2 | ナノ


忘れ物の鼓動


「…これにて誕生祭を閉会する」

「ーーど。おい、帝人!」
「…へっ?えっ!?何?」

急に後ろから自分の名前を呼ばれ帝人ははっと顔をあげ振り向くと正臣が立っていた。

「何?じゃねえじゃん。誕生祭終わったのにぼけーっと座ってさ。大丈夫か?」

帝人は大丈夫と呟き周りを見渡した。正臣の言う通り式典は既に終わっており、周りの大人達は片付けをしていた。その片付けとやらも終わりを迎えている。

「大丈夫、ならいいけどな…。帝人にしては珍しいじゃん。何か考え事か?」
正臣は帝人に水を渡しつつ言った。

「うん、式典が終わったら何処へ行こうかなって」
ありがとうと言い正臣から水を受け取る帝人は考えてた事を正直に言った。
いつもなら長く感じる誕生祭も短く感じる程深く考えていた。それ程帝人は外の世界を見てみたかったのだ。

「本当、帝人は好きだな。あー、そんな帝人に凶報だ」
帝人と正臣は会場から出て話始める。
「もしかして…、しけ?」

正臣は呆れた顔をした後、ばつの悪そうな顔をして言った。帝人は自分の中で考えていた1つの可能性を口にする。ついこの間正臣と話していた時に気付いた海の変化。もうじき海が荒れる、と。

「あぁ、その通り。だから今日は駄目だとさ」

正臣は肩を竦めた。帝人はふぅんと呟くと正臣から視線を逸らし遠くを見詰める。その姿を見た正臣はそそくさとこの場から離れていった。

(…人魚姫様が駄目だと言っても今日だけは…。姫様、僕を許して下さい)

帝人は決心したかの様に海面を見詰め一息に海上まで泳いだ。中場辺りまで来ると海はうねり、荒れていた。ぼやぼやしていると流れに流されそうになる。無理に泳ぎ海面から頭を出した時には息が切れていた。
「っはあ、はぁ、はぁ。ここが、外…」

外は海中よりも酷い荒れ模様だった。ざぁざぁと音を立てて落ちてくるもの、これは雨だろうか。想像していたよりもそれは冷たく降り注いでいた。よく見れば帝人の近くに大きな岩があった。海岸沿いに出たようだ。帝人は暫く外の世界を漫喫しようとここに立ち止まり、そろそろ帰ろうとした時岩場に黒い影が浮かび上がる。

「え、こんなしけの日に…。あれは、人間?」

帝人は目を疑った。何故ならその人間らしきものは必死に岩場にしがみ付いていたのだ。正臣から聴いた話では自分に危害が加わる様な事等はやらない、そういう賢い生き物だ、と聴いていたので吃驚したのだ。

「…あぁ!!危ないっ!」
帝人はそう叫んだが彼には届かない。彼の横から大波が迫って来ていた。見る間に彼は波に拐われ岩場から居なくなった。帝人は反射的に「助けなくては」と思い海に潜った。波に揉まれ力無く浮遊している彼を帝人は抱えて込み海岸へと急いだ。

「っ、確りして下さい!はぁ、はぁ、確りして!」
砂浜の波が来ないギリギリの所まで彼を運び寝かせた。声を掛けても返事が無いどころかぴくりとも動かない。彼の頬をぺちぺちと叩いたがそれでも返答は無い。胸に耳を強く当てるとトクントクンと規則的に鼓動を打っていて一安心した。すると彼は少し震えた後水を吐き、規則正しい寝息をたて始めた。

(良かった…)

よく見ると人間は男の顔をしていた。彼の顔は綺麗でその綺麗さを黒髪が纏め引き立てていた。帝人はまじまじと顔を覗き込む。何だか帝人は急に頬が熱くなるのを感じた。

(へ、ど、どうして…?)

帝人は頭の中がパニックになりおかしくなりそうだった。

「は…、ふぁ…あ」
その時帝人の口から大きな欠伸が出る。彼の顔に見とれていて気付かなかったが疲れが溜まっていたのだろう。急激にどろっとした睡魔に襲われる。どんどんと薄れていく意識に身を委ね、帝人はその場で寝入った。


***


「ふぁ…あ、ん…?ここは…」

未だ太陽が水平線から出てこようとしている時、帝人は意識が覚醒した。荒れていた海は静けさを取り戻し、土砂降りだった雨は止んでいた。

(これからどうしよう…)

帝人はぼんやりとこれからの事を考えているとサクサクという砂浜を歩く音が遠くから風に乗って微かに聴こえてきた。

(どうしよう…。あ、海に隠れれば…)

急いで海へと飛び込む。すれ違い様に足音は人間の傍へと駆け寄る。帝人はそっと見付からない様に岩場の影から成り行きを見守っていた。

「だ…じょう…か!!…い」
遠くからなので相手の話声は聴こえない。金髪で黒を基調とした服を着込んでいる人間は背が高く、恐らく男だろう。彼は砂浜に寝転がる人間を抱えて何処かへ立ち去ってしまった。
金髪の人間は一瞬此方を見た様な気がした。

「もう、帰らなきゃ…」

帝人は金髪の人間より、あの大しけの海に来た黒髪の人間が気になっていた。しかしこれ以上此所に居たって埒が明かない。帝人は素早く潜ると一気に深海へと戻って行った。


心に掛かるもやを振り払う様に。






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