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戦場という名の舞台(その1)


 舞台には、スターがいる。その者は舞台を縦横に活用して己の世界を表現し、そして観客を魅了する。
 だが、ひとりのスターの影には、脇役から照明・衣装・大道具にいたるさまざまな者が職分を果たしつつ心を一つにし、陰から支えているのだ。
 戦場も舞台とどことなく似ている。大きな違いがあるとすれば、観客がほとんどいないままに、血と肉、鉄と炎を素材とした舞台の中を、己の命を的に駆け巡る出演者たちがいるだけだという点だろうか。
 運が悪ければ舞台どころか人生からも退場を命ぜられてしまう過酷な現実。
 それでも、彼ら・彼女らは今この瞬間に精一杯己を輝かせ、駆け巡る。
 それがたとえ強制されたものであったとしても、だ。

 では、彼らを支える脇役や舞台裏の者たちはどうしているだろうか?
 ここでは、そんな彼らに焦点を当ててみたい。しばらくのお付き合いを請い願う次第である。

   ***

JST一〇〇五 航空自衛軍 統合目標監視攻撃指揮機
九州 阿蘇山上空三万フィート(約一万メートル)

 ルーティンに陥った業務ほど眠気を誘うものはない。日常でも戦場でもそれは変わらなかった。
 だから、統合目標監視攻撃指揮機(通称、空飛ぶ司令部)に搭乗している若松中尉が、自分のコンソールの前でつい居眠りをしかけているのもある意味では当然であった。何しろ彼は旅客機を改造したこの機に既に一〇時間以上も乗り続けなのだ。本来なら八時間の三交代制のフライトが組まれているのだが、二番機がエンジントラブルを起こし、予備機まで修理中とあってはどうしようもない。
 結果、飛行限界ギリギリの一二時間二交代制という無理がまかりとおることになった。これが残った機体に与える疲労も無視できないのだが、指揮体勢に穴をあけるわけにもいかないのでその点はあえて無視されている。
この機体の役割は、周囲に展開したAWACS(空中早期警戒管制機)や無人偵察型の飛行船、地上や海上の各部隊、それにこの機自身が所有するフェイズド・アレイ・レーダー(多目標の探知・追跡・判断に優れている。アメリカで開発されたものを原型に日本独自の改修が施されている)その他の多種多様なセンサーによって敵のあらゆる動向を探知、集約した上で全部隊に通報する。緊急度によっては警報を発することすら許されている。
(このシステムの原型は、これまたアメリカのジョイント・スターであるが、これも日本での独自的解釈・改装が行なわれている。本来は陸上目標の探知だけが目的だったはずが、全軍の情報を集約するようになったのもその一つだ)
が、今の所は平穏無事。ジェットエンジンの轟音もよく言って子守唄でしかない。
 若松の頭は今にもコンソールに触れそうだった。それとは別にあまりつくりの良くないシートに長時間座っているせいで、いいかげん腰も痛くなってきている。
(ったく、中古の旅客機なんざ使うからこんなことになるんだ。噂の新型機が早く実戦配備にならんかね。なんでもあっちはシートからして段違いだって言うじゃないか……)
 半ば夢うつつのままそんな事をぼんやりと考えていると、突然後頭部に衝撃を受けた。慌てて飛び起きる。
「いてっ! ……あ、県(あがた)中佐」
「こら、若松! 何をうたた寝なんぞしている!」
 目の前ではいかつい顔をした中佐が笠松を睨みつけていた。
「何をやっとるか馬鹿者が。悪いがお前が舟をこいでいられるほどヒマでもないんだ。ギャレーで顔洗って、コーヒーでも飲んで来い」
 言ってることはひどいが、中佐の顔は笑っていた。そっと辺りを見回すと他のオペレーターたちもコンソールの陰に隠れるようにしてくすくすと笑っている。
(クソッ、冷たい奴らだ!)
「ほれ、さっさと行って来い」
「了解しました」
 少々ぞんざいに敬礼するが、中佐は気にもしない。こんな機体に長時間ぎゅう詰めにされていれば、規律とは別に、階級を超えてそれなりに親密でなければやっていられないのだ。
 ついでに用足しも済ませておこうかと腰を浮かしかけたとき、コンソールに警告音とともにシンボルが浮かび上がった。
 若松は一動作でシートに飛び込むと素早くキーボードを叩き始めた。シンボルが次々に浮かび上がる。
「『ひてん』二二号より入電! 熊本県北部に空間歪曲に伴う磁気異常を確認、幻獣出現の兆候と思われます! あ、続いて阿蘇特別戦区にも反応あり! 反応、増加中!」
 若松は先ほどまでの眠気など忘れ果てたような声で報告を続けた。他のオペレーターたちのもとにも次々と報告が入る。
 本来探知が難しいといわれている地上目標について識別が可能なのは、レーダーよりも磁気センサーのおかげである。幻獣出現時の磁気変動を捉えることで、その規模や出現時間をある程度予測する事が可能となっている。
「ゴールキーパー(早期空中警戒管制機のコールサイン)より入電! 有明海上空一五〇〇〇フィートに磁気異常を確認、我、触接を継続す。なお出現規模は中隊規模と推定される!」
「くそっ、幻獣どもめ大盤振る舞いか! 全部隊に予備警報、いや、出現警報を発令せよ! カテゴリーはV1、交戦規則はガンズ・フリーだ。急げ!」
「了解! こちらパンサー03、自衛軍全部隊並びに義勇軍、および生徒会連合に緊急連絡。出現警報発令、出現警報発令! カテゴリーV1! 各部隊は直ちに応戦準備と為せ! 繰り返す、各部隊は直ちに応戦準備と為せ! なお、パンサー03はガンズ・フリー(全兵装使用自由)を勧告する!」
「各軍より応答信号入ります!」
各部隊の情報が次々に入り始める。
「空自がスクランブルをかけました。続いて空中給油機が待機ポイントへ向かいます」
「陸自全部隊に休暇取り消しが発令されました。即応部隊は出撃を開始!」
「生徒会連合九州軍より応答信号! 出動準備完了、爾後の命令を待つとのことです。例の五一二一小隊も出撃するそうです」
 機内にほうという声が漂った。県も一瞬だけそれに和すると表情を引き締める。五一二一小隊の名は九州配備の自衛軍でも知らぬ者はない。
「なんとも心強い事だ」
 彼の顔には一瞬、子どもまで動員させている事に対する自嘲が浮かんだが、それはすぐに任務に精励する軍人の顔に覆い隠されてしまった。
「だが、奴らにだけ戦争を任せる訳にはいかん。みんな、気ぃ引き締めていけ!」
『おうっ!』
 彼らの下には多重リンクされたネットワークを通じてなおも情報が流れ込んできていた。それらは細大洩らさず地上の総司令部に転送される。転送先は自衛軍ばかりではなく生徒会連合にもだ。一部の機密信を除き、基本的に両者は共通の情報で結ばれている。
捨石にもそれなりの配慮は払われているということか?

   ***

JST一〇一二 生徒会連合九州軍総司令部
熊本市内某所

 生徒会連合九州軍の地下総司令部。ここには常時一〇数名が詰めており、二四時間の監視体制を行なっている。先ほどまではガラガラだったコンソールも、今は全員が着席して己の職務を果たしていた。
 正面のメインスクリーンには線画で描かれた熊本県の地図があり、それは各戦区ごとに線引きされていた。いま、県の北部には幻獣の出現予想地点を示す赤いシンボルが刻一刻とその数を増やし、それは徐々に県南部にも飛び火するかのように広がっていった。
「現在までの幻獣出現推定数三〇〇〇。依然増加中!」
「自衛軍より入電、全軍に赤色警報が発令されました! カテゴリーV1!」
「全戦区に対幻獣警報を発令」
「了解。全戦区にV1警報発令します」
 オペレーターがボタンを押し込んだ。これで全部隊に警報が発令される。
「各部隊より応答信号あり。現在集計中」
「出撃可能部隊数、現在六七個小隊」
ここのところの連戦が響いているのか、基幹一〇〇個小隊のうち、まともに動けるのは平均七割を切りつつある。
「手薄な地区に予備隊を派遣する。第二二、第二四独立中隊出動準備」
 当直将校である万翼長が指示を下す。
 本当なら、彼は思った。
 本当なら各戦区に少しずつ戦力を貼り付けるこの方法は最も戒められるべきなんだ。各戦区に兵力を割り振ってるから、結局は全戦区で兵力が足りないというハメになってしまう。
 ああ、ああ、わかってるさ。仲間や民間人を見捨てるわけにはいかないし、何よりも俺たちは学兵だ。捨石に四の五の言う権利はなかろうが、軍略をハナから無視されるのもそれはそれで腹が立つ。
ましてや今みたいに兵力の逐次投入――最悪の戦闘法を実施しなければならないとなったらなおさらだ(兵力の逐次投入は、果てしない消耗戦の第一歩として、全指揮官がもっとも慎むべきものであるとされている)
 とはいえ、今日も俺はそれをやらなきゃならん。
「第二二中隊は八代戦区、第二四中隊は空港東町戦区にむけ出撃。以後は現地部隊の指揮下に入れ」
 後に、この状況はある程度改善されることになるが、それは彼の知らない未来のことである。
「空飛ぶ司令部」からの情報はなおも途切れる事はない。
「熊本航空隊より入電、全機一五分アラート準備完了」
「陸上自衛軍第八師団、第一次出撃ラインに展開中……。独立戦車大隊は先行して配置につきつつあり」
「県内全域に避難警報が発令されました」
 さぁて、今日の闘いは吉と出るか凶と出るか?
 いや、責任放棄している場合じゃない。やってやるぜ。

同時刻 五一二一小隊 尚敬高校

「201V1、201V1。各員は現在の作業を中止し、直ちに教室へ集合せよ。繰り返す――」
「総員出撃一、二、三。出撃まで一八〇秒」
「我々は、八代戦区へと出撃します。全員、搭乗――」

   ***

JST一〇五二 生徒会連合 独立第三一二偵察小隊
八代戦区南部

やや雲量を増してきた空の下を四機のきたかぜが飛行している。高度はまるで地面を舐めるかのように低い。
普段なら恐怖すら覚えるような高度を、いささか常軌を逸しているのではないかと思われる速度で飛行する機内では、四機あわせて三〇数名のスカウトたちが己の出番を待つべく、固いシートに身を預けていた。
ある程度の防音は施されているが、ヘリのローター音はそれをはるかに上回っており、ヘルメットのレシーバーとマイクなしではとても話などできはしない。
それでもちょっとした身振りやサインで冗談じみたものを交わす者、顔を蒼ざめさせながら窓の外を睨みつける者、黙考したまま顔を上げようとしない者……。
それぞれが確実に迫り来る現実と向かい合うべき覚悟を固めていた。そのやり方は人それぞれというわけである。
と、レシーバーに小隊付き戦士の声が響き渡った。
「間もなく降下地点だ。各員降下準備! 相互に装具を点検せよ、もたもたするな!」
時には敵より怖い小隊付き戦士の声がまだ消え去らないうちに、それぞれが二名一組でお互いの装具を点検する。
と、ヘリが急激に機首を持ち上げ、速度が大きく低下した。もちろん、こんな事ぐらいで転倒するような間抜けはいない。
きたかぜは高度一〇メートルそこそこでぴたりと静止した。直接着陸はしない。
「第一、第二分隊、降下準備!」
その声と同時に側面のドアが開けられ、機体側面のブームが伸ばされた。それにロープが素早く取りつけられる。
「用意!」
四名のスカウトたちがそれぞれのロープに降下用フックを装着し、外に背を向けて降下姿勢をとる。いわゆるラペリングである。
「降下!」
一斉にかなりのスピードで降下する。ほんの数秒後には四名とも地面に降り立っていた。素早くフックを外し、適当な遮蔽物を見つけて散開する。同じ動作が二回繰り返され、二機のきたかぜから合計一六名のスカウトが降下した。全員が降下したところで素早くロープが回収され、ドアが閉鎖される。そのまま低空飛行を続けながら周囲の警戒に入る。
「こちら第一分隊、降下完了。周辺に敵反応なし……。移動警戒に入る」
『こちら第二分隊、LZ(着陸地点)確保、周辺に敵影なし。着陸準備良し!』
『了解、第三、第四分隊、着陸する』
第二分隊のスカウトが周囲を警戒する中、残る二機のきたかぜが次々に着陸した。着陸脚が着くか着かないかといううちにドアが開けられ、スカウトたちが飛び出してくる。ただし、両機の後方には兵士の代わりに野戦用のバイクが搭載されていた。彼(彼女)らは急いでそれを引っ張り出すとエンジンをかける。意外なほどに静かなエンジン音だ。
スカウトたちは次々とバイクにまたがると、出撃準備にかかる。その間に彼らを乗せてきたきたかぜは素早く上昇して先の二機と共にやや後方領域へと後退する。
「うっかり捕まんじゃねえぞ……」
小隊付き戦士はそっと呟くと、銃を構え直した。
「小隊長殿、準備完了いたしました。ご命令を」
「小隊、偵察隊形を取れ。第一分隊は右翼、第二分隊は左翼、第三・第四分隊の残余は後方で待機しろ。バイク部隊は側方を大きく迂回して周辺警戒に当たれ。……前進!」
命令を受けたスカウトたちは低い姿勢を保ったままゆっくりと前進する。その傍らをバイクがエンジン音を絞りながら疾走して行った。
彼らは戦区の安全が確認されるか、敵と出くわすまでひたすら前進を続けるのだ。
もし敵に出くわしたらどうするか?
決まっている。別の任務を果たすのだ。

同時刻 五一二一小隊 国道三号線上

「司令、先行している友軍より入電。前回の戦闘の生き残りと見られる幻獣が戦区内に出現、警戒を要す、とのことです」
「分かりました。……友軍には予定時間内に到着できると連絡してください」
「了解。ウッドペッカー、こちら五一二一。当方到着時間は予定通り、頑張れ。以上」

   ***

JST一一四五 生徒会連合 独立第三一二偵察小隊
八代戦区南部

「くそっ、奴らがなんでこんな所でのたくってるんだ!」
思わず罵りの声を上げるが、それで現状が変わるわけではない。独立第三一二偵察小隊のメンバーは、それぞれ遮蔽物の陰に潜り込むようにして前方を見据えていた。
その視線の先には赤い瞳を持つ醜悪な存在――幻獣が二〇数体、ゆっくりと歩を進めていた。彼我の距離は概算で約一キロ。大半はゴブリンなどの小型幻獣だが報告を総合するとミノタウロス二、ナーガ一を含んでいた。新規兵力ではない。
いくらなんでも早すぎるし、それに拡大してみると奴らのうち少なからぬ数が何かしらの手傷を負っていた。
「戦士、どう見る?」
既にある確信を秘めた表情で小隊長――笠置(かさぎ)千翼長が訊ねた。小隊付き戦士は低い声で答える。
「おそらく三日前の戦闘の生き残りでしょう。数体が撤退に成功したと報告にありました」
――すると、他戦区から逃げてきた奴も合わせた寄せ集めってことか。人間なら戦力が低い、と判断するところだがな。
過去の経験から、幻獣においても寄せ集めの部隊は比較的攻撃衝動が鈍いという調査結果が出ていた。この点を考えても、人間と似たような指揮系統が存在するのかもしれないが、確証はない。
――さて、どうするか?
笠置は脳の隅でほんの刹那の思考を自分に許した。
彼らの任務は偵察を行う事、そして、万が一敵に遭遇し、発見されていなければあらゆる手段を用いてこれを可能な限り阻止する事。
そして万が一発見されたら――尻に帆かけて逃げ出す事。
状況からして奴らはまだ俺たちを発見してはいない。このままでは五一二一小隊や基幹部隊はいらぬ面倒を押し付けられる事になる。よし。
「マイクよこせ」
彼は通信兵が差し出したマイクを奪い取るようにすると話し始めた。
「スカイキッド21、こちらウッドペッカー。八代戦区グリッド三二五六―二八二一にて敵発見。勢力は推定中隊規模。ウッドペッカーは火力支援を要請する」
『……こちらスカイキッド21。ウッドペッカー、貴官の通信を受領した。君達には砲兵を配分する。コールサインはハンマー03。一―五―五装備の大隊だ。チャンネル22でやってくれ』
「一五五ミリ榴弾砲(曲射砲)大隊か、了解。レッツゴー、チャンネル22」
一個大隊という事は三二門、腕の良い奴らならいいけどな。
「ハンマー03、こちらウッドペッカー。火力支援を要請する。目標座標及び方位角は……今、デジタル系で転送した。口頭で確認する、いいか?」
しばしの沈黙。やがてややノイズの混じる声が応答した。
『こちらハンマー03、ウッドペッカー、確認どうぞ』
女の声だった。どうやら女子高系の砲兵部隊らしい。
「あ、ああ。グリッド三二五六―二八二一、方位角は秘匿符丁三二二六。即時試射開始願う。こちらは弾着観測準備良し、修正可能」
『ハンマー03了解。デジタル系データ入力完了。初弾……今発射した、修正可能』
「本当かよ、おい」
笠置は思わず呟いていた。それが本当だとするならこの部隊はえらく練度の高い部隊という事になる。
少し間を置いて、後方から間の抜けた拍手のような音が響いてきた。射撃音がようやく到達したのだ。さらに上空を何かが飛び去る音が聞こえる。
『ウッドペッカー、三、二、弾着……今』
その声と同時に、はるか彼方の廃墟――ちょうど幻獣がいるあたりに閃光がきらめいた。そして爆煙、少し遅れて爆発音と衝撃波。
「ハンマー03、……お見事。ドンピシャだ! 急斉射頼む!」
『了解。急斉射、射撃開始』
今度は不揃いな拍手音、そして先ほどよりも多数の飛来音。
次の瞬間、幻獣のいるあたりは地獄と化した。
稀に直撃したものか、瞬間的にこなごなになって吹っ飛ぶ姿が見えた。そうでなくても砲弾が炸裂するたびに強烈な衝撃波と破片が飛び散り、幻獣の体をなぎ払っていく。
砲弾一発あたりの危害半径は一五五ミリ榴弾砲で約三五メートルだから、直撃しなくても脅威である事には変わりない。
幻獣どもはこの攻撃になす術もなく切り裂かれ、霧散していく。どこから攻撃を受けているのかすら分からないようだ。
十何度目かの斉射のあと、地上で動いているものの姿はなかった。
すっかり感心した笠置は、その気分のままマイクを取った。
「こちらウッドペッカー。敵は完全に沈黙した。射撃止め、射撃止め! それにしても君達の射撃は見事だった。良かったら後で礼を言わせてもらえないかな?」
ついでに住所と電話番号を……、そんな軽口を続けようとしたところで相手からの返信が入った。
『ちょっと拓也! あんたそんな事言ってよその女引っ掛けてるの!?』
「げっ! ひ、ひょっとして、お前、恵か?」
『だったら何だってのよ! ちょっと、帰ってきたらその辺じっくりと聞かせてもらうからね、覚悟しててよ! ハンマー03交信終わり!』
ひどく乱暴な音を残して通信は切れた。あとにはマイクを持ったまま呆然としている笠置が残された。
ふと周りを見まわすと、部下が自分を見つめている。その目は面白半分、同情半分といった所だった。全体の心情としては小隊付き戦士の一言がすべてを物語っている。
「ご愁傷さまであります」
「やかましい! て、偵察を再開する。各隊展開準備!」
声を荒げてみても威厳もへったくれもない事おびただしい。部下達のやたら暖かい視線が今はとても痛かった。
(くーっ、なんでこんな時に……。運が悪いったらありゃしねぇな……)
ちなみに通信の相手は笠置の幼なじみにして彼女であった。

同時刻 五一二一小隊 国道三号線上

「やれやれ、こんな時に何やってんだか……。ま、緊張し過ぎるよりはマシかな」
瀬戸口はチャンネル調整中に偶然傍受した交信を聞いて、軽く嘆息した。
「瀬戸口君、どうかしましたか?」
「はい司令、なんでもありません」
瀬戸口は何食わぬ顔のままヘッドセットをかぶり直した。


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