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芝村三人(その3)


 それからほどなくして、速水たちの出撃準備は完了した。
「各部神経接続、伝達系統異常なし。人工筋肉反応正常。血液流量許容範囲内」
「火器管制システムオープン。各武器弾薬規定量、セルフチェックOK。オールグリーン」
「……舞」
「どうした、厚志?」
「向こうのパイロット、乗り込むみたいだよ」
 彼の言葉に、舞は視界を少しズームさせる。確かに青龍の背部ハッチが開けられ、ウォードレス姿の少年が乗り込もうとしていた。
 別に姿形だけで判別する気はなかったが、舞の見るところ、このような実験に参加するにはあまりふさわしいとは思えなかった。
 ――まあ、それを言えば我らも同様か。
「どうだろうね、彼?」
「うむ……。まあよい。こちらに被害を及ぼさなければ特に問題なかろう。……厚志?」
「……なに?」
「その……。そなた、どうかしたのか? 何かヘンだぞ?」
「僕が? いや、何ともないけど?」
 嘘である。
 先日来、心にどことなくかかった黒雲は、濃淡の差こそあれ、彼から去ってはいなかった。だが、彼はいささか無理に明るい声を上げると、舞に微笑んで見せた。
「そうか? いや、それならいいのだ。すまぬな」
「大丈夫だよ」
 舞は、ヘッドセットをかぶった速水をじっと見つめていたが、やがて小さく息をつくと自らも準備を始めた。
 ――なぜだ? 先ほどの厚志の顔が……なぜか一瞬、泣いていたように見えたのだが。

 速水たちの起動に遅れること約三〇分、ようやく青龍の出撃準備が完了した。
 速水たちにしてみれば、これが青龍との初のお目見えとなるわけだが、はっきり言ってしまえば、第一印象はかなり拍子抜けしたものであった。一見したところでは、その機体は自分たちが使用している士魂号とさして変わりないように見えたからだ。
 だが、士魂号よりも精悍な――言い方を変えれば剣呑な――シルエットをもつそれは、よく見ればあちこちに相違点が見受けられる。
 頭部の形状などは、士魂号ならセンサー類の集合体でしかないそこには、主な役割こそ変わらなかったが、さらに赤く輝くモノアイ――赤外線・低光量対応型カメラが備え付けられていた。カメラはその一カ所だけでなく、胸部・腕部にもあちこち取り付けられている。
 それに、身体の各所から出っ張っている、アンテナとおぼしきひれ状の物体も異様といえば異様であった。
 だが、そうはいってもやはり全体の印象は士魂号にしか見えぬ。速水は呆れたように呟きをもらす。
「もしかして、僕の目が間違っているんじゃなければ、あれってどう見ても士魂号に見えるんだけど……。全体的にスリムになってるみたいだけど、どうも、ねえ……」
「そうか、偶然だな。私にもそのように見えるぞ。……翔、そなたはどうだ?」
『右に同じ、だ。それ以上は言うべき言葉を持たんな』
 以上が三人の、新型機に対する所見であった。
「……まあ、この後の試験ですべてが分かるのであろう。思い込みだけで判断するのは愚かというものだ。よいな?」
 男どもは舞の言葉にうなずきはしたが、はたしてどれほどのものなのか、言った舞もさして自信はないようだった。

 青龍はゆっくりと立ち上がると、足元を確かめるように足を小刻みに動かした。そのあまりにも落ち着かなげな様子に、指揮車で様子をモニターしていた瀬戸口は思わず苦笑を漏らした。
「なんだ、やっこさん、ひょっとして新米か? 何もそこまでやらなくたっていいだろうに……」
 善行も、その様子に思わず眉をひそめた。
「そうですね……。でも、変な話です」
「何がですか?」
「普通、新兵器の実験といえばベテランが担当すると相場が決まっています。もし本当に彼が新米だとしたら、いったい何の目的があるのか……」
「ふうん……? あれですかね、新米を乗せて、どのくらい役に立つか試そうというんじゃないでしょうかね?」
「そんなところかもしれませんが……。どうも解せない」
 善行の意外なほど真剣な表情に瀬戸口も軽口をおさめ、モニターに向き直った。
「しかし、それでは一体何が?」
「今はまだはっきりしません。ですが、注意を払っておくに越したことはないでしょう」
「……了解」
 瀬戸口にしてみれば、正直警戒のしすぎではないかという気がしなくもないが、あえて反論する気はなかった。
 戦場では、油断したものから平等に死が訪れる。
 少ししてから、瀬戸口は自分が「戦場」にいると意識してることに気がつき、少なからぬ驚きを覚えた。

『これより試験を開始する。士魂号各機は青龍の後方につけろ。コールサインを確認する。各機応答せよ』
『こちらマーセナリー1、了解した』
 翔のいささか投げやりそうな声が聞こえてきた。本人は「カオス」にしろと言ったとか言わないとか。
「こちらシャノアール1、了解だ」
 してみると、こちらはまだまともな範疇なのかもしれない。まあ、どっちにしてもべたべたなネーミングであることに違いはないのだが。
 余談ながら、それぞれの指揮車には「○○・コマンド」のコールサインが付与されている。
 若菜は、このあたりに何らかのセンスを見出す必要性を感じなかったらしい。とりあえず呼び名の件は放っておくことにした舞は、話す相手を切り替えた。
「ドラゴン1。こちらはシャノアール1。貴機と同道する」
 返事はない。生徒会連合の標準チャンネルだから、通じないということはありえなかった。現に他の機体からの入電は明瞭である。
「……? ドラゴン1?」
 なおも呼んでみるが、結果は同じだった。
「ドラゴン・コマンド、ドラゴン1より返事がない。通信機器の故障か?」
『こちらドラゴン・コマンド。シャノアール1、ドラゴン1は別チャンネルにて交信中』
「ならば、そのチャンネルを知らせよ」
『その必要はない』
「なんだと?」
 意外な言葉に、舞の眉がつりあがった。
 部隊行動を取るのなら、コミュニケーションが必須なのは基本というも莫迦らしいほどの常識である。それを司令部は無視しろというのだ。
『ドラゴン1には、今回新開発の高速度暗号通信システムが搭載されている。貴様らにはその探知システムを渡してあるはずだ』
 確かに士魂号の胸元には、小さな黒い箱が設置されていた。出撃直前になにも知らされずに渡されたので、今の今まで機能すら知らなかった。
「これか……。これで通信を傍受しろとでもいうのか?」
『そうだ。ただし貴様らに向けての通信ではない。暗号通信の探知試験が貴様らの任務だ。実験中も常に注意を払うようにしろ。分かったか? もっとも、それで何かが探知できるようでは困るがな』
「それでは、万一緊急事態が発生した場合には、どのように対処するのだ?」
『万一など起こりえない。また、もし発生した場合にはドラゴン・コマンドがサポートする。おしゃべりはそこまでにして、試験に集中しろ』
「……了解した」
 正直、舞の心境は理解も納得もしかねる状況だったのだが、これ以上言い争っても益はなさそうだ。それに、先ほども言った通り、こちらに被害さえ及ぼさなければ問題はない。
「……とはいえ、あまりにも異様だ。我らに一体何をせよというのだろうな?」
「なんだか、こっちに情報を与えたくないみたいだね。原さんたちも向こうの整備士と話もできないってぼやいてたし。……それに舞、気がついた?」
「何をだ?」
 速水は黙って、士魂号の視界をズームさせる。周囲を警備している部隊の姿が飛び込んできた。
「これがどうし……」
 そこまで言いかけて、舞は口をつぐむ。警備についているのは学兵の部隊だったが、どこかに違和感があった。
「あのウォードレスのカラーリングは……」
『総司令部直属、それも技術開発本部の実験小隊だな』
 翔が小隊無線で通信に割り込んできた。どことなく面白がっているようにも聞こえる。
「黒光さんも、気がつきました?」
 いささか皮肉げな速水の声に、翔はすまして答える。
『一応、目も耳も働かせているつもりでね。それに、連中の装備だが……』
 新型とおぼしき銃を構える学兵の後ろには、全体的に角張ったデザインを持つ戦車が数両控えていた。全体的に丸っこいデザインの目立つ生徒会連合の装備の中では異色である。
「自衛軍の九五式か? いや……L型Bisか!」
 舞の声には純粋な驚きが込められていた。

   ***

 士魂号L型には二系統が存在するというのは、ある意味公然の秘密となっていた。ひとつは誰もが知っている装輪式のL型「L1型」だ。
 そしてもうひとつは、いま彼らの目の前にいる「L2型」、通称L型Bisと呼ばれている戦車である。
 L1型は装輪式ゆえに市街地での高機動性を期待されたが、皮肉にも装輪式であるがゆえに射撃時の安定性に今ひとつ不安が残ること、三八トンという装輪式車両としては過大な重量とそれでも不足する防御力、そしてなにより破壊し尽くされた都市、そして急速に自然が復活しつつある地域での機動力は装軌式に及ばないとあって、一部では主力戦車でありながら「戦闘以外に向いている戦闘車両」などと揶揄される始末であった。
 そこで九州軍技術開発本部では、保険の意味合いで並行開発されていた装軌式主力戦車「試製士魂号L2型」を急遽制式化したのだ。
 基本設計は、後に傑作戦車と呼ばれる陸上自衛軍の九五式をベースにそれを簡易縮小化し、主砲は一〇五ミリライフル砲、機関はディーゼル九〇〇馬力と、保険ゆえに冒険的要素を極力排した設計だったが、それゆえにこの戦車は、ある意味L1型と対極に位置する四〇トン級戦車として結実した。
 のちにこの戦車は、陸自の九五式生産集中に伴い、余剰となっていた七五式戦車の製造ラインを流用して量産化が進められ、派手さはないが堅実な性能ゆえに、L1型に代わる生徒会連合の主力戦車として使用されていくことになる。
 余談が長くなったが、後の主力戦車――現時点においてはようやく先行量産型が完成しつつあったはずの新型戦車まで配備して警備が行われている現状は、単に用心深いなどというレベルを超えていた。
「あれもテストの一環というわけか? それはまた、なんとも念の入ったことだな」
 そんなことなど全然信じていない口調で、舞が小さく呟く。
「なんか、いい気分はしないよね」
『まあ、何かあったらその時対応すればよかろう』
「『罠ははまって踏み潰す』か、相変わらずだな」
『最近は「君子危うきに近寄らず」にしたいとは思っているのだがな』
 ふたりが軽口を交わしている間、速水の表情はいささか硬いものとなっていた。

 スピーカーから流れる、ある意味司令部などなんとも思っていない会話に、若菜の頬が軽く引きつった。
「……ふん、えらく余裕じゃないか。まあいい、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだ。なにしろ、貴様らの運命はこの俺が握っているのだからな」
 若菜の声は、どこか粘ついたものとなっていた。

   ***

 ともあれ、ようやく全機の出撃準備が完了した。
 二機の士魂号は、それぞれ青龍の両脇、斜め後方に陣取った。万一のことを考え、やや距離は大きめにとってある。
 フォーメーションが完成したところで、スピーカーからオペレータの声が流れてきた。
『これより、基本移動試験を開始する。各機移動用意』
 その声に合わせ、各機はわずかに足を踏み出した。
『移動開始』
 声を合図として、青龍はゆっくりと動き出した。相変わらず足を小刻みに動かす、なんとも落ち着かない動きである。
 ――士魂号でさえ、あそこまではひどくないと思うけど。
 一歩一歩確かめるような動きに、速水はずいぶんと念の入ったことだと思いはしたが、これもおそらくは試験の一環なのだろうとあまり気にしないことにした。とりあえずは距離を保ちながら、同じような速度で追随しておけば問題はない。
『脚部人工筋肉異状なし、人工血液温度許容範囲内。各部に異状を認めず。移動速度を上げる』
 青龍の歩行速度がゆっくりと上がり始める。言うなればよちよち歩きから、ようやくのことで通常の歩行動作へと移行したという感じである。
「随分と慎重だな。それほど不安定なのか……?」
 舞が呟いている間に、青龍はゆっくりと右方向に針路を変更し始めた。その足取りは緩やかなカーブから徐々に急旋回へ、やがては直角方向変換へと移行していった。

「ここまでは問題なしだな」
「当たり前だ。いくらなんでもこのくらいで青龍はどうかなったりはせん」
 若菜の呟きに、梶川はけちをつけられたと思ったのか、咎めるような口調で答えた。若菜はかすかに眉を寄せた。
「ほう、そうか。ならばもう少し派手に動いても問題はないだろうな?」
 ――ついでに、連中の度肝でも抜いてやるか。
「……何をする気だ?」
 不審そうな梶川に答えずに、若菜はマイクを取り上げた。
「続いて走行試験に入る。正面二キロ、全力走行」
「なんだと!? そんな話は聞いていないぞ!?」
 確かに走行試験は予定のうちであったが、それはごく通常の負荷のもとで行われるはずであった。
「おかしなことを言うなぁ? 貴様は今この程度で壊れなどしないと言ったではないか。ならば、ここでそれを証明してもらおうではないか」
「そ、それはそうだが……」
 梶川が悔しげに黙り込むのを見て、若菜はにたりと笑みを浮かべた。

 管制室からの指示とともに、青龍が一度立ち止まり、その場にかがみこんだ。
『なんだあれは? クラウチングスタートだと? 莫迦が、戦場でわざわざそんなことをしている暇が――』
 翔は、すべてを言い終えることはできなかった。次の瞬間、青龍の姿がぶれたかと思うと、その場から掻き消えた。
『なんだと!?』
 慌てて視界をめぐらせば、その隅にようやく青龍が映し出された。対物距離計の数値がめまぐるしいまでに跳ね上がっていく。これまでとも全く違う鋭い機動に、速水たちは驚きの声をあげた。
 確かに士魂号は機動性が信条と言ってよい機体だが、今の動きはいかに新型機といえど、あまりにも鋭すぎた。
『何をぼさっとしている、追随せんか!』
 若菜の叱責がとぶと、二機は慌てて走行モードに移行する。
「舞、ちょっと飛ばすよ! ……黒光さんもよろしく」
『甘く見ないでもらおうか? そなたこそ、その複座型でどうするつもりだ?』
「こうします」
 速水の声と共に、舞は急激なG(重力)に体をシートに押しつけられた。思わずうめきが漏れかけたが、舞はそれを歯を食いしばることでかろうじて耐えた。ふたりがいるところで、みっともない真似をさらすわけにはいかなかった。
『ほほう、これはなかなか……。ではこちらも』
 視界からエターナル・カオスの姿が消え、速水たちのやや前方にぴたりとつけていた。
「!」
『厚志、なかなかいい動きだ。もう少し上体のバランスが取れれば完璧だな』
 翔の声は、どこまでも楽しげであった。
 速水は小さく罵り声を上げると、人工筋肉の反応比をわずかに変更した。

 出遅れた分だけ距離を開けられた二機であったが、それでもコース半ばにさしかかる頃には、元の位置につけることに成功していた。
「ほう、たいしたものだ。ただの士魂号であれだけの動きを見せるとは……。しかも鈍重なことで有名な複座型があれほどのスピードを出すとは、中身を相当にいじってあるな。ふむ、これはおもしろい」
 管制室では梶川がモニターを眺め、時おり手元のノートに何事かを書きつけながら、しきりに呟いている。その瞳には先ほどまでと違い、純粋に技術者としての興味が輝いていた。
 若菜は傍に視線を走らせるといまいましそうに舌打ちをしたが、それ以上は何も言わずにモニターに視線を戻した。

   ***

『走行試験終了。続いて機動試験に入る』
 一通りの基本動作が完了した後、試験はややアクロバティックな段階に入った。
 ジャンプ、バックダッシュ、急速旋回と続けて繰り返される機動を、青龍はなんなくこなしていく。
 管制室から若菜準竜師はじっと画面を見詰めていた。
「ふん、このあたりは問題ないようだな」
「私は多少不安だがね」
 意外な言葉に、若菜は驚きを隠せなかった。
「な、なんだと!? 貴様、この期に及んで……!」
「あんたがさっき、完全に温まりきっていない青龍に無茶な機動をさせたりしなければ、安心して見ていられたがね?」
 すでに遠慮というものをまったくかなぐり捨てた梶川の声に、若菜はかすかに頬を引きつらせた。

 梶川の言葉は、程なくして現実のものとなった。
『続けて連続戦闘機動に入る。各機散開せよ』
 管制室からの指示に、二機の士魂号は青龍からやや大きめに距離をとった。青龍の前方には、いくつかダミーバルーンが設置され、わずかな風にゆらゆらと揺れている。
 周囲に障害物がなくなった青龍は、全力疾走の体勢を取ったかと思うと、一連の動作に入った。
 全力で駆け込んで急停止したかと思うと、目の前の敵に超硬度大太刀で一突き。致命傷を与えたと判断したのか、バルーンがしぼみ始める前に右ジャンプでその場を離れると、着地と同時に手にしたジャイアントアサルトを一連射、右手のダミーに叩き込んだ。青龍はそのまま傍らを駆け抜けると再びジャンプを実施した。
『ふむ、なかなかな動きだが……。どこか教条的だな』
「そうだな、それに先ほど見せた動きとの違いが……」
 異常は、その時発生した。
 三体目のダミーに銃弾を叩き込んだ青龍が再び左ジャンプを実行しようとした瞬間、青龍の膝辺りから鈍い音が試験場内に響き渡った。
「!!」
 舞たちが驚く間もなく、青龍はまるで横殴りにされたかのようによろけると、そのままがっくりと膝をついた。
「こちらシャノアール1、ドラゴン1に異常事態発生!」
『見えている! すぐにそちらに向かう! お前たちは機体を確保、吊り下げの用意をしておけ!』
 レシーバーから響いた声は若菜ではなく、梶川であった。予想外の反応に速水たちは一瞬呆気にとられたが、言ってることはもっともであったので素直に指示に従った。
「くそうっ! 想定外の負荷がかかったか!」
 そう言い残すと、梶川は同じくあっけにとられている若菜を一瞬だけ睨みつけ、管制室を飛び出した。

 青龍は不自然な姿勢のまま、その場にうずくまっていた。いちはやくやってきた整備士たちが周囲を取り囲んでいるが、機体の姿勢が不安定なので、うかつに近づけない。
『どいてください! これから吊り下げに入ります!』
 その声に整備士たちがわらわらと散っていく。二機の士魂号は青龍の両脇に立つと、両の腕をしっかりと抱え込んだ。
「パイロット! ゆっくりだ、ゆっくりと立たせてくれ!」
 梶川は息を切らせながらも青龍を見つめたまま怒鳴った。
『あの親爺、管制室からここまでずっと走ってきたのか?』
 翔のあきれたような声がコックピットに響いた。
「どうも、そのようだな」
 舞の表情も似たり寄ったりだったに違いない。速水もそれには同感だった。
 肉体的には特に鍛えられているとも思えない体で無茶をしたせいか、梶川は傍目にも疲労困憊といったていだったが、それでも周りの者を叱咤激励しいろいろと指示を飛ばし、青龍の状況を把握しようと努めている。
『よし、そこで止めてくれ!』
「危ない、まだ固定が済んでいないんですよ!?」
『そんなものを待っていられるか!』
 速水の注意も何のそのといった様子で機体にとりついた梶川は、破損個所を懸命に検分し始めた。
 一心不乱と言っていいその態度に、速水も舞も、そして翔さえもどことなく表情を緩めていた。
 例え傲慢であっても、己の信じるもののために労苦をいとわないその姿については、芝村として評価できるものであったのだ。

 完全に固定されてしまえば、士魂号に用はない。不意に時間が空いてしまった三人は、休養がてら表に出てきていた。
「それにしても、中のパイロットは何をしている? こういうときに連絡が取れなくては、全く意味がないではないか!」
 そらみたことか、といった舞の口調であったが、答えはすぐに明らかとなった。頭付近に取り付いた梶川が背部ハッチから中を覗き込んだかと思うと、大声で叫んだのだ。
「おい、担架を持って来い!」
 慌てて数人が駆け寄って、寄ってたかってコックピットからパイロットを引きずり出す。
 パイロットは、完全に気絶していた。胸元には奇怪な文様が描かれている。
「あ、吐いてる。……さっきの衝撃って、そんなにひどかったかな?」
「この程度で気絶するとは、軟弱者めが」
「いや待て、舞よ。ひょっとしたら制振構造に何か欠陥でもあるのかも知れん……」
 修復や救助への直接参加を断られてしまったので、速水たちは輪の外で好き勝手なことを言い合っていた。
「くそ、こんなところで……!」
 そんな様子を、若菜は管制室から苦い表情で見つめていた。


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