身体にいいかも
「ふん、ふ、ふ、ふ〜ん……♪」
ここはおなじみ、猫はやみんのおうち。
台所では、なにやら猫はやみんが大きな瓶を相手に、鼻歌交じりに何かの作業をしています。
「よ……っと。うん、このくらいの大きさがあればいいよね」
猫はやみんは大きくうなずくと、瓶をてちてちと流しへ持っていき、きれいに中を洗いはじめました。
とりあえずその瓶は干しておいて、今度は傍らの紙袋から何かを取り出しました。
どうやら、先日採ってきた青梅のようですね?
「これを、ふき、ふき、ふき……っとね♪」
傷をつけないようにヘタをとった青梅を、猫はやみんは柔らかい布で一つ一つ手に取ると、ていねいにこし、こしとほこりを拭き取ります。
「にゃん、にゃ、にゃ、にゃ〜ん♪」
「……どうしたのだ、アツシ?」
そこへ目をこすりながら顔を出したのは、居間でお昼寝をしていた猫まいたんでした。
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「いや、そろそろ起きようと思っていたからいいのだが……」
目を覚ましたら、隣にいたはずの猫はやみんがいなかったので、ちょっとだけ探していたのはナイショです。
「ところでそなた、何をやっているのだ?」
「ん、いい青梅が手に入ったから、梅酒でも作ろうかと思ってね」
みれば、猫はやみんの手元にあるのは先日森で見つけた青梅ではありませんか。
「梅酒……酒なのか?」
猫まいたんは、ほんのちょっと眉を寄せました。
「うん。お酒といってもこの梅とか、果物を漬けこんだ果実酒だけどね」
「果実酒……果物からお酒ができるのか?」
猫まいたんはちょっと目を丸くして、瓶をじっと見つめています。
「そうだよ? この間うめゼリー作ったでしょ?」
「ああ、あれはうまかったな」
「あの中に入っていた梅って、梅酒を作るときに出来たのを使ってるんだ」
猫はやみんの解説に、猫まいたんはほう、という顔をしました。
と同時に、興味と、ゼリーの甘さとおいしさがよみがえってきたりして……。
「マイ……よだれ、よだれ」
苦笑交じりの猫はやみんの声に、猫まいたんは慌てて口元をぬぐい――引っかけられたことに気がつきました。
猫まいたんの眉が、見る見る急角度に持ち上がっていきます。
「だ、だましたなっ!?」
「あはは! だってマイったら、すごく食べたそうな顔してるんだもん」
「あ、いや、そのな……で、これはもう完成なのか?」
これ以上話を続けるとまずいと判断した猫まいたんは、しっぽをぱたんと一振りした後、咳払いなんかしちゃったりして強引に話をねじまげました。
――マイったら、照れ隠ししなくてもいいのに。
でも、そんなことを言ったら次にはぐーが飛んでくるのは間違いないので、話をあわせることにします。
「うん、あとはこれをこうやって……」
青梅の三分の一の量の氷砂糖を瓶の底に敷きつめ、青梅を丁寧に中に入れた後、その三倍の量のホワイトリカーを静かに注ぎこむと、丁寧に蓋をします。
「で、これで準備OK」
「? すぐに食べられ……いや、飲めるのではないのか?」
猫まいたんは顔を赤くしながらわたわたと言い直しましたが、猫はやみんはあえて知らんぷりをしてあげました。
「うん、しばらく漬けておかないといけないんだ」
なんとなくいやーな予感がして、猫まいたんはおずおずといっていい口調でそっと尋ねました。
「……どのくらいだ?」
「んーと、三週間くらいかな? でも、本当にいい味が出るには何か月か置かないと……マイ!?」
「そんなに、かかるのか……」
なんと、猫まいたんは耳もしっぽもしゅんとたれて、思いっきりがっくりとうなだれているではないですか。どうやら、またあのおいしいゼリーがすぐにでも食べられると思ったみたいですね?
そんな様子を見て、猫はやみんはくすりと小さく笑った後、猫まいたんにそっと耳打ちしました。
「これは無理だけど、他のはあるよ?」
「な、なぬっ!?」
猫まいたん、たちまち耳もしっぽもピンと立ちました。目も何だかきらきらしちゃったりして、ちょっと前のめり気味になってたりします。
「あ、あ、あ、あるのか? それがっ!?」
「ん、ちょっと違うけどね」
そう言うと猫はやみんはごそごそと流しの下をあさり始めました。
「?」
「ん、あったあった……はいっ」
次の瞬間、猫まいたんは目を丸くしてしまいました。そこには梅酒と同じ瓶がいくつもあるではありませんか!
「左から、レモン酒、イチゴ酒、ヤマモモ酒、プルーン酒だけど……どれにする?」
「……あー、その、だな」
猫まいたんの顔に明らかに迷いが浮かびました。何しろお酒なんて飲んだことがないのですから当然です。それに、これらの瓶からは既に果物が抜かれていたので、なんというかこう、楽しみがないように猫まいたんには感じられたのです。
「……やめとく?」
「う、その……」
「残念だなー。これって砂糖をいっぱい使ってるから、とっても甘くておいしいのに……。それに健康と美容にもいいらしいって」
ぴくり。
猫まいたんの耳が激しく動きました。
「あー、残念だなー。じゃあこれはしまおうかな……」
猫はやみんは瓶を再び流しの下にしまおうとするのですが……なんでこう、微妙に声が棒読みなんでしょうか?
でも、猫まいたんは先ほどの言葉で頭がいっぱいで、そんなことには気がつきません。
――砂糖……甘い、おいしい……そ、そそそして……美容?
……さて、猫まいたんを揺るがしたのはどの一言でしょう?
ともあれ、今まさに瓶がしまわれようとしているのを見て、猫まいたんはいささか慌てた声をあげました。
「ま、待てっ! 誰が飲まぬといった!」
「え、でもー……」
「まあ待つがよい。せっかくそのように効用のあるものを試さずに引くというのも芝村としてどうかと思うのだ。だから、その……ちと、それを試してみようと思うのだが……」
最後の方は消え入りそうな声ではありましたが、それでも猫まいたんははっきりといいました。
「うん、わかったよ……はい!」
猫はやみんはにっこりと微笑むと、小さいグラスに薄桃色のトロリとした液体を注ぎいれ、猫まいたんに渡しました。グラスはお外からの光を受けてきらきらと輝いています。
「きれいだな……」
その美しさに、猫まいたんがしばし目を奪われます。
「ヤマモモ酒だよ。匂いをかいでごらん?」
「こ、こうか?」
グラスをそっと近づけると、甘い香りが鼻をくすぐります。
「ほんのちょっと、なめてみて?」
言われるままに、猫まいたんはグラスを傾け、ちるちるとヤマモモ酒をなめてみました。
一瞬、アルコール特有のつんとした感じが鼻をつきましたが、すぐに強い甘みとヤマモモの香りが後を追いかけて、口いっぱいに広がります。
「どう?」
「う、うまいな……」
「ちょっと待ってね、そのままだと飲むには強いから……」
猫はやみんは一度グラスを返してもらうと、中身を大きめのコップにあけ、もう少し足した後炭酸水を加えて混ぜました。
「はいっ、どうぞ」
「う、うむ」
猫まいたんはこくりと一口飲んでみると、さきほどより味は弱まりましたが、まるでジュースのようにおいしく飲めます。
「うむ……アツシ、これはうまいぞ」
「でしょー?」
にっこりと微笑む猫はやみんに、猫まいたんはうなずき返しながら、こくこくとグラスを空けました……。
で、三〇分後。どうなったかといいますと……。
「こらあちゅし〜。そにゃた、わらひのはなひをきいているにょか〜」
「あー、はいはい……」
仕方なさそうな猫はやみんの視線の先には、頬をほんのり桜色……というには少々濃いくらいに染めた猫まいたんが、すっかりぐでぐでになっておりました。
――まあ、しかたないよねえ……。
テーブルの上には、猫まいたんが空にしたグラスがいくつも転がっています。
猫はやみん、あんた一体何杯飲ませたんですか。
「あちゅし!」
「え? ……うわっ!」
ぎゅー。
自分の話を聞いていないと思ったのか、猫まいたんはいきなり猫はやみんをぎゅーしてしまいました。猫はやみんは慌てて振り向こうとして――猫まいたんの潤んだ瞳が目の前にあるのを見て、すっかりどぎまぎしてしまいました。
「だいたいそにゃたはだな〜」
「はいはい……」
泣く子とトラ猫まいたんには勝てません。
やがて、猫まいたんは猫はやみんにしがみついたまま、くうくうと寝息を立て始めてしまいました。
「やれやれ、やっぱりこうなったかぁ……」
実は、猫まいたんは以前にもケーキのシロップで酔っ払ってしまったこともあったのです。そのときのシロップにはブランデーが入っていたそうですが。
分かってんなら、よしなさいって。
……計画的犯行ですか?
「にゅ〜、あちゅし〜……」
「……ま、いいや。こうしてマイが抱きついてくれたんだしー」
猫はやみんは、くすくすと笑うと、寝言を言う猫まいたんの髪をさらさら、さらさらと撫でてあげるのでした。
……やっぱ、確信犯?
***
こうして、今日もにゃんだ〜ランドの一日が終わります。
これから先、たとえ日は移り、季節は過ぎ行こうとも彼らの笑顔と笑い声が絶えることはないでしょう。
ここはにゃんだ〜ランド。誰にでも幸せが訪れる世界なのですから。
*きらら、きら、きら、きら♪*
ああ、もう魔法が切れる時間です。
え? これから先は見られないのかって?
そんなことはありません。
あなたが信じる心を失わなければ、にゃんだ〜ランドへの扉はいつでもあなたを待っているのです。
でもね、今はお休みの時間。そろそろ幕といたしましょう。
それではみなさん、おやすみなさい……。
(おわり)
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