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忘れ物の鼓動



「とてもお似合いでございます」
「ありがとう」

きらびやかな調度品の中で一際存在感を出している青年にメイド服の女性が彼の持っている服の感想を言った。青年は一言お礼を言うともう下がっていいと合図する。メイドは一度会釈をすると失礼しましたと部屋を出ていった。

「ふぅ…疲れた。…しかし、あのメイドは実にいい。凄く人間味が出ている」

青年はメイドが部屋から出て行くのを最後まで見守ると傍にあったソファにぼすんと座る。見るからに高級そうなソファは彼を包み込むようにクッション部を凹ませる。彼は独り言の様に呟きクスクスと笑い始めた。

青年の名前は折原臨也。海の近くに聳え立つ崖の上にある城に住んでいる。彼はこの国の王の息子、詰まり王子だ。齢23だがまだ王の座を譲り受けていない。彼は頭脳明晰、眉目秀麗だが一つだけ欠点があった。それは人を愛している事だ。常日頃から人への愛を謳う彼に王様や王妃様は勿論、親族からも忌み嫌われていた。彼は人間を愛するあまり人間から嫌われた。そんな彼でも表向きは堅実に王子を演じた。孤独な人、それが折原臨也であった。

この後彼が人以外のものに興味を持とうとは誰しも考えなかった。


***


「臨也様!外に行ってはいけません!」
「俺を止めるな!ははっ!こんな酷いしけの日に人魚達は深海から舞い上がる。そんな姿、1度見てみたいじゃないか!」

大しけの中海に行こうとする臨也をメイド達は止めに入る。


彼は屋敷の地下にある古書にある伝説を見つけた。その内容は、「新月の日に人魚が海から出てきて唄を歌うと云う」とゆうものだった。
臨也はこの古書を読んで最初に湧いた感情は嫌悪だった。嫌悪を抱くのは無理もない。人間でないもの、つまり彼の憎むべきものが月に一度この近くに出てきてると云うのだ。これ程不愉快な事は無いだろう。その次に湧いた感情は興味だった。そう、只ひたすらの興味。自分の知らないもの、つまり人魚を知りたくなった。否、見てみたくなったのだ。
最初に抱いた嫌悪に勝った興味だけが今の臨也を大しけの海に駆り立てていた。

メイドの制止を振り払い、臨也は海に突き出した大岩の元へと走り、その上に立った。
雨風が強く気を抜くと海へと落ちそうになる。人魚はまだかとはやる気持ちを押さえながらその者が現れるのを待った。しかしいくら待てども待てども現れない。それよりか天候は悪化していくばっかりでとうとう臨也は立ってられなくなり必死の思いで岩にしゃがみしがみつく。

「ーーーー!!」

「え?ッ!」

目を閉じしっかり岩にしがみついていると波の合間から声が風にかき消されながら臨也の耳に届く。臨也が海を見た刹那、横から大波が押し寄せてくるのが見えた。見る間に波に拐われた臨也は必死に藻掻いた。次第に体力も酸素も失い、意識をゆっくりと手放す。その時ふわりと体が浮かぶ感覚を体から感じる。

(なんだろうか…。この温かさは…)

重たい瞼をうっすらと開ければ目の前にぼんやりと人の姿があった。ぼやけたシルエットしか見えなかったのでどんな姿をしていたかは分からない。そこまでで意識が切れた。


***


「大丈夫か!!確りしろ!」
ゆさゆさと揺らされた振動と声で臨也は目を醒ました。
目の前には金色の髪を生やしている青年が立っていた。青年は臨也より一回り大きな体だ。彼が羽織っている服はこの町の外れにある教会の修道服。

「う…ん…」

ずきずきと痛む頭痛に顔を顰めながら修道服の彼を見上げる。

「よぉ、起きたか」
立てれるか?

と彼は訊ねるが臨也は首を横に振る。
すると彼は臨也をおぶった。この方が運びやすいらしい。
ゆさゆさと揺れる名も知らない彼の背中で臨也は思った。


あの時助けてくれたのは黒色の髪ではなかったか、と。




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