前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]

アルラウネ(その2)


「よっ、と……。うん、これでええな」
 毎度おなじみ加藤商会(本人は加藤情報産業や! と強硬に主張している)の秘密倉庫からは、なんでこんなものがここにあるのかと思うほどの大量の子供服が取り出され、食堂はちょっとした売り場のような様相を呈していた。
「ふえぇ、いっぱいあるねぇ。とってもきれいなのー!」
 ののみはまるで自分の服を見るみたいにはしゃいでいる。
「いつもの事とはいえ、加藤さん、どこからこんなの集めてくるのさ?」
 速水が疑問をそのまま口にのぼせると、加藤はちょっと笑いながら答えた。
「まあ、そんなんどうでもええやん! 商いは手広くやっとかんとチャンスを掴めへんからね。さ、どれにする?」
「どれにする、って言ってもねえ……。舞?」
「……私に聞くな」
 仏頂面の極みで返事が返ってくる。速水は苦笑しながら、
「加藤さん、悪いけど適当にみつくろってくれる?」
と言った。
「はいな。ちょお待っとってな」
 加藤は山の中から手ごろな服を手早く取り上げていく。
 パステルイエローのシャツに薄桃色のジャンパースカート。赤い靴と猫のワンポイントが入った白い靴下。
 その他下着までがまるで魔法のように取り揃えられる。
「と、こんなもんやな……。舞ちゃん、どや?」
「あ、ああ。まあ、よかろう。すまぬな」
 なんだかますます既視感が強まるのを感じながら、舞が戸惑い気味に答える。さっきから調子が狂いっぱなしだ。
「じゃあ嬢ちゃん、お姉ちゃんと一緒に着替えよな」
 加藤がおいでおいでと手招きするのを見て、女の子は物問いたげな視線を舞に向ける。舞が頷くと、女の子は安心したようにとことこと歩いていった。
 少ししてから二人が戻ってくると、わあっという声が食堂に満ちる。そこには、すっかり装いを新たにした舞そっくりの子が立っていた。
「母様!」
 女の子は小走りに駆け寄ってくると、嬉しそうに舞に抱きついた。
「母様、これ、どうですか? 似合いますか?」
「あ、ああ。良く似合っておるぞ」
「わあっ、よかった!」
 そういうと女の子は舞に一層しがみつく、と、くるりと振りかえったかと思うと、
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 と、大きな声で礼を言った。
「ああ、かまへんよ。嬢ちゃん、お母ちゃんに誉めてもろてよかったなあ」
「はいっ!」
「ま、祭よ……」
 なんとも情けなさそうな目で恨みがましく見つめはしたものの、そんなものは二人には通用しなかった。
 仕方なく、その時は横で必死に笑いを堪えている速水の足を踏んづけて事無きを得た、という。

   ***

「201V1、201V1。全兵員は現時点をもって作業を放棄、可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す……」
 突然、全員の多目的結晶にあのいつまでたっても慣れることのない出撃命令が飛び込んできた。
 全員の顔に緊張が走るが、次の瞬間それは困惑に変わった。視線が一点に集中する。その先では、あの女の子がきょとんとして皆を見返していた。
「さて、困りましたね……」
 善行が大げさにため息をつく。言わんとするところを察して舞が口を開いた。
「考えるまでもない、ここに置いていくしかあるまい。教官の誰か、そうだな、芳野あたりに……」
「嫌あっ!」
 それを聞いたとたんに女の子が顔をくしゃくしゃと歪めた。既に目の端から涙がこぼれそうだ。
 舞は顔をしかめつつ何かを言おうとしたが、その時こんな言葉が耳に流れ込んできた。
「……遺伝子提供体との離別を極度に嫌がる、ですか。間違いなさそうですね……」
 声の主は分かっていたが、とりあえずは目の前の事態改善が先と、女の子の方に向き直った。
「聞き分けのない事を言うでない。おとなしくここに……」
 舞は当然の事として行ったつもりだが、あいにくと小さい子にそんな理屈が通るわけがない。
「母様、私を置いてっちゃ嫌ぁ! ふええぇん……」
 とうとう火がついたように泣き出してしまった。
「こら、しまいには怒るぞ!」
 既に怒っているような口調で言ったって油を注ぐばかりである。そのうちにののみまでがもらい泣きを始めるに至って、舞は完璧に途方にくれた表情で善行を見た。
 彼女の表情に内心苦笑しながら、善行はしゃがみ込んで女の子の目を見た。まだ少しぐずっている。
「どうしても一緒に行きたいですか?」
 善行は周囲の者が仰天しそうな優しい声で言った。女の子はしゃくりあげながら頷く。
「いくらなんでも膝の上にはいられませんよ? いい子にしてるなら近くには連れていってあげます。約束できますか?」
 その言葉を聞いた瞬間に、スイッチでも切り替わったかのように女の子の顔がぱあっと輝いた。
「私、いい子にします!」
「いい返事だ。約束ですよ?」
「はいっ! ありがとう、おじちゃん!」
 善行の額に特大の汗が一粒浮かぶ。周りで苦笑が漏れかけるのを刃のような一瞥で黙らせると、静かな口調で言った。
「整備班長、彼女を補給車に同乗させて下さい」
今の今まで苦笑の輪に加わっていた原は、突然責任を押しつけられる格好になって露骨に迷惑そうな表情を浮かべた。
「冗談じゃないわよ! なんで私が……」
 その時ふと下を見ると、いつの間にか近づいてきた女の子がじっと原を見上げていた。思わず言葉が詰まる。
「お姉ちゃん。私いい子にしますから、連れてって下さい」
 そう言ってひょこんと頭を下げ、真っ直ぐに原を見つめた。
 何者をも貫き通すような純真な視線に貫かれ、原はやや狼狽しながらこにょこにょと何か言っていたが、既に反対する気は失せたようだ。
「彼女はお姉ちゃんで、私がおじちゃんですか……」
 そう呟いた一言がその日の善行の運命を決めたのだが、それは本筋には関係ない。
 ともあれ、出撃前準備で女の子はののみと同じ防弾ベストを身に着けて舞の横に誇らしげに立つことになったのだ。
舞の方はこれ以上ない仏頂面をしていたが。
 その後、どうにかこうにか展開ラインに到着し、指揮車から前進命令が入る。いざ出陣、と士魂号が一歩を踏み出そうとした時、
「母様、いってらっしゃーい!」
 というとんでもない大声が入った。人類側陣地に盛大な煙が立ち昇る。
 どうやら回線がオープンになりっぱなしだったらしい。
 ちなみに、その時最も激しく横転したのは……今更言うまでもあるまい。

   ***

 そんなことがありはしたものの戦闘自体は勝利を収めた彼らは、すっかり日の落ちた頃に尚敬高校への帰還を果たした。彼らの表情が疲れているのは気のせいではない。
 舞もまた、すっかり眠り込んでしまった女の子を抱きかかえながら補給車から降り立った。本来なら輸送車の方に乗るのだが、女の子が補給車に寄った舞から離れようとしなかったのでこうなってしまったのだ。
 原をはじめとする整備士たちの好奇の視線からようやく逃れると、速水がこちらに駆けて来るのが目に入った。
「お疲れさま。僕が背負おうか?」
「うむ、すまぬが寝かせるところを確保するまで……」
 そう言いかけた舞の目がすっと細められる。何事かと速水が視線の先を追うと、そこには岩田がいた。何か考え事をしているようだ。
 舞は早足でそちらの方へと歩いていく。速水も慌てて後を追いかけた。気配を察したか、岩田がこちらを振りかえる。
「フフフ、これはこれはご家族で何かご用ですか?」
「貴様の冗談に付き合う時間はない。聞きたい事がある」
「……その子の事、ですね?」
 そう言った岩田の顔には、もはや普段の道化じみた雰囲気はかけらもなかった。メイクはそのままだが、その下には怜悧と呼んでいいほどの表情が浮かんでいる。少なくとも真剣なのは明らかだった。
「どうです? その子を背負ったままでは大変でしょう。場所を変えませんか?」
 舞は黙って頷いた。

「貴様、何か知っているな?」
 ここは整備員詰所。すっかり寝入っている女の子をとりあえず寝台に寝かせると、三人は手近に合った椅子を引き寄せた。舞の質問に岩田は軽く首を傾げながら、
「僕も実物を見るのは初めてですがね。あなたを母親として慕う時の態度、そして恐らくは遺伝子提供体たるあなたから引き離される事を極端に嫌がる態度から、彼女は『アルラウネ』である可能性が高いと思われます」
 普段と全く違う、学究の徒であるかのような口調で答えた。
「アルラウネ? それって一体、何?」
 岩田の説明をかいつまんで言うとこうだ。
 アルラウネは、もともとクローン工学の中で生み出された「多形態変換型クローン」に分類される。
アルラウネ自身は小型の人形のような形で生産され、単体で成長する事はなく、他の生物から遺伝子を提供されることで容姿と性質を引き継ぎ、爆発的に成長(大体通常の数十倍のスピード)するので、適当な時期に成長抑制剤を投与することで、あとは通常の生物と何ら変わりなくなる。
「では、彼女は……」
「おそらく、生まれてから一〜二ヶ月というところでしょう。あなたの姿と性質をコピーした、ね」
 ――私に姿をくれたからです!
 女の子の言葉がよみがえった。舞が一瞬絶句する。岩田は構わずに話を続けた。
「元々は食料生産や軍事用に研究が進められていましたが、今はほとんど研究する者もないはずです。もうすっかり廃れたものだと思ってたんですがね……」
「なぜ廃れたのだ?」
「さて、そこまでは僕も知りませんがね」
岩田は何でもないような口調で言うと、口をつぐんだ。
 ――違う、嘘だ。
 舞はそう感じたが、なにがどう、とまでは判断できなかった。それに岩田はこの件についてはこれ以上しゃべる気はないらしい。これ以上追求しても得るところはなさそうだ。
「なるほど。アルラウネについては大体分かった。しかし、技術が廃れているのだとしたら、なぜ彼女はここにいる?」
「それに、そもそも育てるために提供する遺伝子が必要なんだよね? そんなものを一体どこから……?」
 二人がやつぎばやに質問するのへ、岩田は肩をすくめて答えた。そんなことが彼に分かるわけがない。
「結局、根本的なところは分からんということか。何が目的かも……」
 そう言いかけたとき、入り口に誰かが立つ気配が感じられた。三人の視線が自然に集まる。
「それは、私から説明しましょうか、舞?」
そこにいたのは、更紗だった。

   ***

「更紗? なぜそなたがここに……」
 思わず声を上げつつ、舞の中で何かが警報をあげていた。あと少し、もう少しで分かりそうな何かが。
「母様……?」
 不安そうな声と共に、女の子が寝台から降りてきた。今の声で目が覚めたものらしい。彼女はとことこと舞のほうへとやってきたが、見慣れぬ人間がいるのに気がついたのか、不安そうにキュロットにしがみついた。
「やはり、ここにいたのね……」
更紗の呟きを聞いた瞬間、最後のピースがはまり込んだ。
速成である必要性、容姿と性質を引き継ぐ。
 そして彼女らは五一二一小隊に配属される前、芝村の手によって全員遺伝子検査まで行われている。
そして準竜師の副官である更紗。
「そうか……。この子は、私のスペアか」
舞は食いしばるような声で、ようやくそれだけを言った。
「スペアだって? どういうことさ」
「そなたも私も芝村一族だ。そして、絢爛舞踏にもっとも近い存在でもある」
速水の疑問に舞は淡々と答えた。そこには気負いなど全くない、事実だけを述べる響きがあった。
「最も新しき伝説が誕生するのは芝村の悲願でもある。だが今は戦時中。何が起こるかなど分かりはしない。そして戦争には常に代替案が準備されるものだ……」
「じゃあ、この子の言っていたほかの友達って……!」
「おそらくは、そなたのスペアになるはずのアルラウネだ。そして素質さえ引き継げばその他の能力を鍛えることなどさして難題ではない。むしろその方が自分たちが扱いやすい、くらいは考えたかも知れんな」
「そこまでは、といっても信じないでしょうね」
「当然だ!」
 世間話でもするような口調を、舞は断固たる声で遮った。更紗は肩でもすくめそうな調子で続ける。
「でも安心していいわ。計画は凍結されることになったから、おそらくそんな計画があったことすら消されるでしょうね。……岩田百翼長、悪いけど席を外してもらえますか?」
 岩田は、微妙に表情を固くする。ただし口調だけは道化のそれに戻っていた。
「やることは分かってるんですがねェ。いいんですか?」
「……好きにさせる、との命令だから。彼女次第よ」
「そう言うつもりじゃないんですがねェ」
 怪訝そうな顔をした更紗に薄ら笑いを見せると、岩田は飄々と出ていった。
舞は女の子を半ばかばうようにして前に立った。その目は射るような鋭さを持っていた。
更紗は流れるような動作で拳銃を構えた。狙いは――舞。
「本題にいきましょうか。その子を引き渡してもらいます」
「何故だ?」
「実験体に外をうろうろされたりしたら、何の拍子にどこに漏れるか分からないわ。それで充分な理由になります」
 舞は女の子をさらに後ろ手にかばう。
更紗が意外そうな表情を浮かべた。
「舞、あなたはその子をどうするつもりなの? どこの誰かも分からない子から母親呼ばわりされて迷惑しているものだと思ったのだけれど。それにあなたがその子を守りきれるとでも言うの?」
舞の瞳が一瞬揺らいだ。
ふと視線を落とすと、自分を見上げる女の子の視線とぶつかる。女の子は舞のキュロットをしっかり握り締め、か細い声で呟くように言った。
「母様、お願い。私を捨てないで……」
 目に一杯の涙をためている。
 強烈な既視感。一つの記憶がよみがえった。
 ――この子は、私だ。
 かつて、いつもいつも一人ぼっちで、なかなか帰って来ない、そしてついには永遠に帰ってこなかった父をいつまでも追いかけていたあの時の自分の目。
 今再び、自分がそれを再現しようというのか?
 舞は強く首を振った。再び更紗に向き直った時、既にそこに迷いはなかった。
「更紗、そなたには悪いがこの件は断る。我が力は持たざるもののためにこそ揮われる。今まさに懐にいる窮鳥を見捨てたとあっては私の存在意義はない」
「本気なの?」
「あいにくこんなときに冗談を言う趣味はない」
「そう……」
 照準が定め直される。
 その時、射線を遮るように速水が前に立った。
「勝手に話を進めないでよ。君だけの問題じゃないんだから」
 そう言いながら前に向き直る。その目にはいつものぽややんと違う、「芝村の目」が光っていた。
 更紗は全く動じることなく引き金を絞った。

 轟音と共に何かが通過する音が聞こえた。
 弾丸は三発。射線はわずかに逸れ、三人の右脇をかすかに掠めるようにして壁に弾痕をうがった。
 速水たちが呆然としていると、更紗は拳銃をホルスターに収めながら言った。
「実験体アルラウネ二四号、尚敬高校にて発見せしも逃亡の意志を示したためその場で射殺。遺体は独断で処分した――舞、この意味が分かる?」
 舞の顔に理解の表情が広がった。ぽつりと呟くように言う。
「……すまぬ」
「何のこと? 私はただ任務を果たしただけ。ただね舞、あなたは後悔することになるかも知れないわよ?」
「後悔だと? 一度自分で決めたことだ。後悔などはせぬ」
「ならいいわ。……では、失礼します」
 更紗は最後に副官の態度に戻ると、くるりときびすを返して闇に消えた。
「母様、母様ぁ……」
「ほら、そんなに泣くでない。な?」
 泣きじゃくりながら舞にしがみつく女の子を、舞は不器用ながら優しくあやす。そんな姿を速水は傍らで見つめていた。
「そなたも巻き込まれたな。いいのか?」
「何をいまさら。僕にも関係のある事だし、知らんぷりは出来ないよ」
 そう言って苦笑する。それを見て舞も微笑んだ。
 それから何か思いついたのか、女の子の方を向き直る
「そうだ、いつまでも名前が二四号ではなんだな。そなたの新たな名を思いついた。受けてくれるか?」
「はいっ!」
「よかろう。そなたは今から『ほのか』と名乗るがよい」
「ほのか……?」速水が呟く。
「うむ、未明と書く。もとはどこやらの地名だそうだが、私の好きな名前の一つだ。『未だ明けざる』これからの希望と可能性を示しているようでな。そなたはこれから芝村未明だ。……よいか、未明?」
「はいっ!」
 女の子――いや、未明は実に嬉しそうに返事をした。

   ***

 闇の中にうっすらと白い影が立ち、更紗を待ちうけていた。
「終わったようですね。いいんですか?」
 岩田だった。感情を交えぬ声で問いただす。
「言ったでしょう? 好きにさせる、という命令だもの。それで後悔するのも彼女の自由。何か?」
「あの子がアルラウネだから放っておく、の間違いじゃないんですか?」
 更紗の動きが止まる。岩田の顔がかすかに歪んだ。
「……やはり。気に入りませんねぇ、そういう考え方は」
「ならば、どうすると?」
 更紗が興味深げに尋ねる。
「できれば、その考えををひっくり返したいところですね」
「できるかしら?」
 答えはない。
「あなたが何をむきになっているのか知らないけど、ならばあなたも関わってみたら? それで後悔するのもあなたの自由よ。それでは」
 そう言うと更紗は後も見ずに歩き出す。あとには岩田が一人残された。
「言われなくてもそうしますよ。そして後悔だと? 後悔などするものか……」
 それは、肺腑から絞り出すような声だった。
(つづく)


名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -