恋人と喧嘩をした。 別になんてことない下らない言い争いを拗らせ、売り言葉に買い言葉を繰り返していたら、いつの間にか財布だけ持って家を飛び出していた。 春の夜風はまだ冷たい。七分咲きの桜がゆらりゆらりと揺れていてまるで俺の今の心情を表すようで少しだけ憎くなる。 東京の夜はなんでこんなに寒いのだろう、大阪とさして変わらない筈なのに、行き交う人一人一人が温かくない。自分以外を拒絶しているような、それでいて孤独を嘆くような、そんな死んだ目をしているサラリーマンや予備校帰りの学生や化粧が厚い夜の蝶が怖かった。もっと言うとそういうのに感化されて侵されてゆく恋人の姿を見るのが何よりも嫌だった。 東京にきてから何もかもうまくいかない。仕事も恋愛も人付き合いも。もう大阪に帰ってしまおうか。今日も今日とて従兄弟の世話になるのはさすがに迷惑になる。それならいっそいなくなってしまえば一からやり直せるんやろうか。 「そんなとこ突っ立って何やっとんの?」 不意に聞こえてきた声にふと視線を下げて視界に声の主を捉えれば驚きのあまり息が止まりそうになる。声の主――目の前の少年は自分の恋人とよく似ていた。黒いサラサラの自分とは違う傷んでいない髪に、色白の透き通るような肌、無表情に近い綺麗な顔……ああ、駄目やん、今こんな状態だからそう見えるだけで、この子はただの子どもで……なんで泣きそうになるんやろ。あほちゃうか。 「ちょっと悩み事しとってなぁ」 無理矢理に笑顔を作って吐き出せば思った以上に掠れて出た声に苦笑いする。この子はあいつやない。分かっていてもどうしても顔が強張ってしまうのだ。慌てて誤魔化すようおどけた調子で子どもがこんな時間に出歩いちゃあかんでーなんて言ってやれば、おかん待っとるだけやしと即答された。そんなドライな所も似とるなんてどうしよう、笑えへん。 「君、関西弁っちゅーことは旅行かなんかで来たん?」 「ちゃう。おかんの仕事の関係でこっち来とるんや」 「おーそうか……せやったらおかん来るまで一緒にいてやるで、俺暇やし。」 そう言えば少年の瞳が小さく揺れる。なんやかんや言ってもやっぱりおかんが恋しいのだろう。しゃがみこんで少年の目線に合わせて頭を撫でてやれば、少年は少しだけ悲しそうに微笑んだ。 「あんた、何か悩んどるやろ。」 「え」 「目見りゃ分かるっちゅーねん。」 「あぁ、さっきちょっと好きな人と喧嘩してな……」 何でもないという顔をして少年の触り心地のよい頭を撫で続けようとしたがそれは叶わなかった。次からポロポロと大粒の涙がどんどん流れて黒いアスファルトを汚す。……ガキはほんま怖いわなぁ。なんでこんなに人の心理を見ることができるんやろう。純粋さ故なのかもしれへんな……それやったら俺らはもうとうに汚れて穢れて腐って、手遅れなのかなぁ。昔はもうちょっと俺も素直だったのに、あいつも意地なんて張らなかったのに……俺もあいつもいい年してみっともないっちゅー話やな。 「なぁ、こっち見て」 ぽんぽん、と頭を撫でられて上を見上げる。ああ、いつの間にかこの子よりずっと下に視点があったんかとまだ膜が厚くぼやけた視界に少年を捉えると少年は俺の手に何かを握らせてにっこり年相応の笑顔を浮かべた。 「おまじないや。幸せになるおまじない」 結んだ掌を開いてみればちっこい緑のハートが4つならんだ一本の雑草があった。照れながらも頬の横をかく少年の姿は恋人のまさにそれで、再び戻ってきた涙が溢れてきたところで、突然鳴ったポケットに入っているスマホのコール音に俺も少年も目を丸くする。 「大丈夫。絶対に大丈夫やから」 優しい顔でだいじょうぶ、というはにかむ少年になんだかどうにでもなるような気がして、ディスプレイに表示されたあいつの名前を確認し、通話マークをタッチすれば、目の前の優しい少年は小さな声を残してゆらりゆらりと揺れる桜のように夜風に消えていった。 「謙也さん、おっきい俺をよろしくお願いします」 恋を温めるから迎えにきてよ (もしもし……っ) ―――――――― 『Apple Tea』のうさりんごさんから、60000打のお祝いで光謙を頂きました! 何かリクエストを、とおっしゃって頂いたときに、迷わず謙也さんと財前でお願いします!と言ったらこんな素敵な光謙を書いて頂きました><// 社会人パロとか大好物なので、脳内でひたすらスーツの謙也さんを妄想しまくりました… そして極めつけはショタ財前…!!!きっと既に原型が出来上がってるショタ財前はさぞかしお綺麗な顔立ちをしているのでしょうね…妄想が止まりません(*´`*) 財前と喧嘩する謙也さんと、そんな二人を修復するショタ財前…素敵過ぎるお話に、お祝いして頂けた喜びも合い重なって涙腺が……(;///;) うさりんごさん本当にありがとう御座いました! 私は本当に幸せ者です…! |