ギルベルト・バイルシュミット | ナノ

 世界は今日も

いつもより早く大学の課題を終えた私は、彼氏であるギルの部屋で寛いでいた。ふかふかのソファーに身を預けて携帯をいじっていると、室内は甘い香りに包まれていく。部屋の主はといえば、鍛え上げられた体躯に可愛いパステルカラーのエプロンを付けてお菓子作りに精を出している。
ギルの作るお菓子、とっても美味しいから大好き!カッコいいのにお菓子も作れちゃうとか、ずるいよねー。

台所向かっている広い背中と引き締まったボディーラインをぼんやりと眺める。すると不意にギルがこっちを振り向いた。

「今日の菓子も最高の出来だぜ!さすが俺様!もはや芸術の領域じゃねーか!?なまえもそう思うだろー?なー?」
「ソウデスネ」

…ちょっとウザいのが玉に瑕だけど。

ケセセーと楽しそうに笑い声を上げるギルの綺麗な横顔をソファーから見ていると、不意に握っていた携帯が震えた。…やっと来た。
届いたのは何の変哲もないメール。友人のハナがパーティーをするのでなまえも来て、というものだった。

…それは表向きの話。

そのメールには私が所属している組織からの依頼が記載されていた。依頼は殆どが非合法的に集められた物品を盗み出すとか、破壊して欲しいって内容。たまーに、ごく稀に、暗殺依頼が来たりするけど。

今回のターゲットはカークランド社の所蔵する一冊の魔道書。それを盗み出して欲しいということだった。あの会社、表向きは一流企業のくせに怪しい魔道書を買い集めてるってもっぱらの噂がある。だけど、これは紛れもない事実。CEOのアーサー・カークランドがオカルトマニアらしい。
ま、そんな事は置いといて。とりあえずギルに、夕方から出掛けるからって伝えておかなきゃ。予防線を張っておくに越したことはないからね。

「ギル!今日さ、友達と一緒にパーティーするから夕方から電話出れないよー」
「おー、分かった。俺も今日は夕方から出かけるしな。なまえは何時頃帰って来れそうなんだ?」
「んー」

必要な情報は揃ってるけど、ここってかなりセキュリティー厳しいんだよね。前回行った時も、何にもないはずなのに爆発が起こったり、よく分からない仕掛けがたくさんあった。少し余裕を持って…

「10時にはお開きにするって言ってたから、多分それくらいかなー」
「電車とかバス、ありそうか?」

焼き上げたクッキーを乗せた大きめの皿をテーブルに置いて、隣に腰を下ろすギル。エプロンを丁寧に畳んで皿の横に並べると、すぐに優しく抱き寄せられた。一気に甘い香りとギルの香りで満たされていくと同時に耳元を吐息が掠める。

「もし無いなら迎えに行けるぜ?…オヒメサマ」
「っ!?ギルのバカ!」
「つれねーな」

もう!無駄に色気出さないでよ…!
私の抵抗なんてなんのその。素っ気ない言葉とは裏腹に、赤紫色の瞳は赤面した顔を間近で映し、上機嫌に細められた。

そんな表情まで大好きなんて、私は重症かもしれない。



そんなやり取りから数時間後。

本部から支給された装備と体術を駆使して、無事にカークランド社へと侵入を果たした私は、目的の書物庫に辿り着いた。静寂の中に微かな機械音が聞こえる。空調システムかな?
足音を立てずに背の高い本棚の間を縫っていくと、空調とは異なる、紙を捲る音を拾う。

先客がいるみたい。

右太腿に取り付けてあるホルスターから銃を抜く。そのまま様子を窺うために細心の注意を払い、本棚の陰から顔だけを出して観察を開始する。その距離、約10メートル。

遠目に見ても分かる高い身長としなやかに鍛え上げられた全身を、黒いシャツとズボンが包んでいる。シャツは薄めの生地なのか、その人物の長い腕から背中にかけては筋肉がしっかりついているのが分かった。足元はブーツで、かなりゴツめのデザインだ。まるで軍人がはくみたい。暗がりでも薄っすら光を跳ね返している髪はきちんと切りそろえられている。金髪か、銀髪か。明るさが足りなくて分からないけど、頭の部分には暗視ゴーグルらしきものが確認出来る。

獲物を確認しているのに隙がないなんて、相当訓練を積んでる、か…。相手は男だし、今回の任務遂行は思った以上に厄介かも。

どうやってこの状況を打破するか思考を巡らせる。息を殺して敵の後姿を睨み付けていると、ふと、頭の片隅を銀色が掠める。

…余計なことは考えるべき時じゃない。頭では分かっていても本能が叫ぶ。やめろ、進むな、進むのなら認めろ、と。

でも、ギルって確か元軍人って言ってたよね?でもでも、今は引退したって言ってたし…!
銃を握りしめる手にはうっすらと汗が滲み、力がこもる。
そんな私の動揺を感じ取ったのか、その人物がこちらを振り向いた。

視線が、交わる。

「「っ!?」」

顔を認識した途端、同時に小さく息をのんだ音が空調音に重なる。
暗がりでは妖しく光る赤紫色の瞳が僅かに見開かれたけれど、動揺は一瞬で過ぎ去ってすぐに無表情へと切り替わった。この『セカイ』の顔だ。それは勿論、私もなんだけどね。

心臓は体の中でドキドキと騒ぎ立てているのに、頭はやけに冷静だった。

「引退したって言ってなかったっけ?…ギル」
「第一線を退いた、としか言ってなかっただろ。…なまえ」
「…信じらんない」
「はっ、お前にだけは言われたくねぇな」

ギルの整った面に乗るのは皮肉気な笑み。つられて私も口角が上がる。トリガーに指はかけたまま、距離を詰める。

「今回のターゲットは?」
「こいつの奪取、破棄」

ギルが右手で本を見せてくる。お願い。どうか違うタイトルであって…!
そんな私の小さな祈りは表紙に施された金のタイトルによって粉々にされた。口元に張り付けた笑みが、辛い。さらに追い打ちは続く。

「アンタは?」

その一言で心臓までも静かになっていく。ギルは付き合ってから私のことを一度も『アンタ』とは言わなかった。

「同じ」
「じゃあ…!」

ふっと相好を崩した彼には悪いけど、私も仕事で来てるんだから。なまえとしての恋心は…封印だ。

「ただし、破壊は命じられていない」

表情を作るのすら億劫になった私は、笑うのをやめた。一瞬で変化に気づいた彼に、そして自分に、淡々と現実を突きつけるしかなかった。

「渡してもらうよ、ソレ」
「無理な要求だって、分かってんだろ」
「「…交渉決裂だね(な)」」

お互いの瞳に狂おしいほどの愛しさを滲ませ、殺気を放ちながら、私たちは銃口を突き付け合った。




世界は今日も


何て残酷で美しいのだろう

(ギルもスパイ的組織の構成員って設定。今回は偶然獲物がかぶってしまったっていうね)

prev / next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -