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料理と愛情(終話)


 テーブルの上では、土鍋が小気味よい音を立てていた。中では様々な具材がだしつゆの中に浮かんでいる。
 いわゆるひとつの、おでんというやつである。
「……」
「……」
 なぜかふたりとも、土鍋を前に沈黙している。
 それを先に破ったのは、舞であった。
「ど、どうした? 食べぬのか?」
「い、いやとんでもない。……いただきます」
 口ではそう言ったが、速水はえらく静かに箸を差し入れた。冬だというのに、舞の背中をどっと汗が流れ落ちていく。
 こんにゃく、大根、ちくわにはんぺん。そのほか練り物のたぐいも顔をそろえている。いくつかの具材は姿がないようであったが、この状況下にあっては精一杯努力したあとが見受けられた。
 だが、速水の顔には輝きがなかった。
 自ら「いくら同じ料理が続いても大丈夫」と豪語していたにしては、その表情はあまりにも不可解であったが、別に彼は料理そのものを問題視していたわけではない。
 ――ずいぶんだしが効いてるなあ。確かに、これだけ頑張ってくれるのは嬉しいけど……。かなり無理してるみたいだし、なんで鍋物にこだわっているんだろう?
 考えても、答えは出なかった。
 しばしの間、妙なまでの沈黙が食卓を支配するが、何度目かに速水が箸を差し入れた時、箸の先に何かが当たった。
「……?」
 自らの思考に夢中になっていたせいか、ほとんど無意識にそれをつまみあげる。
 その瞬間、彼ははっとした表情を浮かべるではないか。
 突然の速水の急変に、舞は戸惑ったような声を上げた。
「ど、どうしたのだ厚志? ヘンな物でも入っていたか?」
「変な、っていうかなんというか……。舞」
「な、なんだ?」
「ひょっとしてなんだけどさ、これさあ、おとといから具を足しているだけ?」
 大きな音と共に、椅子が後ろへ倒れこんだ。舞も一緒に倒れこみそうになったが、どうにか根性で持ちこたえた。
「なっ!? にゃ、にゃにを証拠に……!?」
 ……すでにその態度だけで、十分瀬戸際である。
 速水は大きくため息をつくと、箸で掴んだそれを高々と差し上げた。
「ああっ……!」
 彼が差し上げたのは――だしこんぶ。
 それは非常に長時間煮込まれたことを示すかのように、くたくたに崩れかけていた。
「これさあ、僕すごくよく見覚えがあるんだけど」
「な、何を言うか! そ、そんなものはどこにでもあるではないか!」
「でもさあ、サイン入りの昆布ってのはめったにないと思うんだけど?」
「なんだと? ……あーっ!」
 速水がくるりとひっくり返すと、そこにはなんと相々傘が書いてあったりして。
「そそそ、それはっ……?」
「ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど、入れる前の昆布に、前もって僕が書いといたんだ。舞は気がつかなかったみたいだけど」
「な、ななな……」
 あまりにも明白な動かぬ証拠に、舞はもう言葉もない。
「さて、どういうことか説明してもらおうかなぁ?」
「あ、そ、それは……」
「それは?」
「……すまぬ」
 舞の頭上に、白旗があっさりと上がった。

   ***

「……というわけだ」
 速水は何も言わずにじっと舞の話を聞いていたが、やがて自分で淹れたお茶を一口すすると、大きく息をついた。
「えーと、つまり、もうメニューのレパートリーがなくなっちゃった、ってわけ?」
「うむ……」
 舞も俯き気味のまま、一口茶を飲んだ。速水の手による緑茶でも、気分の改善には至らないようである。
「でも、そんなに無理しなくったって、今まで作ってきたものでも十分なんじゃ……」
 今まで舞が作り上げてきた料理は、両手両足の指ぐらいでは到底足りぬほどに達している。速水の言うことにも十分な理由があった。
「そうも思った。だが、食材がどうしても手に入らないものが多くてな……」
「ひょっとして、だしもなくなっちゃった、とか?」
 舞は、こっくりとうなずいた。
「それで、何とかそろえられた食材とあわせてしのごうと思ったのだが……もう……」
「でも……」
「それに、だな。……で、できれば、いろいろな料理を、作ってみたかったのだ。その、そなたに、食べさせてやりたいと、思ってな……」
 舞の肩は、かすかに震えていた。
 一瞬の沈黙の後、速水が湯飲みをゆっくりと置いた。
「なるほどね」
 その声に含まれていた何かに、舞ははっと顔を上げた。
 速水の顔には、笑みが浮かんでいるではないか。
「厚志?」
「ずいぶん頑張ったんだね。前にも言ったけどこのご時世だから、食材を集めるのにも大変だったろうに。それにしても、舞にはずいぶん苦労させちゃってたんだね。ごめん」
「い、いや、そなたが謝ることはない! 私が……」
「それに、嬉しいじゃない? 僕のために、そんなに一生懸命になってくれてたなんてさ! ……でも、僕もちょっと、君だけに期待をかけすぎたかもしれないね」
 速水は、舞の目元に浮かんだしずくをそっと拭い取った。

「ねえ舞、よかったらこれからは一緒に考えない?」
「えっ?」
 舞がきょとんとした表情を浮かべるのを見て、速水は小さく笑い声を上げた。
「たぶん、これからまだまだ食材の余裕はないと思うけど、一緒に考えれば、多分もっといろんな料理を考えつくと思うよ。ひとりよりふたりなら確率は倍、なんでしょ?」
「う、うむ、そうだな……」
 ――それに、舞には手に負えないところもフォローできるしね。
 そう思いはしたが、速水は口には出さなかった。
 人の努力に水を指すような趣味は、彼にはない。
 舞はしばらく何事かを考え込んでいたが、やがて上げた顔には、速水と同じように笑顔が浮かんでいた。
「……そうだな。では、よろしく頼む」
「さっ、そうと決まったら、今日はご飯の続きにしよう?」
「う、うむ。そうだな」

 ふたりで囲む夕食は、やっぱりぽっかぽかであったそうな。
 ……かくして、料理をするものが誰もが一度は通る道と言われる「メニューの枯渇」を、ふたりは協力するという選択をすることで乗り切ることを得た。
 これもまた、ひとつの「世界の選択」と言うべきなのかもしれぬ。

 ここからまたしばらくは、ふたりの間に大きな変化はない。詳細については、別紙統計資料H&Sを参照されたい。

(編集者注/現在は紛失しており、詳細不明である)。

 だが、良い時はそれほど長くは続かない。
 確かに彼らはひとつの危機は乗り切ったが、同時にもうひとつの危機が、音もなく彼らの足下に忍び寄っていた。
 ――いや、これは果たして危機と呼ぶべきかいささか逡巡せざるを得ないが、少なくとも一方にとっては十分に危機と感じられたようである。

 次項は、その時の出来事についてまとめたささやかな、だが重要な記録である。
(前出に同じ。記録の日付けは二〇〇〇年二月とある)

   ***

〜ケース3〜

 この季節は、一日というものがあっという間に過ぎていくような錯覚を与えることがある。あたりはすっかり茜色に染まり、西の空には太陽が揺らめきながら、最後の輝きを放っていた。
 短い、だがこの季節にしては非常に穏やかだった一日は、その姿のままに終わりを告げようとしている。
 そんな、茜色のモノトーンの世界の中にたたずむアパート。
 いまやすっかりおなじみとなったこの建物において、家の主人たる舞が、台所に向かって夕餉の支度を進めていた。
 煮物用の野菜を切っていくその手際は、玄人はだし……といったら誇大広告のそしりを免れないであろうが、それでも初めて包丁を握った時に比べれば長足の進歩を遂げていた。それにともない、成果のほうも順調に改善されてきているから、まったくの嘘というわけでもない。
 なにしろ最初の頃は、料理だか化学実験だか判別しがたい物体が皿上にのぼることすらあったのだから、それに比べればまだしも、であろう。
 ともあれ、手順としてはすっかり慣れたもので、おおむね滞りなく進められているはずだったのだが、なぜか舞の表情は今ひとつすぐれないものとなっていた。
「ふう……」
 煮物の鍋をゆすりながら、彼女はなんとも気の抜けそうなため息をついた。ことことと踊る野菜どもになかば上の空で調味しつつ、舞はもう一度ため息をつく。
「なんというか、最近厚志の反応が鈍い気がするな……」
 表情がすぐれなかった理由は、どうもそれらしい。
 傍から見れば、いかにして親の敵を取ってやろうかと言ってもそのまま通用しそうな表情をしていたのだが、心中ではいろいろと複雑な思いが渦巻いていたようだ。
 いかに芝村といえど、彼女はまだ一五才。
 十分に多感な年頃である。
 ……考えてるそれは、夢や希望というよりは、どちらかというとなんだかずいぶんと枯れて聞こえるのだが。
「初めて作ってやったときなど、まさに手放しの喜びようだったのだがな……」
 正確には「初めてまともに完成した食事」であるが、これがご飯・目玉焼き・ホウレン草のソテー・粉ふきいもといった、いわゆる「小学校の家庭科で初めて調理・うまくできるかな? セット」であった。
 だが、料理を目にした速水は、もし彼に尻尾があったらちぎれるのではないか、というほどに感謝に満ちあふれていたそうな。
 その時の彼の表情を思い出すと、舞は今でも頬が赤らんでくる。
 だが、今は――。
「それとも、これが愛情が薄くなった、ということなのだろうか?」
 鍋に味噌を溶きながら、舞は小さくため息を漏らした。
 ここまでくると恋人を通り越して、かつて自分が語ったことのある「理想の若奥様」が倦怠期にでも突入したような雰囲気すら醸し出している。
 ふたりが付き合い始めて一年弱。
 つきあう期間としては決して長い方ではないが、たった一年というなかれ。
 ふたりの間にある互いの想い、そして戦争という異常な状況下における体験と、その中で築き上げた絆の強さは、凡人が日常の中で一〇〇年かかっても得ることができないほどの密度を持っていた。
 だが、もしかしたらそれゆえに、わずかなことでも非常に大きく感じられるのかもしれぬ。
「……何をくよくよしているか、私らしくもない。あやつは変わっておらぬ、それは私が一番良く分かっているはずではないか……」
 だが、舞の表情はなかなか晴れようとしなかった。

 舞の憂鬱はある意味当然のものともいえる。
 料理に限らず、およそ何かモノを作り出すという行為において、何が嬉しいかといえば、それは「他者からの反応」なのだから。それがあるからこそ、ひとはモチベーションを高め、次の過程への足がかりにすることができるのである。
 それが感じられないときの寂しさは、モノづくりに携わったことのあるひとならば誰でも覚えのあることだろう。

 だが同時に、それはおよそ意味のない杞憂であるともいえた。それは、速水の態度を見るだけでも一目瞭然であろう。
「ふん、ふ、ふ〜ん。晩のおかずは一体何かなっ? 肉……は昨日やったし、魚は手に入らなかったって言ってたから、う〜ん……」
 ソファーに寄りかかりながらも、足はもぞもぞ、体はそわそわとなんとも落ち着きがない。顔に至っては溶けかけのチョコレートよりも甘ったるいものと成り果てている。
 この顔を見れば、彼がどう感じているかなど一目瞭然であろうが、あいにく舞は只今「格闘」の真っ最中である。
 いや、それ以前に食卓に着いたときの彼の顔を見ればいいのだし、実際舞も見ている。
 それでも、どことなく沸き起こる不安は押さえようがない。
 さても恋というのは、心の不思議な動きをひとに強要するものである。

   ***

 辺りがすっかり夜の帳に包まれる頃、いろいろと複雑な思いを胸に秘めつつも、とにもかくにも食事が完成した。
「できたぞ」
「はーいっ」
 速水はソファーから急いで立ち上がると、いそいそと席に着いた。ひととおりテーブルの上を眺め回すと、にんまりとした笑みを浮かべる。
 その表情に、舞はほんの少しだけ眉を緩めた。
「いっただっきまーすっ」
「うむ」
 速水は弾んだ声と共に、おもむろに箸を取り、小鉢へと差し入れた。その姿はどこからどう見ても、料理を喜んでいるようにしか見えない。
 ――考えすぎ、だったか?
 わずかに心が軽くなるのを感じつつ、自分も食事にとりかかろうとした舞であったが、ふと、あたりが妙に静かであることに気がついた。
「……?」
 顔を上げてみると、速水が箸を口に突っ込んだまま固まっているではないか。
 さきほどまで満面に満ちていた笑顔は消え、無表情のままぱくぱくとおかずを詰め込んでいく。
 その姿に、舞の心は再び波だった。
「あ、厚志……?」
 帰ってきたのは――かすかな笑み。
 だが、今の舞には、それはとてつもなく冷たいものに見えてしまう。心の波が徐々に大きくなっていくのがはっきりと感じられた。
 舞はしばし唇を噛みながらじっと黙っていたが、やおら勢いよく椅子を蹴飛ばすと、すっくとその場に仁王立ちになった。これには速水のほうがかえって驚いたのか、眼を丸くしたまま彼女を見つめている。
 ――ええい、迷うなど私らしくもない! 不安に思っているくらいなら、いっそのこと……!
「厚志! せっかく食しているのだ、感想のひとつも言ってみてはどうだ!」
 速水は一瞬あっけにとられたが、箸を置くと、ゆっくりと茶を一口すすった。息が整ったのか、改めて舞のほうに向き直ると、吸い込まれるような青い瞳に、舞の心拍数は急上昇を開始した。
「舞」
 彼にしては珍しい、深みのある声であった。
「ななな、なんだ?」
 意外と言えば、あまりにも意外な反応に、今度は舞のほうが言葉を失ってしまう。
 ――い、いかん、お、落ち着け、落ち着くのだ芝村舞!
 冷静さを取り戻そうと、舞は汁椀を手に取ると、口元に持っていった。
 と、速水がささやくように優しく言った。
「愛してるよ、舞」

「ぶっ!? ……ぐっ、けほっ、けほっ!!」
 口元に霧が発生し、次の瞬間には大きな咳が何度も響き渡った。どうやら気管にでも味噌汁が入り込んだらしい。
「わぁっ!? ま、舞、大丈夫!?」
 背中をさする速水に、舞は半ば涙目のまま振り向いた。
「そ、そにゃた、いやそなたはい、いきなり何を言い出すのかっ!? だ、誰がそんなことを今聞いた!」
 そういいつつも、どこか胸が高鳴る感覚を感じつつ、舞は声だけにどうにか怒りを込めて押し出した。
 速水はなおもしばらく舞の背中を優しくさすっていたが、やがて苦笑しながら卓上のおかずを指差した。
 そこには、ごく当たり前の煮物が湯気を立てて小鉢によそられている。見た所は何の変哲もないおかずだった。
「?」
 舞は怪訝な表情を浮かべはしたが、速水の目に冗談は浮かんでいなかった。
 よく分からないままに、舞は小鉢に箸を入れ、ともかく一口――口に入れたとたん、彼女の表情に驚きが走った。
 ――味付けを、間違えたか。
 今こそ彼女は理解した。
 どうも、先ほどぼうっとしていたせいか、砂糖と塩を間違えたらしい、しかも分量も大量に。
 昨今の彼女にしては、かなり珍しいしくじりであった。
「す、すまぬ……」
 蚊の鳴くような声で、ようやくのことで舞はそれだけを言った。いろんな意味で、全身がひどく熱を持っているのが感じられた。
 ――なにが「感想を言え」だ! うぬぼれもいいところではないか……。
 だが、速水は今度ははっきりと笑い声を上げるではないか。それは決して嫌味なものではなかった。
「いいよ。舞が一生懸命がんばって作ってくれたんだもん、それが嬉しいんだから、ね?」
 そうは言われても、明らかな失点であったことは間違いない。先ほどの調理態度が脳裏に甦ってきて、舞は穴があったらレンコンのそれにでももぐりこみたいような気分であった。
「……あれ? 舞、顔が赤いけど大丈夫?」
「な、なんでもないっ!」
 ――厚志、そなたを疑ったりしてすまぬ。まずは私が精進せねばな。
 舞はおもむろに箸を取ると、戦闘ですら見せないような厳しい表情と真っ赤な顔のまま、ものすごい勢いで食事をかき込み始めた。

 ――舞は、いつになったら気がついてくれるのかな?
 速水はご飯を口に運びながら、じっと舞を見つめていた。
 彼が嬉しいのは、舞が食事を作ってくれること。
 他の誰でもない、この自分に食事を作ってくれるという、ただその一事が嬉しくてたまらないのだ、という事実を。
 もちろん、味も見栄えも上達していくのを見るのは嬉しいのだが、最も嬉しいのはなにか、ということを。
 いつの間にか苦笑まで浮かんでいたらしい。気がつけば舞が、不安そうな瞳で速水を見つめていた。
「ど、どうしたのだ、厚志?」
「ん、いや。なんでもないよ。……舞」
「な、なんだ?」
「……いつも、ありがとうね」
「あ……」
 優しく紡がれた言葉が、そっと舞を包む。
「い、いや。その、厚志よ、私はこれからもっと精進する。その、待っていてくれるか……?」
「もちろん」
「そうか……」
 ――そなたに、千の感謝を。
 舞はようやくのことで笑みを浮かべるのであった。

 感謝と喜び。
 いつまでも失われぬよう。
 ……かくて我らは、かのふたりの食生活に関しての調査をすべて完遂した。
 思えば、これらについての苦難もまた数多く、行動を秘匿したにもかかわらずターゲットに我らの存在を察知され、名誉ある撤退を行なったことも、また、したたかに痛撃を食らったことも一度や二度ではなかったが、これは我らにとってぜひともなすべきことであったと信じており、我が戦隊の存在理由(レゾン・テートル)に照らし合わせても、誤りはなかったと確信している。

   ***

 残念ながら、本件に関する報告はこれが最後となる。
 なぜなら、我が戦隊の母体たる、生徒会連合・第五一二一独立対戦車小隊は、明日をもって熊本からの撤退を命ぜられているからである。
 無事に冬を超え、春を迎えることができたと思われた我らが人類であるが、一九九九年の優勢は、幻獣を本気にさせてしまったらしい。
 二〇〇〇年三月から始まった幻獣の春季攻勢は、前年に数倍する戦力と、圧倒的なまでの攻撃衝動に支えられ、人類側の防衛線を次々と食い破っていったのだ。
 我が軍はよく奮戦し、幾度かは戦線を盛り返すことにも成功したが、彼我の戦力差は計測するもむなしいほどに懸絶しており、堤防の決壊を素手で抑えようとするかのごとき努力はすべて破綻した。
 だが、我らは諦めたわけではない。
 古人の言葉に「今日の屈辱に耐え、明日の勝利を掴み取る」というものがある。我らもそのひそみに倣い、人類の勝利を掴み取るまで奮戦を続ける覚悟である。
 だが、恐らくこの記録を持って行くことはできない。我らの運命もよく言って不透明であり、他に優先して運搬すべき物資はそれこそ無数に存在するからだ。
 よって、本報告はすべて現地に残置する。

   ***

 これをいつか発見するかも知れぬ、いつの時代かも分からぬ方にお願いしたい。
 もしこの記録を発見することがあれば、どうか心あらばこの記録をすべて保存、可能なれば公開を願いたい。
 これこそは、戦闘機械とも揶揄されることのあった第六世代の、まごうことなき生活の記録であり、情の存在した証拠であり――同時に、いまや地獄にも似た場所と化してしまったこの九州に、一時なりとはいえ、確かに平和な時間が存在したという証なのだから。

 ここでない、どこか、いつかの時代において、すべてが明らかになることを願い、ここにペンを置く。

 二〇〇〇年五月一〇日 〇五二五時
 生徒会連合第五一二一独立対戦車小隊
    小隊司令 善行忠孝記す

【編集者注】
 以上は、旧熊本市・尚敬高校に存在していたといわれている五一二一小隊の小隊司令室跡とおぼしき遺構より発見された文章である。
 本編集部は、文書のうち修復が完了した部分を抜粋、原文に忠実に掲載したものであり、それこそが執筆者の意向に沿うことである沿うことであると確信している。
 九州を守るために戦い抜き、そして歴史の影へと消えていった学兵諸氏に対し、本編集部は心より哀悼の意を表するものである。

 二〇一五年一二月二九日
 東京広告技術社
 「第三次防衛戦 〜九州中部戦線激闘録〜」編集部
(おわり)


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