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忘れ物の鼓動


岩に座っている少年は周りにいる魚達に囁くよう呟いた。

「僕もやっと18歳になる…。外の世界はどんなのだろうか…」

きらきらと目を輝かせている彼の名前は「竜ヶ峰帝人」
人魚の世界では珍しい男だ。現に男の人魚は帝人を含め2人しか知らなかった。しかし、彼自身にはその自覚など全く以て無い。人魚の世界を左右する程の力を持っているのに…。
当人は、未だ見ぬ世界に想いを馳せているところだ。未だ見ぬ世界とは外、つまり海上の事。人魚は男女関係無く18歳の誕生祭を迎えるまで海の底から出てはいけないと云う規約がある。その規約に従わなければ人魚姫が体裁を下す、と言う噂だ。人魚姫は絶対的な存在であり裏切れない。帝人はその噂を信じ18歳まで辛抱を重ねた。彼の幼なじみの人魚、紀田正臣は帝人よりも先に18歳になったのでよく外に行っては帝人にその話をしていた。

「よう、帝人!こんなところで何してんだ?」

海面をうっとり見詰める帝人に声を掛けた人魚こそが紀田正臣、本人だ。
彼は黄色掛かった橙色の尾を持っている。

「…うわ!正臣じゃないか!吃驚させないでよ」
帝人の肩はびくりと跳ね、振り向き少し正臣を睨み付けた。

「おいおい、勝手に驚いたのに俺に責任を擦り付けようってか?折角今日も外の話をしようと思ったのに、」
「外の話!!ねえ、今回はどんな目に遭ったの?」

正臣は肩を竦ませ、睨む帝人に文句を言う。しかし正臣が言い終わるよりも早く帝人は外の話を催促した。目はきらきらと正臣を凝視し、観念したかの様にはぁと1つ溜め息を付く正臣。

「…まあいいか。ええっとな、今日は何の話が聞きたいんだ?」
「そうだなあ…。あ!あの断崖絶壁の上に住んでいる王子様の話…なんてある?」
「王子様ぁ?まあ、あるっちゃあるが…なんで王子様?」

正臣はくるりと背を向け得意げに話のリクエストはあるかと聞いてきた。帝人は色々考えた後、正臣が時たま話す「王子様」の話は無いかと訊ねた。その言葉を聞いた正臣は訝しげに帝人を見、理由を訊ねた。

「んー…まあ、何となくだよ。何となく」
「何となくならいいけどな。…。帝人、分かっちゃいると思うが…、人間に恋するなよ」

「分かってるよ、そのくらい」

帝人は口を濁す。その姿を見た正臣は至極真剣な声音で言った。正臣に帝人はかんま入れず答える。帝人は正臣の極度の心配性に正直うんざりしていた。人間などに恋する筈無いとこの時は思っていた。

「あ…」
「…帝人も気付いたか」

ひくりと鼻を動かし振り返る帝人に正臣は言った。

「うん、外の話を聞くのに夢中で今まで気付かなかったけど…」


しけが来る


帝人は心配そうに眉を下げた。






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