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芝村三人(その4)


 派手な音がしたわりには、青龍の損害は軽微なものだった。関節部のジョイントに異物が混じっており、そのせいで間接部が緩んでしまったようだが、基本部分に折損などはなく、多少の調整でどうにか解決できたようだ。
 機内の清掃が行われ、新しいパイロットが乗り込んでいく。
『やれやれ、ようやく試験再開か?』
 いかにも待ちくたびれた口調で翔が呟いたその時、背筋が寒くなるような警報音がコックッピットの中を満たした。

 管制室では、オペレータたちが状況を把握しようと懸命である。いくつもの怒号が飛び交う中、若菜は何が起きたのか理解できず、上ずった声を上げた。
「ど、どうした!?」
「幻獣警戒警報です! しかも、緊急度V4です!」
 緊急度V4では幻獣出現までに二〇分もない。いや、場合によってはもう出現しているかもしれなかった。
 ふって湧いたように起こった緊急時に、若菜は一瞬息をのんだ。かつての記憶がよみがえったのか、まるで足元の地面が溶けるような頼りない思いが胸を満たす。
「司令、いかがなさいますか?」
「しゅ、周囲の警戒部隊に迎撃命令を出せ! 迎撃命令だ!」
「現在、実験場周辺に複数の幻獣実体化反応あり! 一部はすでに実体化、実験場に向けて進軍を開始!」
「じ、実験場外周で食い止めろ! そ、そうだ、青龍ならびに士魂号は直ちにハンガーへと後退――」
『その必要は無い』
 おちついた声が若菜の声をさえぎった。
「なんだと?」
『退避の必要などない、そう言ったのだ、司令どの』
 舞の声は全く慌てた様子などない。
『その通りだ。われらがこれより警備部隊と共同し、幻獣の迎撃にかかる』
「し、しかし貴様らは装備などないではないか!」
『持っていますよ。実弾も定数いっぱい積んでいます』
「な、なぜだ?」
『出撃に際して、周囲に警戒を払うのは当然でしょう? 特にご指示はありませんでしたが、念のために必要最低限の装備はありますよ』
 そう言われて初めて、若菜は彼らに対して周辺警戒用の装備を持つよう指示していなかったことを思い出した。
「あ……。そ、そうか。ならば貴様らも迎撃に向かえ。青龍はこのまま退避……」
『構わん、青龍も迎撃に向かわせよう』
「何だと!? 貴様、正気か!」
 梶川の信じられないような発言がスピーカーから響くと、若菜は思わずどなりつけた。だが相手も、そんなもので恐れ入るような人物ではない。
『きわめて正気のつもりだがね。どうせこの機体は、戦闘機動テストの最中なんだ。随分と実戦的になったが、まあたいした問題ではあるまい』
「貴様、何を考えてるんだ! 万一それで青龍が壊れでもしたらどうする!?」
『そうしたら、青龍の戦闘上における不具合が判明するわけだ。こちらとしては願ったりかなったりではないのかね?』
 ――莫迦が、こんなところで壊されてたまるか!
「そ、そんなことが許されると――」
「敵、急速接近中! 防衛ライン形成間に合いません!」
「護衛部隊より入電、『我レ迎撃中。増援求ム』」
 次々もたらされる報告に、若菜は頭の中が白くなっていくような思いを抱いた。
『これ以上の議論は時間の無駄だ。司令、われらは青龍を含めた三機で迎撃に向かう、よろしいな?』
「……よかろう、迎撃を許可する」
 苦々しい声で、ようやくのことで許可が下りた。だが、下りてしまえばあとは素早かった。
『わかりました。これよりシャノアール1は、マーセナリー1・ドラゴン1とともに幻獣の迎撃に向かいます。ところで、まだ青龍との交信は許可していただけないのでしょうか?』
「その必要はないと言ったはずだ! さっさと行け!」
『……承知しました』
 意外なほどの冷たい声を残しながら通信は終わった。
 コンソールに手をついたまま額に汗をうかべ、いまいましそうにしている若菜準竜師に、オペレータたちも決して好意的とはいえない視線を向けていた。
 準竜師は、荒れ狂う心の中の嵐を抑えるのに精一杯だった。もともと余裕のない顔はさらに余裕のない表情を浮かべ、瞳には怒りの炎すら垣間見える。
 ――まあいい、ここまででもだいぶデータは集まった。みていろ、もうすぐだ。もう少しで……芝村ども!
 口元に浮かんだ笑みは、悪魔のそれにも似ていたという。

   ***

「そんなわけだ。我らはこれより護衛部隊に協力し、迎撃に向かう。そういうわけで善行、よろしいな?」
『できれば、そういうことは事前に連絡のひとつでもしてもらいたいものですけどね……。判断自体に文句はありません。前線指揮もそちらに任せます。ああ、今回は支援攻撃はどうも行なえそうにありませんので、期待しないでください』
 苦笑交じりの善行の声は、どこかこの状況を面白がっているようにも思えた。
 かくして青龍は時ならぬ実戦に放り込まれてしまったわけだが、結果から言えば、この「迎撃試験」は大成功と言ってよかった。護衛部隊を両翼に展開させ、三機の士魂号――実態も、まぁそんなようなものだった――は中央より戦線に突入、一撃を与えた後は一定の距離を取りながら敵をかく乱し続けるように勤めていた。
 ただ、この間、青龍は三番機とつかず離れずの距離を取りながら追随していたが、まるで同一の機体のように動くさまは、速水に奇異な印象を抱かせていたそうだ。
 やがて、両翼からの攻撃に幻獣が浮き足立ったタイミングを見はからい、三機はめいめいに突入を開始した。
 青龍の行動が一変したのはこの時だった。
 それまでまるで三番機の影のように動いていた青龍は、管制室から
『ドラゴン1、自由機動開始する』
 と報告が入った途端に、まるで流れるような動きで敵に突入していったのだ。
 敵の攻撃を予知しているかのように避け、手にした超硬度大太刀で確実に切り捨てていく。意外さはどこにもない、まったく堅実な動きだったが、それだけに効果もある。
 結局、青龍はこの戦いで傷を負うことなく、初心者だと思っていた善行たちの認識を大いに改めることとなった。
 だが同時に、一緒に戦っていた舞たちには奇異な感じを抱かせていた。確かに戦闘での動きはなかなかのものだったが、それだけならばただの士魂号と何も変わりななかったからだ。
「この程度で画期的な新兵器とは、誇大広告もいいところだ」
 この一言が、舞たちの青龍に対する評価だった。
 現時点において、それは極めてまっとうな評価であると同時に、舞たちにとって最大限好意的な評価であったといってよかった。

   ***

 幻獣の攻撃も一段落し、その日の試験はそこまでで終わりとなった。隊員たちはそれぞれ割り当てられた宿舎で明日に備えて英気を養うべく、それぞれの時間を過ごしている。
 速水と舞も、食堂での食事を済ませたところだった。
「ふう、ごちそうさま……。でもまさか、幻獣まで出てくるとは思わなかったね」
「そうだな。戦況はこちらに有利とはいえ、油断をしてはいかんということだな……いくぞ」
 ふたりは連れ立って席を立つと、外へ出た。
 辺りはすっかり夜の帳に包まれて、空には星々が瞬き始めていた。一時期は海外での焦土戦術によって舞い上がった大量のちりが漂っていたようだが、それも収まった今は、天空は皮肉なことに有史以来の美しさを取り戻した、ともいえる。
「星が、きれいだね」
「そうだな……」
 舞はしばし空を見上げていたが、やがて何かを思い出したかのように、速水の方に向き直った。
「それにしても、連中の動きは妙だな。時間外の今に至るまで、向こうの部隊員との接触が一切禁じられているとはな。巧妙に隠されているが、連中の施設とこちらとは、うまく分離させられている」
「そうだね。それは僕も気になっていたんだ。よほど接触されちゃ困る何かがあるのかな?」
 速水はもっともらしくうなずいて見せたが、心の一部では別の思考が流れていた。
 ――せっかくふたりっきりなんだから、もうすこしこう、華のあることを言ってくれてもいいのになあ……。
 舞にそれを期待するのは酷であるとは思いつつ、それでもどことなく考えてしまう速水であった。
 それはそれとして、舞の話自体は重要である。そして、最大の謎はやはりあの青龍であった。
「どうも腑に落ちんな。最初のあれほどにたどたどしい動きと、時おり見せるとんでもない機動がどうしてもかみ合わん。まるでパイロットが違うのかと思えるほどに差があった」
「でも、幻獣との戦いのときは、確かに反応は早かったけど、動きは単純そのものじゃなかった?」
「そうだ。堅実な――あえて言うならまるで教科書の模範解答のような硬直した動きだった。場面場面において動作がちぐはぐ過ぎるのだ。いったい何故だ? パイロットに会えば、すべてが分かるのだろうか……」
「まあ、それは望み薄みたいだしね。とりあえず今は……」
 速水は、そっと舞の手をとった。彼女の体がびくりと硬直する感触が伝わってくる。
「あ、厚志っ!? い、いきなりなにを……」
「なにをもなにも、いいじゃない、手をつなぐぐらい」
 速水は断固とした態度で手を離さない。舞の狼狽は目に見えてひどいものとなっていった。
「だだだ、だが、こんなところを誰かに見られたら……」
 言霊はえてして実現するもの。突如背後に気配が生まれ、ふたりは慌てて振り返った。
「……そなたら、何を慌てているのだ?」
 見れば、薄暗い闇の中に男がひとりたっていた。そこかしこから漏れる明かりの中に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
 翔だった。彼の横には佐々木が控えめに付き従っている。
「し、翔!? しょにゃた、いやそなたがなぜ、こ、こんなところにいるのだっ!?」
「寝ぼけているのか? こんなところにも何も、宿舎に帰るにはこの道しかないだろうに」
 自ら特大の墓穴を掘ったことに気がついた舞は、頭か湯気が出そうなほどに顔を赤らめた。
「う、あ……わ、私は用事を思い出したっ! さ、先に失礼するっ!!」
「あっ……」
 彼女は速水からぱっと離れたかと思うと、ものすごい勢いで駆け去ってしまった。速水は妙に切ない声を上げるが、彼女が戻ってくる様子はない。
「なんだあいつは? いきなり逃げ出したりして」
「……いきなり背後から声がかかれば、そりゃ逃げたくなるとも思えますがね」
 速水の声には、はっきりとした棘が混じっていた。翔はかすかに目を細めたが、口元には面白げな笑みが浮かんでいた。それが速水には無性に腹が立った。
「そういう黒光さんこそ、なんだかいい雰囲気のように見えますがね? 何もわざわざこちらの邪魔をすることもないと思うんですが?」
「なんのことだ?」
 翔は、本気で分からぬ、といった表情を浮かべていた。
 なぜか佐々木はいささか落胆しているようだったが、彼がそれに気がつくことはなかった。
 速水は、その一瞬の変化を見て、大体の状況を理解した。昔は人間観察眼だけが生き延びる唯一のすべであったから、その手の判断には自信があった。
「そうですかね? まあ、いいや」
「……そうだ。佐々木、先ほどの資料を食堂に忘れてきてしまった。すまんが取って来てくれんか?」
「えーっ、また忘れたんですか? 千翼長、最近ちょっと物忘れが激しくなってるんじゃないですか?」
「……自分でもそう思わなくもない。が、事実は事実だ」
「分かりました。もう、しょうがないですねえ……」
 そういいながら、口調とは裏腹に、なぜか彼女の口元はかすかにほころんでいるようだった。佐々木は足早に食堂の方へと駆け去っていった。
「……いい娘じゃないですか?」
「以前、とある作戦で一緒になってな。その後で押しかけてきて、なんだかんだとうちの事務所を手伝っている。よく気がつくのは確かだし、あれで風紀委員会の第一戦闘班所属だ――いや、だった、と過去形の方がいいのか?――から腕も立つ。甘く見るとひどい目にあうぞ」
 そんなことは、言われるまでもなく分かっていた。
 翔という警備対象に対して、単独での護衛に最適と思われる位置を確保し続けながら、常に周囲に注意を配っているのだ。そんなことがただの少女にできるはずもなかった。
「甘く見ているつもりはありませんが……。彼女も報われませんねえ」
「何を言うか、ちゃんと謝礼は渡しているし、必要以上に酷使もしていない。ちゃんと勤務の管理はしているぞ?」
「いや、そういうことを言っているんじゃなくて……」
 ――こういうのに鈍いのって、芝村の特徴なのかな? もともとの素質なのか、この一族になるとそうなるのか……。
「だからこそ、舞にやたらとちょっかいを出せるんですかね、あなたは?」
「俺が、舞にちょっかいだと? 何をくだらんことを……」
「あなたにはくだらないかもしれませんがね」
 先ほどまでの棘が、剣に変わった。それは翔をして思わず半歩引かせるほどの鋭さを持っていたが、彼の表情は変わらなかった。
 速水の目が、すっ、と細められた。

 その様子を、物陰からそっと眺める影があった。闇の中にポニーテールがかすかに揺れている。
「厚志め、あいつは一体どうしたというのだ?」
 やや距離があるので、彼らが何を話しているかは分からない。だが、まるで戦闘直前にも似た張り詰めた緊張感に、彼女も声をかけることもならずに、成り行きをただ見守るしかなかったのだ。
 空気が、まるで鉛のように重くなり、速水と翔の間には、灼熱した鋼でできたような糸がぴんと張り詰められていた。もしそれが切れることがあるとすれば、それは互いが刃を打ち合わせることになるだろう。
 しばしの間、全く動きはなかった。さらに緊張が高まり、それが限界を迎え――
「千翼長〜! 資料なんてどこにもないですよぉ?」
 急に背後から響いた、のんきともいえる声に、周囲の空気は一挙に崩れた。ふたりはまるで示し合わせたように前のめりになる。
「もう、本当に忘れたんですか? ……って、どうしたんですか、ふたりとも?」
「なに、ちょっとした軽いウォーミングアップだ。……厚志、まだやるか?」
「いえ、今日はこのくらいにしておきましょう」
 速水の顔にも苦笑が浮かんでいた。彼は服についたほこりを軽く打ち払うと、ゆっくりと立ち上がった。
「そうだな。確かに頃合のようだ」
 翔が速水の背後を指差すと、そこには舞が立っているではないか。
「ま、舞?」
「厚志、その、いつまで外をほっつき歩いているのだ。明日の試験に備えて話したいこともある。さっさと戻って来い」
「あ、今行くよ……。黒光さん、じゃあ、今日はこれで」
「ああ。……速水」
「?」
「信じるなら、最後まで信じ切れ。おぬしの宝玉はそれほどにおろかではないぞ」
 速水の表情が、一瞬なんとも判別しがたいものに変化したが、やがていつもの表情を取り戻す。
「胸にとどめておきますよ。あなたも、自身の宝玉にそれくらい言ってやったほうがいいんあじゃないですか?」
「何のことだ? 寝言なら寝てから言うがいい。ああ、それとだな、明日は忙しくなるかも知れんな。ではな」
 それだけ言うと、翔は佐々木と共にさっさと官舎の方に立ち去ってしまった。それを見送る速水の瞳は、今の言葉を反芻しながら猛烈に回転していた。
 と、腕が、急にぐいと引っ張られる。
「!?」
「厚志、人の話を聞いているのか! さっさといくぞ!」
「あ、そうだったね、ごめんごめん」
「ま、まったく……厚志?」
「なに?」
「その……、翔と何かあったのか?」
「ん? いや、別に?」
 少なくとも、この話は舞に話すべきではない。
「そうか? そ、それなら、いい」
「そうだよ。さ、行こうか」
「う、うむ」

 一方、翔の方はといえば、先ほどから佐々木にいろいろ言われっぱなしである。
「もう、千翼長、本当にしっかりしてくださいよ? この若さでボケるのは、まだ早すぎますよ?」
「……そなたも、結構言いたい放題言うな」
「ならば、言われるようなことをしないでください!」
 これだけ芝村に対して直裁にものが言えるということが、いかに貴重な才能であるか、佐々木が理解しているかどうか定かでなかったが、翔はそれに対して、先ほどよりはよほど柔らかい笑みを浮かべた。
「すまんすまん、ちゃんと気をつけるよ」
「! ……わ、分かればいいんです。でも千翼長……」
「なんだ?」
「まさかとは思うんですけど、本当にどこかお悪い、なんてことはないでしょうね?」
 佐々木の瞳には、本気で翔を気遣う光にあふれていた。
「……大丈夫だよ、佐々木百翼長。まだこんなところでくたばるつもりはないんでね。まあ、これからも頼むよ」
 年相応の青年のような柔らかい口調。それは、彼の表向きの顔であったが、ごく親しいものたちに対しては、それはまったく別の意味を持っていた。
 そして、佐々木はそれを誤解しなかった。彼女は優しげな笑みを浮かべると、大きく頷いたのだ。
「はいっ! 任せてくださいっ!」
 ――あなたも、自身の宝玉にそれくらい言ってやったほうがいいんじゃないですか?
 不意に、先ほどの速水の言葉がよみがえる。翔は心の中でだけ呟いた。
 ――莫迦野郎、そんなことをそうそう言えるか。

   ***

 実験場に再び朝がやってきた。
 昇り始めた朝日が阿蘇の外輪山、その山頂部分を赤く染める。空は雲ひとつなく晴れ渡っており、今日一日の好天を保証するかのようであった。
 それにつられるように、実験の準備のために整備士たちが次々と宿舎から出てきたが、彼ら・彼女らはそこで異様な風景を目にすることとなった。
 周辺にはやたらと緊迫した空気が張り詰め、せっかくの朝の雰囲気を台無しにしていた。それもまあ、周囲を昨日に倍する部隊が取り囲んでいるせいだとすれば、理解できなくもない。なにしろつい昨日、幻獣による襲撃があったばかりである。そのくらいの警備は必要だろう。
 だが、騒ぎを聞きつけて起き出してきた瀬戸口は、辺りを見回すと顔をしかめて見せた。
「気にいらんな。こいつらの目は外になんか向いていない。……一体、何を考えてる?」

 いぶかしみつつも、派遣された部隊が試験の準備を進めつつあるころ、青龍のハンガーにおいても最後の準備が着々と進められていた。
「胸部センサー、外部カメラ異常なし」
「神経伝達系、反応速度既定範囲内。出力正常」
「IFF(敵味方識別装置)反応正常」
 次々とチェックが行われていき、最後にパイロットらしき少年がコックピットの中に潜り込んだ。
「火器管制系、操縦系、オールグリーン。制御システム切り替えます。セキュリティキー、挿入」
 パイロットが手にしたキーを差し込むと、周囲で点灯していた緑のランプのいくつかが赤に切り替わっていく。やがてアラート音とともに、ディスプレイに「処理終了」の文字が点灯した。
「切り替え確認。……やれやれ、これでよし、っと。何もしないままこいつに詰め込まれてるってのは、結構きついからなあ……」
 パイロットは呟きと共にコックピットから出て行くと、ゆっくりとハッチを閉めた。少しして、小さな音と共にロックがかかり、後には見る者もないランプの群れが静かに明滅するだけであった。

   ***

 管制室に入ってきたとき、若菜準竜師はひどく上機嫌であった。いや、いささか興奮しているといったほうがいいかも知れぬ。目は赤く血走っており、口元には抑えようとしてもこらえきれない、といった感じの笑みが浮かんでいる。
 梶川も、オペレーターたちも、そんな若菜の様子に奇異を感じつつ、これを礼儀正しく無視した。
 つまりは、彼らにとって若菜とはその程度の存在であったのだが、本人はその事実に全く気づいていない。
 高揚した気分のまま、若菜は指揮官席へと着席した。
 ――すべての用意は整った。今日ですべてが決するのだ。
「……あー、準竜師どの? そろそろ向こうの用意もできているようだが?」
 若菜のほうを振り向きもせず、梶川がひどくぞんざいな口調で言った。ただの技官でしかない梶川が準竜師を「どの」付けで呼ぶなど、本来なら面前で罵倒するにも等しい侮辱である。
 だが、若菜はそれに鷹揚にうなずくと、マイクのスイッチを入れた。その態度が梶川の違和感をさらに強めたが、若菜はそんなことなど気にしてはいなかった。
「では、これより実戦訓練を開始する。試験は対抗形式で行う。貴様らと青龍、それぞれが試験場の両端から入り、戦闘を行うものとする。目的は互いに相手の撃破、いいな?」
『了解した』
「よろしい。それではこれより訓練を開始する」
 同時に若菜は、手元のコンソールのキーをいくつか叩くと、満足げな笑みを浮かべた。
 モニターの中では、速水たちの士魂号がゆっくりと試験場に進入しつつある姿が映されていた。

「舞、レーダーに青龍を確認。一時方向距離およそ八〇〇。機数は……言うまでもないけど、ひとつ」
「こちらでも確認した。翔、そちらの準備は良いか?」
『いつでも行ける。問題なし、だ』
「よかろう。では行くぞ」
 舞の言葉を合図として、二機の士魂号はそれぞれやや距離をとりながら青龍に向かって接近していく。
「火器管制系、オープン。最終チェック開始」
 舞はいつもの手順どおりにチェックを始めたが、その直後、信じられないといった叫び声をあげた。
「舞、どうしたの!?」
「上位系統からおかしな命令が割り込んできおった! 全火器がロックされている、使用不能!」
「なんだって!?」
『こっちも同様だ。射撃系武器は全く使い物にならん』
「ドラゴン・コマンド! こちらシャノアール1、本機ならびにマーセナリー1の火器管制システムに異常発生! 状況中止を進言する!」
『……シャノアール1、こちらはドラゴン・コマンド。これは異常ではない』
「なんだと!?」
 信じられない若菜の言葉に、舞は思わず怒鳴り返していた。スピーカーからは笑い声さえ含んだ若菜の声が流れ出す。
『ああ、そうそう。試験内容の変更を伝え忘れていたな。訓練内容は青龍による目標の殲滅。目標は……貴様らだ。今日の標的は貴様らだよ!』
 その間にも、青龍はぐんぐんと速度を上げて接近してくる。その動きはいつか見た全力疾走の時の動きと同じ――いや、それよりさらに滑らかになっていた。
 と、青龍が手にしたジャイアントアサルトを持ち上げると、次の瞬間、それが火を噴いた。硬化テクタイト製の高速徹甲弾が速水たちに襲いかかる。
「回避っ!!」
 アサルトが発射された瞬間、速水は右へ、黒光は左へと機体をジャンプさせた。彼らの真ん中を火線が通り抜けていく。
「ドラゴン・コマンド! こんなことをしてただで済むと思っているのか! 答えよ!」
『ああ、思っているさ。芝村の懐刀と言われている貴様らさえ潰せば、後はどうにでもなる。俺の力を見くびらないでもらおうか』
『……ふん、やはりそういうことか』
「翔! そなた、知っているのか!?」
『こいつ自身が、というより、そういう動きがあることは聞いていた。芝村を目の仇にするやつはいくらでもいるからな。……もっとも、行動がここまで稚拙だとは思わなかったが』
『ふん、あっさりと引っかかっておきながら、何を偉そうな事を言っている? あと数分もすれば、貴様らは青龍に破壊される運命なのだ!』
「何を言っている? 寝言なら寝てから言うがいい」
 舞の声は、あくまで落ち着いたものだった。速水が攻撃を避けつつ青龍への接近を図っている間、彼女の手はずっとコンソールの上を踊り続けている。その動きはまさに「電子の巫女王」の名にふさわしいものであった。
『な、なんだとっ!?』
「貴様はふたつ考え違いをしている。ひとつは火器を封じたぐらいで我らを無力化できたと信じていること。そして、もうひとつは』
 強力なGの中、舞が不敵な笑みを浮かべた。
『芝村を敵に回して勝てる、と信じていることだ』


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