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戦友、還らず(その2)


 会議室に再び静けさが戻ったとき、速水と善行と原、そして舞の四名が残っていた。
 速水はふっと身体の力を抜いて、背もたれに身体を預けた。いまさらながら体の奥に、なんとも言えないしこりのようなものがわだかまっている事に気がついた。不安に感じていたわけではないが、やはり緊張はしていたようだ。
「お疲れ様です。なかなかの司令っぷりでしたよ」
 善行のからかうような言葉に、速水は首筋を揉みながら、口の端を歪めてみせた。
「ちょっと、あざとかったですかね?」
「なに、それについては問題ないでしょう。この小隊は、そして彼らはそれだけの実力をつけてきていると思いますよ」
 先ほどの森とのやり取りの事をさしているらしい。表情を見る限り、善行は本気の掛け値なしで言っているようだ。もっとも、彼の表情などどこまでアテにしていいものか、速水にも分かりかねたが、
 ――まあ、本気だろうね。
 小隊司令の権限を移譲するにあたり、速水と善行は幾度となく話し合いの場を持っている。その中で速水は善行の思うところについてもいくつか聞かされていた。
 簡単に言えば今回の件も、彼が思うところをそのまま実行してみせたに過ぎない。むろん、まかれた種はこれひとつではなかった。
「後はすべてお任せする形になってしまいますが、君ならまあ、大丈夫でしょう」
「それって、えらく無責任に聞こえません?」
 以前の表情に戻った速水を見て、原が声を立てずに笑った。
「まあ、あなたひとりだったら、正直どこへ吹っ飛んでいくか分からないけど、ね」
「原さん、そりゃちょっとひどいですよ」
「だって仕方がないじゃない、本当のことなんだから」
 原は、確信ありげな表情で決めつけた。
 ――本当に、放っておいたら何をやらかすか、分かったものじゃないしね。
 原は、整備を通じて速水を観察しているうちに、いうならば「もうひとつの彼」に早い段階から気がついていた。
 人当たりは柔らかく見えて実は頑固、あるいは目的のためには手段を選ばぬといおうか、そんな面があることを理解していたし、実際行動に移すのを目撃したのも一度ではない。
 おそらくひどい迷惑を――時にはそれ以上の実害を――こうむったのが小隊のメンバーでないから黙認していたが、もしそうでなければ、原お得意の一撃が速水に炸裂していたかもしれぬ。
 ――もっとも、そのときには私がこの世からどこかに「出撃」させられてたかもしれないけどね。
 原は、脇の下に冷たい汗が浮かぶのを感じた。
「原さん? どうかしましたか?」
 速水の不思議そうな声に、原は意識を現実に引き戻した。軽く首を振ると席を立つ。
「いえ、なんでもないわ。ともかく、ひとりならともかく、今のあなたには公私共に頼もしいパートナーがいるから、全然心配してないわよ」
「なっ、なぬっ!?」
 それまで我関せずと速水の影に控えていた舞が、素っ頓狂な声を上げた。顔はまるで微速度撮影であるかのように、速やかに赤く染まっていく。
「ななななぬを、いやそにゃ、いやそなたは何を言っておるのだっ!? わ、私は……」
「まあ、慌てないの。別に深い意味なんかないんだから」
 それを信じているかどうかは、速水と舞の表情を見れば明らかであるが、原は意にも介さない。
 そう、彼女は某戦隊の活躍を通じて得た事実を語っているに過ぎなかったのだから。
「ま、ともかく、後はよろしくね。森さんもああ言ってたけど、慣れてないところがあるから、そのあたりは頼むわね」
「分かっています。なるべく無茶をさせることはないよう気をつけますよ」
 原はその言葉を聞いて、初めて素直な笑みを浮かべた。
 もちろん戦況次第では無理・無茶・無謀で道理を押さえ込むことがないとはいえないだろうが、その場合でも最大限の努力は払うであろう。そういった意味で、彼の言葉は信頼に値した。
「そう、ならいいわ。じゃあよろしく」
「ええ、原さんも体に気をつけて、頑張ってくださいね。まあ、いろんな意味で」
「……なによ、いろんな意味って」
「別に、深い意味はないんですよ。深い意味はね」
 原が半目でにらみ返すと、速水はにやにやとしながら、見ようによってはどことなく下卑た笑みを浮かべていた。
 原はしばし速水を睨みつけていたが、やがて肩の力を抜くと、ひらひらと手を振って会議室を出て行った。
 ――彼女の仇はちゃんととる、か。やるじゃない。
 もしかしたら、原がこの小隊の行く末について本当に安心感を得たのは、実にこの瞬間かもしれない。
 ちなみに、不確実ではあるが、原は善行と離れがたくて転出するのだ、という噂がまことしやかに流れていたそうな。

 速水と原の間で言葉のジャブが交わされていた間、善行は黙して語らなかったが、原が部屋を出て行くと、わずかに苦笑めいた表情を浮かべた。
「結局君は君、ということですかね」
「何をおっしゃってるのかは分かりかねますが、できることはすべてやるつもりです。僕には目的がありますから」
「それだからこそ、君を選んだ価値がある。そう思っていますよ。……本当に」
 速水は答えぬ。わずかに沈黙が落ちた。
 やがて善行が立ち上がると、速水と、そして舞もそれに倣った。
「善行上級万翼長、関東への転出に際し、第五一二一対戦車小隊の指揮権を引き渡します」
「指揮権、確かに継承いたしました。……いろいろ苦労をかけることになりますが、よろしくお願いします」
「分かっています。もとから自分で選んだ道ですからね」
 そういうと、善行は不器用に片目をつぶってみせた。元指揮官の見せた茶目っ気に、一瞬速水と舞は顔を見合わせ――見事な答礼を返した。
 善行が出て行くと、初めて速水は傍らを振り返った。
「というわけで、君にもこれからいろいろ動いてもらうことになるけど、よろしくね」
「そなたは頭だけでなく、耳まで悪くなったか? 私はすでに言ったはずだ。そして行動する、そ、それだけだ」
 わずかに頬は赤らんでいるが、舞は臆することなく速水を見返すと、傲然と言ってもいい態度で告げた。そして速水もそれをまた当然のものとして受け止めた。
「うん、よろしく頼むよ」
 次の瞬間、舞は速水にしっかり抱きとめられている自分を発見し、大いに慌てた。心拍数も血圧も、限りのないドラッグレースを展開している。下手をしたら頭の安全弁が吹っ飛びそうであった。
「な……!」
 叫びかけた声は、彼の瞳を見た瞬間雲散霧消した。舞は柔らかな笑顔を浮かべると、おずおずと彼の背中に手を回す。
 ひとつになった人影を見る者は、誰もいなかった。

   ***

 長くなったうえに、少々余計な話がおまけに割り込んできたような気もするが、以上が速水司令誕生の顛末である。
 それから今日まで一週間が過ぎ、小隊は新たな体制ですでに動き出している。むろんその間にあれこれと出撃も問題もありはしたが、それがどのように解決を見たかは、今の小隊司令室の様子を見れば一目瞭然であろう。
「あ、ふ、ふあ、ふあああ……。あー、だんだんめんどくさなってきたわ。速水君のほうはどうや?」
 どうやら、先ほどの決意はさほど長続きしなかったようだ。もっとも人間、意識が集中できる時間はたかが知れているので、それを責めるにはあたらない。
「うん、大体八割くらい終わったかな。たぶん大丈夫だと思うんだけど」
「げ」
 加藤はまともに顔色を変えると、急ぎ書類を見直し始めた。書類の作成待ちなど、加藤の事務官としてのプライドが許さなかった。
 と、速水と加藤がそろって動きを止めた。なにか耳を澄ますようなしぐさをする。今彼らの身体の中――としか言いようのない場所で、できれば聞きたくない声が響き渡っていた。
「二〇一V一、二〇一V一、生徒は直ちに現在の作業を中止し、教室に集合せよ。繰り返す……」
「加藤さん!」
「はいなっ!」
 すべてを言い終わる前に、加藤は机の書類を手早く取りまとめると、机の中に放り込んだ。官僚仕事の最たるものとはいえ、書類の一枚一枚が小隊にとっての命綱である。あだやおろそかに扱えるはずもなかった。
「収容完了! 先に行きまっせ!」
 加藤が弾丸のごとく飛び出していくのを見届けると、速水は司令席からゆっくりと立ち上がる。
「さて、あれだけ大見得を切った以上は、やれることはやらないとね」
 彼が責任を負うのは、小隊に対してだけではない。あえて散歩に行くようなゆったりとした歩調とは逆に、彼の脳裏にはさまざまな事象や計算が浮かんでは消えていった。

「弾薬、部品の定数確認。補給車、出動準備ヨシ!」
「補助電源接続完了、電圧正常。神経反応係数、各機平均一〇二・二。異常なし」
 サーカステント並に巨大なハンガーの中を、整備士たちが忙しく走り回っている。ほとんど怒号に等しい指示と確認の声、金属のこすれあう音や機械の起動音で、テントの中は耳をふさぎたくなるほどの騒音に満ち満ちていた。
 テントの中心では、新たに整備班長となった森が、チェックリストを片手に油断なく周囲に視線を注いでいた。
「各トレーラー積載用意。準備完了次第、一番機より搭乗してください」
『了解しました』
 一番機・壬生屋をはじめとして、各々の返答を確認すると、森は背後の士魂号に目を向けた。整備台には四機の士魂号が、それぞれ出動のときを待ち受けている。
 そう、四機である。
 見ている間に、一番機がゆっくりと整備台を離れ、トレーラーに向かって歩いていく。
士魂号のトラブルは起動直後、かつ大きな負荷のかかる積載時に発生することが多い。しかも一番機はいわゆる突撃隊長の役割も負っていたから、これが動かないとなると、小隊の運用に大きな齟齬をきたしかねない。
 油断は禁物であるが、今のところ特に問題なさそうと見て、森はようやく肩の力を抜いた。
「ふうっ……。いつものことだけど、この瞬間の緊張ときたらもう……」
「姉さん、あんまり気張りすぎんなよ。ただでさえドジなのが、余計ひどいことになるぜ?」
 皮肉げな声に、森は思わず眉を吊り上げた。振り返れば背後では茜がニヤニヤと笑みを浮かべているではないか。森の整備班長就任にともない、自然と彼が副班長のような役割を担うようになっていた。
「なによ、バカダイ! あんたこそ、下手なことしたら承知しないわよ!」
「僕がそんな莫迦な真似をするわけないじゃないか。士魂号全機起動完了。どいつも整備は十分さ。ま、あれだけ人手がありゃ当然だけどな」
 確かに、本来士魂号は一機につき三名の整備体制だったのだが、茜の指差した先には、四機合計で少なくとも二〇名以上が整備台に取り付いていた。
「他の小隊からの一時出向に、士魂号整備資格を保有する整備学校からの引っこ抜き……あまり徹底的にやったんで、他の小隊はともかく、後方じゃカンカンらしいぜ。速水の奴も、ずいぶんと思い切ったことをしたもんだ」
 茜と速水は、茜が芝村暗殺計画を企んでいた頃からの付き合いである。当初は対立しもしたが、今のところは悪友同士、といったところだ。速水が司令になったといっても、それを改める気はないらしい。
 その辺の事情を知っているだけに、森は司令を呼び捨てにした件については、眉をひそめただけで何も言わなかった。
「しかし、ひとり当たりのワークロードが減るのはありがたいが、これだけ集めてどうしようってんだろうな? 姉さん、なんか変だとは思わないか?」
「さあね。……でも、変なのはそれだけじゃないのよ」
「ほう?」
「彼らには、それこそ寝る間も惜しんで整備の特訓を続けるように、って厳命が下ってるのよ。おかげでみんな、寝不足気味……ふ、ふああ」
 森は急いで口元を押さえたが、後の祭りであった。
「あのな姉さん、こんなところで整備班長があくびしてどうするんだよ」
「しょ、しょうがないでしょっ! こっちだって付き合わなきゃいけないんだからっ。そういうあんただって、目の下、見られたもんじゃないわね」
「フン、ほっといてくれよ」
 茜は見事にくまの浮かんだ顔を背けると、インカムを引き寄せた。
「二番機、搭乗開始せよ」
『了解、待ってたぜ』
「あんまり調子に乗って、また壊すんじゃないぞ」
『分かってらぁ、心配すんなって』
「どうだかな……。まあいい、田代機、移動開始」
『あいよ』
 茜は肩をすくめると、この後かかるであろう修理と資材の試算をし始めた。
 士魂号ゾンビとの戦いの結果、五一二一小隊は二番機ならびにパイロットを喪失していた。
 このため、小隊では穴を埋める必要が生じており、新たにパイロットが選出されたのだが、そのひとりが田代であった。
 この件については、一部から疑問の声がないでもなかった。能力的に何か問題があったわけではないが、その性格から「小隊の突撃隊長がふたりに増えた」というのが衆目の一致した評価であったからだ。
 だが、速水は苦笑しながらも、田代のパイロット就任にサインした。
「勢いのある方が、ありがたいよ」
 田代に続き、他より一回り以上大きい影が動き出す。士魂号M型突撃仕様、通称複座型である。
『こちら舞、出撃する。……田辺、行くぞ』
『は、はいっ。……きゃあっ!?』
「どうしたの!?」
『……心配ない、いつものやつだ』
 どこか疲れた舞の声がレシーバーから流れ出す。その頃複座型のコックピット、その前席では、田辺が突如降ってきたタライを脇に避け、頭をさすっていた。
 こちらも速水の司令転出に伴い、必然的に空席となった三番機パイロットに田辺が着任していた。この決定にも、田代とは別の意味で首をかしげるものも多かったが、少なくとも根拠はある。シミュレーターでは、非常に優秀な成績をたたき出しているのである。
 むろん、訓練と実戦はあまりにも違いがありすぎ、そのまま信じ込むわけにはいかなかったが、同時に無視することもまたできず、最終的には舞の承認により決定の運びとなった。
「ま、思ったよりもひどいことにはならなかったけどな」
「そうね。少なくとも一、二番機コンビよりはましかもね」
 森の声に毒が入っていなかったといえば嘘になるが、真実に基づいているだけに彼女を責めるわけにもいかぬ。それでも最近は、手綱がついただけ損害が抑えられていたから、まだましであった。
 先行する三機の後ろから、四機目が後を追いかけていく。その機体だけ多少迷彩が違っていたせいか、なんとなく浮き上がった印象を受ける。左腕には「五一二三」のステンシルが記されていた。
「四番機、トレーラーに搭乗せよ」
『了解。よ、よろしくお願いします』
 いささか固い声がレシーバーから流れ出す。そこに舞の声がかぶさった。
『そう緊張するな。お前はふだんの通り行動すればよいのだ』
『は、はいっ』
「……芝村も無茶を言うぜ、この小隊にいきなり回されて、ホイホイ行動できる訳がないだろうに」
 茜が呆れたような口調でつぶやくと、森も同意のうなずきを返した。
「ほんと。でもまあ臨時配属だから、仕方ないわよね」
 本来小隊にいるはずのない、四機目の士魂号の正体はこれであった。かつての士魂号ゾンビとの戦いで半壊状態になった士魂号装備部隊、通称「芝村中隊」の他の小隊から無事な可動機とスタッフを根こそぎ引っこ抜いて注入したのが、現在の五一二一小隊であった。
 そのためか、現在の人数は七〇名以上に達している。単独小隊として考えるなら、限界以上の人数と言ってよかった。
「このまんまじゃ整備小隊が編成できちゃうかもね」
「それ、あまり冗談じゃないかもな」
「え?」
 茜は、きょとんとした表情を浮かべている義姉に、ニヤリと笑いかけた。
「気をつけろよ。小耳に挟んだところじゃ、しばらくしたらまた新入りが来るそうだからな。多少は入れ替わりで出ていくそうだが、トータルじゃ増えるんじゃないかな」
「ええーっ!?」
 悲鳴を上げた森であったが、それも無理はない。
これまでとは逆の意味での人数割りで四苦八苦しているところに、さらに人間が追加されたりしたら、おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになるのは明白だった。
「まったくもう、これ以上ここを強化してどうし……」
 言いかけた森の声が急に途切れた。彼女の視線の先には速水がいる。彼は指揮車クルーに対して何か説明しているところだった。
 ――そうだ、私は彼に、仕事は完璧にこなしてみせるって言ったんだ。自分に対しての責任はとる、って。
 ならば、自分のできる限りのことはやらねばならぬ。
 人員配置についてはいまだ理解の及ばぬところはあったが、今はそれにこだわっている場合ではない。
 森は決然とした足取りで、補給車へと乗り込んだ。


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