宴の後(その1)
一九九九年四月七日(水) 〇九〇〇時
尚敬高校敷地内 プレハブ校舎
あれから二日が過ぎた。
勝利による士気の向上は、同時に冷めるのも早い。事実大半の部隊は一時的な熱狂の渦から覚めている。
五一二一小隊はそうではなかった。
最初から、あまりにも静かだった。
芝村舞の死はそれほどの衝撃を皆に与えていたのだ。
「はあーあ、なんかこう、静かでいけねぇよな……」
あたりを見まわしながらそう言うと、滝川は、小さなため息を一つついた。
「まあ、そういっても仕方ねぇか。あれじゃあな……」
彼の視線の先には、速水がいた。小隊指令室のそばに立っている木にもたれながら、どこを見るともなくぼんやりした視線をあたりにさまよわせていた。
あの日墓地から帰ってきた速水は、幽鬼のほうがまだ可愛げがありそうなほどの表情をしており、それを見た何人かが危うく悲鳴を上げかけるほどのものだった。
今はさすがにそれほどではないが、かすかにこけた頬、一文字に、だがどことなくだらしなさげな印象を与える形に引き結ばれた唇、生気のない目は全く変わってはいなかった。
葬儀からこちら、彼が自主的に喋ることはほとんどなく、また、周囲も敢えてそれに触れようとしなかった。
彼の傷を考えれば、それはむしろ当然であるが……。
「全く、辛気臭くなっちまって……。そりゃ、キツイのは分かるけどな……」
他人の感情を斟酌しないのはいかにも滝川らしいが、一面では猛烈に真実をついていたとも言えた。小隊の大黒柱ともいえるエースパイロットがふさぎ込んでいれば、それは瞬く間に周囲にも感染していく。部隊運営にとっては正直なところ、迷惑この上ない存在なのだ。
それをそのまま口にのぼせるかどうかは、全く別の問題ではあるけれど。
そんなことを呟いていたら、滝川は突然肩をつかまれた。
「うえっ!?」
「不肖の弟子よ、そのくらいにしておきな」
そこには瀬戸口が、何か痛ましいものを見るような目つきで、滝川を見つめていた。
「あ、し、師匠……」
「お前なぁ、思ったことをすぐ口に出すのはやめといたほうがいいぞ? そのくらいにしておいてやれよ」
「そりゃ、そうですがね……」
「あれからまだ二日しか経ってないんだ。それで動けるだけでも大したものさ」
瀬戸口は速水の方に視線を向けたが、すぐにそらす。
「それよりお前、整備班長に呼ばれていたんじゃないのか?」
「あ、いけねぇ! そ、それじゃ失礼しますっ!」
滝川は取り繕うように慌ててその場から駆け去った。
瀬戸口はそんなものには目もくれず、先ほどから微動だにしようとしない速水に再び視線を向けた。
「今のお前にはたぶん聞こえないだろうが、みんな、心配してんだぞ?」
――たとえ、時間しか癒すすべがないとしてもな。
黙ったまま肩をすくめ、小さく首を振ると、瀬戸口はその場を後にしようとした。と、向こうから壬生屋が歩いてくるのが目に入った。
舞ほどではないが、どんなときにも凛と胸を張り、まさに求道者そのものの姿だったはずの彼女は、今は肩を落とし、どことなく伏目がちにとぼとぼと歩いていた。瀬戸口はその姿にどことなく腹が立ち、早足で近づいていった。
「よう、ずいぶんとしょぼくれてるじゃないか」
壬生屋は顔を上げ、きっと視線を瀬戸口に据えた。
「あ、あなたには関係……」
「あるね。なんていうか、辛気臭いんだよ、お前さん」
先ほど滝川に言ったことを忘れ去ったかのようなその台詞に、壬生屋は怒鳴りつけようとして――。
彼女は珍しいものを見た。
瀬戸口の顔は痛ましげにゆがんでいたではないか。
「あ、あなたは……」
「正直意外だったな。お前さんがここまで落ち込むとはな」
「クラスメイトが……戦友が死んだんです。当然でしょう?」
「だが、お前さんは芝村が嫌いだったはずじゃ……」
「ええ、今でも嫌いです。大嫌い!」
遮るような、意外なほどの強い声に、瀬戸口は軽く目を見張った。
「あの人を人とも思わぬ傲慢さ、目的のためには手段を選ばないあの態度。世に出て二〇年ほどにしかならぬのに、まるで自らに出来ないことなどないといわんばかりに振る舞い、増長と自信に満ち溢れた成り上がり! でも……」
壬生屋は再び俯くと、ポツリと呟いた。
「おかしいですわね。私は芝村が嫌いだったはずなのに。でも、舞さんは……」
そこまで言ってから、彼女は自分が舞のことを名前で呼んだことがなかったことに今更ながらに気がついた。舞にはあれほど名前で呼ぶように言われたにもかかわらず、だ。
――それが、今になって何故?
「ど、どうしたんでしょう。私ってば、一体どうしてしまったんでしょうね?」
壬生屋は、己の頬に涙がひとすじ流れつつあることにも気がついていないようだった。
「うちも、こんなんなるなんて思わんかったわ。大逆転の大勝利、万万歳で終わるって、そう信じとったんや……」
車椅子を押しながら、加藤は力なく呟いた。言葉はまだ続いていたが、狩谷はその呟きを半ば聞き流していた。
――よくまあ、そこまで泣けるもんだな、こいつも。
彼にしてみれば、芝村などさして付き合いがあったわけでもない。それほど親しいわけでもない彼女のことにさして心動かされるわけも無かった。
その、はずだった。
――なんということだ。また我が前に現れぬか、絢爛舞踏。
突然、心の底で、何かが重々しい声でささやいた。
「何……?」
「なっちゃん、どしたん?」
「……いや、何でもない」
――お前は、何だ?
――我は、お前だ。忘れたか?
「……いや、覚えているさ」
――だが、お前の出番はなさそうだな。
不思議そうな加藤を無視し、薄ら笑いを浮かべる狩谷。
その双眸は、かすかに赤みがかかっていた。
同日 同時刻
小隊司令室
「ひどいものね」
周囲を見回した原が、ため息混じりに呟いた。
――ここまで、彼の影響は大きかったということかしら。
「全くですね」
「何を他人事みたいに言ってるのよ。予想しなかったわけでもないでしょう?」
のんきらしい返事を返した善行を睨みつけながら、原は報告書を放り投げた。
「冗談ではすまないわよ。これ、読んだんでしょうね?」
善行は黙って頷いた。そこには原の個人的な試算ながら、現在の作業効率について述べられていた。
熊本城攻防戦開始前に比べ、三五%のダウン。
確かに、看過できる問題ではなかった。
「ひどい言い方かも知れないけど、戦死者が出たショックはもう少し時間をおけば回復はするでしょう。でも彼の方はそうもいかないし、回りへの影響もある。どうするの?」
原は、速水を原因とした士気の更なる低下を恐れていた。更迭、せめて配置換えぐらいは、と暗に匂わせたつもりだったが、善行の返事は明快至極であった。
「何も、しませんよ」
「!」
「いくら兵士でも彼らは子供なんです。一日二日で元に戻れと思うほうがどうかしている」
「それはそうだけど……!」
「今、彼は外せません。理由は言うまでもないでしょう」
原は忌々しげに頷いた。
一言で言えば、速水は巨大すぎる駒なのだ。
現時点で一三六機撃墜というスコアは、生徒会連合はおろか九州全軍を見渡してもダントツでぬきんでており、その名は九州全土にあまねく知れ渡りつつある。今現在順調とは言いかねる対幻獣戦争の柱石とも目されつつある彼を、そう簡単にはずせるわけもなかった。
部隊内の問題もある。五一二一小隊の戦果、その実に六割は三番機が叩き出したものなのだ。実質この小隊は彼らの力量に頼りきっていたと言っても過言ではない。そこで彼を外したりすれば、部隊そのものが崩壊しかねなかった。
「じゃあ、どうするっていうのよ!」
「だからどうもしないといったんです。……今はね」
最後をやや強調して善行は言った。怪訝な表情を浮かべる原に、小さな笑みを浮かべる。ただし、それは皮肉と苦渋のスパイスがかなり加味されたものではあったが。
「行動を起こすには、皆が納得するだけの理由が必要です」
それを聞き、原は更に渋い顔をした。
おそらく現実を皆が「理解」するまでの間、最も苦労するのは彼女率いる整備班であろうという事が理解できたからだ。
「……超過勤務に配慮はしてもらうわよ」
「分かっていますよ」
――あなたって人は、いつもそうなんだから。
原はやれやれといった表情で、大げさにため息をついてみせた。
「ああ、そうだ。これを確認しておいて下さい」
善行は「既決」と書かれた箱の中からなにやら書類を取り出すと、原に手渡した。
「……と、全項目確認。了解、確かに受領いたしました。でも、せっかくの品だけど、どうやら無駄に終わりそうね」
「……全てが予測通りにいくとは限りませんからね」
「全くだわ」
原の手にした書類には、表紙に「新戦車受領書及び諸注意事項」というタイトルがあり、その上に「軍機」のスタンプが赤々と押されていた。
ハンガーに戻った原は、森が三番機の周りをうろうろしているのに気がついた。
「森さん?」
「ひゃっ!? ……あ、先輩」
予想外の驚きように原の方がびっくりしていると、森は居心地悪そうに振り向いた。
「先輩、じゃないわよ。あなた、こんなところで何してるの?」
「え、あ、いや、その、ですね……」
森がいじくっていたのはコックピット関係だった。整備士もまるっきり関係がないわけではないが、特に縁が深いとも言いがたい。
「その……、速水君があんなですし、せっかく引き揚げた三番機の修理も完了したのに調整していなかったみたいだから、手が空いた時間にちょっと見ておこうかな、と思って……」
「森さん、パイロットの領域にむやみに踏み込むものじゃないわよ? 特にそのあたりは個人の特性が特に反映されるところだから、下手にいじればバランスを崩してしまう……それは分かっているでしょう?」
呆れた様な口調で原が言うと、森はきっと顔を上げた。
「そ、それはわかってます! ……分かってるんですけど、うち……なんか落ち着かなくて……。速水君、芝村さんがいなくなってからすごく寂しそうで、うち、なんか、して、あげたくて……」
「森さん?」
そこで森は初めて原がいたことを思い出したかのように口をつぐんだ。頬が見る見るうちに赤くなってくる。
「あ、じゃ、じゃあ私、部品受領に行かなくちゃなりませんので、これで失礼します!」
「あ、ちょっと待ちなさい、森さん!」
慌てて呼び止めるが聞く耳持たずで、森はたちまちにハンガーから飛び出していった。
「森さん、あなたまさか……。まさか、ね……」
一九九九年四月八日(木) 〇三五〇時
岩田のアパート
――また、私は待たなければいけないのですか……?
ベッドに横になりつつ、岩田は暗い想念を弄んでいた。
速水と形こそ違え、彼もまた深い絶望が胸にある。
幾百、幾千もの時の輪の中を潜り抜けてきた彼にとって、彼らは一筋差し込んだ希望の光にも等しかった。
舞の喪失は、その片翼が失われたことを示す。
今までならそれでもあきらめがついた。奇矯な振る舞いの影に身を潜めることで、誰とも必要以上の関わりをもたぬことで己の身をよろえばよかったのだから。
だが、今は違う。ようやく光が見えたのだ。
あの二人には、それを感じさせるだけの何かがあった。
「それに……」
思わず言葉が漏れたことに彼自身が驚き、慌てて口をつぐむ。傍らでは少女が安らかな寝息を立てていた。一昨日昨日は式典やらその後の処理やらで、休む暇もなかったのだ。
起こさなかったことに安堵しつつ、再び考えに沈みこむ。
――芝村さんが、いや、舞があそこまで輝いている姿は、初めて見たような気がする……。それなのに。
岩田は、萌に視線を戻した。
「また、再び会いましょう……」
はるか以前の時、萌と交わした遠い約束。
そして、遠く時の輪の接するこの時に、再びめぐり合えた彼女。たとえ記憶が無かったとしても、岩田が覚えている。
――おそらく今度は、私は耐えられない。また、黙って見ていろというのか? ……嫌だ、私は嫌だ!
「どう……したの?」
気配を感じ取ったのか、萌が僅かに身を起こした。
岩田は目元をかすかに痙攣させることで自嘲を表すと、普段とは似ても似つかない静かな声で愛しい彼女に話しかけた。
「何でもありませんよ。寝ぼけて叫び声をあげてしまったようですねぇ。起こしてしまいましたか? すみません」
「別……に、大……丈夫。でも、裕……君……何だか……つら……そう」
「……夢見が悪かっただけですよ。さ、まだ朝までは時間がある。おやすみなさい」
萌は彼の言葉にかすかな嘘を感じたが、彼女をいたわろうという気持ち自体に嘘はないことを理解した。
――今は、話せないことなのね。
岩田に対して無理強いをする習慣は萌にはない。
「そう……。おやす……み……なさい」
萌はかすかに、だが全幅の信頼を置いた者にだけ見せる純粋な笑顔を向けると、再び静かな寝息を立て始めた。
萌の笑顔の意味を理解できないほど岩田は愚か者ではない。安らかな寝顔に対して彼はそっと頭をたれた。
――時来たらば、あなたには必ず話します。だから、今は……すみません。
ひょっとしたら、話してしまえば、下手をすると萌にも自分の計画に加担させることになってしまうかもしれない。彼女に危害が及ぶことは彼の最も恐れるところであったが、真実から隔絶させられることは、恐らく彼女は望むまい。
話した後、どうするかを決めるのは彼女であり、岩田は何があっても、いかなる手段をもってしても彼女を守ればいい。
――なんだ、簡単なことじゃないですか。
もちろん、口で言うほど簡単でないのは分かっているが、萌に対して不実を働くよりはよほど気が楽なはずであった。
岩田は音もなくベッドから滑り出ると、明かりもない室内をすべるように移動し、机の前で足を止めた。そっとドアを閉じ、卓上ライトを点けると、引き出しのひとつを開けた。
「私にも、運命に反逆する権利はあるはずだ……」
引き出しに長いこと放り込まれていた書類を引っ張り出す。
「無駄な試みかもしれませんがね……」
彼は、彼に出来うる方法で戦う覚悟を固めていたが、もしその試みがうまくいったとしても、全てが前と同じではない。
「それは分かっている。分かっているのだ……」
だが、例え失敗しようとも、この試みを止めようという気だけは毛頭なかった。
魂を吐くような声を出しながら、岩田は運命に逆らうことを自らに誓った。
沈滞
欠員が出たからといって、戦争は待ってくれはしない。
そもそも軍隊は、あらかじめ欠員が出ることを前提としており、その点が他の組織と大きく違う。損害に対して高い許容率を持つこと、それこそが軍隊を軍隊たらしめているのだ。
残された者は、この世ならざる世界へと去ってしまった者の分まで、血と炎の支配する不条理な世界で這いずり回ることを強要される。これが軍隊における真理である。
もちろん、残された者がいずれ同じ道をたどるまでの間ではあるが。
一九九九年四月一〇日(土) 一四三五時
某戦区内
「三番機、被弾! 耐G訓練に故障発生。装甲ダメージ四〇%を突破! 右脚部人工筋肉温度、イエローゾーンに突入!」
「あっちゃん、そこいっちゃめーなの! きめらにつかまっちゃうのよ!」
「速水、おい速水、聞こえてるのか! ……くそっ!」
今にもコンソールを叩きかねない勢いで瀬戸口が毒づいた。
モニターの中では、三番機が徐々に包囲されつつある様子が克明に映し出されている。それに対する三番機の動きは、まるで近所への散歩かと思うような、ゆったりとしたものであった。あれから戦場に二回立っているが、どちらもさして変わっていない。
「速水君、そこは危険です。後退しなさい!」
善行の指示にもはっきりとした返事が返ってこない。そうこうしているうちに被弾の数はさらに増えていった。
爆発音は機内にも響き渡っていた。コックピットのコンソールにワーニングランプが徐々に増えていく中、速水はそれがまるで他人事であるかのように後席に呼びかけた。
「遠坂君、まだ?」
「あ、後一〇秒下さい。……速水君、お願いですから回避機動を取ってください! このままでは危険です!」
後部ガンナー席では、舞の後任となった遠坂が、半ば悲鳴を上げながらもそれでも必死にロックオンを続けていた。
だがその手は悲しいほどにのろい。
「本当に、移動していいの?」
またひとつ、レーザーが装甲表面を掠める音を聞きながら、速水が変わらぬ口調で呟いた。
そう言われてしまえば、遠坂には返す言葉がない。今回避機動など取られたら、舞のように全ターゲットのロックをはずさずにいる自信はなかった。
別に速水とて何も考えていないわけではないのだが、己のレベル――つまりかつての舞のレベルをいとも簡単に他人にも強制するその態度は、けして誉められたものではない。
そういう意味では、今の遠坂にはスケープゴートという言葉がぴったりくる。
――これじゃ、自殺行為だ!
そう叫びたいのを懸命にこらえつつ、遠坂はやけくそのようにデータを入力していった。やがて、全てのミサイルに目標がセットされた。
「セ、セット完了、発射!」
「ジャンプ!」
「え? うわあっ!?」
発射と同時に位置を変えるのは、速水と舞の常套手段であった。ただでさえミサイル発射時は移動が出来ないうえに、今回は危険すぎるほどに時間をかけている。速水にとってこの機動は必然ですらあった。
ただし、それは舞の処理速度でミサイルが発射されれば、の話である。
遠坂が逡巡した僅かの時間がタイミングを狂わせ、結果、ミサイルはランチャーから完全に出る前に異常な機動を受けることになった。安価であることを目的とした『ジャベリン改』ミサイルには自己補正機能などないから、ガンナーが修正しなければいけないが、肝心のガンナー――遠坂が慌てふためいていてはどうにもならなかった。
結果、ミサイルの命中率は当初予定をはるかに下回ることとなり、三番機はこれまでに倍する勢いで攻撃でさらに傷を増やしていった。
「何をやってるんだ、あいつは! あれじゃ素人のほうがまだましだ!」
とうとう耐え切れなくなったのか、瀬戸口が怒りもあらわに叫んだ。再調整が満足ではない機体とはいえ、予備機よりはもう少し動けるはずであった。
善行は渋い顔をしたものの、積極的に速水を擁護すべき理由は見つからない。彼にできるのは、司令用のマイクを取り上げることだけだった。
「一番機、三番機のアシストに回ってください。二番機は一、三番機の後退を支援」
『……承知しました』『了解』
二人の声も、どこか諦観の混じったように暗いものと成り果てていた。やがて戦線左翼をスカウトに任せた二機の士魂号は、徐々にスピードを上げながら包囲網へと接近していく。
「司令、こいつはいくらなんでも……」
――失われたものを悲しむ気持ちはわかるつもりだ。だが、それと仲間の命を危険にさらすのは話が違うだろう? お前にはそれが分からないのか? 速水!
かつての記憶を思うか、瀬戸口は知らず拳を強く握り締めていた。それをののみが心配そうに見つめている。
「二人とも今は任務に集中しなさい。あなたたちには今やることがあるはずです」
瀬戸口は何を言ってるんだといわんばかりの表情で善行を睨み付けたが、言ってることは道理でもある。とても納得できるものではなかったが、とりあえずコンソールに向き直ることにした。
「ののみさんも」
「はい……」
司令席に深く腰掛けなおしながら、善行はモニターを睨みつけていた。
――やはり、駄目なのですか?
五一二一小隊の戦果、二〇。
うち三番機によるもの、四。
三番機、中破――。
前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]