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熊本城攻防戦(その1)


 同日 〇五二一時
   熊本城北部・熊本城公園

 夜明けを迎えた熊本城では、天守閣がシルエットとなって空に浮かんでいた。雲はだいぶ多いが、大きく崩れるというほどでもないようだ。
 熊本城公園では一〇機以上の士魂号が出撃の時を待っている。だが、基幹部隊一〇個小隊のうち、まずは真っ先に敵とぶち当たるであろう公園部分に配備されたのは五一二一小隊だけのはずだった。
 では、何故に目の前にいる士魂号がこんなに多いのか?
 準竜師は遊撃部隊の中から士魂号を装備している部隊三個小隊を中央部にまわしたのだ。普段単独行動が多いせいか目立たないが、これだけの士魂号が揃った姿は、武者行列にも似た一種の威風を放っていた。
 五一二一小隊が中央。その両翼に他の小隊が配され、善行がその統括指揮にあたることとされた。「善行支隊」の名称もその時に定められている。
 そんな名称などに価値を認めない善行は、聞こえないように舌打ちをひとつすると、各隊に呼びかける。
「戦闘準備開始。全士魂号、クールよりホット!」
『了解、全士魂号、クールよりホット!』
『こちら五一二三小隊、準備よろし』
『五一二二小隊、準備ヨシ!』
『五一二四小隊、いつでもいいぜ!』
 各小隊からの報告が次々に入ってくる。どの声も元気一杯で――五一二一より更に幼いような気もした。
 ――そろそろだな。
 他の小隊は士魂号を装備してから日も浅い(五一二一だって長いわけではないが)。
士気は高いが、それだけに使いどころも難しかった。
『五一二一小隊、準備完了。全士魂号異常なし!』
「了解した。全機体、ウォーミングアップ!」
『聞こえますか? 今回は私が本部から情報を提供します。現在、幻獣は囮に引かれて移動中、総数は約一五〇〇。数派に分裂しつつまっすぐに熊本城を目指しています。敵先鋒は約八〇。打撃部隊が包囲体勢を整えるまで何とか持ちこたえてください。司令、予備の士魂号は到着していますか?』
「先ほど確認しました。全機出撃可能だそうです」
 通常の戦闘では考えられない大盤振る舞いだ。
『よろしい、大変に結構です。……ともかく、あれが到着するまで持ちこたえて下さい。頼みましたよ』
「……連中にさっさと来るように言ってください」
 向こうで坂上がわずかに苦笑する気配が感じられた。
『全機体ウォーミングアップ完了』
 原の報告に表情を引き締め、最後の命令を下す。
「準竜師から前もって命令があった。敵は北側から来る! 善行支隊はこれを正面から迎撃する! 五一二二、五一二三、五一二四の各小隊は両翼の圧迫に備え展開、五一二一小隊は中央前進。躍進距離約六〇〇! 各機、出撃!」
 各小隊ごとに鏃(やじり)のように組まれた小隊がゆっくりと移動を開始する。
 これが崩れたときが――本当の戦闘開始である。
 今、矢は弦から放たれた。

   ***

 第一波の幻獣は約八〇。全てが一斉にかかってくるわけではないが、逆に波状攻撃を食らう危険があった。
 熊本城の更に外、包囲殲滅ポイントまで必死に移動中のはずの各部隊が展開を完了するまでに、彼らは敵を引き付け、可能なら熊本城そのものへと引き寄せなければならない。
 本来の囮であった部隊は既に疲弊して後退している。次は彼らの番だった。
「五一二一より各小隊。先鋒を叩き潰し、本隊の誘引を図る。各小隊は五一二一の突入を支援の後、合図とともに突入せよ」
『了解!』
「三番機、芝村さん。聞いての通りです。まずは引っ掻き回してください」
『要するに我らは撒き餌か。よかろう、活きのいいところを見せてやろう』
 舞が落ち着いた声で答える。体の固定をもう一度確認すると、マイクのスイッチをオンにした。
「聞いての通りだ。目標、敵先鋒先頭集団。壬生屋は先行して血路を開き、適当に叩いて後退しろ」
『しかし……』
「焦るな。戦いはまだ長い。その後我らが突入する。滝川、バックアップは任せたぞ」
『OK!』
「よろしい。……五一二一、攻撃開始!」
 それを合図に、鏃の一つ――五一二一小隊は、これまでとは段違いのスピードで移動を開始、敵に急迫した。
 幻獣たちはこの急機動に充分対応できなかった。
 距離が五〇〇メートルを切ったところで、その中から漆黒の士魂号が更に突出する。二番機はやや横に広がって、射撃しやすい位置に陣取った。
「行きますっ!」
 壬生屋は超硬度大太刀を両手に持ち、横に大きく構えたまま、ややコースをそらして集団の更に突出しているあたりに突っ込んだ。
「えいっ!」
 鋭い気合とともに超硬度大太刀を一閃、ゴブリンの首がぼとりと落ちた。だがもう一方は軽く薙いだだけで致命傷には程遠い。
 だが壬生屋はそれに構うことなく、半歩ずつ細かに立ち位置を変え、時には低いジャンプで位置をくらましつつ攻撃を繰り返した。いつもの一撃必殺の構えは微塵も見られない。
 ――今回は、倒すのが目的ではない。
 まさにその通りで、彼女の役目は混乱させること。だから太刀の勢いも第一撃以外は当たればいい、という程度のものだった。それでも低周波振動機構を持つこの剣ならどこかしら切れるし、それで動きが鈍れば目的は充分達せられる。
 一番機の回りに嵐が吹き荒れ、それに触れた幻獣は浅いながらも容赦なく叩き切られていった。
 集団に、混乱が発生した。
「厚志!」
「分かった!」
 これをチャンスと見た舞は、三番機を一挙に前進させる。
「滝川、先頭左翼に攻撃を集中、敵の射線をそらせ!」
『了解!』
 二番機は素早い動作で九二ミリライフルを構え直した。
『距離四五〇、目標、ゴブリンリーダー。弾種、榴弾……』
 自分に命令するように、短く区切って発音する。
『発射!』
 ライフルの先端から弾丸、轟音、閃光、爆煙の順に飛び出していく。士魂号は軽く上方に銃身を上げることでショックに対応した。
 弾丸はわずかに山形の弾道を描き、目標付近に接近――炸裂した。破片が周囲にいた小型幻獣を打ち倒す。
「よし、壬生屋後退しろ」
『了……きゃあっ!』
「壬生屋!」
『壬生屋機、左腕に被弾! ひじから先が吹き飛んだ!』
 瀬戸口の声がヘルメットの中に反響した。
「後退急げ! 厚志、ミサイル発射シークエンス発動する。コースは任せた」
「コース決定、これで行くよ!」
 速水が表示したコースは、一番機の脇をかすめて敵先頭集団の中央にジャンプで侵入するものだった。一番機への射撃もそらそうとしているらしい。
「ふ、よかろう。ミサイル発射シークエンス発動、発射まで二五秒!」
「ジャンプ!」
 次の瞬間、三番機は地を這うような低ジャンプを実施、急角度に変針した。
「滝川、もう少し左を叩いて! これから突入する!」
『わぁった!』
 速水は小刻みに進路を変更しつつジャンプを繰り返す。その度に機体は不気味な振動を繰り返したが、精魂込めて整備された三番機は良くこの振動に耐え、人工筋肉の力を最後の一滴まで搾り取るような動きを続けていた。
「舞、大丈夫?」
「……人の心配をしている暇があったら、さっさと行け。発射まで後七秒だ」
 さすがに苦しそうな声であったが、猛烈な機動の中でもキーボードを操る手にはいささかのブレもない。レーダーの助けもあるとはいえ、次々に目標をロック、追尾していく。
 それを聞いて、速水は苦笑しながら最後のジャンプを敢行し――幻獣たちのど真ん中に出た。
 突然の敵の出現に気がついた幻獣たちが慌てて振り返るが、わずかに遅かった。
「射撃姿勢、固定完了!」
「三、二、一……テェッ!」
 低くひざまづいたような格好の三番機、その腰部に装着されたミサイルランチャーのハッチが一斉に開き、ついでプラスチックのカバーをぶち破って二四発の「ジャベリン改」ミサイルが出現。一斉に推進薬に点火し盛大な白煙を引きながら目標への短い飛行を開始した。さながらそれは天使が翼を広げたように美しい光景であった――幻獣にとっては死の翼であったろうが。
 ミサイルはそのほとんどが目標に命中。先頭集団はほぼ壊滅した。
「シークエンス終了。このまま敵を引き付けるぞ」
「了解!」
 速水は斜め後ろへの短いジャンプを繰り返す。時々舞はジャイアントアサルトを乱射して敵の射線をそらさせない。
 幻獣は真紅の瞳に怒りを漲らせながら、三番機の追尾を開始した。
「各小隊、突入準備! 敵の側方をつけ! 壬生屋、損傷の度合いは?」
『……左腕使用不能。左足にも破片を受けたようで旋回速度が低下しています。申し訳ありません……』
「気にするな、そなたは補給車まで後退、予備機に乗り換えろ。無理はするな」
 壬生屋はいかにも悔しげだったが、今突入してもさして意味はない。一番機はゆっくり姿を消していった。
 指揮車の中では、瀬戸口たちが懸命に情報を収集していた。
「かくしょーたいよりにゅーでん! ぜんきてんかいよういよし!」
「敵集団、迎撃エリアに侵入しつつあり」
「よろしい……。各小隊、攻撃開始!」
 善行の命令一下、三個小隊九機が一斉に両翼より襲いかかる。前方に攻撃を集中していた幻獣たちには対抗のすべは全くなかった。
 先鋒集団が壊滅したのは、それから間もなくのことである。

   ***

「損害集計完了しました。データ転送します」
 善行は目の前の情報を見て、かすかに眉をしかめた。思ったより損害が大きい。
「士魂号二機撃墜、三機小破、戦死一ですか……」
 やはり即席部隊の悲しさか、各部隊間の連携が今ひとつうまくいかなかったようだ。五一二三小隊が少々突出しすぎ、そこに横合いから攻撃を食らって一機が撃墜、もう一機が片腕をもぎ取られた。すぐに五一二四小隊が援護に入ったが、その際に一機が撃墜されている。
 先鋒とはいえ、いつも相手している敵とは数が違う。
「五一二四小隊の戦力補充完了、ただし五一二三小隊が……」
「こちらの予備機を一機回しなさい」
 ――それでも二機か。
「こちらは?」
「壬生屋機が片腕欠損。予備機と交換しました。速水機はほぼ無傷……たいしたもんだ」
「しれいぶよりにゅうでん! せいぶにあらたなてきのしゅつげんをかくにん、きゅうこうせよ!」
「全機機動防御用意! 善行支隊はこれを迎撃する」
『賭けだな、善行』
 舞が通信に割り込んできた。確かにここを放棄すれば天守閣まで一直線である。
「ここは、賭けどころでしょう。うまくすれば包囲殲滅が期待できます」
『違いないな。……皆、移動を開始するぞ!』
『おおっ!』
「各小隊より了解信号、移動開始しました!」
 こうして、彼らは果ての見えない第二ラウンドへと突入していったのである。

   ***

 第二ラウンドは、より厳しいものとなった。
 理由はいうまでもない、徐々に全体の包囲が完了しつつあり、誘導から殲滅へと移行を始めたからだ。圧力の高まった釜のようなもので、周囲への圧力はより大きくなる。
 それに対して、善行支隊は敵を押しつぶす大槌として投入されたのだ。当然敵の反撃はこれまでの比ではない。
 特に、実戦経験の浅い部隊にはこれは酷な状況だったかもしれない。五一二二以下の各小隊は次々に士魂号を打ち倒され、スカウトがこの世からの消滅を強制された。
 それでも善行は引かせなかった。ここで敵を殲滅できねば全てが無に帰することを知っているからだ。彼は心の中で死に行くものに詫びつつ、戦闘を続行させた。
 五一二一の損害も皆無ではない。今回は突撃を余儀なくされた二番機が、胴体側面にキメラのレーザーの直撃を受けて横転。そこに更にゴルゴーンのミサイルが集中した。
『うわあっ!』
「滝川!」
 速水の叫びとともに、二番機の周囲で巨大な紅蓮の炎が発生した。
『滝川機、神経接続アウト、腰部ジョイント全損、行動不能!』
『くっそう! こちら滝川、機体を放棄、予備機に乗り換える。すまねぇ!』
「滝川! ……無事でよかった。気をつけて!」
『おう、すぐ戻る!』
 モニターの隅に、高速で後退していく滝川の姿がちらりと見えた。
「壬生屋、滝川の後退を援護。厚志、もう一度突入するぞ」
「了解。多目的ミサイル倉、交換開始」
 背後のミサイルランチャーから箱状の物体が排出され、地響きとともに地面に転がった。左脇に無理な形で装着されていた多目的ミサイル倉が素早く差し込まれ、カチカチと小さな音を立ててロックされていく。
「自己診断回路作動、……全ミサイル異常なし」
「よし、ミサイル発射シークエンス発動。発射まで一五秒。かく乱するぞ!」
「了解、ジャンプ!」
 三番機は再び敵集団に乱入、素早く射撃位置を確保するとすぐさまミサイルを発射した。かく乱が目的だったので命中率はけっして良くなかったが、敵の動きが鈍り、壬生屋の援護もあって滝川は無事に再出撃、ありったけのライフル弾を撃ちまくった。
 この地区にいた幻獣の最後の一体が倒れた時、士魂号は三機とも機能停止寸前ながらともかくも生き残ることができた。
 だが損害も大きく、このときまでに五一二二以下の各小隊は歴史上の存在へとその姿を変えていた。
 戦いは人類側優位に傾きつつあるが、完全ではなかった。

 同日 〇八四五時
   熊本城公園・二の丸付近

 いまだ硝煙漂う熊本城公園、その堀の上に速水たちはいた。
「火器管制システムはアウト。予備系統も使えんか……」
「こっちも操縦系はがたがた、人工筋肉は半分が使用不能。ワーニングランプのオンパレードって感じ。でも、もうこれで戦闘は終わりなんだしい別にいいんじゃない?」
「いや……」
 舞のもらした呟きに、速水は怪訝な顔をした。更に問いただそうとした時、通信が割り込んできた。坂上だった。
『お見事です。敵の掃討、終わりました。これで……』
「いや、違う。まだ終わってはいない」
『なんですって?』
 善行が割り込んできた。その声には明らかな驚きがある。
「善行、そなたも分かっているはずだ。ここで叩き潰したのはほんの一部、全ての幻獣が殲滅できたわけではない。それに西部の包囲網が薄くなっている。……あそこを抜かれては何にもならん。三番機はこれから戦闘を続行する」
『しかし……』
「原よ、こいつはもう使えん。直ちに予備の複座型を起動しろ。弾薬もだ。急げ!」
『やめてよ芝村さん、私たちの戦闘は終わったのよ!?』
「何を異なことを言っている? 芝村が友軍が奮闘しているというのにのこのこと後退するわけにはいかん。それが危機に瀕しているとなればなおのことだ。二度は言わん。すぐに準備しろ!」
 舞はそう言い切り通信を切ると、速水のほうを振り返った。
「厚志よ。これが我が楽しき現実というわけだ。戦いこそ我らが故郷にほかならぬ。万民のために最前列で戦うは我らが勤めだが……」
 舞はそこでちょっと言葉を切り、それから幾分ためらいがちに、付け加えるように言った。
「そなたは、どうする……?」
 その言葉に、速水はにっこりと笑った。
「今更そんなことを言うわけ? 置いてけぼりはなしだよ、僕は君を守るんだから、忘れたの?」
「そうか、そうだったな……」
 舞が小さく、だが嬉しそうに笑うのを見ながら、速水はマイクをオンにした。 
「というわけで原さん、すみませんが予備機には超硬度大太刀も追加しておいて下さい」
『速水君っ!』
「すみません。でも、もう決めたんです」
『速水! ならば、俺たちもついていくぞ! 近距離戦なら決して引けはとらん』
「すまぬが、今回ばかりは単機の方が周囲を気にせずに済む。心遣いはありがたいが、だめだ』
 舞はスカウトたちの提案を一蹴した。
『……速水君、芝村さん、たった今救援要請が発せられました。あなた方の意見を是とし、出撃を許可します……。命令、五一二一小隊三番機は予備機に交換、整備補給の後直ちに出撃、友軍の救援にあたれ』
「こちら三番機、了解した。予備機交換、整備補修の後出撃する」
『整備班長、そういうわけですので予備機を直ちに起動させてください』
『……了解』
 幾分ふてくされたような声が、スピーカの向こうに消えた。

「人工筋肉ウォームアップ完了!」
「機関銃弾帯二、煙幕弾頭一、多目的ミサイル倉一、各部装着完了。ミサイル自己診断回路作動」
「ペースト、定格量補充完了」
「補助電源外します!」
 予備機の周りでは、整備士たちがやけくそじみた勢いで出撃準備を完了させつつあった。原はそれを眺めながらため息をつく。
「原よ、準備は出来たか?」
「ええ、あとは最終チェックだけよ」
「あの、どうもすみません……」
「謝るくらいなら最初からやるんじゃないわよ!」
 原はそう怒鳴りつけると、足早に立ち去ろうとした。が、数歩歩いたところでぴたりと立ち止まり、二人のほうを振り向いた。
「必ず二人とも戻ってきなさい。……いいわね?」
 速水たちは黙って頷いた。
「全チェック完了! 士魂号複座型、出撃準備完了しました! いつでもどうぞ!」
「では、行って来る」
 速水たちの敬礼に、原は士官たるものこうあるべきと思わせるような、見事な答礼を返した。
 二人が予備機に向かうと、その前に二つの人影があった。
「滝川、壬生屋さん。どうしたのさ?」
 二人は心配そうな表情のまま口を開いた。
「すまねぇ、俺たちもついていきたいんだけどよ……」
「申し訳ありません、私たちがふがいないばかりに……」
「気にするな、お前たちはよくやった。後は何とかしてみせる。そうだな? 厚志」
 すまなそうな二人に答えながら、舞は傍らを振り返った。
「もちろん。じゃあ、行って来るね」
 速水たちは一声そう言うと、軽々とラッタルを登り、中に収容された。
「敬礼!」
 ゆっくりと動き出した予備機に対して、整備士や残された者たちが一斉に敬礼をした。予備機も小さく手を上げてそれに答える。
 たった一機の第三ラウンドが、今始まったのだ。

 小隊メンバーは、このときのことを長く悔恨の情とともに思い出すことになろうとは、まだ、知る由もなかった。

   ***

『現在前面に展開している幻獣の総数は約四〇、ただし後方に更に控えている模様。注意せよ』
「了解した」
 瀬戸口からの情報を受けつつ、新たな三番機となった予備機は一路戦場へと急ぐ。周囲には学兵ばかりでなく自衛軍の制服を着た死体も数多く転がっていた。砲塔を撃ち割られた士魂号L型が、無残な骸をさらしている。
「かなり苦戦しているようだ。急ぐぞ」
 舞は厳しい表情で命じた。返事の代わりに士魂号の走行スピードが心持ち上がる。
 と、そこへ突如通信が割り込んできた。
『俺だ。敵は多いぞ』
「準竜師!」
 それはまさに準竜師からのものだった。彼は速水を認めると呆れたような、それでいて面白そうな声で言った。
『フン、貴様もなかなか物好きなものだな。ただびとたるをやめ、敢えて地獄を選ぶか?』
「これが僕の選択ですから」
 あっけらかんとした速水の声に、喉の奥で笑っているような、かすかな雑音が答えた。
『まあいい。……従妹殿よ、とりあえず行ってくるがよい』
「そうするとしよう。生きていればまた会おう」
『そうだな、以上だ』
 通信は始まりと同様に唐突に切れた。
「別れの挨拶、ってところかな?」
「そうだ。だがそれは無駄に終わることになろうがな」
 いまや自信に満ちた表情で舞は断言した。
「全くだね。……前方に幻獣を確認。距離約八〇〇」
「戦闘態勢に移行する。まずは中距離戦だ。厚志、コースは任せた」
「了解」
 細かくコースが変わり始めると同時に、舞はジャイアントアサルトの安全装置を外し、発火用電源に火を入れた。
 わずかな緊張を友とし、幾度目か分からない接敵行動を開始する。
 いつもと同じ、そのはずだった。 

   ***

 戦闘自体は、先の二回に比べればずっと楽だったと言ってよかった。
 中距離に占位した三番機は、微妙に立ち位置を変えながら細かなジャンプを繰り返しつつ、ジャイアントアサルトの短い連射を加え続ける。
 その後一挙に急迫、敵の中心に踊りこんだところで一回めのミサイル発射、数体を葬り去った。
 素早い長距離ジャンプで距離を確保すると弾倉交換、二回目の突入のタイミングを図ることにした。
 ――なんとか勝てそうだ。
 速水は順調に進む戦闘に、ついそんなことを考え始めていた。予備機に交換したとはいえ、今のところまではただ一発の被弾もない、その事実が彼の心にわずかではあったが慢心を生み出させたのかも知れなかった。
 ただ一発の被弾で充分、ということもありえるという事実を完全に失念していたのである。
 だが、戦場においては驕れる者には必ずそれ相応の報いがあるものなのだ。
「ミサイル発射シークエンス発動、発射まで一三秒!」
「了解っと!」
 それを合図に速水は再び敵中心部へと突入を開始したが、その時は先ほどまでとは違い、いささか直線的な軌道を取っていた。
「発射地点到達! 射撃姿勢……」
 その時、彼方から一条の光芒が三番機の左足に突き刺さった。猛烈な振動が機体を揺さぶる。
「わあっ!」
「厚志、十時方向だ!」
 みれば、程遠からぬ距離にぷかぷかと丸っこい幻獣が浮かんでいた。
「金魚鉢」というあだ名とは裏腹に強力な遠距離火力を有する飛行型中型幻獣、スキュラであった。それも二体。
 速水とて気づいていないわけではなかったが、充分射線を避けているという自信があった。だが、現実には直線的な移動によって予測が容易だったのか、いまや二体とも三番機にぴたりと照準を合わせていた。本体レーザーの発振子が不気味に赤く光っている。
「まずい、いったん後退するよ!」
「分かった、ミサイル発射シークエンス中止」
「ジャンプ! ……!?」
 油断だった。
 先ほど攻撃を受けた左足の人工筋肉は、その半ばが焼け爛れ、機能を失っていたのだ。よって、予想ほどの距離を飛ぶことが出来ず――
 結果としてスキュラのレーザーは二発明中。一発は腰部ミサイルランチャーのジョイント部に命中、ランチャーを根元から引き剥がした。
 そしてもう一発は――コックピット左側面に命中。
 斜めに命中したために正貫――完全貫通こそはしなかったが、コックピット外部をかすめる形で命中したレーザーは一部の熱エネルギーをコックピット内に侵入させ、内部の空気を急激に膨張させるとともに自らは貫通部分を破壊、コックピット内に破片を撒き散らし、火災を発生させていた。
暗雲

「三番機、被弾!」
 瀬戸口が驚愕の表情で声を張り上げると、指揮車内は一瞬冷たいほどの沈黙に包まれた。
「詳細を報告しなさい!」
「三番機にレーザーらしきものが命中。腰部ミサイルランチャー脱落、左足中破、人工筋肉六三%破損……! コックピット内部で火災が発生しています!」
「すぐに連絡を取れ!」
「ダメです、通信不能! 向こうの通信システムがダウンしました。モニターセンサーも半分以上がいかれています!」
善行は一瞬歯を強く食いしばると、叫ぶように言った。
「通信の回復に全力を上げろ! それと、壬生屋さんと滝川君を呼び出せ!」
「了解!」
『い、一体何があったんですか!?』
「三番機が被弾しました。コックピットに被弾したようです。連絡が取れません」
 善行は淡々と事実だけを伝えた。それがかえって事の重大さを明瞭に伝えたらしく、息を呑む気配が感じられた。
「あなたたちは直ちに出動準備にかかりなさい」 
『で、でも俺の機体はともかく壬生屋のは……』
 壬生屋の二番目の機体は二度目の戦闘の時、味方のスカウトをかばう形でミサイルを受け、撃墜されていた。
『いえ、まだ最初に交換した機体があります。あれならまだ戦えます!』
『あ、そっか……。分かりました! 滝川・壬生屋両名、直ちに出撃準備に入ります!』
「よろしい、ただし出撃はこちらの指示を待ちなさい」
『了解!』
「通信の回復は?」
「まだです。……! 三番機、撃墜されました!」
 善行は、瞬間心臓を冷たい手でつかまれたような気がした。一瞬訪れた静寂を破ったのはののみだった。
「もにたーにみかたはんのうふたつ! あいえふえふしょうごうちゅう……あっちゃんと、まいちゃんなのよ!」
 そこにいた全員が思わず歓喜を上げかけたが、それを打ち破る報告が入る。
「ライフサポートシステム、レッドアラート! 芝村千翼長の反応が異常です!」
 それを聞いた善行は、間髪入れずに命令を下した。
「一番機・二番機出撃! 戦区外縁部まで進出し、二人を援護せよ!」
 ――生きていてくださいよ。
 それが善行の偽らざる心情だった。
(つづく)


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