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芝村三人(終話)


「ふん、口だけならどうとでも言えるさ! 青龍の力を思い知るが……なにっ!?」
 不意に背後から飛びつかれ、若菜の声が裏返った。飛びついたのは梶川であった。彼は満面を朱に染めて、怒りの形相もすさまじく若菜を締めつける。
「き、貴様! 何をするっ!」
「やかましい! 黙って聞いていれば、俺の発明を貴様の下らんたくらみになど使いおって! しかも芝村とはいえ、友軍の、それも有人機を攻撃させるだと!? ふざけるな! 俺は敵を倒すためにあれを作ったんであって、味方を攻撃させるためなどではない!」
「く、くそっ!」
 梶川は、己の発明に関してはきわめて傲慢だったかもしれない。だが、その他の部分についてはあきれるほどに、少なくとも若菜よりはよほどの常識人であった。
 だが、その点がかえって災いしたともいえる。
 ふたりはしばらく揉み合っていたが、不意に一発の銃声が室内にとどろいた。梶川の上体がぐらりとよろけ、そのまま仰向けに倒れこむ。
 彼の胸元は、真っ赤に濡れていた。
「な、なに……を……」
「貴様はもう、用済みだ。いつまでもいられちゃ鬱陶しいんだよ。それに、反逆罪は死刑と決まっている……おい」
 若菜の声に、副官が一歩前に進み出る。
 再び起こった銃声と共に、梶川は動きを止めた。
 床に広がっていく赤い染みに、オペレーターの間に動揺と、そして明らかな反感が走ったが、彼らが何か行動を起こす前にドアが開き、数名の兵士が室内になだれ込み、オペレーターたちに向かって一斉に銃を突きつけた。
「諸君、何をしている? 業務に戻りたまえ。頼むから、これ以上余計な荷物は生産させないでくれたまえ」
 若菜の表情には、明らかな狂気の兆候が認められた。

   ***

 青龍は幾度か射撃を行うが、今のところ命中弾は一発も出ていない。
 とはいえ、一方的に撃たれるだけというのはいささか不利には違いない。速水たちは距離を詰めるべく、右に左にとジャンプを繰り返しながら徐々に青龍への接近を図っていた。
「黒光さん、ともかく、こいつの動きを止めましょう!」
『厚志よ、中のパイロットはどうする?』
 翔の声にはまだ余裕があった。速水はかすかに思案する表情を浮かべると、探るような口調で言った。
「とりあえず押さえ込んだ後、降伏を勧告します」
『それでも駄目なら?』
「まだ抵抗するようなら、そのまま破壊します」
『まあよかろう。その提案は支持す……』
 翔の言葉は、不快な声で遮られた。
『無駄だよ、そいつにはパイロットなど存在しない。そいつは世界初の無人主力戦車だからな』

 無人兵器という発想は、別に目新しいものではない。それは要するに「自らは傷つかずにいかに相手を傷つけるか」という点に帰結するのであって、はるかな昔からの兵器の大射程化もその一環である。
 普通に想像しやすい形の無人兵器というのも以外にその歴史は古い。第二次防衛戦にはすでにリモコン誘導で突入する爆弾――誘導爆弾が登場しているし、魚雷は無人潜水艦、巡航ミサイルは無人爆撃機の一種として当初は認識されていた(だから、アメリカで開発された初期の巡航ミサイルなどには、爆撃機を意味するBの識別記号が付与された物もあった)
 そこまで時代をさかのぼらなくても、リモコンの無人偵察機など、いわゆる「無人兵器」の運用は枚挙に暇がないし、一部では警備ロボット――これもまたリモコンではあるが――の運用も始まっている。
 では、これが今までの兵器と何が違うかといえば、これが戦車であるという一点に尽きる。
 現代に至るまで、主力兵器が無人化された例は存在しないのである。

「無人戦車だって!?」
「……なるほど、やはりそういうわけか」
 この事実を知った時の、速水と舞の反応は対照的だった。
「舞、知ってたの?」
「知りはせん。だが、おかしいとは思っていた。時おり見せる有人機には不釣合いな動き、気絶したパイロット、徹底的に隠蔽された情報……。が、今の話なら理解はできる」
「なるほどね。……それに、そういうことなら遠慮なく壊しちゃっても問題ない、か」
「その通りだ」
「……それにしても、無人戦車とは。若菜準竜師、人望のなさそうなあんたには、実にぴったりなおもちゃだな」
 速水の声は、彼をしてこれほどの声が出せるのかと周囲のものが驚くほどに酷薄な響きを帯びていた。
『な、なんだとっ!? くそう! 青龍、そいつらなどひねり潰してしまえ!』
『無理だな』
『な、なんだと!? 見ていろ、貴様らの動きなど、こいつは全て記憶しているのだ。芝村の手先たる貴様らなぞ、吹き飛ばしてやるわ!』
『はん、本性をあらわしたか。だが間違えるな、俺はあのつぶれあんまんの手先などではない。不愉快だ』
「こっちも、手先というほどに素直じゃないつもりだけどね。まあ、まずはこいつを潰しますか、黒光さん?」
『同感だな。俺たちを標的にする? 莫迦にしてくれるじゃないか。厚志、そなたの腕、見せてもらうぞ』
「そっちこそ、調子に乗って撃墜されないでくださいね?」
『言ってくれるわ。……黒光、いや芝村翔、参る!』
「了解。というわけで、舞、行くよ!」
「うむ、まかせるがよい!」
 こうして、最強の有人機と最強の無人機が、今ここに激突したのであった。

   ***

 若菜が大言壮語を吐くだけあって、確かに青龍の強さは大したものだった。
 ようやく格闘戦の距離まで近づいたところで、まずは速水が超硬度大太刀を使い青龍に切りつけるも、青龍の機体が一瞬ぶれた、と思わせるほどの、有人機には不可能な動きで体をさばいてかわし、返す動きで逆に切りつけてくる。
 速水がバックステップで飛び退り、青龍がそれを追いかけようとしたタイミングで、今度は翔のエターナル・カオスが疾風そのものの動きで飛び込んできたが、青龍はすばやく上体をひねるとエターナル・カオスの腕を突き上げた。
 しばらくそのような状況が続くにつれて、モニターを見つめていた若菜に、ようやくのことで余裕らしきものが生まれ始めていた。
「ふん、なんだかんだ言っても、青龍の前にはなすすべがないではないか。無駄な抵抗を……」
 だが、そんな状況は長くは続かなかった。
 幾度目かの攻撃の後、二機の士魂号は再び飛び退り、青龍との距離をやや開いた。だが開きすぎはしない。再び射撃戦に切り替えられては、いささか面倒なことになる。
 舞は、青龍を見つめながら、落ち着いた声で言った。
「なるほどな。確かに、我らの動きもある程度は学習したかもしれん。……だが、それだけだ。そうだな、厚志?」
 彼女の声には、絶対の自信がこめられていた。
「もちろん。結局こいつはまだ、ろくに考えることもできない赤ん坊だよ。だから、こうなる」
 今度は青龍が先に仕掛けてきた。青龍は超硬度大太刀を打ち込んできたが、それは大上段からの、だが、気迫など全く感じられない隙だらけな動きだった。
「訂正する。学習もいい加減だね」
 速水はわずかに体をかわすだけで、それを楽々と回避した。
「敵」の動きは翔のそれと似ていたが、それよりははるかにぎこちない。また、超硬度大太刀を振り抜き過ぎたせいか、機体は大きくバランスを崩していた。
『甘いっ!』
 いつの間にか忍び寄った、翔の「エターナル・カオス」が、拳で重い一撃を叩き込み、青龍はそのままもんどりうって倒れ込む。
「これで我らに対抗できると思ったのか……甘いな」
 そこで舞は、通信チャンネルを切り替えた。
「善行、そちらの様子はどうだ?」
『先ほどから、周囲を実験部隊が包囲しています。今のところ、直接行動には出てくる気配はなさそうですね』
 舞たちが戦闘に入った直後ぐらいから、後方に待機していたメンバーも周囲を固められ始めたそうだが、その割にはあまり緊迫した雰囲気はなかった。
『噂というものはありがたいこともありますね。連中はできればこちらと直接事は構えたくなさそうです。とりあえず、こちらにできそうなことはあまりなさそうなので、そちらにお任せします』
「気楽に言ってくれるものだな。だが、任されよう」
『矢沢、佐々木。そちらも状況は似たようなものか?』
 翔の声にも、緊迫感はあまりない。
『ええ、そうですな。仕方がないので、たまりにたまった書類仕事をかたづけ始めたところです』
『そうですよぉ、千翼長ったら、本当に書類仕事をしてくれないですから……』
 佐々木ののんきそのものな声に、速水は思わず苦笑を浮かべた。ひょっとしたら、それはレシーバーの向こうで明らかに翔が困惑している気配を感じ取ったからかもしれない。
『……貴様ら、ずいぶんと余裕だな』
『だって、そのくらいなら大丈夫でしょう?』
『まあ……な』
『じゃあ、任せました。あ、はんこは勝手に使わせてもらいますからね』
『好きにしろ。……厚志、さっさと片付けるぞ』
「了解。早いところ終わりにしましょう」
 速水の声は、以前のものよりはいくらか柔らかいものとなっていた。

   ***

「戦場」の主導権はあっという間に逆転しかけていた。
 それでもさすがに撃墜されるつもりはないようだが、先ほどから青龍の攻撃はただの一発も当たっていない。逆に、速水たちの攻撃は二発、三発と青龍に届き、装甲に傷をつけ始めていた。
「青龍め、何をやっているのだ!」
 一向に決着のつかない戦場に、若菜のさして長くもない忍耐の緒はそろそろ切れかけていた。だが、文句をつけようにも、開発者はすでにここではないところへ旅立ってしまっている。早まったかと思いつつ、若菜はただモニターを眺めることしかできなかった。
 ――こ、このままでは、奴らに止めを刺すどころか……。
 万が一彼らが生き延びた場合、自らに加えられるであろう報復のことを考え、若菜の背中を、冷たい汗がどっと流れ落ちていった。
 警備部隊を動かして、補給車の連中を人質に取ることも考えたが、現時点ですら警備部隊は連中に対して及び腰になっている。いまや伝説的色彩すら帯び始めている彼らの名声に幻惑されているのだ。
 そんな状態になってしまっている連中を動かせるとは、さすがの彼も思ってはいない。
「な、何かないか、何か……そうだ! おい、青龍の反応速度をさらに上げろ!」
「む、無理です! これ以上は……」
 銃声が立ち、反論しかけたオペレータの傍らを銃弾が走り抜ける。若菜の手には硝煙を上げる拳銃が握られていた。
「いいから上げろっ! 上げるんだ!!」
 すでに狂気そのものの若菜の声に、オペレータたちはしぶしぶ指示に従った。

 青龍の動きに、急に鋭さが加わった。輪郭すらぼやけそうな速度で接近したかと思うと、エターナル・カオスに向けて一太刀を浴びせかける。翔は体を右に開くことでこれをかわしたが、剣風だけでも装甲に傷が入りそうな、ものすごい音と共に超硬度大太刀が駆け抜けていく。
『……むっ!? こいつ、さらに反応速度を上げおったぞ!』
「こっちでも確認しました。でも、こいつ……」
「そうだな、パターンはまったく変わっておらん」
「そういうこと」
 言うや、速水は無造作とも言っていい動きで青龍との距離を詰める。青龍が片手で右から超硬度大太刀を振り込んできたのを、速水は左手で、青龍の右手首を押さえ込んだ。
『ほう、やるな!』
「同じ動きは、命取りになるってことが分かってないんですよ、こいつにはね!」
 翔の感嘆したような声にかすかに笑みを浮かべつつ、速水は青龍の胸元に向けて、強烈なアッパーを打ち込んだ。
 鈍い音と共に装甲がひしゃげ、進路上にあったカメラとアンテナを叩き潰す。無人のコックピットがひどく変形し、いくつかのモニターが消え、同時に警報の赤ランプの数が瞬く間に増えていった。
 その中のひとつ、外部通信系を示すランプが赤くなったとたん、青龍の知能回路の中でいくつかの命令が走り、それまでと全く違う思考が成立した。
 人間の補助用に装備されているモニターの中で、それまで赤と青の三角で表示されていた戦場が、すべて赤く塗りつぶされていったのである。戦力分布が再計算されて、最重要拠点を判定。青龍の人工知能は、現状の打開のためにその目標の破壊を最優先事項と決定した。

   ***

 変化は急激であった。
 速水が攻撃の後に再び距離をとると、青龍は一瞬それを追撃するそぶりを見せたのだが、次の瞬間、ジャイアントアサルトを振りかぶると発砲したのだ。
「!」
 一瞬防御姿勢をとりかけた速水たちであったが、弾丸は彼らの傍らを掠めたかと思うと、遥か彼方に着弾した。
 それからしばしの間、青龍は少し動いたかと思うと見当違いの方向への発砲を数回繰り返した。

 驚いたのは管制室も一緒であった。中でももっとも状況が理解できていなかったのが若菜である。
「い、一体、何が起こった!? お、オペレータ、状況を報告しろ!」
 指揮官にあるまじきうろたえぶりに舌打ちをしつつ、オペレータは原因究明に全力を挙げる。だが、帰ってきた反応は全てネガティブであった。
「青龍との通信途絶、通信系に何らかの障害が発生したもよう! こちらの命令を受け付けません!」
「なんだと!? そ、それで何故あのような動きになるんだ!」
 そんなことを言われたって、オペレータにも分かるわけがない。若菜は事態の急変についていけなくなりつつあった。
「く、くそっ! 一体何が!?」
 新たな変化が起こったのは、その時だった。
 青龍が若菜たちのほうを振り返ったかと思うと、突如として突進を開始したのだ。

「厚志、青龍が転進した! 距離三〇〇、なおも加速中!」
「距離をとって、射撃戦に持ち込もうってことかな……?」
「分からん。だが、距離を開けられては不利だ」
「了解、これより追跡開始……。黒光さんもよろしく」
『了解した。……おい、見ろ!』
 驚きに満ちた翔の声に、速水たちも視線を動かし――信じられない光景に愕然とした。
 青龍は、警備部隊に向けて発砲を開始したのだ。

「こ、これは……!?」
 全力で駆け込んでくる青龍の姿に、若菜は今度こそ言葉を失った。直属の警備部隊が前面に展開を開始したが、青龍はその配備が終わる前に突っ込んで――ふっとその姿が消えた。
「!」
 気がついたとき、青龍の姿は空中にあり、ジャイアントアサルトの射線はぴたりと下を向いている。寸時のためらいもなく、青龍は発砲を開始した。
『う、撃ちやがった! どうなって……』
 警備部隊の通信が途絶すると同時に、士魂号L2型が一両爆発炎上した。いかに改良されたとはいえ、戦車共通の弱点、上面装甲を撃ち抜かれてはどうしようもなかった。他の連中がその爆発であっけにとられている隙を狙って、青龍は防御戦を突破した。
「せ、青龍はまっすぐここを狙っています!」
 オペレータの悲鳴にも似た叫びに、若菜は頭の中が真っ白になり、股間が急に生暖かくなったのを感じていた。そして青龍がジャイアントアサルトの銃口を自分たちを向けたことに気がつき、怪鳥のような声を上げた。
「ば、莫迦なっ!? こ、こんなことがあっていいはずがない、いいわけがないんだ!」
 直後、ジャイアントアサルトの先端で銃口炎が閃いた。
 いかに管制室とはいえど、最低限の防御しか施していない半地上型施設である。そこを対戦車用にも使用できる高速徹甲弾が撃ち込まれたのだからたまらない。
「こんな……!」
 瞬きする間もないうちに、弾丸は管制室の側壁をあっさりと撃ちぬくと、若菜をただの赤い霧へと変えてしまった。彼が室内の壁を装飾する暇もないうちに続く弾丸が次々と着弾、管制室を穴だらけにし、中にいた全員を殺害した。
 哀れをとどめたのは、もしかして巻き添えを食ったオペレーターだったかもしれないが、青龍はそれらを単なる障害物として、機体のあちこちから沸騰した人工血液をふきこぼれさせながら遠慮なく踏みにじった。

   ***

『ドラゴン・コマンドとの通信途絶! 速水、一体どうなっているんだ!?』
「瀬戸口君、司令部なら、たった今なくなっちゃったよ」
『なんだって!?』
 瀬戸口が呆れたような声で叫びを上げたが、それは速水も似たようなものだった。まさか青龍が司令部を叩き潰そうとは、さすがの彼も予想をしていなかったのだ。
「一体、青龍はどうなっちゃったんだろうね、舞?」
「ここまでくると、もはや暴走したとしか思えんな。それよりも厚志……」
「ああ、このまま外に出したりしたら大騒ぎになる。それどころか、万が一あれが市街地にでも突っ込んだりすれば……」
 そんなことになったら、想像したくもない。
 上層部の首が飛ぶことなどどうでもいいが、一般市民に被害が出ることはなんとしても避けなければならない。
「黒光さん、移動準備はいいですか?」
『うむ、いつでもいいぞ。……厚志』
「なんですか?」
『先ほどの動きはなかなか見事だった』
「……ありがとうございます。それじゃ、行きましょう」
 まるで、近所にでも出かけるような気楽さで、速水は追撃の指示を出した。
 この瞬間、速水が指揮を取っていることに、誰も疑問をはさむ者はいなかった。

 こうして、最後の追撃戦が開始された。

   ***

 青龍の残骸が、試験場の片隅で燃え上がっている。消防隊が現在消火作業を行っているが、どうにか他への延焼は防ぐことができそうだった。
 二機が追撃を開始した後の戦闘は、いささかあっけないほどの簡単さで終了した。彼らが追いついたときには、青龍は全力機動の連続ですでにオーバーヒート気味になっていた。
 演習場を出る寸前で再び戦闘になり、速水たちは一挙に距離を詰めることで青龍の銃撃を無効化した。青龍は超硬度大太刀を腰だめに構えると、それでもなお衰えぬ機動力で突っ込んでくる。
 速水は超硬度大太刀を構えた青龍の腕を掴むと、巻き込むようにしゃがみこんだ。勢いを利用され青龍はそのまま地面に叩きつけられる。頭部がつぶれ、モノアイから光が消えた。
 それでもなお立ち上がるのは、ある意味この機体のしぶとさを証明するものではあったのだが、すでにこの時雌雄は完全に決していた。背後に接近していた翔が、超硬度大太刀による一撃を加えたのだ。超硬度大太刀は青龍の右肩から左脇にかけて、まるでバターのように切り裂いていく。装甲が吹き飛び、鈍い音と共に人工筋肉がまとめて引き裂かれた。
 青龍は一瞬動きを止めると、電池が切れたかのようにその場に倒れ込む。と、機器が臨界点に達したのか、機体のあちこちから炎が吹き出し、青龍は自らを火葬に処したのだ。

 消火作業を、速水たち三人はやや離れたところから眺めていた。動きさえ止めてしまえば、後は警備部隊の出番である。指揮系統が完全に壊滅したことで、こちらへの威嚇や拘束はうやむやになってしまったので、こんなのんきなことをしていることも可能になったのだ。
「結論から言えば、青龍は完全な失敗作だったな」
 翔の声は、純粋に試験の結果を反芻しているようであった。
「あの機体は、敵味方の識別を外部カメラとセンサー、それにIFF(敵味方識別装置)で確認していたそうだが、各センシング機器が万が一破壊された場合、周囲の全てを敵として認識してしまう癖を持っていたらしい。開発者も死んでしまったようだから、詳しいことは分からんがな」
「そして、敵と対峙した場合には最重要目標を重点的に攻撃するようにプログラミングされていた。それが……」
「……敵と誤認したこちらの指揮中枢、つまり、管制室だったっていうことか……」
 舞の話を引き継いだ速水が、痛ましそうにため息をついた。翔は、その答えに小さくうなずいた。
「その通りだ。また戦闘アルゴリズムも十分なものといえず、結果的にこいつは戦場になどとても出せない欠陥品だったというわけだ」
「欠陥品のために、こんなに人が死んだのか……」
 結局、あの時に管制室にいたもので生存者はひとりもいなかった。警備部隊の死傷者もかなりのものに昇ったと聞いている。
「不完全なおもちゃをみだりに弄んだ罰だな」
 それについて、彼らはいうべき言葉を持たなかった。
 これを罰と言うのなら、それは十分に与えられていたから。

「……それにしても、黒光さんが『忙しい』と言っていたのは、こういうわけだったんですね?」
 不意に速水が言うと、翔はにやりと笑みを浮かべた。
「まあな。……俺が準竜師――あのつぶれあんまんだ――から依頼を受けてここに来たのは本当だが、目的はひとつではなかった。もともと技術本部で怪しい動きがあることは察知していたらしいが、まさかこうくるとはな……。あのつぶれあんまんに借りを作るのは業腹だが、今回は報酬も良かったのでな、一枚噛むことにしたというわけだ」
 兵器開発に関する全権を握っている関係から、技術開発本部は半ば治外法権地域と化していたのだという。
「つまりは、軍内部の掃除ってわけですか」
「そうだ。これで、総司令部は技術開発本部にメスを入れられるというわけだ。あそこはそれなりにややこしいそうだからな」
「なるほどね……」
 つぶれあんまんという点については同意しつつ、速水はなおも固い表情のままだった。
「厚志」
「ん、舞、何?」
「すまぬが、善行が呼んでいる。ちと席を外してもいいだろうか?」
「ああ、わかった。いってらっしゃい」
「すぐ戻る」
 舞は駆け出したが、時おりこちらのほうを振り向くのがわかった。彼女はなおも居残りそうな雰囲気だったが、やがて建物の向こうに姿を消した。
 しばし、ふたりの間に沈黙が流れる。翔は大きく息をつくと、気楽な様子で口を開いた。
「厚志よ、何か言いたいことがあるのなら、溜めておくよりは言ってしまった方が楽だぞ?」
 速水ははっとした表情を一瞬だけ浮かべたが、やがて意を決したように翔の方に向き直ると、口を開いた。
「黒光さん」
「ん、何だ?」
「あんたは、一体舞のなんなんですか?」
 翔は、一瞬だけ思案顔を浮かべたが、答えによどみはなかった。
「俺もあやつも芝村一族、それだけさ。同じところで数年間過ごした事がある、というだけのな。ただ、そのときに舞にはいろいろと世話になった。今の俺が独立傭兵なんぞというのんきな――芝村としては型破りもいいところの――事をしてられる何割かは彼女のおかげだ。あの子は優しいからな」
 速水は頷いたが、その目の光がかすかに鋭くなっている。
 ――彼は、舞のことを知っている。自分の知らない時代の舞のことを。
 翔は少しの間そんな速水を見つめていたが、ふっと笑みを浮かべると朗らかに、だが断固たる口調で言った。
「そんなに心配せんでも、舞は取らんよ」
「!!」
 速水の表情が一層厳しくなったが、翔の目に意外なほど穏やかな光が浮かんでいるのに気がついて、ほんの少し表情を和らげた。
「舞にしてみれば、過去の一部は俺と共有しているかも知れん。だが、未来はお前と共にある。それは誰もが認める、疑いのないことさ」
「そんなこと……」
 翔が強い、だが朗らかな口調でその言葉を遮る。
「たわけ、あの娘の表情を見て分からんか? 末姫とはいいながら、芝村の中ですら、周囲にいるのはほとんどが敵ばかり。ずっと気にはしていたんだが、かつてあんなに明るい表情なぞ見た事がない。……貴様のせいなんじゃないか?」
 笑いながら軽く肩をどやしつけられて、速水は思わずよろけたが、すぐに持ち直した。彼の前であまり無様な姿を見せるわけにはいかない、そんな気がしたのだ。
「貴様が俺のことをどう思っているか知らんが、俺は結構貴様のことは高く買っているつもりでね。……失望させないでくれよ」
 その言葉に、速水はまさに芝村的、と言いたいような不敵な笑みを浮かべた。
「……ああ、せいぜいご期待にこたえることにしよう」
 そこで、少しだけ口元を緩める。
「我らはどうやら、敵にはならずに済みそうだな?」
 その口調も態度も、まさに芝村と称しえるものだった。翔は面白そうに見やりながら、
「お前は敵にするな、とささやく声があるからな。そういう時は素直に忠告に従うことにしているのさ。……舞がらみでは特にな」
 その一言で頬にかすかに朱がさす。苦笑しながら速水はうなずいた。
「……否定はできんな」
「よかろう、ならば協定成立というわけだ。これからもよろしくな、芝村厚志」
「ああ、これから長い付き合いになりそうだな。よろしく、黒光……いや、芝村翔」
 ふたりはどちらからともなく手を差し出すと、固い握手を交わした。これとても芝村としては風変わりかもしれなかったが、もともと型破り同士のふたりには、かえってふさわしいかもしれなかった。

「ああ、えへん、えへん!」
 珍妙な咳払いに振り向けば、いつの間にか戻ってきたのか舞が立っていた。彼女はいささか心配げな表情を浮かべていたが、そんなことはおくびにも出すものかと無理して努力しているようにも見えた。
「あー、その、なんだ。……そなたら、そんなところで何を笑っている?」
 ふたりは顔を見合わせると、朗らかといってもいい笑みを浮かべた。
「いや、別にたいした事はしてないよ? ねえ、翔?」
「ああ、ちょっとした四方山話、ってところさ。な、厚志」
 ――なんだ? さっきまでとずいぶん雰囲気が違うではないか?
 突然親しげになったふたりに戸惑いながら、それでも舞はなおも問い詰める。
「その顔は何かを隠しているな? 何を話していた、答えよ!」
「んー、強いて言うならば……」「そうだねえ……」
 しばし考え込む素振りをしながら、ふたりはそっと目配せを交わす。
 ――本当に、この娘は優しい子だよ。
 突然、ふたりは揃ってくるりと舞のほうを振り向いた。
「!?」
『舞は可愛いな、って事だよ!』
 声が、綺麗にハモった。
「な、な、なななななな……」
 あまりにあまりな事を言われ、舞の言語中枢は突然のストライキに入ってしまったようだ。だが、だんだんと顔が真っ赤になって来る。
「き、きさまら……」
 それを見て、翔が速水の脇を小突く。
「おい、俺の経験ではこの後だいぶヤバいはずなんだが、どうだ?」
「……まったくもって同意します」
「ならば……」
『逃げろ〜!!』
 そういうや、ふたりはくるりと振り返って全力で駆け出した。その動きは青龍に勝るとも劣らぬほどにすばやいものであった。
 まるで霞のように消え去ったふたりに、舞はしばし呆然となっていたが、やがてはっと我に帰ると、顔中に怒気を漲らせながら走り出す。
「ま、待て! よくもふたりして私を愚弄したな! 何を考えたか検閲させよ、いや消去させろ! さもなくば強制的に削除してやる!」
 そうして始まった時ならぬ追いかけっこは、怒号や銃声を交えながらしばらく続いたそうな。

   ***

 歴史上には、青龍なる兵器は存在しなかったこととされている。
 そして、この時の大騒ぎも、また。
 歴史の秘密なんて、案外こんなものかもしれなかった。
(おわり)


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