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o-ni-gi-ri(終話)


 時間は少し遡る。
 とある日の速水の家、その台所では、調理と呼ぶにはなんとも賑やかしい騒音が発生していた。
 その大半が、舞に起因することについて今更説明の必要があるであろうか?
「まーい、お米は研ぎ終わったかな?」
「ままま、待て、もう少しだ……。い、いいぞ」
 しっとりと濡れ、充分に水分を吸い込んだ小さい粒たちの反乱を抑えつつ、額にびっしりと汗を浮かべながら、舞がいささか頼りなげに返事をした。
「どれどれ? んー……」
 速水は後ろからひょい、とのぞき込むと流しを子細に点検し始めた。
 背後から感じる彼の気配と、くっつくのではないかと思われるほど寄せられた彼の頬、それに時折感じられる息遣いに背筋を緊張させつつも、己のなした結果がどう評価されるかについて、舞は息を詰めながらじっと見守っている。
 実際には数秒に過ぎない長い、長い時間が過ぎた後、速水はゆっくりとうなずいた。
「うん、いいんじゃない?」
「そ、そうか……」
 全身の力がどっと抜けた。汗が流れ落ちるのを慌てて近くにあったタオルでふき取る。
 速水は、そんなクルクル変わる舞の表情を横目で眺めつつ、再び流しに目をやった。電気釜に収めるべき容器の周囲には、舞の奮闘ぶりを示すべく白い小さな粒があちらこちらに散らばっている。
 兵(つはもの)どもが夢のあと。
 軍隊はある程度の損害を許容することを前提とした組織であるが、速水はまさかそれが米磨ぎにまで適用されるとは思っていなかった。
 ――ま、しょうがないよね。最初のころよりはずっといいし。
 全滅さえしなければやりようはある。
 そのへんについてはいくらでも寛大になれようというものであった。
 もっとも、悪気あっての意見ではない。速水本人は極めて真摯に指導しているのは疑いないのだから。
 ……単に事実を見つめて来た者の諦観、という説もあるが。
「じゃあ、いい? 水加減はこうやって……」
 ともあれ次のステップに入るべく、速水は舞の手を取って水加減の計り方の指導に入った。
 ……おそらく、今日は舞の心臓は一時たりとて休まらないに違いない。
 ちなみに、最近の電気釜は水加減をわざわざ指で計る必要などないのはご存じの通りである。参考までに、米を炊く時は米の表面から中指の第一関節ぐらいまで水がくれば良いとされている。
 なんだかんだでスイッチオン。
 待つことしばし、アラーム音と同時に、「保温」に切り替わった。
 ――つ、次の段階だ。
 舞が体を固くする。
「確認して」
「う、うむ」
 速水の指示に緊張を張り付けた表情のまま、舞はしゃもじを構えつつ、じり、じりと電気釜に取り付き、素早く蓋を開けた。
 もわっと上がった湯気にいささかひるみつつも、素早く視線を走らせると手にしたしゃもじで飯粒に十字を切る。
 ……これは作戦行動であったのか。
「舞、米はご飯になってるかな?」
「大丈夫だ! ……と、思う」
 態度とは裏腹に、その声はどこかあやふやだった。
「ああ、それはよかった」
「……す、少し、硬いかも知れん」
 しゃもじについた飯粒を少し手に取り、手触りを確かめ、熱さに顔をしかめた後に口に含んでみてから、舞は細い声で付け加えた。
「芯は残ってる?」
「い、いや、それはなさそうだ」
「じゃあいいや。固めの方が都合がいいよ。ちょっと待っててね」
 速水はそういいながら鍋を取り出す。
 傍らには、舞が奮闘している間に切り分けたらしい鶏肉や玉ねぎが並んでいた。
 鍋を火にかけ、だしが煮立ったところで玉ねぎと鶏肉を投入。手早くあくを取ったところで今度は青葱を放り込む。
 あわせだしと肉・野菜が煮込まれる時のいい匂いが台所に漂いだした。
 青葱がしんなりしたところで、予めかき混ぜてあった卵をふわりたらりと回し入れ、蓋をして蒸らしを入れる。
「ん、こんなもんかな。親子丼、ってことで」
 まるで魔術でも見るような心持ちでその手際を眺めていた舞が、ため息と共に呟いた。
「一体、どうやったらそのようなものが作れるのだ? 男というものは皆できるのか?」
「慣れの差だと思うよ。舞だってやっているうちにすぐできるようになるって」
「そ、そうだろうか?」
「うん。さ、ご飯をどんぶりによそって。ご飯のてっぺんが丼の淵からちょっと出るくらい」
 言われるままにご飯をよそい、それに速水が先ほどの鍋の中身を手早くかけ、舞の眼前に差し出した。
「さ、熱いうちにどうぞ」
「う、うむ。……む、これは」
 一口箸を進め、目を見開く舞。
「どう?」
「……うまい」
 はて、食事を作っているのは一体どっちであろうか?

   ***

 ――今は、ひとりでも大丈夫になった。親子丼も作れるぞ。
 その陰にどれほどの苦労があったかは想像に難くない。
 ――初めて私の親子丼を食べたときの、厚志の顔は見ものだったな。
「ふふっ」
 我知らず、再び笑いがこぼれたが、次の瞬間その表情が少しだけ曇った。
 どうやら昨日のことにまで連想が及んだらしい。
「……まあ、あやつのことだ。ケロリとした表情で待っているに違いない」
 言ってる本人にもどこか確証が持てなさそうな口調であった。
 再び時計が時報を打つと、我にかえった舞はあわてて準備を再開した。
 まだまだ作業は残っているのである。

 奮闘のかいあって、弁当箱には海苔も黒々としたおにぎりが無事鎮座ましましていた。
 あらかじめ作ってあったおかずも、程よく冷めたころあいを見計らって容器に詰め込み、ふたをする。
 布で包みしまいこむと、舞は大きく息をついた。
 ――ここまでは、よし。
 舞はエプロンを外すと、今度は己自身の支度をすべく、洗面所に飛び込んでいった。
 歯磨きと洗顔をすませ、なかなか通らないブラシをなだめすかし、それから寝室に飛び込んだ。
 いつもの私服を手に取ろうとして、ふっと考え込む。
 数瞬たたずんだ後、
「こ、これなら厚志にも分かるであろう……」
 舞はなぜか赤くなりながら、クローゼットの中から一着の服を取り出した。

 全て完了した――はずであったが、舞は眉根を寄せて再び何事か考えると、枕元においてあるポーチを手に再び洗面所へと戻って行った。

 それから数分後、少しだけ急ぎ足で学校に向かう舞の姿があった。

   ***

 同日、〇八三〇時、尚敬高校校門前。
 ここは恋する二人には格好の待ち合わせ場所となっているので、利用する者もまた多い。
 もっとも、よく知られているからこそ敢えてここを避けるカップルもいるようだが、速水はそんなことはお構いなしであった。
 少なくとも昨日までは。
 校門に半ば寄りかかるようにして立つ彼は、盛んに腕を組み替えてみたり、足先で地面を叩いてみたり、髪に手をやったりため息ついたりそわそわしたりと落ち着かないことおびただしかった。もし煙草でも吸っていれば、吸殻でピラミッドでも出来ていたかもしれない。
ただし、様々な想いが渦巻いている彼の心の構成要素に「怒り」という成分だけは、ただの一ミリグラムたりとも存在していなかった。
「舞、まだかな……」
 速水は不安げな視線をはるか彼方、舞がやってくるはずの方向に向けている。わずかな動きでも見逃さずに見張っているが、今のところは全てスカばかりである。
「昨日、あれだけ怒ってたものなあ。駄目かな……」
 別に、後悔はしていない。自分が言ったのは全て本心からのものだったのだから。
 ――でも、あんなに嫌がられるのなら……。
 その時、視界の隅に何か動くものが見えた。
 慌てて目を凝らすと、確かに見慣れたポニーテールが揺れながらこちらにやってくるのが見える。
 まるで、ぱあっと花が咲いたような笑顔で、速水は大きく手を打ち振った。
「あはっ、舞、こっちこっち!」
 駆け足に近い速度でやってきた舞は、手前数メートルで速度を落とした。
 速水は駆け出しかけ――寸前で押しとどまる。表情もいつの間にか少し曇り気味に戻っていた。
 脳内ではいつもと違う舞の姿に関する意見も色々とあったのだが、それを口にするのはさすがにはばかられた。
「もう来ていたのか。……どうした?」
「う、うん。おはよう、舞」
「あ、ああ……。おはよう、だ」
 しばし、二人の間に沈黙が通り過ぎる。
「あの……」「その、だな」
 見事にハモった声に二人は顔を見合わせた。
「先に言うがよい」
「うん、その……、昨日はごめん」
 舞は軽く目を見開き、それからおずおずといっていいような声で問いただした。
「その、なんだ。そなた怒っていないのか? 私は昨日そなたにひどいことを言ったのだぞ?」
「うん……正直ショックだったけど、舞が嫌がってたのは確かだものね。だから、ごめん」
「い、いやその……。分かればいいのだ」
 まさか、こういう話になるとは思っていなかったのか、舞のほうが勝手の違いに戸惑っているようにすら見えた。
「舞」
「何だ?」
「その、今日は一緒に行ってくれるのかな……?」
 舞は、ほんの少し眉を吊り上げた。
「そなたはどこまで馬鹿なのだ? 何を寝ぼけたことを言っている。この格好を見てわからんか? 私は約束を違えるつもりなどない!」
 確かに、今日の舞の服装は彼女の決意を示していた。
 紺のワンピースに黒タイツ、手にはいかにも可愛げなトートバッグを下げている。これでデートでなければ、何のための服装というのであろうか?
「う、うん、それは分かっているけど……」
 舞はため息をつくと、意外に静かな声で話し出した。
「厚志よ。私は時と場所を考えよと言ったのだ。あの時と今とは違う。ならばおのずと違う対応、違う答えがあってしかるべきだ。どうだ?」
「う、うん……」
「まあ、なんだ。昨日の回答については少々誤解を与える余地があったとも思えなくもない……。すまぬ」
「え? いや、舞が謝るなんてことは……」
 速水は慌てたように手を振りながら言いかけたが、
「私が謝りたいのだ、素直に受けんか!」
 と、気迫に押されて慌てて頷いた。
 舞は言うべき事を言うと、ぐいと速水の手を取った。
「え?」
「な、何をしている、行くぞ」
 舞は耳まで赤くしながら、ぐいぐいと速水の手を引っ張っている。その姿に、ようやく速水の顔にも本物の笑みが浮かんできた。
「うん! じゃあ、行こうか!」
 二人は連れ立って校門を後にした。

「ところで、だな」
 道すがら、舞が唐突に切り出すと、速水は不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや……。さっきからそなた、何を見ている?」
 先ほどの赤面いまださめやらずといった表情で舞は言った。手をさっきからしっかりと握っているのもその原因の一つであるには違いなかろう。
「いや、その服似合ってるって思ってさ」
 リトマス試験紙並みの速度でさらに舞の顔色が変わった。もちろん酸性の方へである。
「そ、そうか?」
「うん。とっても」
 速水が大きく頷くのをみて、舞ははにかむような笑顔を見せた。
「それにひょっとして……化粧してる?」
「う……」
 一瞬、言葉に詰まった。
 それは、全くの真実であるからだ。
 化粧と言っても、ほんの少しリップを塗ったりとかその程度ではあるが、速水の目にはそれだけで舞がまるで輝いているかのように映っていたのだ。
「う、うむ。その、原に教わったのだが……やはり似合わぬだろうか?」
 ――原には、「芝村ともあろうものが、しかも女の子がみっともない格好はできないでしょ?」と言われたのだが……もしかして私はたばかられたのであろうか?
 動機について言えば、半分ぐらい当たりかもしれない。
「とんでもない、良く似合ってるよ。でも……」
「な、なんだ?」
「ちょっとだけ、ほっぺにキスしづらいかな?」
「!! あ、厚志っ!!」
 舞の右手が鋭く上がった。速水は反射的に防御姿勢を取ったが――

 ぺち。

 ほんの軽く、頬に手が当てられた。
「えっと、その、舞?」
「……馬鹿者、時と場所を考えろといったはずだ」
「えっ? それじゃ……」
 舞はしまったという表情で、
「さ、さあ、時間が押しておる、さっさと行くぞ!」
 と、再びものすごい勢いでぐいぐいと引っ張り始めた。

   ***

 行き先は広木地区・水前寺江津湖公園。
 尚敬高校からも程近い広木地区は、下江津湖の南東部にあり、江津湖の自然景観を保全し活用することを目的として県により整備された公園である。
 園内にはいくつかの広場や花畑、自然観察園などが設けられており、市民の憩いの場となっていた。
 未だ平和なりし頃は、春には園内の花畑で、夏には園内にめぐらされた小川で遊び、または憩う者たちの姿が引きも切らなかったという。
 それも今は昔の話。今は戦時中ゆえだいぶ荒れはしたし、来る人とてまばらではある。 だが、人目を忍んで会うにはかえってちょうどいいのかもしれなかった。
 二人は人影のない公園内をしばらく歩くと、比較的芝生がきれいな広場の一角に腰を落ち着けた。
 舞は包みを解くと、速水の前におかずと、苦心の作であるおにぎりを並べた。
「わあ……」
 速水の口から思わず歓声が漏れる。
 握られてから少々時間のたったおにぎりは、海苔が湿気を吸ってしっとりとまとわれ、いかにも食指をそそりそうな香りを放っていたし、おかずもいかにもこういうときに合いそうなから揚げとか玉子焼きとか、心浮き立ちそうな色合いの品々が詰め込まれていた。
「じゃあ、いただき……」
「ちょっと待て」
 いそいそと手を出そうとした速水を、舞はそっと押し留めた。怪訝そうな顔をする速水を尻目に、舞はおにぎりの一つを取ると、速水の眼前に突き出した。
「え?」
「く、くくく口をあけろ。……早くせんか!」
 これがどうやら「時と場所を考えた」結果らしかった。速水は口を大きく開けると、おにぎりにかぶりつく。
 海苔と塩と米の味が口中に広がり、わずかな時間差をおいて具の味――おかかだった――が口中に広がった。
「うん、おいしいよ。いい炊き加減だね」
「そ、そうか? ……そうか」
 舞は、ほっとしたように笑顔を浮かべた。化粧の効果とあいまって、いつもとまた違う美しさを放っていた。
 速水は我知らず頬が熱くなるのを感じ、慌てて紅茶を一口飲んだ。
「ど、どうした?」
「い、いや、ちょっとむせそうになったんだ……。はい、じゃあお返し」
 速水も手近なおにぎりをつまむと、舞の口元に差し出した。
 舞はあ、とかう、とか逡巡していたが、じっと見つめる速水の視線に押されるように、そっとおにぎりを口にした。
「ね、おいしいでしょう?」
「……そうだな」
 ――こういうのは、自画自賛というのではないか?
 舞はそう思ったが、確かに我ながらなかなかの出来であると思わせる味ではあった。
「あ」
「?」
「おべんと……」
 皆まで言い終わる前に、速水の顔が近づいてきて――

 ちゅ。

 ほっぺたにくっついていた米粒を取り去っていった。
 舞はしばらくの間硬直していたが、やがて状況が理解できるにつれ、体中の血が顔面に集まったかのように赤く染まってきた。
「あ、あ、あちゅし、いや厚志っ!! そ、そ、そ、そな……」
 舞は最後まで言い終える前に、ふわりと抱きすくめられてしまった。
「ここここらっ! い、一体何を……」
「時と場所を考えた結果、こうしたんだけど何か?」
 ――こ、これではまるで赤ん坊ではないかっ!
 しっかりと横向きに抱きすくめられ、目の前におにぎりが再び突き出されているさまは確かにそう見えなくもない。
 舞は何とかその包囲を解こうとするが、一体これがどうなっちゃっているんだか解けないときている。
「まーい? せめて二人きりのときぐらいいいでしょう?」
 速水の普段見せない――彼女以外には絶対聞かせないような――優しい声が舞の耳朶を打った。
「……う、うう、こ、こここ今回だけだぞっ!」
 そう叫ぶと、舞はまるで親の仇のようにおにぎりにかぶりついた。速水も微笑みながら、ちゃっかり舞がかじったおにぎりを口にしている。
 頭に血が上っていた舞は、その様子も、とっくに戒めも解けて、自ら速水の膝の上に乗っている格好になっているのにも気がついていなかった。
 ――結局こうなるのかっ! く、屈辱だっ!!
 だが、心のどこかで、彼女自身今の状況を楽しんでいることが理解でき、嬉しくもあり腹立たしくもあった。
 ――私の、何たる弱さよ。
 だが、それをあえて捨て去ろうとは思わない。
 それを知ることで自分はより弱くなり――そして強くもなれた、そう思うからである。
 舞の口元に、微かに笑みが浮かんだ。

   ***

 だが、そんな時間も非情にも破られる運命にあった。
「二〇一X一、二〇一X一。生徒は直ちに現在の作業を中止し……」
 多目的結晶に、いつもの警報が流れ始める。
二人はまるでばね仕掛けのように立ち上がると、互いの顔を見合わせた。
 ――こ、この格好で行くのか?
 己の姿を改めて見直し、ハンガーに姿を見せた時の皆の反応が目に浮かぶようではあるが、背に腹は替えられない。
「ええい、仕方ない。厚志、行くぞ!」
 直ちに走り出そうとする舞に、速水が少しだけ押し留める。
「?」
「これを忘れてっちゃいけないよ。舞が、せっかく一生懸命作ってくれたんだから」
 速水はそう言うと、弁当を再び袋に戻し始めた。
「た、たわけ! そんなものに構っている場合か!」
「ねえ舞、帰ってきたらまた一緒に食べようね」
 その言葉と、速水の瞳に一瞬舞の動きが止まり――ふっ、とあの冷静で自信に満ちた「芝村の笑み」が復活した。
「当然だ。我らは戦い、そして勝つ! そなたの提案を実行するに何の問題もなかろう」
「あはっ、じゃあ決まりだね!」
 速水はおにぎりの詰まったバスケットを取り上げると、大事そうに抱えて微笑んだ。
 舞の表情にも、先ほどまでとは明らかに違う種類の笑みが浮かぶ。
 ――負けはせぬ。
「行くぞ、厚志!」
「うん!」
 二人はお互い手を取り合うようにして、学校への道を駆け始めた。
 その頃になって、ようやく行く手から非常呼集のサイレンが聞こえ始める……。

   ***

 今ここにあるは確かな生。
 そして彼らを待ち受けるは、不確かな未来……。
 だが、その中でも彼らは己の能力と命を精一杯輝かせ、瞬間、また瞬間と生きていく。
 それは己の存在する、あまりにもはかない証。
 だから彼らは、生還と約束の履行を宣言した、最も神聖なる誓約を交わしたのだ。大いなる目的を胸に秘める二人であっても、いや、だからこそこの誓約は何物にも破られることなどありはしなかった。
 何もかもが不確かな戦場でそのようなことを約する事自体、愚かしく、馬鹿馬鹿しいと感ずる者もいるだろう。
 だが、守るべき何か、達すべき何かがあればこそ、人は己の能力の全てを傾けて運命に抗おうとするのかもしれない。
 そしてそれは、何も大げさなものである必要はないのだ。

   ***

 後日、二人が誓約を果たすことが出来たかどうかは……、奥様戦隊の活動が極めて活発であった、とだけ言っておこう。

 これ以上の記録は、野暮というものである。
(おわり)


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