その瞳に写らないものを。
必死に忘れようとしていた記憶があった。
忘れようとして、半分忘れることができた記憶があった。
その記憶は、忘れ難く、思い出し易いこと。
―――〈その瞳に映らないものを〉―――
我ながら頭がおかしいと思う。
いつものように夜遅くに銀時と飲みに出て、抱いて、寝て。
いつもと同じように過ごして、いつもと同じようにいとおしく思う。
その日はたまたま次の日がオフで、朝食も一緒に食べようという時、焼けた食パンに対する恋人に、いつもは触れないことを口に出した。
甘い苺ジャム乗っけた上に砂糖を一山盛り出したら、なにか物申したくもなるだろ?
「おぃおぃ…なんでお前そんなに甘いもん好きなわけ?なんでジャムに砂糖なんだよ…」
「マヨネーズの上にマヨネーズなやつに言われたくないね」
「マヨネーズはいいんだよ」
「なんだそりゃ…」
そう言って深く呆れたように溜め息を吐いた。
「甘いもんはな…人の気分を幸せにしてくれるんだよ…。味っつーか…甘さとか…見た目とかで…」
「……女みてぇなこと言うんだな」
「俺が言ったんじゃねーよ」
「あぁ?」
ゆっくり目を閉じ、溜め息混じりに小さく呟く。
「先生が教えてくれたんだ…。まぁ、今はいねーけど」
普段なら、そうかと流す言葉を、銀時があまりにいとおしいそうに話したから、
「いない?」
と話をそれ以上深く求めた。
「荷物ばっか抱えて…、護るもの護って、死んじまった」
ただ、それだけの言葉。
護るもの護って、死んだ。
自分たちを残して。
なにか引っ掛かる。
その銀時の気持ちを、一瞬理解しようと脳が自動的に余計な働きををはじめた。
ぱっと浮かんだ人間が、一人。
「逆になんでお前はマヨネーズ?」
からかうように言う銀時の言葉が、その働きを助ける。
チビで無力で、すがるものがないと生きていけなかったガキの俺を、護ってくれた男のことを。
為五郎のことを。
為五郎。
為五郎の顔が、思い出せない。
思い出せないのに、
地に転がり、睨み付ける為五郎の真っ赤な目玉を、はっきりと思い出した。
「土方?」
嫌な汗が流れた。
心配そうに銀時が顔を覗かせる。
今更、感傷に浸るつもりはない。
「あ、いや…なんでもね…ぇ」
「疲れてんのか?」
「あぁ、」
そんなことがあったのは、二週間前。
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