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プラクティス・エフェクト(終話)


  ***

「貴様らは先鋒として敵情を報告しろ」
 それが、五一二一小隊に与えられた任務だった。
 だが、ただ偵察だけしていればいいわけではなく、ある程度の敵ならこれを独力で排除して、その戦闘力すら偵察結果として報告する、いわゆる威力偵察部隊として行動することを求められた。
 つまり、彼らは敵の強さを測るリトマス試験紙なのだ。
 敵の方が強ければ赤く染まる。
 そして色が変わらなけば、そのまま敵と戦い続けるよう須藤は言明した。
 体のいい使い潰しである。
 それでも彼らは与えられた任務を淡々とこなしていたが、ある日事件が発生した。

「この役立たずめが!」
「壬生屋っ!!」
 鈍い音と共に、壬生屋が吹き飛ばされる。ウォードレスを着ていても、相手もウォードレスでは変わらない。
 叫んだ滝川も、別の者に殴り飛ばされていた。
 目の前には須藤が怒りの表情も露わに仁王立ちになっていた。目が血走っている。
「貴様らの失態で本隊が損害を受けたんだ、恥を知れ恥を!」
 ――何が、恥ですか!
 胃の腑に焼けるような痛みを感じつつ、壬生屋が毒づいた。
 事の発端は大したものではなかった。
 五一二一小隊はいつものように偵察隊として先行、本隊はその後方で待機状態のまま展開していた。
 現れた幻獣は約二〇。充分対処可能な数字だった。
 攻撃がまさに佳境に入ろうとしたときに、戦線の反対側に増援が出現。一直線に本隊へと向かっていた。
 須藤は直ちに五一二一に迎撃を司令するが、最初の敵とがっぷり組んでいるところでそんなに都合よく動けるわけがない。結局迎撃に向かうのが五分遅れ――
 その五分の間に幻獣は本隊と激突し、ようやくトランスポーターから降りようとしていた士魂号に攻撃をかけていた。
 結局、五一二一の参入で敵は追い払ったものの、士魂号二機大破の損害を出していたのだ。
「貴様らは本隊の楯だ。その楯が正面から敵と当たらずに逃亡などするから増援の迎撃に間に合わず、本隊に損害が発生したのだ。この屑どもが!」
 言いがかりもはなはだしかった。
 仮にも偵察に指定されたのなら、敵情を確認した時点で後退しても常識的には問題ない。本隊にはそのために情報を送っているのだから。
 仮に百歩譲ってその場で戦闘に突入したとしても、「固守」(一般的にいう死守命令)がでているのならともかく、明確な指示の出ていない現在なら戦術行動下での自由は最大限認められるべきであった。
だが、どうやらそんな「常識」は彼らの間では通用しそうになかった。
 さすがに善行が口を開こうとしたとき、それに先んじて舞が一歩進み出た。
「質問してもよろしいだろうか、中隊長殿」
「何だ」
「なれば、我らはどうすべきだったのか、ご教授願えないだろうか?」
「決まっている。敵と真正面から当たり、増援が出現したら素早く撤収して全速で移動、これを迎撃する。最初の敵が接近したらまた移動する。これを繰り返せば撃退できる」
 舞は、少しの間沈黙していたが、やがて呟くように言った。
「なるほど、確かに私には思いつかなかった」
「だから貴様らは屑だというのだ」
「ああ、そうかも知れんな。そんな机上の空論を堂々と開陳できるほどの度胸は私にはない」
「何だと」
 須藤の目が吊りあがる。
 いまや舞の声は朗々たるものになっていた。
「しかも真正面から当たった敵が素直に我らを逃がしてくれ、さらには常に全速で移動する士魂号に故障一つ発生せず、武器弾薬の消耗も損傷も全くなしに敵を撃退できるなどという妄想を思いつくなど、余人に出来ることではない。いや、恐れ入った」
「……貴様ァッ!!」
 須藤は完全に頭に血が上った表情で舞を二発、三発と殴りつけた。舞は少しだけぐらついたが、それを真正面から受け止める。
「図星を指されて逆上するか。小人だな」
「黙れッ!!」
 蹴り飛ばされた舞が宙を舞った。
「舞っ!!」
 ニ撃目が襲い掛かろうとしたところで速水が割り込み、戦士に殴られた上、同じく吹き飛ばされた。それでも体勢を素早く立て直すと、舞のそばに駆け寄る。
「舞、舞、しっかりして!」
 舞は軽くうめきつつも、どうにか立ち上がろうとした。
 それに安心した速水は、須藤の方へと向き直った。

 ――よくもやったな。

 速水がゆらりと立ち上がった。その目には炎――いや、狂気が浮かんでいた。

 覚悟しろ畜生ども。
 僕の舞に手を触れたな、汚らわしいその手で殴ったな。
 僕は決めた。もう決めてしまった。
 貴様らは敵だ。容赦も慈悲も下す必要の無い敵だ。
 たとえ間違いだったとしても知るものか。逆恨みだとしても思い込みでも構いはしない。
 さあ、覚悟しろ貴様ら。
 今はまだ黙っていてやる。僕は待つということを教わった。幾らでも待ってやろう、最高の時を。
 だが、時至ったならば――。
 貴様らを一人一人引きずり出して引き裂いてやる、粉砕してやる。叩き潰してやる。抹殺してやる!
 そう、完璧に、だ。

 薄ら笑いすら浮かべて立っているその姿は、世の絢爛舞踏を目指す者に対する偏見を肯定するような姿に他ならなかった。
「な、なんだ手前は! お、俺たちに逆らう気か!?」
 突然の変貌ぶりに明らかに気を飲まれ、兵士たちがニ、三歩後じさる。須藤も例外ではない。額に嫌な汗を浮かべて顔を引きつらせている。
「中隊長殿、一体どうなさいましたか?」
 とてもその中に刃が隠されているとは思えない、穏やかな声で速水は言った。
 ――おやおや、その程度の性根しか持ち合わせていないくせに、僕の舞に手を出したのか。度し難い屑どもだな。
 さて、どう料理してくれようか――
 そこまで考えた時に、誰かが速水の肩を強く引いた。速水は人など簡単に殺せそうな殺せそうなほどの殺意を込めた視線を向け――すぐにその正体に気がついてそれを消した。
 舞は、速水の肩をしっかり掴みながら立っていた。頬はいささか腫れ、口の端には血がにじんでいる。
「何をしようとした?」
 むしろ優しげに聞こえる口調で舞は言った。
「別に何も」
 頬の腫れを心配そうな表情で見ながら速水は答えた。まだ怒りが収まっていないせいか、舞に対する態度までいささか乱暴になっている。
「そうか、ならば良い……。中隊長殿。誠に申し訳ないが我らだけで反省会をしたい。了承頂けるだろうか?」
 その言葉に速水は驚き――そして舞の瞳を見て安心した。彼女の瞳はいささかも力を失っていなかったのだ。
「う、まあ、よかろう。きょ、許可する」
 すっかり及び腰になっていた須藤は、それだけを言うと足早に立ち去っていった。
「さあ、皆反省会をするぞ。悪いが先に教室に行っていてくれ。……厚志はここに残れ」
 皆が連れ立って教室へと引き上げていく。
 立ち去り際に、舞は善行に呟いた。
「そなたも激発するな。ここでそなたが潰されてはたまらん」
 善行は苦味を含んだ苦笑をしながら立ち去り、あとには二人が残された。
「さて……。なんだ、そなたもひどい顔だな。頬が腫れてるぞ」
 舞は気遣わしげに腫れた頬に指を滑らせ――次の瞬間、唸りを上げそうな勢いで手首を返した。
「!! ……え?」
 いつまでたっても衝撃の来ないのをいぶかしんだ速水が目を開くと、舞の手は頬のギリギリ手前でぴたりと止められていた。
「舞……?」
 舞は軽く微笑むと、そのまま手を振り抜いた。ぺちん、と力ない音が響く。
「目が覚めたか、馬鹿者が。いつもは私の怒りを止めるのがそなたの役目であろう? 怒りに身を任せてどうする」
「え、ええと、その……」
 なんと言ったらいいか分からずに、珍しく速水が言葉に詰まると、
「そうだ、その目の方がそなたにはふさわしいと私は思うぞ」
 少し顔を赤らめはしたものの、舞ははっきり言い切った。思いがけない言葉に速水のほうがどぎまぎしてしまう。
 舞は少し真顔に戻ると言った。
「私が誇りを守る出来ない軟弱者だとそなたは思うか?」
「とんでもない!」
「そうだ。誇りを守るは我ら。そして私は誇りを守れる女だ。それを私は知っている。あやつらなどは捨て置くがよい。ただの人間に怒りを向けるなど時間の無駄だ」
「でも……」
「今は待て。結果はいずれ出る。それもそう遠い話ではない」
 そう言った舞は少し哀しげであったが、その表情を消すと言った。
「そなたが力を振るうべきはここではない、待つのだ。分かったか?」
「う、うん……」
「いい返事だ」
 そう言うと、舞は速水以外には見せない、まるで花がこぼれるような笑顔を見せた。
 これで自分が手を下すのは、舞に対する冒涜である。速水は彼らに対する怒りを忘れることに決めた。
「さあ、我らも行くぞ。それと……」
「?」
「わが身を案じてくれたことに、感謝する、厚志よ」
 それを聞いて、速水は大きな笑みを返した。

   ***

 それからしばらくは、彼らの言うところの「軍人らしい」戦闘を強要される毎日となった。
 隊列を組めば常に先頭にたたされ、敵が出現すれば正面からがっぷり四つに組んだ戦闘ばかりを行なわされる。そして決して引くことを許されないがゆえに、部隊の損害率は急上昇していた。
 それを修復する整備の方もただではすまない。中隊の整備を手伝わされたり有形無形の散々な横槍を入れられたりで、部隊の整備状況は必ずしも良くはない。
 それでも元々の部隊能力が高かったがゆえに最悪の事態はいまだ迎えていなかったし、部隊戦果もかなり優秀な結果をたたき出しているのだが、撃墜数は全て中隊戦果として報告され、彼らはあくまで支援をしたということにしかされなかった。
 このままではある瞬間――初の戦死者、さらに言えば五一二一小隊崩壊の瞬間を向かえるのも遠い先のことではない、誰もがそう思った。
 だが、中隊は中隊で別の焦慮を抱いていたのだ。
 一言で言えば、彼らは恐怖していた。
 正規兵ですら音を上げそうな厳しい訓練を、汗まみれになり、足元はフラフラになろうとも泣き言一つ言わずに耐え抜く身体能力に。
 本土工廠の技官ならば修理不能と判断しそうな故障にたいして、忍耐強く一つ一つ取り組み修復し、あるいは旧に倍する性能をたたき出す技術力に。
 そして戦闘においては、歴戦の兵だけが叩き出すことの出来るしぶとさを持つスカウトたち、悪鬼ですら道を譲りそうな気合で突貫し、あるいは沈着冷静に狙撃する単座型、流れるような動きで次々に敵を屠っていく複座型、そしてそれらをまとめ、情報をまとめる年若きオペレーターたちと的確なる指揮を下す指揮官……。
 彼らの持つ、戦闘能力に。
 自らがもてあそんでいたと信じていたのは、たとえ中隊に対する対抗心もあったとはいえ、既に歴戦の風格を帯びたヴェテランたちの集う部隊だったのである。
 彼らを見、そして己らをひるがえるにつけ、その差を嫌も応もなくまざまざと見せつけられる。自分たちの損害率の高さ、整備能力の低さはどうか?
 それを知らされて、部隊の士気はどんどんと下がりつづけていった。挫折を知らぬものたちゆえに、それを初めて知ったショックに砕けてしまったのだ。
 だが、士官たちはそれを認めようとしなかった。
 殊に須藤は、全ての原因が五一二一小隊にあると信じ込み、彼らに対する憎悪を一際燃やすことになった。
 彼とても、学兵最精鋭の一人である。その基本的な能力は決して低いわけではない。もしかしたら、自分はどこかでしくじっているのではないか、何かを間違えているのではないかと思う瞬間もあったが、それに気がつくたびに全力をもって否定する。
 それを認めてしまえば、自分がとてつもない無能者であったと認めるような気がしたのだ。それは到底須藤の受け入れられるところではなかった。それが、彼の限界であったと言ってもいい。
 だから、五一二一小隊を憎悪した。彼らを憎悪、侮蔑し、相対的な己の価値を引き上げる事が今の彼にとって精神の安定を保つ方法と成り果てているのだった。
 悲劇というほかは無い。
 だが、個人にとっては悲劇であっても、部隊にとってそれは恐るべき災厄となる。そして、彼らにとってより現実な問題としては、このまま行けば自分たちの部隊が役立たずかもしれないと知られるのは時間の問題であるように思われることだった。
 彼らは狭窄した視野で周囲を見、短絡した思考をもって結論をはじき出した。

 邪魔者は消え去らねばならない。

 かくして、一つの命令が五一二一小隊に下されることとなった。

   ***

「五一二一小隊は阿蘇特別戦区に進出、本隊到着まで敵情観測を継続すべし」
 正直、この命令を受けた時は誰もがまたか、と思った。
 最近の本隊の整備レベルは彼らを軽く凌駕するほどに下がりつづけ、最近では彼らが到着する頃には戦闘が終わってしまうこともしばしばあるくらいだった。
 その程度に慣れてしまったことをたくましいと表すべきかは迷うところだが、ともかく彼らはいつも通り出撃していった。
「五一二一、出撃しました」
「よし、我々も行くぞ――ただし、隣だがな」
 彼の手には今朝上級部隊から届けられたばかりの幻獣情報が届けられていた。
 阿蘇特別戦区、約八〇体。
 もちろんこの情報は知らされていない。

   ***

「くそっ、これじゃあキリがねぇよ!」
 使い慣れないジャイアントアサルトを振り回しながら、滝川が毒づいた。既に戦闘開始から二〇分が経つのに、本隊は影も形も見えない。
「本隊はいつ来るんですか!?」
 超硬度大太刀を振り回しながら壬生屋も叫ぶ。
 今日の敵は多すぎた。大量発生警報も出ていないのに、この数は異常ですらあった。
『総員聞け! こちら善行。本隊は今隣接戦区で戦闘開始。こちらへは来ません。どうやら私たちははめられたようですね』
 一瞬、全員が静まり返る。
『皆さん、どうしました? 今がチャンスですよ』
 五一二一小隊にしてみれば紛れもない災難ではあるが、同時に連中からの束縛が解かれたということでもある。
それに彼らは地獄の宴とも呼ばれた熊本城攻防戦をただの一人の損害もなく切り抜けたのだ。いまがその時より極端に悪いとも思えなかった。これは明らかに皆の成長でもあったであろう。彼らはただの学生から兵士へと着実に変貌を遂げていたのだ。
 可能ならば、ならずに済ませたかった変貌であるには違いないが。
『私たちは、今、くびきが外されました』
 善行が呟く。それから中隊指揮下となってから始めて、朗らかといってもいいような声で宣言した。
「いまここにいるのは私たちだけです。誰に遠慮する必要もない。今のあなたたちに言えることは――いつものとおりにやりなさい。それだけです」
『了解!』
 その一言で生き返ったような思いを味わった彼らは、これが同じ人間かと思うほどに元気な声で復唱した。
「よろしい、陣形再編! 敵の防御が手薄な地点を攻撃する。全軍、前へ!」
 今、五一二一小隊は本来の姿を取り戻した。

   ***

 一方、中隊の方も一見順調な戦闘を行なっているように見えた。戦場にいるのは小型幻獣が主力で、それも戦力差から後退に入っている。幻獣を知能のない化け物程度にしか考えていない須藤は、迷わず突撃の指示を下した。
 隊列も何もない突撃体制に、周囲の警戒がおろそかになるのも構わずに士魂号は前進を繰り返す。
「ハハハ! いいぞ、奴らに目にものみせてやれ! 幻獣など所詮は屑だ!」
 だが、ここで考え直すべきであった。幻獣は決して知能がないのかどうかを。
 数々の戦闘詳報は報告していなかったであろうか?
突然、周辺からの着弾があり、火柱が立ち上る。
「な、何だ!?」
「げ、幻獣の増援が……!」
それを合図にしたかのように中型幻獣が続々と援軍として登場してきた。
 ――幻獣に知能がないなどということはありえない、ということを。
 いや、それどころか。
『幻獣、両翼に展開! 我が部隊は包囲されました!』
 自らが逆に罠にはまってしまったのだ。
「げ、迎撃だ、迎撃!」
 須藤は急ぎ指示するが、突撃で勢いがついていたのと硬直してしまった戦術ではその危機をくぐり抜ける事は出来なかった。
 それに……。
『こちら第二小隊三番機、人工筋肉オーバーヒート……ぐわあっ!!』
『こ、こちら第三小隊二番機、う、動けません……助けてくれえっ!!』
 ろくなウォーミングアップもせぬままに、須藤の命令通り全力機動を繰り返した各機は、筋肉の異常加熱や断裂で次々にダウンし、各個撃破されていった。
「ば、馬鹿な、こんな馬鹿な!!」
 ――お、俺が間違っていたというのか? 馬鹿な!
 恐怖が全身を支配する、何も考えられない。
「前方にキメラ出現! レーザー発射体勢に入りました!」
 それが、須藤が聞いた最後の言葉だった。

   ***

ようやく五一二一小隊が到着した時には、彼らは一兵余さず全滅していた。周囲には残骸と化した士魂号や、かつて人間だったものが周囲に散らばっていた。指揮車など全力攻撃を食らったのか影も形もない。
「何やってんだ! 周囲の警戒もしてないからこんなことになるんだ! 真っ正面から突っ込む奴があるかよ!」
 滝川が悔しげに叫ぶ。憎んでも余りあるとはいえ、その最期はあまりにも哀れであった。
 三番機から降りた舞は、今や墓標と化した戦場を眺め回した。速水がその後ろをついていく。
「厚志、分かるか?」
「何が?」
「奴らは確かに能力はあっただろう。もしかしたら勇敢でさえあったのかも知れぬ。だが、あまりに机上の論に縛られ過ぎて――言い方が悪ければ、論を活かすすべを知らなかった。鋭い剣だがあまりに固いゆえに、また脆かったのだ。滝川のセリフを聞いたか? 我等は例えて言うなら日本刀だ。一見固そうに見えて中には粘りがある。軍人を外見で判断する奴から見ればとても誉められたものではないのは確かだ。だが、共に戦う仲間を選べと言われれば、私は彼らと共にいることを良しとする。厚志、覚えているな? 我らにとり、戦って死すとも守るべき誇りは確かにある。ただ死ねばよいというものではない。ましてや我らには世界を征服し、万民の安らぎを得るという目的もある。誇りは大事だが、今の我らに必要なのは勝利であり、戦場の勝利とはまずもって生きていてこそ全てなのだ。それは軍人ならば誰しもが同じはずなのだが、余計な欲にかられおって……。奴らにはとうとう分からなかったようだな」
 そう言う舞の口調には、かすかに哀れみがこもっていた。
戦場の法則は、その恐ろしさを知らない者へほど冷酷に働くのだ。

   ***

 数日後の小隊司令室。善行は電話をかけていた。
 その表情はやや固い。
「松永君、恐らくこれで君たちもやりやすくなるんじゃないですか?」
『はい……。まことにありがとうございます。これで九州への『本当の援軍』が派遣できるかもしれません』
「勘違いしないで下さい。別に僕らは何もしていない。奴らが勝手に潰れただけです。援軍は大変結構なことですがね……。ああ、そうそう。一つ言っておきたい事があるんですが」
『は……?』
「君のせいでない事は重々承知の上だが……」
 突然口調が厳しくなる。かつて関東軍幕僚長として辣腕を振るってた頃の片鱗が垣間見えていた。
「僕らを下らん争いに巻き込むな。ここは戦場だ、命のやり取りには慣れている。だが、後ろから足を引っ張られることだけは我慢ならん」
『はい……。誠に申し訳ありません』
「すまない。君に言うべきでないことは分かっているのだが……。ともかく、これからはよろしく頼みます」
『了解致しました。……本当は貴方に戻ってきて頂くのが一番良いのですが……』
 善行は瞬間沈黙した後、静かに言った。
「……考慮はしておこう」
『ありがとうございます。では、失礼いたします』
 通信が切れた。
 善行は最後の言葉を繰り返し反芻する。
 ――貴方に戻ってきてもらえれば……。
「いつまでも逃げているわけにもいかないな。離れている間に、向こうはずいぶんと愉快な場所になってしまったようだし……」
 眼鏡をそっと押し上げる。
「枝を刈るよりは、根を掘り起こせ、か」
 善行は、低い声でそう呟くと窓の外に視線を向けた。

 彼が司令職を舞に引き継ぎ関東へと帰還したのは、それから一週間後のことだった。
(おわり)


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