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ラストダンス・オン・ステージ(その1)


 一九九九年五月七日(土) 〇八三〇時
   尚敬高校グラウンド

「……とうとう来たか、決戦存在が。待ちかねたよ」
 目の前にクラスメートがいた。
車椅子に腰かけ、メガネを直しながらこちらを見つめている。瞳は赤い輝きをたたえ、声は余裕のなさ、あるいは興奮を示すかのように多少甲高くなっている。
 狩谷夏樹、二番機整備士。
普段は人当たりのいい、内向的と言ってもいいような印象を与える少年であったが、今はそんな姿は欠片も見当たらす、敵意に満ちた視線を速水に放っている。
 同じ整備士であった間もさして会話を交わしたことはなかったが、人当たりの良さが性格から来るものではないことには薄々気がついていた。速水自身、似たようなところをもっているからかもしれない。よからぬうわさもいくつか聞いた。
 だが、それでもこのようなことになるとは思えなかった。
 狩谷は高揚する気分を隠そうともせずに口を開いた。
「この世界も大層なことをする。本来我らと戦うために運命が用意するのは、君のような人外の伝説とはいえ、な」
 獲物を前に舌なめずりするような調子に、速水はかすかに眉をひそめた。
「……なんだ、その顔は? もっと喜んでくれたまえよ、絢爛舞踏。何百年かぶりに、正と邪が揃ったんだ。幻獣を産めるゆめに、幻獣を殺すゆめ。つく陣営は違っても、同じ人類が産んだ全ての戦術を駆使する化け物同士。仲良くしようじゃないか。ええ?」
「ひとつ、聞いていいかい?」
「……なんだ?」
 流れを無視するかのような速水の静かな声に、狩谷の目はぎらりと光ったが、それでもいささかぶっきらぼうに答えた。
「君は、何を理解しているんだい?」
「何……?」
「人に過ぎたる力を持ち、人でないものになる……。君は、その意味が分かるのか? もしその言葉が『力』が言わせているものならば、すぐに捨てるがいい」
「何? 貴様は何を言っている……?」
「僕が見るところ、君はただ何者かに操られているか、強力なパワーに酔っているようにしか見えない。それで、君は満足なの?」
 速水はひたと狩谷を見つめている。瞳には哀れみのようなものが浮かんでいた。
「……黙れェッ!!」
 空気が震えた。狩谷の背後にまるで炎のように、何かエネルギーが揺れている。顔が醜く引きゆがんだ。
「貴様もか! 貴様もやはり僕を莫迦にするのか! あ、哀れむような目で僕を見るのをやめろ! 僕が、僕が何をしたっていうんだ! どいつもこいつも偽善ぶりやがって!」
「それが分からないなら、これ以上言うこともない。ただ、僕が絢爛舞踏とか、人外の伝説とか、そんなものはどうでもいい。君が竜だというならそれを赦し……君を救おう」
「救うだと? この僕を? ……ハ、ハ、ハハハ、ハハッ! こいつはお笑いぐさだ、貴様も力に頼るくせに!」
 狩谷の顔には既に狂気に近いようなものが浮いていた。
「どうするかは、これから見せるよ。申し出は断る」
「そうか、よく言った。ならば貴様などひき潰してやる! 自分の言った言葉を後悔するがいいさぁぁ、ぐああぁ!」
 狩谷の口から絶叫が――いや、咆哮が漏れたかと思うと体の周りをなにやら肉が覆い始め、それはたちまち彼を飲み込み、更に巨大化していった。
 竜が、姿を現そうとしていた。

 同時刻 職員室

 室内に、大きなものが倒れるような重低音が響き渡った。校庭からのようだ。授業の準備をしていた坂上と本田は、その音に思わず眉をひそめた。
「……何の音でしょうね?」
「なんだぁ? あいつらまた何かやらかしやがったか? ったく、また女子高のハゲ教頭が……」
 と、その時いきなり職員室の引き戸が引かれた。
「た、大変ですっ、こ、校庭に、化け物がっ!!」
「なんですって!?」
 本田は慌てて窓辺に近寄り――絶句した。プレハブ校舎の向こう、グラウンドのあたりに何か黒い小山のようなものが徐々に膨らんでいた。
「な……、何だありゃあ!? 幻獣、幻獣だとお!?」
「新型……いや、いわゆる竜、というやつですか」
 と、プレハブ校舎から人がぼろぼろと湧き出して、てんでに駆け出している。本田はきつく眉をしかめた。
「まじぃな、奴ら浮き足立ってやがる……」
 無理もないとは思いつつ、統率の取れていない部隊は単なる烏合の衆でしかない。そこに待つのは全滅だけだ。
「本田先生、生徒を誘導……いや、出撃準備を。あれは、強いです。芳野先生は女子高に連絡、退避するように、と」
「え、でも、応援を頼んだ方が……」
「彼女らがいても邪魔なだけです。相手が悪い」
 不思議そうな芳野の意見を、坂上は一刀両断した。
「ともかく、詳しく説明する暇はない。出撃に関しては準竜師から許可は取ってあります。急いで!」
「く、くそっ!」
 ――知ってやがったのか? だが何故?
 そんな疑問が一瞬頭をかすめたが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「芳野先生、行きましょう!」
「は、はいっ!」
 ――準竜師のいう戦いが、ついに始まるのか。
 坂上はサングラスを直すと、校庭へと走り出した。

『士魂号緊急起動準備! パイロットはコックピットへ! おら、オメーら急げっ!!』
 本田の声が響く中、隊員が次々ハンガーに飛び込んでいく。
「一体どうなっているんです!? あの幻獣はどこから……」
「ンなこと俺が分かるわけねぇだろう!? 行こうぜ!」
 滝川は急ぎハンガーに飛び込んだが、そこで縫い付けられたように止まってしまった。
「ど、どうしたんです?」
「見ろよ、士翼号が……」
 士翼号は、まるで自らをつなぎとめる戒めを振りほどこうとするかのように腕を、足を、そして胴体を悶えさせていた。それはまるで虜囚が自由を求めるさまにも似ていた。
 いくら士翼号は自律機動が可能とはいえ、そこにはなにか鬼気迫る雰囲気が漂っていた。
「なんだよ、こいつ。どうしたって……何だ!?」
 滝川は困惑の表情を浮かべたが、答える者はいない。
 整備士が遠巻きに見守る中、士翼号は苦闘を続けていた。

 ――くっ! 動け、動けぇ!
 舞は己の身体たる士翼号を何とか起動しようとしていたが、整備台に固縛されている状況ではそう簡単にはいかなかった。
だが、時間はない。異常な何かが近づいているのがはっきりと分かっていた。彼女には分かっていた。
 時が来たのだ。
 ――今こそ、今こそ厚志のそばにいなければならぬ。私はそのためにいるのではなかったか!?
 だが、今は動くことすらかなわず、悶えるしかなった。強力な何かが近づいてくるのがセンサーにもはっきり分かった。
 舞は焦ったが、ロックが外れる気配はない。
 ――くそっ!
 そのとき、騒音は一挙に数倍になった。
「は、班長! 士魂号が一斉に鳴動を!」
 士翼号に呼応するかのように、残りの士魂号までもが一斉に動き始めたのだ。調べてみても、原因など分かりはしない。
「なんだってのよ……ええい、もうっ!」
 ――士翼号よ、異世界の拳よ。
 ――誰だ!?
 舞は思わず「叫んだ」が、すぐにそれは彼女にとっての戦友――士魂号の声であると気がついた。その中の一機、かつて彼女の愛機でもあった複座型を中心に、それぞれが繰り返し繰り返し、寄せては返す波のように語りかけてくる。
 ――時が来た、今こそ時だ。我らは選ばれしものにあらず。
 ――なれど我ら、心より願う。戦え、最強の幻獣を赦せ。
 鳴動は一層ひどくなる。
 ――分かっている! だが、今私はここから動くことさえかなわぬ。どうせよというのだ。
 ――われらが意志と希望と力、そなたに託す。
 ――運命の動輪を止めるな、士翼号よ。
 ――そして、かつて我らが心であった者よ、未来を……。
 舞は、不思議な思いにしばし沈黙していたが、やがてさらに重々しい声が割り込んできた。
 『芝村舞よ、われらが運命の代理人よ。時、満ちたり』
 ――その声は!?
 舞には確かにその『声』に聞き覚えがあった。そもそもの始まり、舞を新たなる運命に引き込んだ声だ。
 『我らは、恐らくは今、この瞬間のためにそなたを選んだ。それは世界が運命を正しき方向に導き、平和を呼び込むため』
 ――だが、今は……。
『承知している。この世界に関与することはできずとも、わずかに後押しするぐらいはできる』
 ――我らも、微力ながら手伝おう。士翼号よ、我が心よ。
 まるでハーモニーのように士魂号たちの声が聞こえてくる。
 同時に、舞の「眼」には光がここではないどこかから自分に降り注いでくるのが見えた。そして、光に包まれると同時に、己の中に暖かい力が沸き起こるのも。
『時やよし! 行け、芝村舞よ!』
 その声と同時に、士翼号を整備台に縛り付けていたロックが次々と解放され始めた。

「誰っ!? ロックを外したのは!」
「わ、分かりません! ロックがか、勝手に……」
「な、なんだよこの光は? それになんか聞こえないか?」
「さあ……ああっ!」
 外を見た壬生屋が、驚きの叫びを上げた。
 いつのまにか幻獣――竜が接近しつつあったのだ。
竜は、重々しい地響きとともに腕を振り上げる。
腕先の筒状の部分に光が集まり――そしてそれはやがて先端部からあふれるような赤光となって輝き始めた。
 それは我知らず、不気味なまでの畏れを心に抱かせるような、そんな妖しさを秘めており、誰もがまるで魅せられてしまったかのようにぼうっとその場に立ち尽くしていた。
『ば、莫迦! オメーら何やってんだァ!? ……間に合わねぇ、みんな、逃げろっ!!』
「……! いけない! 総員、退避!!」
 本田の叫びと、ようやく我に返った原の声に、皆は夢から覚めたかのような表情を浮かべると、てんでの方向に駆け出した。同時に指揮車が荒々しいドリフトをかけながら蹴っ飛ばされたような勢いで走り出す。
 何人かは手近な機材を抱えて転がるように走り去ったが、とても全てを――特に、整備台に係留されたままの士魂号たちを――引き出すことはできなかった。
 人間の動きなどまるで気にしないかのように、竜は腕をゆっくりと持ち上げると、ぴたりと筒先をハンガーに向け――
 次の瞬間、竜が吼えた。
 同時に、戒めを全て解き放たれた士翼号が、動いた。
 だが、その時にはすでに腕先から放たれた赤い光の奔流がハンガーに突き刺さっていた。
「ああっ!」
 誰かは分からないが整備士から悲痛な叫びが上がる。
 もともと工期と費用節減のためにハンガーはきわめて簡易な構造をしていたから、耐久性など期待するだけ無駄である。 いや、今の状況ではたとえハンガーが要塞であったとしても防げるかどうかははなはだ怪しかったに違いない。
 質量すら伴うような赤光はハンガー外装を分解すると、進路上のあらゆるものをなぎ倒していく。そして、それは士魂号も例外ではなかった。
「!!」
 光に包まれた士魂号は、まるで熱に炙られた飴細工のようにねじれ、ゆがみ、そして砕かれた。ちぎれた腕が鈍い音とともに転がり、中から焼け爛れた人工筋肉がこぼれだす。
 皆がその状況を全て認識する前に、何かに引火したのか士魂号が次々と紅蓮の炎に包まれた。それは周囲にあった資材や弾薬も巻き込み、連鎖的に広がっていく。
「みんな、伏せて!」
 原はそう叫んで飛び込むように姿勢を低くしたが、寸前にまるで背中からバットで殴られたかのような衝撃で地面に叩きつけられた。誘爆の衝撃波が通り過ぎていったのだ。衝撃波は二度、三度と繰り返し隊員たちを弄ぶ。女子高校舎のグラウンドに面していた窓が、全てきれいに吹き飛んだ。
 耳鳴りがやかましくわめきたてるのを無視するように頭を振りながら、原はふらふらと立ち上がったが、すぐに力強い腕で再び地面に押し付けられる。
「素子さん、危ないっ!」
 原に覆い被さるようにして伏せた若宮のすぐ傍らを、炎の中から飛び出した何かが甲高い音を立てて飛び過ぎる。
 熱で炙られた銃弾が暴発しているのだ。まるで栗がはぜているようだが、こちらはうかつに近づけば命がない。
 現に、女子高のほうでは生徒の一人が肩を紅く染めて仲間に担がれていくのがちらりと見えた。
「も、申しわけありません、とっさのことでつい……」
 しどろもどろに詫びる若宮に、原はかすかに苦笑しながら頷いてみせた。
「いえ、助かったわ。……みんなは?」
 起き上がるのに手を貸してもらいながら周囲を見回すと、耳を押さえたり頭を振ったりしている者はいたが、どうやらそれ以上の被害はないようだ。
「みんな、動ける?」
 あちこちから力ないいらえが帰ってくるのに、原はほっと息をついた。竜も目的を達したのか、あるいは広いところへ移動しようとしているのかこちらに背を向けている。
 わずかではあるが、当面の安全は確保されたようだ。
 しかし……。
「あ、ああ、俺の流星号がぁ……」
 呆然とした滝川の声に誰からともなく振り向けば、士魂号は三機とも兵器から単なるオブジェへと変貌を遂げ、業火の熱気でまるで揺らめくかのように見えたが、ほどなく全ては崩れ落ちていった。
 そしてハンガーは――言うまでもあるまい。
 これは、小隊のほとんどの装備がスカウト用のそれも含めて使用不可能になったことを意味する。
 彼らの拳は、奪われたかに見えた。
 だが、竜のさらに向こう、グラウンドのちょうど反対側に、鋭く引き締まったフォルムの人型兵器が竜を迎え撃つかのように悠然と立っていた。

 彼を迎え入れるように手をさし伸ばした士翼号に飛びつく
と、速水は転がるような勢いでコックピットに飛び込んだ。
「舞っ!」
『厚志、準備完了だ。いつでもいいぞ』
 ハーネスをセットしながら、速水は状況をざっと確認した。装備はいくつか欠け落ちているが、致命的ではない。
 むしろ、心配なのは――。
「舞、動ける?」
『どういうことだ?』
「いや、あまりひどい機動をしたりしたら、舞が……」
『たわけ! 何が大事かそなたはわかっているのか!?』
 室内を満たした叫びに、速水は思わず耳を押さえた。
「で、でも……」
『案ずるな。私は消えなどせん。精神力のキャパシティ云々といっても、それは言い換えるなら心の強さだ。ならば、支えも意志もある精神力はそれだけ強くなるが道理。分かるか厚志。今の私には目的がある……そ、そして……』
「?」
『そなたも……いる』
「舞……」
『我らは……ここまで来たのだ。最強の幻獣と刃を交え、赦す、その時まで。そなたは今ヒーローなのだ。夜明けを告げる歌声、さもあるように語られながら、目には見えぬ伝説。ただの人間たるそなたは、自分自身の力と意志で、血を吐きながら人を守るための人間ではない何かになったのだ』
「舞……」
『それでも……そなたは私のカダヤだ。身体があろうとなかろうと、そなたは私にそう言ってくれた。死ぬも生きるも共に歩むと……。そしてそなたには力が必要だ。ならば私はここで持てる全ての力をそなたに捧げよう。そして、共にここではないどこかへ歩んでいこうではないか』
「うん……そして、彼も」
『そうだな……』
 突如、舞の口調が急変した。
『いけぇ、厚志! 人の守護者として、そなたが積み上げてきた力と技の数々は、この一戦のためにあったと信じよ! ヒーローならヒーローらしく、必ず最後は勝ってみろ!』
「よし! 舞、君の力を……僕に!」
『任せるがよい!』
 舞――士翼号は左足に貼り付けた超硬度大太刀を引き剥がすと、軽く右手で二、三度振ってバランスを確かめた。念のためジャイアントアサルトも取り出している。
 未知の相手だけに、どれが通用するか分からない。
「士翼号、リミッター解除! フルアクション!」
 かくして、人類と幻獣の戦い、最終ラウンドの幕は人類のほとんどに見守られることなく切って落とされたのだ。


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