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芝村三人(その2)


「翔! 翔ではないか!」
 翔と呼ばれた青年――といっても、舞たちとほとんど違わなかろうが――が怪訝そうに振り向くが、彼もまた舞を認めると笑顔を浮かべた。
「舞! なんだ、こんなところで何をしている?」
「なんだとはご挨拶だな。そなたこそ、相変わらず悪運強く生き残っていたか」
 ふたりが互いに固い握手を交わすと、速水の表情はさらに微妙なものに変化していった。
「で? 『こんなところ』に何の用だ?」
「ああ、新開発の兵器の実験を手伝えと言われた。今回は報酬が破格でな」
 それを聞いて、舞は呆れたような表情を浮かべた。
「何だ、まだ独立傭兵なぞやっていたのか。なんとも物好きなことだな」
「我が宿命、ってやつだ。くだらん言葉だがな。それとも天職とでもいうべきか?」
 その言葉には、舞も大きくうなずいた。
「そうだな、戦場こそ我らが故郷だからな」
 そこで青年は、視線をわずかに動かした。
「ところで、そっちにいるのは誰だ? よかったら紹介してもらえんか?」
「ああ、そうだな。速水だ、速水千翼長。私のカ……パートナーだ」
 途中、かすかに頬が赤くなるのを翔は見逃さなかったが、それについては何も言わずに速水を見た。速水も見返したが、その笑顔はどこか固かった。
「厚志。こやつは黒光翔(くろみつ しょう)。我らと同じく芝村一族で、独立傭兵をやっておる」
「速水です。よろしくお願いします」
 わずかに固さを残したまま、手を差し出した。翔がそれをしっかりと受け止める。
「黒光です。……そうか、君がWCOPの速水君か。ってことは舞のカダヤってわけだな?」
 翔は舞に視線を向けると、ニヤリと笑った。
「なっ! なぬを、いやなにを言うか!?」
 いきなり核心に切り込まれて、舞は目に見えてうろたえる。翔はかまわずに、
「俺も一族の動向ぐらいには気を配ってるさ。速水厚志なる男が舞のカダヤとしてWCOPを受賞した、なんてのもな」
 と、しれっとした表情のまま言い放った。
 ――す、全て知っているのか!
 舞は言葉もない。
 まあ、考えてみれば当たり前のことなのだが、まさか彼までが知っているとは思っていなかったので、驚きもひとしおだった。
「速水君、君のことはなんと呼べばいいかな? 厚志と呼んでもかまわんか? そなたも芝村だからな」
「……どうとでも」
 いささかつっけんどんな返答にも全く気にせずに、翔は笑いながら、
「そうか、ならば俺も『翔』で構わん。我らの間に儀礼など不要だ」
 と、己が芝村の一員である片鱗を見せながら言ったが、戻ってきた返事はそっけなかった。
「いえ、僕より年長のようですし……。黒光さんと呼ばせてもらいますよ」
「そうか? まあ別にどっちでも構わんがな」
「……厚志?」
 舞は、速水の様子が普段とあまりにも違うのでいささか戸惑いの声をあげた。速水はそれに構わず、舞の手をいささか乱暴に掴む。
「ど、どうしたのだ!?」
「ほら、そろそろこっちも準備が整ったみたいだよ。行かなきゃ。それじゃ、黒光さん、これで」
「ああ、また後でな」
「で、ではな、翔。……あ、厚志っ! そんなに引っ張るでない!」
 なにやら賑々しく退散していくふたりを見ながら、なにやら小さく頷いていた。
「なるほどね、こうくるか……。いいねえ、若いってのは」
 年で言えば自分だってほとんど差がないはずだが、翔は人好きのしそうな顔に人の悪い笑顔、という器用な真似をしながら、小さく笑い声を上げる。
「千翼長、何やってるんですか? 搬出、始めますよ?」
 後ろからかけられた声に振り返れば、トレーラーの傍らからひとりの少女――舞たちとさして年齢の変わらない学兵が、翔を呼びながらこちらを睨みつけていた。
 出る所に出ればそれなりに視線を集めるであろう顔立ちの少女は、長い黒髪を軽く束ね、オレンジのつなぎにグローブといった整備士そのものの姿である。
「おう、もうそんな時間だったか? すまんな」
「すまんな、じゃないでしょう? 千翼長がそんなんじゃ困りますよ!」
「分かった、分かったから許せ……。ってな。おい、佐々木百翼長。俺はもう千翼長じゃないんだから、その呼び名はやめろと言ったろう? 翔で構わんと言っただろうに」
「えっ!? ……そ、そりゃそうですけど、なんか、こう、いきなり名前ってのも……その」
「はあ? 何を言っているのだ?」
 翔が怪訝そうな表情を浮かべると、佐々木ははっとしたように口元を押さえ、慌てて手を振った。頬のあたりにほんのりと朱がさしている。
「あっ! いえ、なんでもありません。それに、さっき辞令が届いて、この実験期間中に限り千翼長扱いとするそうです。だ、だから、千翼長でいいじゃないですか」
「そうなのか? まあ、そなたが呼びやすいと言うのなら、俺は構わんが……。まあいい、作業に入ろうか」
「はいっ!」
 なぜか駆け足で走り去っていく佐々木百翼長を不思議そうに眺めながら、翔は自らの愛機、漆黒に塗られし士魂号へと駆け上っていった。
 その右腕には、流暢な英字で「エターナル・カオス」という名が記されていた。

   ***

 それから少しして、速水たちに集合がかけられた。彼らが呼び出されたのは敷地の北辺近くに建つ建物だった。
 もともと学校だったのを自衛軍が接収・改装したらしい。やたらと窓の多い造りは、軍の施設というにはいささか似つかわしくないほどに開放感に満ちていた。
 年季の入った鉄筋コンクリートの中を案内されてたどり着いたのは、だいぶ広めの部屋だった。
 ここには他よりもかなり手が加えられているようで、窓はひどく少なく、壁には防音処置らしきものが施されていた。
 並べられたパイプ椅子に学兵たち、そして黒光配下の整備士たちが次々に着席していく。パイロットたちは前寄り、各部隊指揮官のやや後ろあたりにひとかたまりに座っていた。
 速水が着席する寸前、右手前に座った男と目が合った。理知的な印象を与えるその男は、どこぞの執事といってもよさそうな柔らかい笑みを浮かべると、速水に向かって会釈した。
 速水がなんとなく挨拶を返していると、舞もその男に気がついたようだ。
「ほう、あいつもまだ翔を見捨てずにいたか」
「誰なの?」
「矢沢という。翔が飛び出していった時についていった、まあ、こやつもある意味変わり者だな」
 ――舞に変わり者といわれたら、それは一体どのくらいなのだろうか?
 不謹慎というか、命知らずというか、ともかくそんな想像が頭の中をよぎり、速水はくすりと笑みを浮かべた。
「……ようやく笑ったな」
「え?」
 振り向けば、舞が一見無表情に速水を見つめていた。だが、その中にかすかに浮かぶ表情は、普段彼女が人前では絶対に見せないたぐいのものだった。
「先ほどからいささか様子がおかしく見えたのでな」
 ささやくような声であったが、速水は彼女の口調にいたわりが込められているのを確かに理解した。
「そなたがヘンなのは承知しているつもりだが、こ、これ以上変になられても困るのでな」
「……舞、それって、本当に心配してるんだよね?」
「うむ」
 大真面目に言い切られてしまっては、速水もそれ以上何も言いようがなかった。
 ――ま、いいか。
 彼は、心の雲が少しだけ晴れたような気がしたが、それもわずかの間だった。それまで我関せずという態度だった黒光が、前を向いたままぼそりと呟いたのだ。
「今のところはうちの表看板、というところだ。舞、矢沢もお前のことを気にしていたぞ?」
「あいつは確か、経理も交渉もなかなかの才能があったな。そのあたりがそなたの資金源か?」
「暇な時は、ま、そうだな」
「私としては、そなたのことこそ気をつけてやれ、と言いたいところであるがな」
 そう言葉を返すと、舞は小さく微笑んだ。
 黒光が彼女を「舞」と呼ぶたびに、舞がそれに嬉しそうに答えるたびに、速水は何者かが胸を突き刺すような鋭い痛みに襲われた。
「……始まるみたいだよ」
 速水の声に、黒光たちは再び前を向いたが、またどことなく雰囲気の変わった速水に、舞はかすかに――彼女を良く知る者でなければ分からぬであろうほどに――眉を曇らせた。
 黒光は何も言わず、かすかに笑みを浮かべるだけであった。

「小官が実験の総責任者である、技術開発本部、若菜準竜師である。作戦中は小官の指示を絶対とこころえ、全力を持って任務に当たられたい」
 誰も口に出しはしなかったが、言わずもがなの言葉と、どことなくしかめつらしい、人を見下すような口調に、何人かが眉をひそめた。
「あれが、今回の指揮官ってわけか」
 黒光が面白くもなさそうな表情で呟いた。その言葉に興味を持ったか、舞が小声で尋ねた。
「どんな人物だ?」
「なんで準竜師になれたのか、よく分からん奴さ」
 黒光の声には隠しようのないほどのあざけりが込められている。善行がかすかに振り向き、矢沢はもっと遠慮なく顔をしかめて見せたが、黒光は意に介さなかった。
「前線部隊を指揮していたんだが、無能の代名詞みたいな言われようをされてるな。確か熊本城攻防戦の時に、指揮のミスで、大隊をひとつ壊滅させちまったはずだ」
 舞の眉がきつくしかめられた。
「あいつがそうか……」
 そのことなら、速水にも記憶があった。
 確か、熊本城攻防戦の最終段階、包囲殲滅戦のときに、命令を無視して突出しすぎ、海自の艦砲射撃に巻き込まれた機甲部隊があった。この時は中止の指示も間に合わず、装甲護衛艦「やまと」は、主砲弾を放った後だった。
 結局、指揮車と護衛小隊は最後方にいたために難を逃れたが、三〇両近くの戦車――それも、生徒会連合にとって虎の子と言っていい、自衛軍払い下げの七五式――は、「やまと」の四六センチ砲弾によって、中の乗員ごと粉砕された。
 ――誰から聞いたんだっけかな?
「それそれ、その時の指揮官が奴だったのさ。部隊はそれほど練度は低くなかったはずなんだがな……。そのあと指揮官を更迭され、何をやってるかと思ったら、技術開発本部にいたとはね……」
「そこのパイロット、私語は慎め!」
「ああ、すまんな……と」
 若菜の叱責もどこ吹く風と、相変わらず翔はうっすらと笑いを浮かべたままである。若菜は忌々しそうに舌打ちをしたが、それ以上は何も言うでもなく説明を続ける。
「……このたびの新兵器は、言うなれば生まれたばかりの赤ん坊ということになる。これがどう育っていくかは、ひとえに貴様らの働き次第と言っていい。任務に選ばれたことを光栄に思い、奮励努力せよ」
 何人かが再び眉をひそめたが、誰も何も言おうとはしない。
 若菜が壇上を降りると、代わりに梶川が壇上に立った。
「開発主任の梶川だ。今、若菜準竜師の話にあったとおり、今回開発された『青龍』は画期的な新兵器といっていい」
 今度は別の何人かが、別の意味で眉をひそめた。
 少なくとも同じ開発チームであろうに、梶川の言葉には、若菜への経緯のようなものがまったく感じられなかったのだ。
 気がついた者の中には、舞たちも含まれていた。
「……きな臭いな」
「そなたもそう思うか? 厚志、そなたはどうだ?」
「まあ、ね……」
「……厚志?」
 歯切れの悪い返事に、舞はかすかに眉をひそめた。
 速水の心は、隣で息の合ったやり取りが交わされるたびに雲がかかっていった。
「それにしても、九州生まれのくせして、我らを手伝おうという気はなさそうだな、この代物は」
 翔の呟きには、程度の差こそあれ九州で戦う者たちにとってはうなずけるものであった。
 青龍は古代中国の思想で、東の守護者とされていたから。

 一通り説明が終わった。
「……以上だ。何か質問は?」
 舞が挙手をすると、立ち上がった。
「五一二一小隊、舞だ。新型戦車の操作に関する情報が抜け落ちていたようだが、そのあたりの情報を要求する」
「その必要はない」
 学兵たちが一斉に騒ぎ出す。
「なぜだ? それでは操縦ができないことになるが……。今の士魂号と同じだとでも言うつもりか?」
「何を言っている? あの機体……」
 梶川がなにか言いかけたのを若菜が遮った。
「あの機体のパイロットはすでに決定している。貴様らは何のために士魂号を持ってきたと思っているのだ?」
「……なるほど。では、そのパイロットは今どこにいるのだ? ここには姿が見えぬようだが」
「別室で待機中だ」
「ここには来ぬのか? 事前に顔を合わせておくことは実験を行う上で重要なことだと思うのだが」
 翔も意見に加わるが、若菜はにべもない。
「その必要はない。貴様らは指示されたとおりのことだけをやっていればいいのだ」
 ――ならば、打ち合わせそのものが不要じゃないか。
  速水はそう思いはしたが、口に出しはしなかった。今までの経験から、この手合いには余計な一言は言わないに越したことはないからだ。
 どうせ言うなら、もっとも効果的なところで一度だけ。
 周囲を見回すと、どうやら意見的には大同小異のようだ。
 その雰囲気を感じ取ったものか、若菜準竜師は渋い表情を浮かべると、解散を宣言した。

 結局、最後まで新型機のパイロットがここに姿を表すことはなかった。

   ***

 太陽が豊かな恵みを惜しみなく地上へと降り注がせる。空は高く澄み渡り、たまに浮き雲がゆったりと流れていった。
 絶好の試験日和といっていいだろう。 
 五一二一小隊、及び独立傭兵隊は、出撃に備え最後の調整を行っていた。今回は各部隊から一機――といっても、翔の独立傭兵隊はもともとそうだが――ずつの参加となる。
 速水・舞の三番機。
 そして翔の「エターナル・カオス」である。
 整備士たちは巨大な鋼鉄の侍に取りつくと、細心の注意を払って各部の点検を行っていく。
「心臓圧力増加中。規定値まであと五秒」
「ホース接続完了。人工血液温度、許容範囲内」
「注入開始」
 半ば休眠状態に置かれていた人工心臓が優しく起こされ、適度に温められた人工血液が注入されていく。戦闘中ならこんな悠長なことはやっていられなかったであろうが、今は許容――どころか推奨されるべき手順であった。熊本城攻防戦の時のような緊急起動など、士魂号の寿命そのものを縮めかねない。
 それほどに士魂号は、図体に似合わぬほどの繊細さを持っていたのだ。

 二機の士魂号が覚醒していくさまを、やや離れたところから眺める人影があった。
 技術開発本部直属の整備士たちである。
 元を正せば士魂号そのものもここでの開発になるのだから、人型戦車の扱いなどお手の物のはずである彼らが、驚嘆の表情を浮かべていた。
「おい、あいつらもそろそろ動き出すみたいだぜ」
「ああ。それにしてもいい手際だよな。それにあいつらの機体……」
 彼らもまた、自らの担当する青龍の起動準備に取りかかっているのだが、どうしても彼らの興味は向こうの方へと流れていってしまう。
 もともと人型戦車の存在自体がかなり珍しいというのもあるのだが、あの二機はその中でもとびきり異彩を放っていた。
 五一二一小隊の士魂号は、現時点で一〇機――熊本城攻防戦後、急いで増産されてこれである――しか生産されていない士魂号M型複座型、いわゆる突撃仕様である。
 なんといってもその特徴は、腰部から大きく張り出したミサイルランチャーであり、その中に二四発収められた「ジャベリン改」ミサイルは、有線誘導型ながらも熟練者が操れば強大な破壊力を有している。
 その熟練者たる舞の驚異的な演算能力のおかげで、これまでに膨大な数の幻獣たちが霧散の運命をたどってきた。もちろんこれに速水の操縦能力・格闘戦応力を忘れてはならない。ふたつの歯車がかみ合うことで、この機体は数々の戦果を生み出してきたのだ。
 一方の「エターナル・カオス」にしても、異様さという点においては複座型に劣るものではない。黒一色という塗装も確かにそうだが、士魂号M型・標準仕様をベースにしたとおぼしき機体は、もとのそれよりもはるかに精悍さに満ち、相当手が加えられている事を周囲に教えていた。引き絞られた機体が生み出す敏捷力はどれほどのものか、見るものに様々な想像を抱かせる。
 だが、なんと言っても一番の脅威はその武装であろう。多弾頭型の肩担ぎ型ミサイル・ランチャーや通常よりもさらに大型の超硬度大太刀・野太刀タイプなど、ほとんど趣味といってもいい、通常ならありえない装備が平然と並んでいるに至っては、ただ呆れるほかにすべがなかった。
 整備士たちの知らない話ではあるが、会計責任者たる矢沢が部隊運営、ことにエターナル・カオスの維持費に悲鳴を上げているというのも無理なからぬ話であろう。
「まあ、変わってるっていえば、こいつも相当だけどな」
 上を見上げながら、整備士のひとりがぼそりと言った。相棒も相槌を打ちながら、機体の足を手で軽く叩いた。
「そうだな、なにしろこいつは……」
「こら、そこのふたり、何をしているかっ! サボっているヒマがあるなら、さっさと準備をしろ! 向こうはもう準備を完了しているぞ!」
「いっけね! 行こうぜ!」
 班長らしい中年の男に怒鳴りつけられ、ふたりの整備士は慌てて持ち場へと戻っていった。


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