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未来


 それから、更に月日が流れた。

 二〇〇〇年一月一二日(水) 一三〇〇時
   整備員詰め所

 舞は最近、己の体に何かの変調が起きていることを自覚していた。
どことなく全身を倦怠感が覆い、今ひとつ作業にも身が入らない。微熱もあるし、食欲もわかなかった。
「で、私のところに来たというわけですか。ですが、どうせなら正規の医者にでも行ったほうが……」
「他の者にはうかつに漏らせぬ。ましてや、厚志にはな……」
 岩田は頷いた。口ではどうこう言っても彼女の判断は妥当であったともいえる。
 彼の念頭にあったのは、移植の失敗であった。
 確かにあの時はうまく行った。そう確信していたのは間違いない。だが、これは実質初めての試みなのだ。どのような不具合があるかなど知れたものではなかった。
 ましてや、アルラウネ自体が利用可能性が低いとして半ば忘れ去られたものだったのだが、失われた資料の中にこれの致命的欠陥を示すものがなかったとは断言できないのだ。
 ――やはり、無理だったのか?
 岩田は内心に沸き起こった感情を無理やり押し出すと、ともかく検査にかかることにした。
 さすがに大掛かりな検査などここでは出来ないので、舞たちはまた例のラボに移動、そこでいくつかの検査を行なうことにしたのだ。

 そして、数日が過ぎた。

 二人は、再び詰め所で顔を合わせていた。
「芝村さん、検査の結果が出ましたよ」
「どうなのだ?」
 舞の口調は普段と変わらなかった。唯一つ変化を示すものがあるとすれば、彼女の手がキュロットの端をしっかりと握り締めていることぐらいであろうか。
 岩田はそれを目にとめはしたが、あえて何も気づかぬ風を装うと、厳しい表情を浮かべた。
「何かあるのだな? 構わぬ、真実を語るが良い」
「分かりました」
 岩田はさらに表情を厳しくすると。おもむろに口を開いた。
「芝村さん、あなたは……」

 速水はここ数日心落ち着かぬ日を過ごしていた。
 数日前、舞の姿が見えなくなったときもそうだが、戻ってきてからも彼女の表情は晴れず、彼が問いただしても答えようとしなかった。
 それだけでも十分変なのに、つい先日に至っては、まるで心ここにあらずといった様子で、彼の言葉も届いているのかいないのか……。
「舞、いったいどうしちゃったの? 僕のお弁当、おいしくないの?」
 ある日の昼、昼食をとりながらついに速水は意を決すると舞に問いただした。舞は先ほどから難しい表情を浮かべたまま、速水お手製の弁当にもほとんど手をつけていない。
「い、いや、そんなことはないぞ。ただな、どうも食欲がわかなくてな……」
「でも、最近ずっとそうじゃない! 一度岩田君にでも診てもらったほうが……」
「あ、い、いやそのだな……うっ!」
 舞は急に苦しげにうめくと、口元を押さえて体を二つ折りにした。
「ま、舞!?」
「う、うっ、ぐえ……」
 見る間に彼女は先ほど少しばかり摂った弁当を全て戻してしまったではないか。
「ねえ、やっぱりどこか悪いんじゃないの!?」
 口をゆすがせてやりながら速水は焦りもあらわに叫んだが、意外な事に舞は、
「い、いや違う、これは……」
 と、なぜか顔を真っ赤にして俯いてしまったではないか。
「?」
やがて、舞がぽつ、ぽつと話し始めた。

「それにしても、ねえ……」
 同じころ、今町公園で、岩田がふと呟いた。
「どう……したの?」
 傍らにいた萌が、不思議そうに覗き込む。
「いや、大したことじゃありませんよ」
岩田は、萌を安心させるように頷いて見せたが、次の瞬間にその表情はニヤリと崩れた。
「ただね、速水君にアルラウネには生殖機能があることを言ったかな、とね」

 かなり先の話になるが、やがて速水たちの戸籍に新しい名前が刻まれることとなる。
 新たな命――女の子の名は「未明(ほのか)」といった。
 それは、あのアルラウネ――舞の素体に名づけられる予定だった名前だそうな。
(琥珀色の魂AFTER 完)


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