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代替戦力(その2)


「で、それはそれでよかとして……」
 幻獣どもを全てたいらげて意気揚々と帰還してきた彼らは、夜食に多大なる期待をかけながらいそいそと整備や後処理にいそしんでいる。
 その期待を一身に受けた食事当番である中村は、はっきり言って困惑していた。いかな料理の技能を持つ彼とはいえ、野草狩りなどはとんと縁がなかったのである。
「おい、これはほんなこて食べらるるとだろうな?」
「大丈夫だって! 毒キノコってのは毒々しい色をしているもんだろ? それにこれはちゃんと縦に裂けるし!」
 ……どこで手に入れた知識なんだか。
「本当や?」
 疑わしげな視線に、滝川はドンと胸を叩いて、
「たまには俺を信じろって! これはシメジだろ、で、これがヒラタケ……」
「まあ、しかた言うのなら……」
 中村はため息を一つつくと、キノコを鍋に放り込み、軽く炒め始める。今日の夜食はキノコたっぷりのシチューのようだ。
「んじゃ、後は任せたぜ」
「ああ」
 それからしばし。
 とりあえず後は煮込めばいい段階まで来たところで中村が中座すると、それを狙っていたかのように、さっき出て行った人影が鍋にこっそりと近づいていった。
 ゴーグルが蛍光灯の光を受けてかすかに光る。
「へへ、出来具合はどうかな、っと……」
 そっとふたを開けると、湯気といいにおいがふうわりと一斉に立ち込める。その中に見えたのは、キノコが楽しげに踊るクリームシチューだった。
「おわーっ! ……んじゃ、ちょっと味見を」
 頼まれてもいないのにおたまを鍋に突っ込むと、小皿に取り分ける。
 ほかほかと湯気を立てるシチューを、一口放り込んだ。
「う……」
 一瞬声を詰まらせた後に叫んだ。
「うめえっ!!」
 つまみ食いということすら忘れ、滝川はがつがつとシチューをすすりこむ。
 あまつさえお代わりまで取り分けていたりして。
「こ、こんだけあるんだから少しぐらいいいよな……」
 全然よくはないのだが。
 誰もいない食堂に、怪しい音が響き渡った。

「そろそろ時間か。作業を一時終了、夜食にするぞ」
 あちこちから普段より楽しげな返事が返ってくる。パイロットたちは手を拭くと、皆食堂兼調理場へと向かい始めた。
 不文律のようなものだが、食事はラインオフィサー、テクノオフィサーの順に摂るのが習慣となっていた。差別と感じる向きもあるかも知れないが、万が一に備えてすぐに出撃できるように先に食事を済ませるという、旧武家社会みたいな暗黙の了解なのである。
 彼らが食堂に入ると、いい匂いが出迎えた。思わず口の中に生唾が浮かぶ。スカウトや指揮車のメンバーは先に来ていたようだ。
 各自自分の分を取り分けて、さて食べようかと言うところで、ふと速水が気がついた。
「あれ? 滝川はどうしたんだろう?」
 確かに、こういう場合には真っ先にいるはずの姿がどこにもない。
「大方どこかでサボっているのであろう。原も言っていたが働かざるもの食うべからず、だ。先に食してしまおう」
 取り付くしまもないと言う感じだが、シチューの魅力には抗しきれない。皆、スプーンを取り上げる。
「いただきまーす」
 小学校の給食みたいな挨拶とともに、楽しかるべきはずの夜食は始まった。

   ***

「……オイ、いくらなんでも奴ら遅すぎねーか?」
 人工血液用のフィルターを交換する手を止めて、田代が呟くように言った。
「そうですね……。私たちだって楽しみにしてるのに、その辺わかんないんですかね?」
 森がいつものぶっきらぼうな口調で答えるが、そこには本当に怒りが混じっていたかもしれない。
「それにしても遅いわね……。誰か、ちょっと様子を見てきてくれる? まだくだ巻いてるようなら、さっさと交代しろって言ってきて」
 いつまでたっても上がってこないラインオフィサーたちに業を煮やした原がそう言うと、数人が駆け出した。
 既に忍耐も限界まで来ているらしい。
 と、数分もしないうちに彼らは戻ってきたが、その様子は先ほどまでと一変していた。
「大変、た、大変です!」
 青ざめた顔で口々に叫ぶ彼らを見て、何事かと不審に思った整備士たちが食堂兼調理場を覗き込んでみると、そこには死屍累々……ではなく、苦痛に顔をゆがめて床でうめくラインオフィサーたちの姿があった。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「ふええ、みんなしっかりしてぇ!」
 ただ二人無事だったらしい若宮たちが皆を助け起こすが、誰もがぐったりして声もでないようだ。ののみも目に涙をためながら必死に身体を揺するが、返事はない。
「どうしたってのよ、一体!?」
「あ、素子さん! それがみんなシチューを食ったらいきなり苦しみだして……ともかく手当てを!」
「分かったわ、みんな、手伝って!」
 たちまち食堂兼調理場は修羅場のごとき騒ぎになった。慌てて担架が用意され、次々と運び出されていく。
 ちなみに一番やられていたのは……無論滝川であった。

   ***

「……つまり、どういうことだ? 簡潔に言え」
 モニターの中で、準竜師が問うた。
「はい、五一二一小隊ラインオフィサー一一名のうち、九名が現在戦闘不能です」
 小隊司令室で、いまや臨時の小隊司令となった原が言った。
「キノコによる食中毒とはな……」
 準竜師は、彼にしては大変に珍しく呆れを含んだ声で呟いた。
 要するに、キノコを間違えたのである。
 つまり、ウラベニホテイシメジとクサウラベニタケを。
 ヒラタケとツキヨタケを。
 滝川が発見したのは、毒キノコの一大群生地だった訳である。
 このあたりはベテランですら間違えることもあるそうだが、それで事態は全然解決しない。
「幸い、九名とも命に別状はないそうですが、激しい腹痛・下痢・嘔吐等の諸症状で、数日間は活動は出来ないものと思われます」
「二名無事だったというのは何故だ?」
「東原戦士はキノコが苦手で、食べなかったそうです。若宮戦士は……」
「ああ、説明は要らん」
 準竜師はぶっすりとした表情のまま手を振った。若宮の鉄の胃袋は有名である。
「で、騒ぎの張本人はどうした?」
「はい、一番症状が重く、一時は風前の灯だったそうですが、現在はどうにか安定しています」
 ――どうせなら、そのまま風に吹かれて飛んでいってくれても良かったけど。
 相当に物騒なことを考えた原だったが、表面上はあくまで冷静に言葉を続ける。
「以上のような状況により、五一二一小隊は実質活動不能と判断いたします」
 準竜師は顎を手に乗せたまま黙って聞いていたが、口を開いて出てきた言葉は意外なものだった。
「貴様の意見は聞いた。却下する」
「……!?」
「原千翼長、お前は馬鹿か? 活動可能な人材がいる間はそのような言葉を吐くな」
「し、しかし……まさか?」
 準竜師がニヤリと笑う。原にはそれが一瞬悪魔の笑いに見えた。
「完全編成にとは言わんが、二四時間以内に戦力を再編しろ。出撃は二日後だ。分かったな」
「ちょ、ちょっとお待ちください……!」
 全てを言い終える間もなく通信は切れた。原は呆然としていたが、やがてのろのろと立ち上がると呟いた。
「一体どうしろっていうのよ……」

「果たして、大丈夫なのでしょうか?」
 副官である更紗が感情を交えぬ声で言うと、準竜師は、
「軍隊など、無理と無謀が大手を振る世界だ。このくらいは遂行してもらわねばな」と言った。
 そう言いながら、準竜師は電話に手を伸ばすと、ダイヤルし始めた。
「俺だ。独立第八砲兵大隊につなげ」
 それを見た更紗は、軽く肩をすくめると執務に戻った。

   ***

 いかに無茶といえども上官の命令は絶対である。原は文字通り頭をひねりながら対応策を考えた。
「まともな編成じゃ無理よね……」
 いきなり人数半減になってしまったのだから、どう考えても手が足りるわけがない。だが、不完全な編成のまま飛び出せば、作戦失敗率は格段に跳ね上がる。
 原の本心を言えば、撤退に追い込まれても構わないとすら考えていたのだが、その場合でも損害は可能な限り避けねばならなかった。幸い機体はこのところ好調で、それほど手はかからない……。
「仕方、ないわね……。これでいきましょう」
 選手の故障でオーダーに悩む野球監督そのままの表情で、原は受話器を持ち上げた。
「元司令」に確認をとるためである。

「……というわけで、このシフトで行きたいと思うんだけど……」
 念を押すように原が言うと、やや苦しげな声がうめくように答えた。
『や、やむをえませんね……。分かりました、それで行きましょう』
 今にもくたばるのではないかと思えそうなほど弱々しい声に、思わず眉がつりあがる。
「何よ、しっかりしなさい! こんなことでくたばるなんてらしくもない事やってるんじゃないわよ」
『あなたにはかないませんね……。まあ、それはともかく頼みましたよ』
「任されたわよ、ガラじゃないけどね。あ、そうそう、みんなにはお見舞いに行かないように言っといたからね。何よりそんな暇はないし、あなたもトイレの往復で忙しいでしょ?」
 声にややからかいを含めて原は言ったが、帰ってきたのは苦しげなうめき声だけだった。
「? どうしたのよ?」
『じゅ、充分分かりましたから、もう電話を切ってもいいですか?』
「?」
『い、今往復の真っ最中なんですが……』
「……あら、失礼。それじゃ」
 皆まで待たずに慌しく電話が切られる。切れる直前にドタバタと駆け出す音が聞こえたような気もする。
「あいつも、見栄を張ってる余裕がないみたいねぇ……」
 意外なところで確認できた善行の一面に、原はくすくすと忍び笑いをもらすのだった。

   ***

 出撃前はいつもあわただしいものだが、今日のそれはいつもの数層倍増しといったところだった。
「おい、ここにあったリペアキット、どこやった!?」
「ジャイアントアサルト、二〇ミリ弾二七〇〇発準備完了!」
「指揮車、エンジンスタート!」
 甲高い起動音とともに、二〇〇〇馬力のガスタービンエンジンに命が吹き込まれ――突然、前進を開始した。
 前で最終チェックをしていた中村は、突然迫ってきた文字通りの鉄壁から転がるようにして逃げ出した。もう少し遅れればノシイカだ。
 指揮車は数メートル突っ走ったところで急停車した。
「ば、馬鹿! いきなり飛び出るんじゃなか! 戻れ、戻れ!」
『しょーがないじゃん! だってボク、こんなデカイの操縦するの初めてなんだからさ。えっと……これかな?』
 とりあえず車外に向けて怒鳴っておいてから、新井木はギアチェンジを試みる。
 ギャイイイン!!
『きゃあっ!!』
「どうしたと!?」
『いった〜い、ギアレバーに手を叩かれたぁ……』
 ――大丈夫かね、こんな奴に任せて?
 半ば涙声の新井木に、中村はただ味方にだけは轢殺されたくないと願うばかりであった。
 余談ながら、自衛軍の六一式戦車もクラッチの接続が難しく、操縦士は右腕に腕時計をつけるのが慣わしだったそうである。
 左手だと、跳ね返ってきたギアレバーに時計を叩き壊されてしまうから。

 閑話休題。

 出撃準備が佳境に入ろうとした頃、若宮はその片隅で巨大な砲の目の前に立っていた。傍らにいた田代が呆れたように言った。
「これ、マジで持っていくのかよ?」
「ああ。素子さん――いや、司令の厳命だ」
 その言葉に満足できなかったのか、田代はいささか不満げに呟いた。だが、その声はいささか弱々しげだった。
「ちぇっ、こいつじゃ身動きできねーじゃねーかよ。せっかく派手に突撃してダチの仇が取れると思ったのによ……」
 ――だからだよ。だから素子さんはこいつを使おうといったのさ。
 若宮は目の前に突き出した砲身をそっと撫でた。
 トラックの隅に固定されたそれ――短砲身型一二〇ミリレールガンは、その出番をじっと待つかのように鎮座していた。

「班長、いや司令! 各種物資積載完了しました。引き続き士魂号の積載に入りたいと思います」
「いいわ、始めて」
 臨時とはいえ、上に立つ者の威厳をにじませながら原が頷くと、森は軽く敬礼して後方に叫んだ。
「士魂号、リフトアップようーい!」
 そう言いながら彼女も待機する士魂号の列線へと駆けていった。
「ほら、バカダイ! ぐずぐずしないの!」
「フン、何言ってんだ。姉さんこそ遅いじゃないか」
「なんですって?」
 ぎゃいぎゃいといがみ合いながらも、二人は即席とは思えない速さでセットアップを開始していく。
 直接動かしたことはほとんどなくても毎日いじくっている機体だ。慣れているのは間違いない。
 ただ一つ違うのは……。
「いい? 今日は人手が足りないんだから、余計な手間かけさせるんじゃないのよ!?」
『了解!』
 そう、いつもなら整備士の誘導で搭載されるのだが、なにせ今日は彼らがパイロットも兼ねている。
 交代で誘導は務めるのだが、のんびりとしていては間に合わなくなってしまう。通常よりシビアな操作が要求されるゆえんである。
 さすがに流れるように、とは行かないが、どうにか全機無事に搭載完了した。
「おかしいわね……」
「どうしたんだよ?」
「え? あ、いや、なんでもないの。あんたは火器チェックをさっさとやっちゃいなさい」
 茜が何かブツブツ呟きながらチェックするのをよそに、森は前方を見据えたままだった。
 ――速水君、あなた一体反応速度をどう調整してるのよ?
(つづく)


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