も笑顔で賛同する。

「ジャガイモ美味しいですよね。他には何か買いましたか?」
「いや。これだけだぜ」

…え?ジャガイモだけ…?こ、この人大丈夫かな?普通に帰ろうとしてるけど大丈夫かな?いや、でもギルベルトさん凄く満足げな表情してるし、ジャガイモだけ足りなかったのかもしれない。

来る途中で話題に上っていたギルベルトさんの弟さん、弟子であるらしい、キクさん、お友達のフェリちゃんさん、フェリちゃんさんのお兄さんの食卓を少し…ううん、かなり心配しながら、私はギルベルトさんと二人で家路についた。

「ここです」
「お、椿芽ん家って案外菊ん家から近いな」
「そうなんですか!」

遠回りにならなくて良かった…。

「…あの、わざわざ送ってくださってありがとうございます、ギルベルトさん」
「ケセセ!もっと褒め称えていいぜ!」


…私を家の前まできっちりと送り届けてくれる辺り、ギルベルトさんって真面目なんだなぁ。

帰り際に沈みかけた夕焼けの中で見送った後姿は一枚の絵画のようで。
凄く綺麗な人だと、純粋にそう思った。


喋らなければ…ね。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -