リラクゼーション(ロングバージョン)(終話)
「何か手当てをする必要があるけど……。湿布でも貼る?」
「断る!!」
驚くほど即座に返事が返ってきた。
その答えは予測済みだったが、あえて驚いた振りをする。
「え、でも……」
「だめだ! ……そなたにはすまぬが、それだけはいかん!」
「んー、しょうがないなあ……。とにかく、何か対策を立てた方がいいよ。良かったら少しほぐしてあげようか?」
舞はこの意外な申し出に、きょとんとした表情で疑問を口にした。
「ほぐす、だと? そなたそんなことが出来るのか? 異能の一種なのか?」
こう言う事を真面目に聞いてしまうのが彼女なのであって。
そのほほえましさに、笑いを押し殺して真面目に答える。
「違うよ、指圧。指で軽く揉みほぐそうか、ってこと」
「え? ……! あ、い、いや、その……」
いきなり舞が慌てだす。
――と、いうことは、指で押すのであって、つまり、その、か、身体に……。それも、今の話からすると全身を……。
「そ、それも……」
「でも、あちこち痛いんでしょう? 無理しちゃダメだって」
「う……その……」
いささか「心配です」という表情を混ぜながら笑いかける速水に、先ほどからの流れで少し引け目を感じていた舞は抵抗できなかった。
「ま、まあ、そなたがそこまで言うのなら、やらんでも、ないが……」
「じゃ、決まりだね。準備するからちょっと待ってて」
そういうや否や速水は、詰所に唯一設置されている寝台で何かゴソゴソとやり始めた。
相変わらず強引なやつではある。
――ここまでは成功、と。後は実践あるのみだね。
速水はかすかにほくそえみながら準備を進める。
ここまでの彼の言葉に嘘はない。彼女を案じる事についても同様である。
ただし彼にしてみれば、この数日間は舞には心配させられ(本人は意識していなかったにせよ)寂しい思いをさせられたのもまた事実であり。
その分だけはしっかりお返しする事に決めていたのだ。
まな板の上の舞。
***
「はい、おまたせ。準備できたからこっちに来てくれる?」
呼ばれた舞が来てみると、掛け布団を取り去られ、タオルを巻かれた枕が置かれた寝台と丸椅子が用意されていた。これを使って何をやるのか、舞にはさっぱり見当がつかない。
「んーと、どこから始めようかな?」
首をひねっている彼女の傍らに、いつのまにか白衣姿の速水が立っていた。訓練用のやつを着込んだらしい。
なりきっている。
「まずは、肩からいこうか……。それじゃ服、脱いで?」
「ななな、なんだと!?」
けろりと言われたそのセリフに、舞は飛びあがらんばかりに驚いた。
――そ、そんな事は聞いていないぞ!? 神聖なる学び舎で、い、いやその前に厚志の目の前でふ、ふ、服を……。
「どうしたの? 上着、脱いでくれる?」
「え……? ああ、そそそうか、し、しばし待て」
何やら激しく勘違いしていた事に気がついた舞は、その事実を遠い棚において、慌ててリボンを外して上着を脱ぎ、指示通りに丸椅子へと座った。
速水は後ろに立つと、舞の肩にそっと手を当てる。身体がびくりと震えるのが分かった。
「ほら、力を抜いて……」
ぱん、ぱんと軽く肩を叩く。力が抜けたのを確認して、親指の腹で肩と首の付け根の間、肩の稜線といったあたりをなぞり始める。
やがて、そのうちの一ヶ所、ちょうど中間点のあたりに親指を当てると、そこを指の腹でごく軽く押し込んだ。
「痛いっ!」
軽く、押すか押さないかといった力でしかないのに、電流を通されたような激痛が首筋にまで走った。
「あ、厚志っ! もう少しそっと押さんか!」
「え? これでもすごく軽いんだけどなあ……。まあ、少しは痛くないと効かないから我慢してね」
結構ひどい事をサラッといいながら、速水は肩を押しつづける。一回押すたびに飛びあがりそうな様子を見せるさまはまるで活きのいいハマチか何かのようだ。
やがて、押す場所を左右にずらしながら、肩の稜線全体を揉みほぐす。ついでに背中側から指を筋肉の裏側に潜り込むようにも押してみた。
少し経つと、ほぐれてきたのか麻痺したのかは知らないが、段々と押されても痛みを感じなくなってきた。その代わり押された所がほかほかと暖かくなっている。
血行が回復してきた証拠であるが、舞にはそこまでは分からなかった。ただ、それがひどく心地よいとは感じていた。
(うむ、こ、これはなかなか……)
その心地よさにはまり込みかけていたところで、首にふわりとタオルがかけられた。
「?」
何が始まるのかと思う間もなく、頚骨の両脇あたりに指が当てられて状態を確認され、次の瞬間には再び親指の腹でそこをやや強めに押された。
先ほどの痛みとはまた違い、突き刺さるような痛みが脳天まで突き上げてくるようだ。
「いっ、痛、痛いっ! あ、厚志!」
「あー、こりゃだめだ。ずいぶんとひどいしこりになってるよ。これはしっかりとほぐしておかなきゃ……」
舞の悲鳴にはお構いなしに、まるで本物の整体師ののような口調で速水は押しつづけた。
ちょうど歯医者が「痛かったら手を上げてくださいね」と言ったのに、本当に手を上げたら「もう少しだから我慢してくださいね」といって治療を継続するのに似ている。
「そ、そんな……。がっ、うっ、いっ!!」
……どうやら声にもならないらしい。
足先が痙攣しているように見えるのは気のせいか?
結局、そんな感じで肩、首、そして肩甲骨のあたりまで丹念に揉まれた舞は、既にそれだけでぐったりとなっていた。
押されたところ、特に目に見える首筋のあたりは血行が回復してきたのか、うっすらと赤くなっている。それが白いうなじに点々と連なっていると、どこか妙になまめかしかった。
――わあ。
速水がそれに見入っているのにも舞は気付かない。
彼女は、確かにここ数日わだかまっていたような痛みがだいぶ軽くなり、頭の痛みもいつの間にか遠くなっているのにすっかり気を取られていた。
(い、痛いのはともかく、これについては感謝すべきであろうな……)
舞が半ば朦朧とした頭でそんな事を考えていると、突然後ろからふわりと抱きすくめられた。
「?」
次の瞬間には、速水が先ほど自分が押したところ――赤くなった首筋にそっとくちづけ、そこを軽く吸い始めた。
「ひゃうっ!?」
いきなりの奇襲に対抗できず、ただ身体を固くするしかできなかった舞だが、速水はそんな事はお構いなしに首筋を吸い続ける。
唇が、そして舌が首筋に触れるたびに、舞の全身には先ほどまでとは全く違う、ぞくぞくするような感触が駆け抜けた。
「あ、厚志っ! い、一体何を……、あぁっ!」
「ん?これはね、カッピングっていって、吸引することで血行を良くする治療法なんだ。ちょっとくすぐったいかもしれないけど我慢してね」
少しだけ口を離すと、いけしゃあしゃあと言い放つ速水。
正直なところ、ちょっと、どころではない舞は、それでも、
「そ、そうなのか……? な、なら、仕方あるまい……」と答えた。
信じるなよ。
全国の整体師、鍼灸師の名誉のために言っておくと、カッピングという治療法自体は確かに存在するが、それはガラス容器の中をポンプで真空にすることで吸引するのであって、このような方法では絶対にない。(血行回復・脂肪燃焼にも効果があるという)
妙に艶っぽい声を上げる舞に半ば心を奪われつつ、速水はそれに答える代わりにほんの少しだけ強く吸った。
「はあぁっ!」
***
肩の治療が終わった後、舞は椅子から崩れ落ちないようにするのが精一杯だった。
時間にすれば一〇分も経っていないのだが、まるで体力の訓練を四時間ぶっ通しでやったようにぐったりしてしまっている。身体の力が全て抜けてしまい、何となくだるく感じてしまうのだ。ただ、確かに肩や首は妙に軽く感じられた。
――な、なかなかにすさまじいものであった……。
疲労感を共にしながら、舞はそんな事を考えていた。
「さ、次いこうか」
速水の軽い一言に、舞の表情がさっと変わった。
「ななな、なんだと? つ、次? まだ何かあるのか? ……い、いや、もう充分だ、もう治った!!」
「だーめ! 第一まだ猫背が解消されてないよ。ほら、早くこっちに横になって」
「な、何っ!? お、おい、厚志、ちょっと……ひゃあっ!」
なかなか動こうとしない舞を、速水は半ば強引に抱え上げてしまうと、そのまま寝台に横たえさせた。普段ならこうもあっさりとはいかなかっただろうが、先ほどまでの指圧のせいで力が抜けていたのが影響しているようだ。
「はい、じゃあ続きをはじめようか?」
涼しい顔で速水が言うのを聞いて、舞は心の中でほんの少しだけ涙した。
「じゃあ、次は足をいくね」
うつぶせの格好の舞にそう言うと、速水は足の裏(当然靴などはとっくに脱がせている)に手を当てた。
「ひゃっ! く、くすぐったいではないか!」
「んーと、ちょっと待ってね……。ああ、ここだ」
足の裏の前寄り中心、足指の丘の窪みにあたるところに指を当て、そこを強く押す。
「痛い?」
「い、いや、そこは大丈夫だ。むしろ気持ち良い……」
確かに、先ほどの「経験」からどんな痛みが来るかと思っていたら、なんだか身体の芯を優しく押されるような、何かの力が広がっていくような、そんな不思議な感触がしたことに舞は戸惑いつつも正直に答えた。
「ここは『湧泉』って言って、身体の活力が涌き出るツボなんだって」
「そ、そうか……」
――これなら、悪くはないな。
舞は徐々に身体に活力が戻ってくるのを感じていた。
だが、これで無事に終わると思ったらまだ甘い。
速水は湧泉に最後の一押しを加えると、今度は土踏まずの真ん中を強めに押す。
「あっ! い、痛いっ!!」
「あーあ、やっぱり? 舞ったら最近食生活が滅茶苦茶でしょ? 胃腸が大分弱ってるよ」
半ば諦観が混じったような声。
「そ、そなた、なぜ、それを……痛っ!」
「ここを押せば分かるの」
確かに、土踏まずのあたりにはそれ系のツボが集中しているが、舞のここ数日の食生活など見なくても分かった。食生活云々は速水流の「占い師のセリフ」に過ぎない。
「くっ、うっ、ああっ、いっ、痛いっ!」
再びハマチ状態になった舞を(蹴飛ばされないように)慎重に押さえながら、ツボを片端から丹念に押し込んでいく。
舞はシーツを掴みながら必死に耐えた。足に力をいれると余計痛いので、足だけ力を抜くと言う器用な事をしていたが。
……表情と上半身の姿勢、それにセリフだけを見ると、なにやら別の情景が想像できそうだ。
「はい、あとはここね」
そう言って速水が掴んだのは……、ふくらはぎ。
「〜〜〜〜〜っ!!」
声にならない叫びが部屋に響く。
実際にやってみると分かるが、アキレス拳のあたりからふくらはぎを親指と人差し指でつまむようにして心臓に向けて押し上げると、その痛みは並み大抵のものではない。
もちろん、これは別に舞をいじめているわけではなく、
「こうやって体内のリンパ液を良く流れるようにしてやると、体内の乳酸(筋肉が疲労すると出るといわれている)が良く排出されるんだってさ」
と、いうわけなのだが、押されるほうにしてみればそんな事はどうだって良かったりする。
ただひたすら、この嵐が過ぎ去るのをじっと待っていた。そう表現するのが正しいかもしれない。
余談ながら、便秘の人もお試しあれ。
***
舞にとって、今日は受難がまとめてやってくる日のようだ。
「はい、じゃあ上半身、背中押すから力抜いてね」
そういわれても、入れる力などどこにも残っていない。今の舞はまさにされるがままといった感じで、そう言われても、
「わ、分かった……」と答えるのが精一杯だった。
速水は素早く背骨の両脇に親指以外の指先を当て、下から上へと場所を変えつつ押し込んでいく。
こき、こき、ぽきっ。
軽い音を立てて骨が鳴り、もとの位置に収まっていく。鳴らしすぎはあまり良くないそうだが、この場合こうでもしないと猫背も解消されないからいたしかたあるまい。
実は、これ自体はあまり痛くないので、舞はじっと目を閉じていた。と言うよりそろそろ疲れてきたのかもしれない。
「うーん、ちょっと押しづらいな。舞……ごめんね」
「え?」
一体何を――
そう思った次の瞬間、腰のあたりに何かが乗っかるのを感じた。いや、正確にはもう少し下だが。
「あああ厚志っ! そ、そにゃた、いやそなたどこに乗っているかっ!」
「だって、こうでもしないと押しづらいんだもん。ちょっと我慢してね」
――それに、こうしないと暴れられても困るし。
……どうやら、また痛い事をするつもりらしい。
まさにその通りで、今まで背骨の両脇に添えていた手を、その外側の筋肉のあたりに当て、そこを押し始めたのだ。
そのあたりには腸を支える筋肉の付け根があったりして、効くのは確かだがそれ相応に痛い。
舞は残された最後の力を振り絞って抗おうとするが、予めそのあたりまで予想して腰(というかほとんど尻の上)に乗っているのだから、どうしようもなかった。
ただし、今回は速水の方にも誤算があったようだ。
今、速水は舞の上にまたがっているわけで。
その足の間に何があるかというと……。
――う、うわ……暖かい。
そう。
なにしろ、並のクッションよりはるかに弾力があって、なおかつ柔らかいものが股間にあたるわけで、速水はそれにいささか陶然となってしまった。
と同時に、一瞬、ラボでの忌まわしい日々が蘇りかけたが、速水は黙って首を振った。
かつて、行為はその日その日を生き延びるために必要な手段でしかなく、求められることはあっても自ら求める事などありえなかった。
それから考えれば、今湧き起こっているこの感情は明らかに別種のものだった。一瞬、その感情に全てを委ねたくなる。
しかし……。
速水は(文字通り)足下でうつ伏せになる舞を見た。じっとしている彼女からは、次に何が起こるのか分からない緊張はあっても、速水自身への不安はかけらも見当たらない。
――こう信頼されちゃあ、手を出すわけにはね……。
もっとも、「手を出さない」のなかにちょっかいと仕返しは含まれていないのがとっても速水であった。
ともあれ、その件については一笑することで収めたが、人間としての生理的反応はそれで収まるわけもない。
――あ、ま、まずい……。
額に汗が噴き出したのが分かる。
先ほどからの暖かさと柔らかさ、それに痛みに身をよじる舞の微妙な動きがもたらす心地よさは、速水に対して非常な緊張を強いていたのだ。
……ある特定の一部分に、だが。
「厚志? そなた、ポケットに何か入れているのか? 何かが当たるのだが……」
さすがにぐったりした舞が、ゆっくりとした口調で尋ねる。
「えっ!? あ、ご、ごめんっ! す、すぐどけるから!」
慌てた口調でそう答えたものの、そういってどかせるものなら苦労はない。
結局、心地よさに後ろ髪を引かれつつも慌てて降りざるをえなかった、という一幕があったのは全くの余談である。
***
とまあ、どうにかこうにか「治療」を続けてきて、最後の仕上げとして舞はとうとう仰向けにさせられていた。
ここまでの治療には「仕返し」が多分に混入されていたものの、処置の大部分はまともなものだったので、舞の身体は全身がほかほかとしてきていた。
その上、実はかなり睡魔にも襲われていたが、次の出来事がそんなものをすっかり吹き飛ばしてしまうことになる。
「さてと、あとは足の疲れの総仕上げ、と……」
そんな事をいいながら速水が再び押し始めるが、突然舞が、どこに残っていたのかと思うような叫び声を上げた。
「あ、厚志っ!! そ、そこは、何をっ……!」
「え? 足の疲れに効くツボだけど?」
それは確かに嘘ではない。嘘ではないのだが……。
足に疲れを感じた時は、足のリンパ節を押すといいといわれている。これは先ほどのふくらはぎと同じような理屈だ。
そして、リンパ節の場所は……足の付け根、内股寄り。
平たく言えば股関節のあたり、。
普段、当然ながら人に触られることなどない場所だけに、痛みというよりくすぐったさが先に立った。もちろん、こんな所を触られる気恥ずかしさも手伝って、舞の顔は今にも火を吹かんばかりだ。
「こ、こら、厚志、止めろっ! やめんか!」
「ん? だ〜め。今のうちにしっかりと直さないとね……」
そう言いながら、速水は押す手を休めようとはしない。
「こ、こらっ、も、もう、いい、からっ……ふあっ!」
既にあちらこちら押されているせいで疲れがどっと出ており、抵抗する気力が失せていった。身体に力が全く入らない。
予め速水が抵抗力を奪っていた事に気がつく余裕もなかったようだ。
***
「はい、これで終わり」
けろりとした口調で速水が終了を宣告する。一方の舞は何をしてきたかと思うような息も絶え絶えの状況だ。
「これで、一晩ゆっくり休めばずっと良くなるよ」
「そ、そうか……、すまぬな、か、感謝を……」
ぐったりとした口調で、それでも律儀に例を述べるあたりが彼女らしいともいえる。
たとえ、何割かは速水の「仕返し」を受けているのに気がつかなかったにしても。
そんな事を考えながら速水が白衣や椅子を片付けて戻ってくると、痛みやくすぐったさを堪えていた分疲れがどっと出たのか、やすらかな寝息を立てて熟睡していた。
「舞……?」
そっと耳元で呼んでみるが、全く反応がない。
速水は一つため息をつくと、舞にそっとキスをした。
「ごめんね、舞。でも僕だって心配したんだよ? だから、もうこんな無茶はしないで。お願い……。僕の大切な人」
もう一度キスをすると、速水は舞に上着をかぶせてやり、そっとおんぶして詰所を後にした。
***
翌日、速水が教室に入ると、そこにはすっかり元気を取り戻した舞が待っていた。傍から見てもすっかり気分爽快といった雰囲気だったが、その目は全く笑っていなかった。
(え? や、やっぱり昨日の事怒ってるのかな?)
心の中で冷や汗をかいている速水の前までやってくると、舞ははっきりとした口調で言った。
「身体が、あちこち痛い……。そなたが昨日、いろいろやったからだぞ。全く、私はそう体が丈夫ではないのだぞ……」
がっしゃあん!
教室内で数人が一斉にひっくりこけた。
「え? で、でも、その……」
しどろもどろとなってしまった速水に向けて、今度は表情を緩めて優しい視線を向けながら舞は言った。
「冗談だ。昨日のアレはなかなかよかったぞ。しかし、この跡にはちと参ったな……」
そういって舞はポニーテールを少し持ち上げる。あらわになった首筋には、桜色の斑点がポツポツと並んでいた。
周囲の者の視線が集まる。
(お、おい、あれって……)
(まさか、こいつら……)
速水も舞が怒っていないと分かって、安堵の表情になって答える。
「ああそれ? しばらくしたら消えるから我慢してよ。その分効いたでしょ?」
「ま、まあ、確かにな……」
そう言って舞はちょっと頬を赤らめた。周囲のざわめきが大きくなる。
「それに、その……少し、激しすぎたのではないか? 何度
も言うが、私はそう身体が丈夫ではないのだ。あまり乱暴では壊れてしまうぞ」
「そうだった? ごめんね。じゃあ今度はもっと優しくするから」
「うむ、期待しておるぞ」
舞は笑顔で答えた。
ひそひそひそひそひそひそ。
(ああ、俺のバンビちゃんがなんだかいつの間にか大人になっちゃって……)
(速水ぃ、Hな雰囲気を見るときは一緒だっていっただろう?)
(ふふふふふ、不潔ですっ!! 不潔ですぅっ!!)
(ふ、これは是非とも調査しなければいけませんね……)
この会話を聞いた周囲が何をどう想像したかはあえて言うまでもあるまい。ひそひそ声の会話があたりに満ちる。
ちなみに、そのうち数人は、しばらく前屈したまま動けなかったという。
その日は終日、全ての場所が「Hな雰囲気」になったかのように仕事にならなかったようだ。
うららかな、ある春の日の一コマである。
(追記)
それから一週間後の二人の会話。
「厚志、昨日のアレは熱すぎたのではないか?」
「え、そう?」
「見ろ、火傷をしてしまったではないか」
「あ、本当だ……。ごめんね」
「うむ、気をつけるが良い」
今度は何をやっているのやら……。
校内に新たな噂が流れるのにさして時間はかからなかったという……。
(おわり)
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