虫?
いろいろあったうさ壬生さんたちの模様替えですが、これもどうにか一段落した次の日のことでした。
「よいしょ、よいしょ……」
うさ壬生さんが、昨日出てきたたくさんの服たちを庭に運び出しています。庭先に広げたシートのうえにそれを放り出すと、こんどは丁寧に広げ始めました。
「ミオ、それはなにをやっているのだ?」
聞き覚えのある声にうさ壬生さんが顔を上げると、そこには猫まいたんの不思議そうな顔がありました。
「あ、マイさんこんにちは。何か御用ですか?」
「芝村に挨拶はない……いや、用というほどでもない、ちょっと顔を見に来ただけだ……ところで、それは何をしているのだ?」
猫まいたんは先ほどの質問を繰り返しながら、物珍しそうに眺めています。
「え? ええ、お天気がいいので虫干しでもしようかと思いまして」
「虫干し……?」
「こうやってお日様に当てておくと、服にいいんですよ」
「ほう、そういうものなのか。……それにしてもすごい量だな」
「そうですね。久しぶりなもので、つい張り切ってしまって……」
うさ壬生さんは、ちょっとだけ照れくさそうに微笑みます。
確かに先ほどのシートの上には、さまざまな服がてんこ盛りになっています。
「これでは手が足りるまい。よろしい、私が手伝おう」
「え?」
意外な申し出に、うさ壬生さんは思わず耳をぱた、と動かしました。
「そんな顔をするな。ミオには以前の借りもあることだしな」
これはどうやら、誕生日のケーキ作りのことのようです。
「いえ、でも……」
「まあ、そう言うな。というかだな、やり方を教えてくれぬか?」
「ああ、そういうことでしたらいいですよ、一緒にやりましょう」
いったんは遠慮しようとしたうさ壬生さんですが、結局手伝ってもらうことにしました。
「うむ、まかせるがよい」
猫まいたんの力強い宣言とともに、再び虫干しが始まるのでした。
***
「かなりあったな」
「でも、マイさんのおかげで早く終わりました。ありがとうございます」
「礼には及ばん」
ようやく並べ終えた服たちは、お日様をいっぱいに浴びてうれしそうです。二匹も心地よいのか、その傍らでぽかぽかと日向ぼっことしゃれこみます。
そのままうさ壬生さんが用意した茶などをすすっていたのですが、しばらくして、猫まいたんが何かに気がついたようにふと顔を上げました。
「そういえば、こうするとどのように服によいのだ?」
「そうですね、服にもよるんですが……、悪い虫がつかなかったりするんですよ」
それを聞いたとたん、猫まいたんの表情が何か思案するように変わりました。再びうさ壬生さんのほうを向いたときには、目に意外なほど真剣な光が浮かんでいます。
「……ミオ」
「どうしました?」
「虫干しとやらが効くのは、服だけか?」
「はあ?」
うさ壬生さんは一瞬何を言われているのか分かりませんでしたが、すぐに何か思いついたようです。彼女も妙に硬い表情で猫まいたんを見つめ返します。
「……まさか、ですよね」
「うむ、まさかな」
二匹はお互いに口元にかすかな苦笑を浮かべましたが、目は全っ然笑っていません。てか、これはかなりマジです。本気です。何か企んでます。
お互いに見つめあって、数分がすぎたでしょうか。
「……で、では私はこれで失礼する」
「あ、で、では私も、ちょっと、用が……」
「そ、そうか、ではな」
挨拶もそこそこに、二匹はそそくさとその場を離れるのでありました。
***
ばあんっ!
「わあっ!? マ、マイ。何があったの?」
ドアが乱暴に開けられた大音で、本を読んでいた猫はやみんは慌てて飛び起きます。
「あ、アツシっ! さささ散歩に行くぞ!」
仁王立ちのまま、猫まいたんは一方的に宣言すると猫はやみんの腕をぐいととりました。
「え? 散歩って、どこへ?」
「すぐに分かる、ついてくるがよい!」
有無を言わせぬ勢いで、猫まいたんはぐいぐいと猫はやみんを引っ張り出して行きます。
「にゃ〜〜〜!?」
あれよあれよという間に、猫はやみんは近所の丘へと連れられていきました。そこには日の光が惜しげもなくさんさんと注がれています。
猫まいたんは日差しを確認すると、くるりと猫はやみんのほうを振り向きました。
「そ、そこにうつ伏せになるがよい。どうだ、暖かくて気持ちが良かろう?」
「う、うん、それはそうなんだけど……?」
確かにぽかぽかするのはいいのですが、なんでこうなるのか猫はやみんにはさっぱり分かりません。
そのうち、猫はやみんは背中の毛がちりちりしてるような気がしてきました。
「マイ、暑いよ〜。いつまでこうしてるの?」
「そうか、それでは裏も……」
猫はやみんは鯛焼きですか。
と、そこに背後からなにやら聞き覚えのある声がしてきました。
「なあミオ、何でここで寝転がっていなきゃいけないんだ?」
「えっと、それは、その、ですね……ほらっ、お日さまが気持ちいいですからっ!」
「瀬戸口君?」
猫はやみんの声に、斜面の反対にいた狼さんの耳がぴくりと動き、身を起こしました。
「お、なんだ坊やじゃないか。こんなところでデートか?」
「う、うんまあ、その、なんというか……。でもそれを言うならそっちだって」
「あ、まあ、な。ミオが表に出ようっていうから……」
ぐっち狼さんもどことなく要領を得なさそうに耳の後ろを掻いています。
「うん、実は僕も……何があったんだろうね?」
「さあなぁ……。どうもうちで何かやってたらしいんだが……」
「誰が身を起こして良いといった!?」「タカユキさん、起きちゃだめです!」
起き上がると猫まいたんとうさ壬生さんがうるさいので、再び寝転がった二匹ですが、頭の上では?マークが乱舞しまくりです。
その傍らでは、うさ壬生さんと猫まいたんがお互いに視線を交わしています。
――効果、あるでしょうか?
――分からぬ。が、期待はしてもよかろう。
黙ったまま、二匹は深くうなずくのでありました。
***
「ふええ、僕もう喉がからからだよ……」
「俺も、同じく……」
ふらふらになった二匹は、視線を猫まいたんたちに向けますが、こちらはずっと知らんぷりのままでした。
過去の経験から、こうなるといくら聞いても無駄であることを熟知している二匹は顔を見合わせると深いため息をつき、うさ壬生さんたちに近くの森に行くことを提案しました。
少し歩いたその森ではきれいな泉がこんこんと湧き出ています。
男たち二匹はともかく喉を潤します。冷たい清水が日照った顔を冷やしてくれました。
「ぷわぁ、気持ちいい……。あ、瀬戸口君、あれ……」
猫はやみんが指し示した木の枝には、小さい青い実がいくつもなっておりました。
「ん? おお、これはきれいな青梅だな。少し持って帰るか」
「そうだねー。マイたちも来てごらんよ! いい物がなってるよ!」
意外なようですが、ぐっち狼さんはそれなりにこういった食べられる木の実とかに興味があるそうで、彼の家の庭にはいくつか果物のなる木が生えているそうな。
ほら、ののめーさんがそういうの好きですから。
「タカユキさん?」「アツシ、なんだそれは?」
「いいからいいから、さ、はじめますか」
結局二匹は何のために寝かされたのかは判りませんが、ともあれその日は青梅のほか、果物を採ってだいぶ楽しそうでしたとさ。
前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]