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芝村三人(その1)


 一九四五年、歴史は大幅な軌道修正を余儀なくされた。
 突如出現した謎の生命体――そもそも彼らをして「生命」と呼んでよいかどうかについては、いまだに議論の絶えないところである――である幻獣との接触(ワースト・コンタクト)とほぼ同時に始まった絶滅戦争は、この半世紀ほどの間に、人類を地球の支配者から単なる一地域勢力へと転落させつつあったのだ。
 人類はもてる全ての力を結集し、このなんとも理不尽な戦争へと総力を傾注してきたが、人類側も決して一枚岩でなかったこともあり、その試みのほとんどは歴史上の存在へと変化を遂げていた。
 一九九九年に入り、いままた極東の地において、生存をかけた幾度目かの戦いが繰り広げられている中、彼らはひとつの策を検討していた。それは、過去幾度となく試みられた策であり、一部は確かに顕著な効果を現したこともある。
 今回も、幻獣に対する特効薬とまではいかないが、それなりに効果があるのではないかと少なからず期待されていた。
 あるいはそれは、起死回生の一撃というやつに頼らねばならぬほどに人類が追い詰められている証拠かもしれぬが、そんな奇跡のような状況は、歴史を振り返ってもほとんど見受けられることはない。
 ましてや、余計なもくろみが付加されているとなれば、どのような道筋をたどるものか……。

   ***

 どことも知れぬ工廠で、ひとつの兵器が産声を上げようとしていた。
 ハンマーの打撃音、クレーンの稼動音、人々が忙しく立ち働き、ほとんど怒号のような勢いで指示をくだす。生産現場において比較的よく見られる光景であるが、その結果生まれ出ようとしているモノは、ありふれてるとはいいがたい。
 兵器の前にひとりの男が立っている。
 白衣姿のその男は、周囲と比べると頭ひとつほど背が低かったが、そんなことを感じさせないような、横柄そのものの態度で周囲を怒鳴り散らしていた。
「電装系のチェックは全て終わったか? 終了次第直ちに火器管制系のテストを行う。ぼやぼやするなっ!」
 技師らしい男たちはわずかに眉をひそめたが、それでも表立っては何も言わずに持ち場へと戻っていく。白衣の男――梶川というネームが胸元につけられている――は、苛立たしげに頭に手をやったが、そこではっとしたように慌てて手を下ろした。
 顔立ちを見ればまだ若いのであろうが、彼の頭髪はかなりな衰退の兆候を見せている。本人も気にしているのか、隠蔽にそれなりの努力を傾けているようだが、あいにくとそれは成功しているとは言いがたかった。
「――ええい、くそっ!」
 と、技師のひとりが後ろから梶川にそっと耳打ちをした。
 梶川の表情が急変する。
「なんだと? こんな時に……仕方がない、お通ししろ」
 いかにもしぶしぶといった口調で指示を下すと、待つほどもなく、靴音も高く男がひとり入ってきた。梶川は内心を押し隠し、態度だけをいささか改める。
 入ってきた男は、しばしの間梶川の前にそびえ立つモノを眺めていたが、後ろを振り向きもせずに言った。
「……順調か?」
「はい、先日の試験では、全て完璧な動作を示しました」
 準竜師であることを示す白い制服を着込んだ男に、梶川は極めて実務的な口調で答える。準竜師はやせぎすの体躯を神経質そうに揺らすと、じろりと梶川をねめつけた。
「一回くらいでいい気になるな、それで全てうまくいけば苦労はせん」
 いささかきしむような、あまり耳に心地よくない声だった。準竜師の声は大きくも強くもなかったが、さすがの梶川も、体をかすかに震わせると黙って一礼する。
「……まあいい。もうすぐ本番だ。ぬかるなよ」
「はっ」
 準竜師は後ろも見ずに、靴音高く歩み去っていく。
 それが聞こえなくなったころにようやく梶川は顔を上げたが、そこには隠しようのないほどの侮蔑の色が浮かんでいた。
「……ふん、貴様など、俺の研究がなければとうの昔に更迭されていた身ではないか。それを偉そうに……。まあいい、こいつが完成するまでは好きにさせてやる。完成すればあいつなど……。その時が待ち遠しいものだな、おい? ふふ、楽しみだ、実に楽しみだよ」
 梶川は己の発明に陶酔し、小さくほくそ笑んだ。

「若菜閣下、よろしいのですか? あのような態度をとらせておいて」
 それまで影のように控えていた副官がそっと背後から近寄ると、準竜師――若菜は薄笑いを浮かべた。
「仕方あるまい。あれは奴の発案だしな。それに代わりができるような者がおらん」
「しかし」
 なおも言い募ろうとする副官を、彼は軽く手で制した。
「まあ待て。完成まであと少しだ。そうなれば、別に奴に頼る必要もない……わかるな?」
 若菜の細面に怜悧な表情が浮かんだ。いささか知性というものに縁遠いように見える副官の表情にも、理解の色が浮かぶ。彼は一歩下がると頭を下げた。
「失礼いたしました……」
「いいさ。もうすぐ本番だ。その時には貴様にもやってもらうことがある、覚悟しておけ」
「はっ!」
「もうすぐだ、芝村。お前がどんな顔をするか見ものだよ」
 乾いた笑い声が、薄暗い廊下に響き渡った。

   ***

 兵器とは、人が運用する。
 いついかなる戦場であっても、人はそれらを操り、あるいは乗り込んで人類同士で戦闘を繰り返してきた。
 ただし、戦闘の役割は、相手の目的をくじき、己の目的をいかに押し通すかということに他ならない。つまりは、目的さえ達成できるのなら実のところ勝敗などはどうでもよく、ましてや相手を殲滅するなどということは、よほどの小規模戦闘、あるいは偶然、はたまた殲滅が目的達成に不可欠であった場合などにしか起こらない、極めて稀な現象だったのだ。
 幻獣との戦いが、その全てを変えてしまった。
 幻獣出現以来、彼らとコミュニケーションが取れた例は存在しない――実際にはいくつかの例外がないわけでもないようだが――ため、今までなんとなく通用していた不文律が木っ端みじんに破砕されてしまったのだ。
 人類が相手であれば、目的を押し通すために交渉という手段をとることもできる。そこでなんらかの妥協なり合意などが見いだせるのだが、幻獣にはそれが通用しないのである。
 意志の疎通ができないという事実は不安を生み、不安はやがて恐怖へと変じる。
 それを解決するには――相手を根絶するしかない。
 かくして、手段と目的の逆転が起こり、戦闘は、相手の根絶を目的とした、凄惨で救いようのないものとなった。
 だがこれは、あるいは簡単に予想できたことかも知れぬ。
 互いの不理解による悲劇など、人類史の中にもいくらだって転がっているのだから。

   ***

 四月下旬。
 第三次防衛戦の火蓋が切られてから約二ヶ月が経過したが、人類の最前線たる熊本は、比較的平穏な時を過ごしていた。
 むろん、戦闘はまだ続いている。
 それが証拠に、各部隊の動員が解除されたわけでもないし、散発的な小競り合いなら県南部を中心として発生し続けている。硝煙と爆音、突如人生を終了させられる兵士たちの悲劇がなくなったわけでもない。
 だが、いまやそれが熊本、ひいては九州の要たる熊本市内まで波及することは、まずないといってよかった。
 三月上旬から約一ヶ月にわたる、地獄の方がまだましと思われた激戦に比べれば、今はまるで野で遊んでいるのにも等しかったが、このような状況が出現した背景には、意外と言うべきか熊本市がその背景にあった。
 市内の一角にそびえ立つ、レプリカとはいえ昔の威風を今に伝える熊本城、そこを舞台とした一大決戦「熊本城攻防戦」がそれである。
 この戦いに、人類側は生徒会連合・自衛軍問わず、可能な限りの戦力をつぎ込んだ。そして偽情報を流し、幻獣がこの城に興味を抱かざるを得ないような状況を作り出した上で、主力を誘引、包囲撃滅戦を展開したのであった。
 これの立案から実行までを一手に担ったのが学兵であったことは、意外に知られていない。独立第五一二一対戦車小隊、通称五一二一小隊の芝村舞・速水厚志のふたりがそうである。
 ただ、彼らの真の役割はともかく、攻防戦における三次にわたった大激戦、その中での活躍を知らぬものはいなかった。
 彼女らは士魂号復座型を駆り、機体を幾度となく失っても戦いつづけ、八面六臂の活躍で幻獣どもをねじ伏せたのだ。
 結果、熊本城周辺は焦土と化し、天守閣も海上自衛軍の艦砲射撃により灰燼に帰した。陸戦部隊も多くの損害を出したが、その代わりに彼らは圧倒的な勝利を収めたのだ。
 この結果、人類=幻獣間の戦力比は逆転、今に至る。
 たったふたりの少年少女が、戦略地図すら塗り替えてしまったことは、ただ驚くほかなかった。

 安定を手に入れたとはいえ、損害もまた少ないものではなかった。熊本城攻防戦に参加した部隊は多かれ少なかれ損害を負い、中には部隊まるごと全滅というところも少なくない。
 だから、幻獣も多大なる損害をこうむった今、彼らの活動が沈静化している間隙をぬって、各部隊は必死になって戦力の再建に努めていた。
 それは、五一二一小隊もまたしかり、である。

   ***

 ここは熊本市内に建つ尚敬高校。
 その一角に、一見するとサーカスのテントかと思いたくなるようなオリーブドラブの「建物」が建っており、その中では、かつての戦闘を髣髴とさせるような乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。
「次! 一番機上腕部交換用意! クレーン回して!」
「この装甲版、自己再生するのも限界ですね……。いっそのこと、外しちゃいましょう」
「ちょっと! ストックの人工筋肉使ったの、誰っ!?」
 配属されているはずの人数に比べてだいぶ少ないが、中では整備士・パイロット問わずに働き蟻のように走り回っている。中は溶接の火花、装甲版の触れ合う音、機械の運転音で充満していた。
 それもそのはずで、五一二一小隊も、速水・舞の三番機全損を始め、士魂号は全機予備機と交換され、額面上の戦力はがた落ちとなっていた。それに、死者こそ出なかったものの、まったく無傷というわけにもいかず、じつに小隊の半数が重軽傷を負うという大損害をこうむっていたのである。
 それでも、機体は整備すれば回復できるし、人の怪我はやがて治る。特に、軍務に復帰できないほどの重傷を――平たく言えば、その場で「処分」するしかないような怪我を――負った者がいなかったのは、小隊にとって何よりも明るいニュースとして受け止められていた。
 確かに、丸ごと歴史上の存在になってしまった部隊さえあることを考えれば、今の状況を感謝すべきなのだろう。
 そんなわけで、小隊はひたすらに旧に復するべく努力を傾けていたのだが、それは小隊司令室においても同様であった。いや、むしろ普段に数倍する物資を必要とする関係上、実はもっとも苦戦しているのはここかもしれなかった。
「えー、この書類は上がり、っと。……ええっ、嘘やろ!? アビオニクスなら、昨日ぎょうさん届いたばっかやん!」
「ああ、それならもう全部使い切ったそうですね。元に戻すにはそれでもまだ足りない、ということでしたよ」
 事務官席で悲鳴を上げる加藤に対し、善行はあくまで穏やかにそう告げた。
 加藤は大げさにため息をついてみせる。
「かなんなあ、もう。……分かりました、今日はもう間に合わんから、明日の便でなんとか手配しますわ」
「よろしく願います」
「はいな。……それにしても、もう肩がこっちこちや。えらいしんどいなあ……」
「もう少しですよ、頑張りましょう」
 手元の書類にサインを入れながら善行は笑みを浮かべたが、正直なところ、彼も腰と背中が悲鳴を上げ始めているのが現状であった。
 ――軍は、腰痛と肩こりを補償はしてくれないだろうな?
 我ながら莫迦なことを、と思いながら、善行は次の書類を手に取った。

   ***

 そんなこんなで時も過ぎ、夜もとっぷりと暮れた頃、ようやくすべての書類仕事にめどが立ち始めた。
「よっしゃ、これで最後の書類が完成っと……。司令、確認願います」
 善行は差し出された書類を一通り確認し、小さくうなずくと判を押した。
「特に問題はないですね。お疲れ様でした」
「はいな。ふぁー、あ、あ。なんや肩がえらいこって……」
 加藤が二度三度と背筋を伸ばしていると、小隊司令室のドアが控えめにノックされ、整備副班長の森が顔を出した。
「あのー、こんな時間にすみません。本田先生から書簡を預かってきたんですが……」
「教官から?」
 森は頷きながら、一通の封筒を差し出した。差出人などの名前はない。
「わかりました。確かに受領したと伝えてください」
「はい。それでは失礼します」
「司令、なんですのん、それ?」
「さて? 厄介なものでないといいんですがね……」
 加藤の質問に苦笑まじりで答えた善行だったが、すでに頭の中ではいろいろな思考が動き始めていた。軍の制式封筒で届いた無記名の書簡が、厄介ごとでないわけがない。
 封を切ると、予想通り中からは「命令書」と書かれた用紙が顔を出す。軽く読み進めていくうちに、善行は怪訝そうな表情を浮かべた。
 加藤はその間何も言わずに、書類のかたづけを行っている。軍の命令であれば、ただの兵士が目にしていいものと悪いものが必然的に存在する。事務官とは、そのあたりの見極めをつけることが必要なのだ。
「……加藤さん。今日はもういいですよ、お疲れ様でした」
「そうですか? ほな、遠慮なく」
 加藤は素直にうなずき、机のうえに広げてあった書類をまとめ、重しを乗せると帰り支度を始める。
「お先に失礼します〜」
 ドアがしまり、足音が遠ざかっていくと、善行の表情が急に鋭くなる。彼はもう一度丹念に命令書を読み始めた。
「……妙ですね?」
 思わずつぶやきが漏れる。書類には新兵器開発に協力する旨の命令が記されていた。
 最後まで読み進めて善行の目がすっと細くなる。命令の発令者が意外だったからだ。
 ――総司令部の技術開発本部が、うちになんの用だ?
 異例というほかない命令に、善行の表情にかすかな困惑が生まれた。
 確かにこの小隊は、これまでの数々の戦闘において名を知らしめてきており、九州では知らぬ者のない部隊と呼ばれてはいた。本人たちにその自覚はないが、それでも「歴戦の部隊」とかいう理由で選ばれたのなら分からないでもない。
 だが、そんな部隊を、いくら戦況は比較的安定しているとはいえ、前線配備の部隊をわざわざ引き抜いてそのような実験に当てるとは、あまり筋が通っているとは言いがたかった。
 ――それだけの価値がある、よほどの新兵器なのか。
 善行は通知を見ながら、口の端をわずかに歪めた。
 そんなものがほいほいと開発できるようなら、そもそも人類はここまで苦戦させられてはいないだろう。歴史をひもといてみても、そんな兵器が一体どれほどあったことか。
 ――いや。
 ふと、善行は視線を窓外に向けた。戦局を変えるという意味ではこの部隊もそうなのだ、と思い直した。
「どちらかというと、大切なのは中身の方ですけどね……」
 善行はいつの間にか自分が考えを口にしていたことに気がついて、中指でずれてもいない眼鏡を押し上げると、再び紙面に目を落とした。
 ともかく、命令である以上否も応もない。幸いと言ってはなんだが、今ここは開店休業状態のようなものだ。前線の部隊云々は半ば上層部――それも、九州軍ではない――に対するいやみでしかない。
 ――彼らには申し訳ないが、少しの間ご奉公してもらいますか。
 命令書には、参加すべき機体までがパイロットつきで指定されていた。やはり、なんらかの含みがあるとみてしかるべきだろう。
「……まあいい」
 ――どうやら、明日は会議を開く必要がありそうだな。それと、準竜師への回線はまだ通じるだろうか?
 顎を組んだ手に乗せ、脳内でメンバーの選出を進めながら、善行はしばらくの間動こうとはしなかった。

   ***

 三日後、阿蘇カルデラ内に設けられた、軍の実験場に立つ速水たちの姿があった。
 いつもなら三台連なっている大型トレーラーは、今回は一台しか姿が見えない。あとは補給車と指揮車だけだった。
 ただし、その代わりと言ってはなんだが、車列の最後尾には普段は見慣れない中型トラックが一台随伴していた。ちょっとした部品の運搬用に小隊が保有しているトラックだが、今回はかなりの荷物を搭載しているようだ。もっとも、荷物の上にはシートがかけられていて、詳細ははっきりとしない。
 兵士の誘導に従って所定の場所に車を止めると、トレーラーの上で人影が動いた。
「思ったより早く着いたね」
「途中で余計な邪魔が入らなかったからな」
 舞は周囲を見回すと、小さく体を伸ばした。雄大な阿蘇外輪山が広がる様は、ちょっとした見物である。惜しむらくはそこで行われるのが、何の生産も生まぬ軍の活動ということであろうか。
「それにしても、実験だって言ってたけど、一体何をやるんだろうね?」
「さあな……。あれではさっぱり分からんが、まあ、上の奴らが考えることなどいつも似たようなものであろう?」
「それもそっか」
 ふたりは顔を見合わせると小さく苦笑した。

   ***

「三番機を、新兵器開発に参加させます」
 善行がこう切り出したのは、命令のあった翌日、部隊運営会議の席上のことであった。
 朝一番で行われるこの会議には、現在五一二一小隊で動くことのできる者全員が呼び集められていた。いつもなら出席は代表者のみであるが、今回は全員に関係のあることでもあるし、第一、代表者だけでは会議が成立しない恐れがあった。
 今回に限っては、意志の疎通と統一を優先させるという意味で、全員参加となった次第である。
「新兵器開発業務……。一体、何の開発なのだ?」
 当事者となった舞の当然ともいうべき発言に、善行は眼鏡をそっと押し上げた。
「九州軍総司令部・技術開発本部からの要請がありました。今度新開発された人型戦車の運用に関する、各種試験のサポートを行うように、とのことです」
 善行は「技術開発本部」という言葉を特に強調した。彼の口調に含まれていた何かに、舞はわずかに眉をよせた。
「人型戦車、か。詳細は分かっているのか?」
「今のところ、特にそれ以上の連絡はありません。先入観を防ぐため、詳細は現地で通達するとのことです」
 参加者の大半の頭上に?マークが乱舞する。
 それも無理のないことと言わなければならない。こちらが試験される側というならともかく、試験のサポートで内容を教えられないなど聞いたことがなかった。
「……これは、正式の軍務と考えていいのかしら?」
 副司令にして整備班長である原は、挙手しながら疑問を口にする。彼女は、あまりに怪しげな経路による命令に疑問を抱いていた。急にこの会議の開催が決定された関係もあるが、今回の彼女は周囲のみんなと立場的には同じだった。
「それは間違いありません、準竜師にも確認を入れました」
「それで?」
「気にするな、とのことです」
 ――相当胡散臭いと考えてもいいってわけね。
 本来の正式ラインでもない命令に準竜師が文句をつけないというのは、それが彼の目的にも沿っているということになる。善行の表情を見るに、準竜師――総司令部と技術開発本部の思惑は、必ずしも一致しているわけではないようだ。
 ――まあいいわ、頭が状況をしっかり把握しているのなら、私が文句を言う筋合いじゃない。
 もっとも善行のことであるから、それなりの取引をしたことであろう。そのくらいでなければ小隊司令など務まらない。
「実験の間、一切の出動はありません。この試験に集中するようにとのことです。さらに、必要な装備物資はすべて融通すると連絡がありました」
 どうやら取引の成果は早速現れているらしい。ただでさえ修理機材が不足気味だったところなので、これは大変にありがたかった。
「試験開始は二日後の一〇〇〇時。場所は阿蘇特別戦区内・特設試験場です。当日〇七〇〇時までには現地に到着、参加準備を整えることになりますので、各員そのつもりで準備を進めておくように。以上、解散」
 善行の宣言と同時に、隊員たちは急いで持ち場へと戻っていった。今日じゅうにはすべての問題点を洗い出し、準備を整えておかなければならない。
 いまだ未完成に近い三番機をそれなりに仕上げるには、十分な時間があるわけでもない。
 決してのんびりしている暇などなかった。

   ***

 集合がかかるまでには、まだ少し時間があった。
 後方で三番機の展開準備が進められている間、速水と舞のふたりはのんびりとその様子を眺めていた。戦闘出撃ではないのでこんな贅沢も可能となる。
「それにしてもいい天気だねえ。なんだか実験なんかしてるのがもったいないや」
 青く晴れ渡った空を振り仰ぎながらのんびりと呟く速水を見て、舞も小さく笑みを浮かべた。
「こら、厚志。我らはあくまで作戦の一環としてきているのだ。しゃんとせんか」
 彼女の声にも、速水は笑顔を崩さない。舞の声がかすかに弾んでいるのを、彼は聞き逃してはいなかった。
 舞がさらに何か言おうかと口を開きかけたその時、彼女の視界の隅、はるか彼方を何かがよぎった。妙にそれが印象に残り、舞は口を閉ざすと、怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの、舞?」
「うむ、いや、今の人影に見覚えがあったような……」
「見覚え? こんな所で?」
 生徒会連合も使用する施設とはいえ、もともとは自衛軍の管理で、そこを借用しているだけである。知り合いなどそうそういるはずもない。
「何かの見間違いじゃないの?」
「うむ……」
 舞とて確たる自信があるわけではない。だが、その後ろ姿は何かの記憶と分かちがたく結びついているように思えて仕方なかった。
 ――一体、どこで?
 その時、再び人影が姿を表した。スタイルは一見、自衛軍の戦闘服のようにも見えるが、まるで夜戦装備のように黒一色で纏め上げられていた。
 その人物が歩いていく先に視線を移していくと、一台のトレーラーが停車していた。
 荷台にかぶせられていたシートがはがされると、中から現れたのは巨大な人型――黒一色に塗りつぶされた、人型戦車とおぼしき機体だった。
「ねえ、一体――」
 なかなか諦めようとしない舞に、速水が注意を促そうと思ったその矢先、それは舞自身の鋭い声によって遮られた。
「あれは、士魂号……? そうか!」
 突然の声に速水は驚いたが、もっと驚いたのは、彼女の声に明らかに歓喜の響きが混ざっていたことだった。彼が予想外の出来事に対応できないでいるうちに、舞は次の瞬間にはもう駆け出していた。
 遅れをとった速水は、半ば呆然としたまま彼女の後ろ姿を見つめていたが、やがて後を追うように走り出す。
 その表情は、大変複雑なものに成り果てていた。


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