前のページ | *
[目次へ戻る]

愛は永遠に


「一体……、一体俺はどうしちまったんだ? どうしてこんな事になっちまったんだよ!?」

 ある日の放課後、速水がいつもの通り整備に向かおうとハンガーへ向かうと、向こうから誰かがフラフラと歩いてくるのが見えた。頭につけたゴーグル、鼻の頭のバンソウコウがトレードマーク、友人である滝川だった。
「どうしたの、滝川? 顔色が悪いよ、どっか具合でも悪いの?」
「あ、速水ぃ……、助けてくれよぉっ!!」」
 滝川は泣きそうな声でそう言ったかと思うと、がしっと速水の両肩を掴んだ。
「た、滝川!? 何がどうしたって言うのさ? と、ともかくこっちへ来て……」
 見るからに怪しい雰囲気の滝川にちょっと引きながらも、ともかく人目を避けるべく倉庫へと引きずり込んだ。
 ……傍から見れば、それもじゅーぶんにアヤしい行為なのだが。

「さ、ここなら大丈夫……、滝川、一体どうしたの?」
「あ、ああ……。速水、俺がちょっと前に機体交換したのは知ってるよな?」
「う、うん」
 知らぬわけがない。彼の機体は3日前に大破したばかりなのだから。
「それが、それに乗るようになってからさ、おかしいんだよ」
「おかしいって、何が?」
「乗ってる間中、ずっとある人の顔が見えるんだ。いや、幽霊なんかじゃない。それに……、俺が見た事ないはずの姿が見えるんだよ!」
「人が……?それは誰なの?」
「いや、それは……よく分からないんだ……」
「ふーん……」
 速水は首を傾げたが、やがて妙に優しい口調で言った。
「ねえ滝川。きっと君は疲れてるんだよ。ほら、ここの所連戦だったし……。今日は僕が調整やっておいてあげるから、もうかえって休んだら?」
 速水は滝川が戦争神経症にかかっていると思った。緊張の連続で神経が限界を超えてしまったのだ、と。
「そんなんじゃねえんだよ! もっと別の……」
「なんでそう思うの?」
「そ、それは……」
 急に滝川が黙りこんでしまう。その好きに速水が畳み掛けるように話しかけた。
「どっちにしても体調悪そうだし、それじゃあ整備も出来ないよ。ね、悪い事言わないから今日は帰りなよ」
「あ、ああ、分かったよ……。じゃ、悪いけど後は頼んだわよ……」
 そう言うと滝川は後ろも振り返らずに、倉庫から飛び出すように駆け去っていった。
「た、頼んだ『わよ』……?」
 速水は呆然とした。
「滝川も、もう駄目なのかな……」
 寂しそうに呟くが、もちろん彼は気がつく由もなかった。滝川が見た姿というのは瀬戸口の裸身だと言う事を。
(お、俺は……、俺は、ひょっとして瀬戸口師匠の事を……?)
 お前な、もっと自信持てよ……。



 それから数日後、滝川は回復するどころかますます悪化の一途を辿っているようだった。どことなく言動もおかしくなり、特に瀬戸口が近づくと飛び上がるようにして逃げ出してしまう。
「瀬戸口が何かやったんじゃないのか?」
 そんな噂が飛び出すのに時間はかからなかった。
「冗談じゃない。俺の役目の中に野郎にラブを振りまく、なんてのはないぜ」
 瀬戸口にしてみればいい迷惑だったが。
 だが、そんな状況でも戦闘はお構いなしに始まる。もうすぐ昼休みという時にいつまでたっても慣れることの出来ない、神経を揺さぶるような警報音と共に出撃命令が跳びこんできた。神経症だろうがなんだろうがとにかく人手が足りないのだ。滝川も半ば引きずられるようにして更衣室へと連れて行かれた。



「滝川機、被弾! 神経接続、照準装置、機能低下! このままでは危険です!」
 瀬戸口の緊迫した声が指揮車内に響く。
「滝川くんに後退命令を、後方で体勢を整えさせなさい!」
「はっ! 滝川、後退命令が出た。一旦下がって体勢を整え……、って、おい、滝川?」
『いやだよう、もう、いやだよう、勘弁してくれよう……、俺をどうするつもりなんだよう?』
「おい、滝川? どうした? ……滝川っ!?」
 返事はなかった。

 2号機内部。既にワーニングランプの半分ほどが点灯しっぱなしになっていて、機内が赤く染め上げられていた。その中で滝川は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらなおも呟きつづけていた。スピーカーが何か喚いているが、滝川の耳にはなにも入っていない。
「いやだ、いやだよう……。なんで俺がこんな姿ばっかり見るんだよう……」
 ヘッドセットで遮られた視界の中には再び瀬戸口の裸身が見えていた。しかも、自分が瀬戸口と肌を重ねている感触まではっきりと感じていたのだ。本来ありえないその状況に滝川は精神錯乱に近い状態に陥っていた。
”もう、そろそろよさそうね”
 そのとき、突然どこからか声が聞こえてきた。滝川がはっと正気にかえる。
「だ、誰だっ!?」
”だれだっていいわよ。悪いけどちょっとあんたの体借りるわよ”
「お、おいっ、待て……うわあああああっ!!」
 滝川の意識が途切れるのと、2号機に生体ミサイルが命中するのとがほぼ同時だった。



「滝川ぁっ!! おいっ、しっかりしろよ、滝川っ!!」
 速水が涙声で呼びかける。ほぼ全壊した士魂号からようやくの事で引きずり出された滝川をゆすらんばかりの勢いだ。奇跡的に外傷はほとんどないが、目を覚まそうとはしないのだ。小隊のメンバーも次々に集まってくる。
 と、そのとき滝川がうっすらと目を開いた。焦点も定まらないままにあたりを見まわしている。
「滝川、気がついた!?」
 速水が嬉しそうに叫ぶが、そちらには目もくれず、ゆっくりと起きあがると、にっこりと微笑んだ。
 瀬戸口に向かって。
 さすがに心配顔で近寄ってきていた瀬戸口の表情が一瞬引きつる。次の瞬間、滝川の口から漏れ出た言葉に危うく卒倒しそうになった。
「ああ、ようやく会えたわね、瀬戸口さん」
 そう言いながら滝川は上目遣いで瀬戸口を見つめた。
 ぞわわわわっ。
 瀬戸口の背筋に悪寒が走る。
「お、おい、滝川? 一体何の冗談だ?」
 どことなく声が震えている。ついでに他のメンバーはとっくに周囲から引いていた。
「もともと無差別なヤツだとは思っていたが……」
「まさか男性にも無差別だったとは……」
「ふふふ、不潔ですっ、不潔ですうっ!!」
「おい、ちょっと待て! これはなんかの間違い……」
 思わず言い募ろうとした瀬戸口の声を遮るように、滝川の泣き声が響き渡った。
「まあ、ひどいわっ! あたしと一緒に過ごした夜まで忘れてしまったというの!?」
 周囲の引きが一層大きくなる。
「ま、待て……」
「瀬戸口さんっ!!」
 目に大粒の涙をためながら、瀬戸口に駆け寄る滝川。次の瞬間瀬戸口は全力で逃げ出していた。
「待って、どうして逃げるの!?」
「逃げいでかっ!!」
 突如始まったおいかけっこを、ただ一人冷静に見極めていた人物がいた。
「あーあ、やっぱりこうなっちゃったのね……」
 小隊整備主任の原である。
 実は、滝川の乗っていた士魂号に使われていた制御用の脳は、かつて瀬戸口と付き合いのあった女性のものだったのだ。制御装置として組み入れられた際に余計な記憶は全て消去されたはずだったが、瀬戸口への思慕の念だけは消えずに残っていたらしい。それが脳磁気入力装置からのリバースで、一時的な人格憑依として発現したものらしい。
「まったく……、まあ、脳は死んでしまったみたいだし、しばらくすれば元に戻るでしょうからいいわよね……」
 せめて事情ぐらいは説明してやったらどうだ?
 彼方からは瀬戸口の悲鳴と滝川の甘え声が聞こえてきていた……。
(おわり)


(追記)
 後日、滝川は正常に戻ったが、「瀬戸口とデキてる説」は後々まで語られつづけ、瀬戸口、滝川両名の心が休まる事はなかったという。


名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



前のページ | *
[目次へ戻る]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -