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共に、二人で(全)


 五一二一小隊が実質的に稼動を開始してから一週間になる。
 その間に小隊は三回の出撃を経験したが、一般的な学兵の消耗率が約二五%(初陣から一週間で)というとんでもない高率なのに対し、彼らは唯一戦死者ゼロ、損害についても数えられるほどの極めて軽微なもので切り抜ける事に成功していた。
 この事実は生徒会連合はおろか、自衛軍でも驚嘆の的となっていたが、当の本人たちは、いくつかの幸運が重なった極めて偶然によるものでしかないと誰もが確信していた。
 そこに更に要素を付け加えるならば、彼らのうちの一部が予想以上の戦力として活躍した事が挙げられるだろう。
 速水厚志十翼長、芝村舞十翼長の二人が、である。
 彼らは遺伝子レベルにおいて最高の相性を持つと判断され、それに基づいてお互いのパートナーとなった。そしてそれは今のところ期待を裏切らぬ、いやそれ以上の結果として現れている。
 だが、普段の二人の様子ときたら、周囲から見れば、実戦の戦果と普段の活動というものに因果関係は全くないのだと確信したくなるようなものだった。そして、その実態を見た者たちの中には、この状態を憂慮する者(あるいはより積極的な行動を考える者)もいなくはなかったのだ。
 そんな、ある日のことだった――。

   ***

 一九九九年三月二七日(土)。
 先日まで降っていた雨も午前中に入ってからようやく上がり、雲の切れ間から、この季節にしては意外なほど青い空と太陽が顔を出した。
 周囲の木々は露に濡れた葉を美しく輝かせ、何もかもがきれいに洗浄されたような景色は、適度な水分を含むやや冷たいが心地よい微風と共に、昨日の戦闘の事などわすれてしまったかのような穏やかさをもたらしていた。
 この事実は、口にはださねど学兵たちにはおおむね好意的に受け止められた。過去の経験から天気のいい日は幻獣の出現確率が大きく下がるという事を教官達から聞かされていたからである。
 いくら彼らが周囲から「奇跡の部隊」とまで言われるようになっていたとはいえ、何も好き好んで戦いに出たいわけではない。所詮彼らも編成されてから一ヶ月にもならない新米部隊に過ぎないのだ。
 だから、天気の良さに皆の心が少々受かれていようと、そのために教官からマシンガンの掃射を食らおうと、それは充分許容範囲として受け止められていた。
 ……考えようによっては、随分タフな連中であるともいえなくもない。
 そうこうしているうちに授業の終了を告げるチャイムが鳴りわたる。
「おっし、今日はここまで。今やった所はちゃんと復習しておけよ。実戦になってから覚え直してるヒマなんざねーんだからな」
 そういって本田が出ていくのを待ちかねたように、みんなは三々五々昼食をとりに出ていった。
 速水も教科書を適当に片付けた後、鞄の中から手製のサンドイッチの包みを取り出すと、そっと後ろを振り返った。
 彼の後ろ――パートナーである舞は、授業の内容をノートにまとめ直していた。と、速水の視線に気がついたものか顔を上げた。その視線が少しだけ柔らかいような気がする。
 ――どうかな、大丈夫かな?
「なんだ速水、何か用か? ならば早く言うがよい」
「え、いや、別に用って訳じゃないんだけどさ、あの……」
 真っ正面から見返されて言葉に詰まる。
 ――ええい、言っちゃえ!
 やがて何かを決心したような口調と表情で言葉を継いだ。
「あのさ芝村、もしよかったらお昼を……」
 そのとき、いささかやかましい声が二人を遮った。
「よう速水!」
 その声に後ろを見れば、そこには滝川がいつもの笑顔で立っていた。
「こんなとこで何やってんだよ。早く行かないと屋上取られちまうぜ! 師匠も待ってんだからよ!」
「瀬戸口君が……? でも……」
 戸惑い気味の速水にお構いなしに、滝川は舞のほうを振り向き、
「芝村ァ、そういうわけだから悪いけど速水借りてくぜ」
 そう言うと、舞が返事する間もなく速水を引きつれていこうとする。
 気のせいか彼女を見つめる視線にはいくばくかの敵意すら込められているような気がした。
 その様子を見ていた舞は、一瞬眉をしかめるとガタリと立ちあがる。 
「もう用は済んだのか? なら失礼する」
「あ、ちょっと芝村……! いっちゃった……」
 速水がひき止めようとしたときには、既に彼女は出ていった後だった。
「ほら、早く来いよ!」
 滝川に半ば引きずられるようにしながら、速水は教室を後にした。

   ***

 多少濡れていた椅子を手早く拭くと、速水、滝川、それに瀬戸口はそれぞれの弁当を広げた。
 滝川は相変わらずのやきそばパンだったが、瀬戸口はなかなか落ち着いた和風弁当を広げて見せた。
「うわっ、師匠器用っすねー。それ、自分で作ったんですか?」
「そんなわけないだろう? 美千代さんが作ってくれたのさ」
「あ、なるほど……」
 ちなみに、美千代とは現在お付き合いのある人妻のことだ。
「まあ、師匠のはそれで納得だけど、速水、お前の相変わらずすっげえなぁ……」
 滝川が心底感心したというふうな声を上げる。それも彼の弁当を見れば無理なからぬ事だった。
 戦時中ゆえ材料に凝るという訳にはいかないが、一つ一つ丁寧に仕上げられたその姿には確かな技が息づいており、味のほうもさぞかしと連想させるようなものばかりだった。
「でもお前、それってちょっと多すぎねぇか?」
 確かに、膝上に広げられたサンドイッチはふた包みもあり、一人で食べるにはいささか多すぎるともいえた。
「え、ああ、ちょっと作りすぎちゃってね。夜食にでもしようかな、なんてね……。あはは」
 どことなく乾いた笑いに滝川は首をひねっていたが、傍でそれを聞いていた瀬戸口は弁当の陰に隠れてこっそり口を笑みの形にしていた。
「さ、そんな事より早く食べよう? 時間なくなっちゃうよ」
「お、そうだな! いやー腹減った、いっただっきまーす!」

   ***

 少しの間沈黙が落ちたが、食も進んでくれば口も暇になるので自然に話に花が咲く。三人はそれこそ全く取り留めのない会話をしていたが、突然滝川がこんな事を言い出した。
「しかし、お前も大変だよな」
「大変って、何が?」
 何のことだか分からずに、速水がきょとんとした声をあげると、滝川は大げさにため息をつきながら
「芝村だよ、し・ば・む・ら! お前、あいつに散々な目にあわされてるじゃないか!」と言った。
「い、いや別にそんな事は……」
 慌てて何か言おうとした速水を遮るようにして、滝川は言葉を続けた。
「無理すんなって! お前はよく耐えてると思うよ。俺なんかだったらあんな女なんかこっちで願い下げだよ! たまにゃビシッといってやったらどうなんだ? 大体お前も何にも言わなすぎるから……」
「速水!」
 なおも演説が続けられようとした時、階段の方から聞き覚えのある声がした。
 滝川は驚きのあまり硬直している。
「やあ、芝村」
「いつまで飯を食っておる! もう仕事時間だぞ! 昨日の故障を直すから、今日は早くくるように言っておいたではないか!」
 舞はずんずんとやってくると速水の前に仁王立ちになった。その眉はキリリと引き締められている。 
「あ、ごめん、すぐ行くよ」
「早く来い」
 そういうと、舞はぷいと向こうを向いて、さっさと歩み去ってしまった。速水は慌てて残りのサンドイッチをまとめると、
「じゃ、悪いけど僕先に行くね」と言いながら慌てて舞の後を追いかけ始めた。
 滝川の硬直が解けたのは、それから五分後だった。
「あ、ああっ、ビックリしたあ……」
 滝川が心底安堵の息を吐くのを、瀬戸口は面白そうに眺めていたが、
「なるほど、あの様子じゃ確かにお前さんの意見にも一理あるな。だがな、お前さん、言ってる事とやってる事が違うじゃないか、ん?」
「や、やだなあ師匠、ちょっとビックリしただけですよ。俺だってやるときゃやりますよ!」
 瀬戸口は、何か面白いものを見るかのようにしげしげと眺めると言った。
「やるって、滝川、お前さんどうするつもりだ?」
 滝川は、瀬戸口の口調が揶揄するようになっているのにも全く気がつかなかった。
「え? 決まってるじゃないですか、速水のためにビシッと言ってやるんですよ!」
「ふーん……」
 瀬戸口の表情が、少しだけ真面目なものになる。
「……本当にあいつ、困ってるのかね?」
「当然ですよ! 芝村なんかに降りまわされて面白いわけないですよ! 今度会ったらきっちり話をつけてやる」
 そういうと滝川は挨拶もそこそこに駆け出していった。後に残された瀬戸口はかすかに苦笑した。
「俺には望んでやってるように見えるんだがね……。最初は気がつかなかったんだから偉そうな事は言えないか……。ま、いいさ。人の何とかを邪魔するやつは、ってな」

   ***

「違う! そこは前に教えたろうが!」
 ハンガー内に容赦のない怒声が響く。
 一階の整備士たちは最初こそ驚いたが、今ではもう気にもしない。ついでに言えば誰も怒りの源へと近寄りたくなかったというのもあった。
「ご、ごめん。こうだっけ?」
「馬鹿者、それはパターンUの設定だ! ええい、もう一回やるからよく見ておれ!」
 そう言うと舞は工具を取り上げ、素早く回路の修正を行い始めた。衝撃や過電流で破損した回路がまるで魔法のように修復されていく。その様子を速水は賛嘆の思いと共にじっと見つめていた。
「このようにやるのだ、分かったか……。な、なんだ? 何を見ている?」
 舞は多少の困惑と共に言った。作業を終えて振り向いたら、速水がにこにこしながら自分を見ていたのだから無理もない。
「いや、すごいなあって思って」
「なっ……!」
 舞は一瞬絶句した後、眉をきりりと吊り上げた。
 頬が少しだけ赤い。
「何をのんきな事を言っておる! あ、後はこの要領で作業を進めておけ! 私はちと用が出来た、すぐ戻る」
 妙に慌てた足取りで出ていく舞を見て一瞬ぽかんとした速水だが、気を取りなおすと工具を拾い上げた。
「さて、やりますか……」

   ***

 ハンガーを出てグラウンドの外れまで来ると、舞はようやく一息つく事ができた。そんなに急いだわけでもないのに、心臓がまるで早鐘を打ったようにやかましかった。
「まただ……。ええい、何故だ? なぜあやつのあの顔を見るとこうなる? 芝村とあろう者が一体どうしたというのだ、こんなのは、私らしくない……」
 最後の方はまるで消え入るような声だった。ただ、一つ言えるのは、そのような状態をどこか好ましく思う自分も確かに存在すること、そして速水を自分が「特別な者」と認識しているという事実だった。忌々しくはあったが、それを否定する事は出来ない。
「私、私は、一体……」
 その想いは突然の一言で中断された。
「おい、芝村、話がある!」
 そこには滝川が立っていた。彼には珍しく顔がしかめられている。その視線には紛れもない敵意があった。
「……滝川か、何の用だ?」
 振り向いた時、そこにはいつもの「芝村の表情」しかなかった。
 滝川はずんずんと歩いてくると舞の目の前に仁王立ちになった。先ほど驚かされたこともあって、必要以上に武張っているが、そんな事が舞に分かるわけもない。
「お前、速水の事をなんだと思ってんだよ?」
「あいつは私のパートナーだ。それがどうした?」
 馬鹿にされたと思ったのか、頭に血が上った滝川は一層激しい口調で言った。
「あいつの事を考えた事があるかって聞いてんだよ! いつもいつも振り回しやがって、あいつは物じゃねえんだぞ!」
「おかしな事をいう。貴様は私があやつをまるで奴隷か何かのように考えていると言いたいらしいが、何をするにもあやつの合意をえてやっていることだ。貴様にそのような事を言われる筋合いはない」
「ああ、ああ、あいつはよりによってお前にも優しいからな、断ろうにも断れまいさ。だがな、内心では迷惑がってるに決まってんだ!」
 墓穴を掘った、というべきだろうか。舞は冷静に問い返した。
「それは、速水に確かめたのか?」
「う……」
 まさに図星だった滝川は言葉に詰まった。
「そうではあるまい? それはお前の感想だろう。自分の推量だけで人をけなすわけか?」
「う、その……」
「ふん、貴様も親切心にかこつけて、思い込みだけでおためごかしに物を言う輩か。とんだ親友だな」
「や、やかましい! じゃあおまえはあいつの何を知ってるって言うんだよ!」
 滝川にしてみればほとんど苦し紛れの一言だったのだが、その言葉は舞に突き刺さった。もっとも滝川はそのことに気がついていないが。
「私だと? わ、私は……」
 舞が俯き気味におし黙ってしまったのを見てやや力を得た滝川は、頃合いと見たのか、
「どうだ、お前だってなんにも分かっちゃいないじゃないか、いいな、これ以上速水にちょっかいかけんじゃねえぞ!」
 というと、足早に駆け去っていった。
 後に残された舞は、しばらく動く事ができなかった。

   ***

「神経回路、二次チェック完了、っと。これでよし」
 ようやくまともな結果が出た回路を見ながら、速水は満足そうに呟いた。
「それにしても、芝村遅いなあ……。どこいったんだろ?」
「速水」
「うわっ!?」
 突然背後から声をかけられ、驚いて振り向くとそこには舞がいつの間にか立っていた。彼女には先ほどまでの自信に満ちた姿はどこにもなく、何となく沈んだ表情を浮かべていた。
「ど、どうしたのさ、一体?」
 それには答えず、舞はポツリと言った。
「話がある。ついてこい」

   ***

 仕事時間ももう終わりに近づいたせいか、一組教室に人の姿は全くなかった。
「話って、何?」
 舞はしばらく俯いたまま答えなかったが、やがて意を決したように顔を上げると言った。
「は、速水よ……。その、私といるのは嫌か?」
「え? 何で?」
 意外なことを聞いたと言わんばかりに速水の目が見開かれる。舞は表情を変えずに、
「話は聞いた……。そなたが私といるのはただ単にそなたが優しくて断りきれないからだ、と。それをいいことに私がそなたを振り回しているとな。速水、そなたは確かに優しい、誰に対してもこれはどうかと思うほどにな。もし私がそれに甘えているだけで、そなたの重荷でしかないのだとしたら……。心づかぬことをした」
「え? ちょっと待ってよ。それってどういうこと?」
「いまここではっきりと言うが良い。私は怒らぬ。それどころか今まで私と接してくれたことを嬉しく思う……、感謝を。そなたは自由だ。いやもともとそなたを縛る権利など私にはなかった……許すがいい……」
「ちょっと待ってったら!」
 突然、速水は自分でも驚くぐらいの声で話を遮った。舞もきょとんとした表情をしている。
「一体誰がそんな事を芝村に吹き込んだのさ!?」
「名を明かすわけにはいかん」
「何故!」
「言えば、告げ口したと同じだ。言うわけにはいかん」
「……そう。ならば言うけど」
 舞はかすかに身構えた。
 ――嫌われたくない。瞬間、そう思った。
 何故だ? 忌み嫌われるのも芝村の責務の内、いまさらそこに一人加わったところで何の違いがある?
 いや、違う。私はこの者が私を振り向いてくれなくなるのを恐れている。あの笑顔を見せてくれなくなることを恐れている。
 なんという弱さ、なんという愚かさだ! 感情に惑わされ、特定の誰かに望んで捕われるなど、芝村の恥さらしではないか! 全ての者の希望としての責務はどうした!
 芝村となってから培った「芝村の論理」が容赦なく舞を責め立てる。舞の理性は一部でその真実性を認めていたが、それに別の一部が反論する。

 弱くなったとは何を指す? 守るべきものがまた一つ増えただけのこと。
 愚かとは何を指す? 確かに守るべきものをもった者の強さを侮るか。
 全ての者の希望としての責務だと? 全てを守って見せればよいだけではないか!

 舞の内的世界における争いは永遠に続くかとも思われたが、速水の一言がすべてを断ち切った。
「確かに、芝村と一緒にいるのは大変だよ」

   ***

 どこをどう走ったのかは覚えていない。
 気がつけば舞は女子高校舎の屋上へと来ていた。荒れた息を整えもせずにそのまま金網にしがみつく。舞はそのまま動こうとはしなかった。
 ここはいつものプレハブ校舎とは違い、熊本市の周囲が一望できた。夕暮れの紅と夜の帳の中に沈みこみつつある町並みには、それに抵抗するかのようにぽつ、ぽつと明かりがついていた。
 それは天の光とあいまって、まるで天空の中に浮かんだかのような錯覚さえ起こさせた。だが、今の舞にはそんな風景が感慨を呼び起こさせるはずもなく、ただ、夕風が軽く頬をなぶるのが感じられただけだった。
 と、ふいに周囲の風景がにじんだ。何かが頬を伝い、足元にしみを作る。
 ――涙? 私は、泣いているのか?
 否定したかった。だが、頬を流れる涙の熱さが今は心地よく、止める気にならなかった。
 ――お笑い種ではないか。私が勝手に「特別な者」と決めていた張本人は、私といるのが大変だという。もともと、特別など作る、いや作れると思ったこと自体が間違いだったということか……。
 だが、その間にも思い浮かぶのは速水のことであり、その笑顔であり、優しいまなざしだった。
 舞は、己の度し難さに怒りにも近い感情を抱きつつ、それを捨て去ることは出来なかった。
 涙がまたあふれた。

 突然、背後からしっかりと抱きしめられた。
「!!」
 不覚だった。いかに気を取られていたとはいえ、やすやすと背後を奪われてしまうとは。舞は必死になって振りほどこうとするが、聞き覚えのある声――いや、今一番聞きたくて聞きたくない声が、舞から抵抗の意志を奪った。
「芝村、僕だよ! お願いだから暴れるのやめて!」
 まあ、動こうにも腕ごとしっかりと抱きしめられているので、動きようがないのだが。
 舞は安堵のあまりくず折れそうになったが、次の瞬間には怒鳴り声を上げていた。
「何だ、速水! もう私には用はないはずだぞ!」
 そう言いながら何とかこの戒めから逃れようとする。
「だってこうでもしないと、芝村またどこか行っちゃうし」
 舞は更に激しく抵抗するが、その弾みに涙が数滴落ちた。
「芝村……泣いてたの?」
 涙は速水の腕を濡らしていた。舞の動きが止まる。
「泣いてなどいない!」
 ほとんど意地だけで反射的に答えたものの、説得力はまるでなかった。
「……ひょっとして芝村、僕と会うのは嫌だった? だとしたらごめん……」
 すまなそうな声とともに、抱きしめていた手が緩められかかる。
「待てっ! ……何か話があるのだろう。聞いてやる。話すがよい」
「え? でも……」
「こ、このままでよい! 話せ……」
 離されたりしたら、またどこかへ駆け出していってしまいそうで。
「ええと、じゃあ、初めから……。その前に一つ。ごめんね」
「? 何を謝る?」
「僕も言葉が足りなかったよ。最初っからちゃんといえばよかったんだ。だから、ごめん」
「……もう良い。先を話せ」
「うん。……芝村と一緒にいると大変だ、って言うのは本当の話」
 舞の体が瞬間固くなる。
 速水は構わずに話し続けた。
「でもそれは、君が何でもできて、僕にできない事が沢山あるから。もちろん君が色々と努力しているのも知ってるつもり。それに追いつこうとすれば、大変じゃないわけがないよね? つまりは、そういうこと」
 一瞬にして緊張がほどけた。思わず膝が折れそうになるのを必死で堪える。
「でも、最近は君に教えられて随分といろんなことが出来るようになったと思う。芝村ほどじゃないけど僕もいろいろとやってるしね。僕は、君と一緒にいられるかな?」
「と、当然だろう。そなたは私のパートナーだ」
「それだけじゃなくって……。僕と付き合ってもらえないかな? って事なんだけど」
 さすがに速水の顔も赤かったが、舞もそれに負けず劣らずだったろう。
 目にまた涙がにじんできたが、それはさっきと理由が違うような気が舞にはした。なぜかは分からないが心地よく、それを恥とは思わなかった。
「そなたは、私と共にいたい、というのか?」
「もちろん」
「私と共にあれば、何が起きるかもわからんぞ? それに、今以上に大変になるかもしれん」
「君と一緒にいられるなら、それでいいよ」
「そう、か。お前は変わった奴だな……」
 今まで知らなかった感情がわき上がる。直感だけで行動するなどらしくもないが、今はなぜかそれが正しい選択のように思えた。そう、信じた。
「速水」
「なに?」
「ならば、私と共に来い。わ、私の傍から離れるな……。絶対にだ。これは即時発動の永久命令だ。いいか!?」
「うん、もちろん! これからもずーっとよろしく」
 舞はそれには答えずに、自らを捕まえる速水の手に、手をおずおずと重ねた。

   ***

「舞」
「い、いきなりな、なななななんだ速水!?」
 先ほどまでの静けさはどこへやら。舞は顔を真っ赤にしてどもりながら答えた。
 ――ええい、ま、また私は何をやっているのだ!?
 こればっかりは当分慣れる事はないだろう。なんとなくそんな気がする。
「前に名前で呼べって言ったじゃない。あ、あと僕も名前で

呼んで欲しいな。それはともかく、ねえ舞、昼間言い損ねたんだけど、サンドイッチ、一緒に食べない?」
 舞は薄暗くなったなかでも鮮やかに頬を染めながら、あ、とかう、とか言っていたが、やがて蚊の鳴くような声で、だがはっきりと答えた。
「よかろう、まかせるがよい……厚志」と。
(おわり)


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