4 | ナノ


忘れ物の鼓動



狭い教会の中、忙しなく動く人影が1つ。

「これで…、終わり、っと」


大きな荷物をどさりと置き汗を拭う。彼は金色の髪をしている。

彼の名前は平和島静雄。彼はここに住んでいた訳ではない。小さい頃は小さいといえど町に彼の帰る場所があった。しかし産まれながら金色の髪をもつ彼はこの地方には珍しくよく喧嘩を掛けられてた。律儀に全ての喧嘩を買っていると彼の名前は有名になっていく。不運な事に彼は喧嘩に強かった。そんな彼を倒したら何百万など賞金が掛けられるほどになった。喧嘩の内容は次第にエスカレートして彼の家族を狙う非道な者まで出始めた。彼の家族は自分達に何かあっては困ると彼を教会に預けた。それが約1年程前の事だ。町外れにある教会は彼の正体を隠すにはうってつけだ、それに牧師様は彼に迚も優しく接してくれた。

彼の身の上を思っての事なのか、それでも彼には嬉しかった。


***


「静雄くん、ここはもう大丈夫だから、君には海の様子を見てきてはくれないかな?」

「はい、分かりました」

昨日の晩にここら一帯は大しけに見舞われた。海から遠くない位置にあるここも多少なりとも被害にあったので朝から建物の周囲の片付けをしていたのだ。粗方片付いた時、牧師様は静雄に役目を与えた。彼は気付いてないだろうが、力が人より強い静雄は片付けるつもりが物を壊していた。それに見かねた牧師様は彼に海を見てこいと言ったのだ。そんな思いを知らない彼は行ってきますと元気良く教会を後にした。


「案外、大丈夫なんだな」

砂浜へと着いた静雄の第一声がこれだった。彼の予想ではもっと海は荒れていて砂浜にも色々な物が打ち上がっていると思ったのだろう。しかし、実際には海は嵐の後の静けさと言うべきか、実に穏やかに波を織り成していた。砂浜には少しのワカメや昆布等を除いては何も打ち上がっていない。彼はその様子を牧師様に報告しようと踵を返した。

(ん…?)

ちらりと視界に映った黒い影。近寄って見てみると人が倒れていた。

「おい!大丈夫か!?確りしろ!!」
彼をゆさゆさと揺すると力無くだらんとなった手が一緒に揺れる。

「う…、ん…」

彼は静かに呻き声を上げ、うっすらと瞼を開ける姿に静雄は魅入ってしまった。さらさらと触り心地が良く、色はまるで全ての黒を溶かし込んだ様な艶やかな黒髪、長くしなやかに伸びる睫毛に隠されたルビーの様に紅く燃えている瞳、高く形の良い鼻、薄く肉付いて鼻と同じ形の良い唇。それに加えてきらきらと輝かしい位の装飾品が付いている服。静雄が着ている修道服とは大違いで、まるでお伽噺から出てきたような人だった。そんな彼に静雄は胸が高鳴る。所謂一目惚れだ。

「起きたか、立てるか?」
魅入っていた事にはっと気付き静雄は彼に自力で立てるかと聞いた。彼は少し逡巡した後、首を横に振る。彼の様子では海に落ちて岸に辿り着いたのがせいぜいだろう、それなら自分で立てないのも無理無いと静雄は自己分析した。この場所から彼を安全な場所に運ぼう、しかしどうして運ぼうかと考えていた静雄は良い案が浮かんだのかしゃがみこみ彼を背中に乗るよう指示する。

背中へと体重を預ける彼は静雄より体温が低いのかそれとも海に落ちたので体温が下がったのか、少しひんやりとしていた。冷えている体をどこで暖めようかと考えた静雄だったが、教会しか頭に浮かばなかったので教会へと彼を連れて帰ろうとした。

(……なんだ?)

彼はふと後ろの海にある大岩をちらりと見たがすぐに前を向いて歩き出す。

(何か視線を感じたんだが…気のせいか…?)

静雄が歩き始めた時に静かになった海からぽちゃんと何かが海へと入る音が鳴ったが静雄の耳には届かなかった。




- ナノ -