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模様替え


 一方、ちょっと時間をさかのぼりましてその日のお昼ごろ。
 こちらはうさ壬生さんとぐっち狼さんのおうちです。最近はずっと一緒に住んでいる仲のいい二匹のこと、おうちの中もさぞやらぶらぶ……と思いきや、なんだかちょっと様子が変ですよ……?
「う、うう……」
 おうちの中では、二匹が何かの盤を挟んで向かい合い、なにやらにらみ合っています。あたりの空気はピンと張り詰め、触れたらまるで切れそうなぐらいです。
「どうした? もう降参か?」
「ま、まだですっ! まだ負けません!」
 額に汗まで浮かべながら、うさ壬生さんは厳しい表情のままきっぱりと言い放ちました。ぐっち狼さんはうっすら笑いを浮かべながら盤面を見つめます。盤上には白と黒の丸いチップがいくつも置かれていました。
 ……リバーシじゃないですか。
 よく見れば、それぞれのチップにはお互いの姿が書きこまれています。どうやら例の一件から、逆に二匹の間ではマイブーム状態のようですね。
「ぬうっ!」
「とやっ!」
 それにしても、このかけ声はまるで格闘技なのですが……。
 そうこうしているうちに、盤面はみるみる黒く塗りつぶされていきます。
 ――こりゃもう決まったな。
 ぐっち狼さんは余裕の表情でしたが、ふと怪訝そうな視線をうさ壬生さんに向けました。なんと、うさ壬生さんはうっすら笑っているではありませんか。
「ミオ……?」
「タカユキさん、あなたの負けです」
「なんだと!?」
 驚愕するぐっち狼さんには答えず、うさ壬生さんは冷静にチップをあるマスに置きました。パタパタとチップがひっくり返っていきますが、まだ逆転にはほど遠い状態です。
 ――なんだ、単なるハッタリか。
 ぐっち狼さんはゆうゆうとチップを取り上げ――そこで手が止まります。
「お、置けない……?」
 そう、今のリバースで、ぐっち狼さんのチップを置く場所がなくなってしまったのです!
「タカユキさん、どうしました?」
「くっ……パ、パスだ。……ああっ!」
 ぐっち狼さんが本当に驚いたのはこの時でした。なんと、うさ壬生さんが巧妙にチップを置いていくせいで、次々にパスさせられてしまったのです。
 盤面はあっという間にうさ壬生さん絶対優勢に傾いていきます。
 ぐっち狼さんも必死で追いかけるのですが……ついに、白旗を上げるしかありません。
「ま、負けたぁあ……」
「ふふっ、では決まりですね。今日はお掃除と模様替えですよ?」
 でーんとひっくり返ってしまったぐっち狼さんに、うさ壬生さんはいたずらが成功した時の子供のような笑みを浮かべました。
 これにはぐっち狼さんも苦笑するしかありません。
「仕方ないな。じゃあちょっと本気を出させてもらうとするか」
 ぐっち狼さんはよっこらしょと立ち上がると、軽く肩をすくめるのでした。

   ***

 押入れの中やたんすの中身を出してみると、どうしてこんなにと思うほどの荷物が出てきます。うさ壬生さんはえっちらおっちらと荷物を運び出して並べなおし、いらないものはゴミ箱へと放りこんだりしましたが、ふとその手が止まりました。
 荷物の中から出て来たのは、アルバムでした。中には二匹が旅行に出かけたときの写真などが挟まっています。
 ――そういえば、最初はケンカばかりでしたね。
 うさ壬生さんがくすくすと笑い出すのを見て、大物の荷物を運び終えたぐっち狼さんも何事かとやってきました。
「ミオ、どうしたんだ?」
「タカユキさん、これ……」
「ほー、この写真、こんなところにあったのか」
 ぐっち狼さんの目も、懐かしげに細められます。
「そういえばあの時、お前さんったら……」
「あ、そ、その話はしないでくださいっ!」
 顔を真っ赤にしたうさ壬生さんが、ぽかぽかとぐっち狼さんを叩いたりする一幕もありましたが、なんだかんだわーわーと楽しそうです。
 でも、はっと気がついてみれば、たっぷり時間は過ぎているわけでありまして。
「さ、さーて、続きに戻るか……?」
「は、はい……」
 二匹は慌てて作業に戻っていくのでありました。

 そんな中、がさごそとぐっち狼さんが引き出しを片付けていると、奥からなにか布に丁寧に包まれた小箱が出てきました。
「ん? なんだこりゃ?」
「あっ! そ、それは……」
 後ろで服を整理していたうさ壬生さんが、その声を聞いて慌てて振り返ります。そのようすにぐっち狼さんは眉を寄せました。
「ミオ、お前のか? 何だこれは?」
 返事がないので包みを開けようとするぐっち狼さんですが、急に背後で何かの気配が膨れ上がりました。
何事かと振り向くと、うさ壬生さんが飛びかかってくるではありませんか!
「ぬおっ!?」
 攻撃をギリギリ紙一重のところでかわすと、ぐっち狼さんも体勢を立て直し、じりじりと位置を変えていきます。
「それは開けてはいけませんっ、返してくださいっ!」
「なんだよ。なんで、そんなに慌てるんだっ!」
 うさ壬生さんの真剣そのものの戦闘態勢に、ぐっち狼さんの声もつい荒くなりました。でも、うさ壬生さんはそれに答えず、再びにじ、にじとすり足で間合いを詰めていきます。
 ――言わないつもりか。
 ぐっち狼さんの中で何かのスイッチが入り、狼本来の姿が顔を出します。うさ壬生さんはほんの少しだけびくりとしましたが、目はひたとぐっち狼さんを睨みつけています。
「てやあっ!」「ふんっ!」
 それから幾たび丁々発止のやり取りが繰り返されたのでしょうか、二匹とも肩で息をしながら、それでも譲る気配を見せません。
 ――これほどまでに、何を隠している?
 そのことを思うと、ぐっち狼さんの胸にかすかな痛みが走ります。
「てやあっ!」
 考え事をしていたのが隙になってしまったのでしょうか、そこにうさ壬生さんの激しい蹴りが襲いかかり、ぐっち狼さんの手から包みを弾き飛ばしてしまいました!
「ああっ!」「やった!」
 と、そこまではよかったのですが……。どうもいささか強く蹴りすぎたようで、弾みで包みがほどけてしまいました。と、箱から何か紙束が飛び出すと、ばさりと散らばります。
「ああっ!」
 たった今まで勝利を確信していたうさ壬生さんの顔が一挙に――赤くなっていきます。散らばった紙の一枚が、ぐっち狼さんの足元までひらひらと舞い散って来ました。
「なんだこりゃ? ……!!」
 なにげに中を読んだぐっち狼さんの目が点になっています。
 それは……手紙でした。それも、ぐっち狼さんがうさ壬生さんにあてて送ったラブレターではありませんか。
「ミオ、お前……」
「あの、その……わ、私このようなものをもらったことがなくて、その……嬉しくて」
 人差し指をつつきつつ、うさ壬生さんはしどろもどろに白状しています。
 ちょっとかわいいかも。
「……なるほどね」
「きゃっ……、タ、タカユキさん?」
 元の表情に戻ったぐっち狼さんは、うさ壬生さんを思いっきりぎゅーするのでした。
「ありがとうな」
「そ、そんな……こちらこそふつつか者で……」
「そんなことないさ」
 静かな時間が流れます。

 どのくらいの時間がたったのでしょうか。ぐっち狼さんはうさ壬生さんにそっとささやきかけました。
「ミオ……」
「は、はいっ、なんですか……?」
 うさ壬生さんは、我知らず心臓が駆け足になっていくのが分かりました。ぐっち狼さんが顔を近づけてくるので、どきどきはは止まりそうにありません。
「あのな……」
「は、はいっ」
「これ、どうする……?」
「え? あ……」
われに返ったうさ壬生さんの目の前には、目も当てられないほどに散らかった部屋の風景がありましたとさ。

   ***

「や、やっと終わったな……」
「え、ええ……」
 とっぷりと夜もふけたころ、二匹は背中合わせにぐったりと座り込んでいました。ようやく家具の再配置まで終わったのです。服はうさ壬生さんに考えあって隅にまとめられています。二匹ともぐったりと疲れてしまいましたが、それでもお互い嬉しそうに目を見交わしました。
「じゃあ、もう寝るとするか?」
「えっ? えぇと、その……はい」
 うさ壬生さんは顔を真っ赤にしつつ、小さくうなずきました。

その夜。
真っ暗な部屋の中、布団がごそごそと動いたかと思うと、影がむく、と起き上がります。
 ――のど渇いたな。
 ぐっち狼さんでした。
 先ほどの作業のせいか、ぐっち狼さんは寝ぼけ眼のままふらふらと歩き出します。どうやら台所でお水でも飲もうというのでしょう。
明かりはついていませんでしたが、台所まで行くことなどわけもありません。
 普段なら。

 どしん、がらがらがらっ!
「きゃあっ!? な、何が起きたんですか!?」
 何事かと駆け寄ったうさ壬生さんの足元には、先ほどせっかく片付けたはずの荷物が再び大散乱しています。
「い、いやははは、模様替えしてたのをな、忘れてたわ……」
 足元では、ひっくり返ったぐっち狼さんが申しわけなさそうに頭を掻いています。
 そのようすに、うさ壬生さんはでかいでかいため息をつくのでありました。


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