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エピローグ


 世界の運命を決める竜との戦いは、ほとんどの者の記憶に認識されることはなかった。わずかにその一部始終を見届けた五一二一小隊、そして尚敬高校の女生徒たちのほとんどが、
「この戦いは、興味で語っていいものではないと思う」
 と言い出し、皆がそれに賛同したからだとも言う。
 だから、その直後に絢爛舞踏と士翼号が姿を消したことも、世間的には知られていない。軍や政府の一部では非常に問題視されたらしいが、それもいつのまにやらうやむやになってしまった。
 いずれにしても絢爛舞踏の存在は急速にみなの記憶から失われ、全ては旧に復したように見えた。
 だから、あの日以降幻獣が全く出なくなったのも、少し早く自然休戦期が訪れた、その程度の認識でしかなかったのだ。

 そして、時が流れた――。

 一九九九年七月一九日(月) 〇八三五時
   とある路上

 ある朝、尚敬高校へ続く道をゆっくりと歩いていくひと組の少年と少女がいた。
 少女はいささか体が不自由なのか、たどたどしい足取りでギクシャクと歩を進めていく。傍らの少年が心配そうに見つめてはいるが、必要以上に手を出そうとしない。少女が拒否したからであり、少年がそれを尊重したからだ。
 少女は一歩、また一歩と己の存在を確かめるように足を踏みしめていたが、ふいに体のバランスが崩れ、大きくよろけてしまった。
 そのまま倒れるかと思われた身体は、少年の手によってしっかりと支えられた。少女はいささか恥ずかしげに礼を述べたが、差し出された手に一瞬きょとんとした目を向けた。
 少年はにっこり微笑むと、まるでエスコートする時のように腕を差し出した。
何事かを理解したらしい少女は耳まで真っ赤になりながらも、おずおずと手を差し出すと、すがりつくように体を預けた。いかに気を張ろうとも、まだ完全ではないのだ。
むしろここまで助けもなしに歩けたこと自体が奇跡に近く、少女の強さを現していたとも言える。
 少年は、差し出された手を何物にも代えがたい輝石でもあるかのように恭しく受け、そしてかすかに力を入れた。肩に触れる温もりがいとおしい。
 やがて、二人の影はひとつになりながら、いつしか校門前までやってきていた。傍らの女子高生たちが、二人の姿を認めると、はっとした表情を浮かべる。
 二人は、何かを確かめるように頷きあいながら、そっと門をくぐった。
 目標は、プレハブ校舎――。

 プレハブ校舎は大した損壊もなく、いまだ五一二一小隊の校舎として使用されていた。中ではクラスメートたちが授業開始直前ののんびりした時間を過ごしている。
 珍しく早く来ていた滝川は、もうすぐ訪れるはずの終業式のことで心弾ませていたが、ふと窓の外を眺めて凍りついた。
 そこには、かつて彼らの目の前から姿を消した親友の姿があったのだ。
「速水!」
「速水だって!?」
「おい、芝村もいるぞ!?」
 叫びは一組から二組に広がり、たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。廊下に人が鈴なりになる。
 誰もが二人の名前を呼んでいた。

 帰ってきたのだ。
 二人にとって始まりの場所に。
 二人がいるべき場所に。

 二人――速水と舞は、極上の笑顔で答えると、大きく手を振った。
「ただいま、みんな!」

   ***

 これで、この話は終わりである。
 この後も時は移り、時代は変わり、人間の営みは相変わらず続けられていく。そこには楽園も地獄もなく、ただ現実があるのみである。
 それでも、世界は確かに何かを掴み取り、選択した。
 自ら明日を見ることを選んだのだ。
 それはこの二人も同じこと。
 だから、ここではこの言葉を使うのが最もふさわしかろう。

 すなわち。
 めでたし、めでたし、と。
(琥珀色の魂 本編 完)


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