前のページ | *
[目次へ戻る]

瞬恋(終話)


 中庭には、土まんじゅうがいくつかと、もうひとつ、明らかに掘りかけとおぼしき穴があった。
そのそばにはここの関係者であろうか、男性らしき死体が転がっている。少なくとも病死でないことは明らかである。その死体は、上半身と下半身が数メートルほど離れていた。ふたつの物体の間を、赤黒い紐がかろうじてつないでいた。
 どうやら、穴掘りの途中でやられたらしい。シャベルはいまだ彼の手に握られていた。
「……で、どうするんだ、滝川?」
「ここに、埋めましょう。あの子は、ここが好きだって言ってたし、それに……」
 滝川はそれ以上は何も言うこともなく、男の手からシャベルを取り上げると、黙って穴を掘り始めた。やがて他の面々もそこらにあった道具などで彼を手伝い始める。
 人手もあることだし、おそらく彼女を「連れ帰る」事自体は簡単であろう。ただし、彼らには彼女の身元を調べるすべはないし、学兵でもない彼女を葬ってやる余裕もない。せいぜいが無縁仏として、葬られるのがおちである。
 ならば、自分たちが埋葬してやって何が悪かろうか。
彼らは、黙々とシャベルをふるい、土を掻き出した。
 やがて幅も奥行きも、そして深さも十分な穴がふたつ出来上がると、滝川たちは再び邸内にとって返した。
 彼女の前にやってくると、かけられていた布団をそっと取り外す。滝川は彼女が手にしていたパステルグリーンのワンピースをそっと取り上げた。
 胸が、急に熱くなる。彼はしばらくその場に立ち尽くしていたが、誰も、何も言わなかった。
「とっても……似合ってたぜ、これ」
 滝川はそう呟くと、彼女の上にかけ直してやった。
 近くの部屋にあったシーツも使って、未来を丁寧に包みなおすと、一行はそれぞれシーツの端を持ち、外に運び出した。

 小さな葬列は穴にまたがるように立つと、そっと底へと未来を横たえる。瀬戸口が、黙って滝川にシャベルを渡した。
彼はそれを傍らに用意されていた土山に差し込んだが、なかなか次の動作に移れない。
 さすがに堪えかねたのか、壬生屋がいささか震える声で何かを言いかけたが、背後からそっと肩にかけられた手に、言葉を途切れさせた。
「隆之さん……」
「今は、黙って見てな。……察してやれ」
 壬生屋は己の行為を恥じるように俯いた。
 滝川の視線はじっと穴の底に向けられている。やがて彼は口元をかすかに歪めると、一塊の土を穴の中に放り入れた。
 重い音と共に、彼女の顔の辺りに土がかかる。
滝川の体に震えが走ったが、後は手を休めることなく同じ動作を繰り返す。彼女の姿が半分ほど隠れたころになると、瀬戸口たちも後に続いた。
 同じ作業がもう一度繰り返され、ほどなくして、土まんじゅうの列に新たなふたつが加わった。近くにあった木材を適当に削って立てる。
 そのころになると、いつの間にか姿を消していた速水が、手に線香と花束を抱えて戻ってきた。
 線香に火をつけると、あのどこか追憶を思い起こさせる香りがあたりに漂った。滝川はそれを黙って受け取ると、墓前にそっと立てた。
「……それにしても、ずいぶんと早かったではないか? もう少し時間がかかると思っていたぞ」
 滝川が一心に手を合わせている間、舞は他には聞こえぬ声で、前を向いたまま尋ねた。速水はいささか複雑な表情を浮かべながら、前を向いたまま答える。
「うん……。親切な人がくれたんだ」
「親切な人?」
 速水は黙ったまま後ろを指差した。
振り向いた舞の目が大きく見開かれる。彼女らからやや離れた瓦礫の向こう側に立つ小さな影が三つ、確認できた。
「なるほど、な……」
 舞は小さく呟くと、それ以上は何も言おうとしなかった。
 やがて全員が線香を供え終えると、瀬戸口が、常の彼には似合わぬ重い、響きのある声を上げた。
「総員、整列!」
 驚きはあったが、それでも素直に一同は墓前に整列した。瀬戸口の言葉は続く。
「命運半ばにして斃れし者を、我ら今、ここに葬らんとす。願わくばまたいつの日にか、共に我らと歩まんことを……。古の神々よ、万物の精霊よ、照覧あれ。……総員、敬礼っ!」
 各自がそれぞれの想いを込めた敬礼を行う。彼らの背後でも空気が動いたのが速水には分かった。
 滝川の肩がかすかに震えていた。
 ――さようなら。
 彼の目に熱いものが盛り上がり、頬を伝い落ちる。それはいつの間にか傾いた陽を浴びながら、きらめき落ちた。

   ***

 それからさらに数日が過ぎ、滝川を含む五一二一小隊は、例の施設の比較的そばを通り、尚敬高校への道を急いでいた。
 周囲にはかなりな霧が立ち込めていて、走行にも支障が出始めてはいたが、防衛戦がほぼ完勝であったことも手伝って、部隊のムードは比較的明るいものとなっていた。
 そんな中、一〇トントレーラーに片膝立ちで固縛された士魂号二番機では、滝川がハッチを開放して、そこから半ば身を乗り出すようにして外を眺めていた。
厳密に言えばいまだ作戦行動中であるので違反ではあるが、先ほど言ったような状況でもあるし、それより数日前の出来事は――あくまでひそやかに、ではあったものの――いまや小隊内で知らぬ者がないという状況だったので、彼の心情を察してか、誰も文句をつけようとはしなかった。
 彼は、自らの愛機をそっと見下ろした。主武装である九二ミリライフルは、硝煙の汚れもなく鈍い輝きを放っている。
 彼の二番機は、今回の戦闘でただの一発も敵に向かって攻撃を行っていなかった。
 ――これじゃ、いけねえよな。
 滝川は、大きなため息をついた。明日をも知れぬ身であると彼女に――未来に大見得を切った自分が、その戦場でまったく何の役に立っていないとのは、喜劇以外の何者でもない。
 なにか、区切りが必要であった。
 滝川は、ヘッドセットのスイッチを入れた。
「よう、速水。ちょっといいか?」
『……なに? 滝川』
 速水の声は、彼を案ずる響きと、ともかくも口を聞いてくれた安堵感が半々といったところであった。それほどにここ数日の滝川は、まるで貝になりでもしたかのようであったし、また憔悴も激しかったといえる。
 滝川はかすかに苦笑を浮かべつつ、言葉を継いだ。
「今度の休みなんだけどな、ちょっと付き合ってくれねえか? み……松崎さんとこに顔を出してえんだ。このままじゃ、彼女にも悪いしな……」
『ああ、そうなんだ。ちょっと待って』
 なにやら小さな声でやり取りがあり、舞が取って代わった。
『滝川よ、それには、我らも同道してよいか?』
「ああ。……彼女も、喜ぶだろうよ」
『それならば』
 舞は全てを言い終えることができなかった。
 突如、複数の飛翔物体が霧を割って飛び出し、たちまちのうちにロケット弾の形になったかと思うと、長く伸びた車列の周囲に次々と弾着したのだ。不意を衝かれた格好になった小隊は、危うく追突を避けながら急停止する。
「うわっ!? な、なんだ、何が!?」
 ハッチから放り出されそうになったのを、どうにかしがみついてやり過ごした滝川の耳に、瀬戸口の信じられない報告が入っていた。
『警報、警報、警報! 二時方向距離八〇〇に幻獣反応あり! 数、中型四、小型一二! 我が方に向けて進軍しあり! 総員、戦闘配置につけ!』
『なぜこんな近距離になるまで分からなかった!? 昼寝でもしていたのか!』
『分からんよ! 少なくとも空間歪曲反応がなかったから、どこかの残存部隊だとは思うが、レーダーにまったく反応がなかったんだ!』
 背後でかわされるやり取りをよそに、滝川の胸にはある不安が渦巻いていた。彼は一動作で機内に飛び込むと勢いのままにハッチを閉鎖、そのまま左手を神経接続システムに突っ込むと、いささか強引にフル稼働に持っていった。急速に知覚が拡大することによる擬似的な痛みが滝川を襲うが、今はそれどころではない。
 先ほど瀬戸口は二時方向に敵がいるといった。
 滝川は不安が黒雲のように広がっていくのを自覚しながら、視界を赤外線モードに切り替え、最大倍率にセットした。
「!!」
 滝川の体が硬直する。まるでミルクのように漂う霧越しにかすかに見えたのは、半ば焼け落ちつつあった例の施設と、そしてその周辺に跳梁する幻獣どもの姿であったのだ。
「……野郎っ!!」
 頭の中がかっと熱くなり、同時に背中に氷柱を押しつけられたような震えが全身を支配した。気のせいではなく、視界がかすかに赤みがかっている。
「てめえらっ!! 何しやがる!」
 通信回線がオンになっていることも構わずに、滝川は声を限りに叫んでいた。周囲で誰かが何か叫んでいたが、彼にはまったく耳に入っていない。
 ――彼女が、未来が好きだといった場所を、彼女が安らかに眠るべき場所を、手前らは土足で踏みにじった。彼女の清らかなる魂を、手前らは汚した!
「許せねえ!! 手前ら、覚悟はできてるんだろうな! 二番機、出動する! 固縛ロープ外せぇっ!」
『え、で、でも……』
「やかましいっ! 四の五の言わねえで、さっさとやれっ!」
 いつもの滝川ならありえない大喝に、整備士たちはあたふたとロープを外していく。と同時に、滝川は出力を全開にすると、そのままトレーラーから飛び出した。
「行くぞ! 速水、壬生屋、援護しろ!」
『りょ、了解!』『分かりました!』
 いつもの性格をどこかに置き忘れてきたかのような滝川の突撃に戸惑いつつ、他の二機も出撃する。
滝川はお構いなしに全力疾走を続けると突如急停止し、ほぼ同時に九二ミリライフルを発射した。弾は狙い過たずゴルゴーンに命中、遠距離攻撃型幻獣をただの肉塊に変えた。
「い、一体、何があったんだ!?」
 誰もが滝川の豹変に戸惑う中、滝川はライフルを乱射し続ける。だがそれは、霧に邪魔されているせいもあるだろうが、決して命中率がいいものではなかった。
『敵第二派出現! 六時方向、距離九〇〇!』
『またか! 指揮車のレーダーは昼寝でもしているのか!』
 そういわれたところで、指揮車も可能な限りのセンシング能力を駆使しているのだからどうしようもない。
 ともあれ、霧がいっそう濃くなってきていることもあり、敵の数が増したこともあって、部隊は徐々に分断されつつあった。赤外線センサーもだんだんと効かなくなりつつあったが、それでも、普段であれば別にどうというほどではないはずだった。
 確かに視程は急速に悪化していたが、士魂号にはレーダーもある。それに、各機からの観測情報を合わせれば、リアルタイムで戦況をモニターすることなど難しくないはずだった。
 しかし、それはある瞬間を境に崩れ去った。
『な、なんだこの霧は、いつもと勝手が違うぞ!?』
『違う、こいつは霧のせいじゃない! 強力な妨害電波を探知、レーダー情報精度、急速に低下! リアルタイムリンク継続不可!』
『定置センサー二番、三番、七番アウト! 信号途絶!』
「い、一体何が起こってやがるんだ!?」
 滝川が困惑の声を上げている間にも、戦況モニターに表示されていたユニットが次々と動きを止めていく。情報が入らなくなり、リアルタイム表示が不可能になりつつあったのだ。
 やがて画面は完全に止まり、同時に視界の右下に赤いシンボルが点灯する。リンクが完全に切れたのだ。
「ちっくしょう! 一体どうなってやがんだよ!」
『滝川! ……時方向、かくに……』
「何だって!?」
 いまや小隊内通信すら急速に悪化しており、恐らくは速水のものらしい声は、目の前に広がる霧のように、ひどくあやふやなものとなっていた。
「こちら二番機、滝川! 今のは速水か? おい、一体どこが何だってんだ!?」
『……二時方向! 敵が……』
 ふいに、一言だけが明瞭になったかと思うと、あとはもうまったく聞こえなくなってしまったが、それだけで十分であった。彼が言った方向はかすかに霧が切れており、かすむ丘の向こう、未来のいた施設があったはずの方向が薄ぼんやりと見えていた。
 ――何が、どうしたってんだ? 何が……。
 視界の倍率を最大にしながら、滝川は目を皿のようにして周囲をねめつける。
 かつて建物であった残骸が焼け焦げ、あたりに散らばっているのが見えたが、それは無視した。押しつぶされた土まんじゅうとしおれた花が視界に入ったような気もしたが、今は何も考えない。いや、考えてはいけなかった。
 考えたらそれに自分が耐えられないであろうことを、彼はよく知っていたのだ。
 と、視界の隅に何か四角い、大きなものがふっと横切った。慌てて視線を止め、さらにピントを合わせる。
 次の瞬間、滝川の目は信じられないものを見たとばかりに大きく見開かれた。
「……ジャマーか!」
 滝川は、最重要撃破目標の名を口にした。
 電子戦適応型幻獣、ジャマー。
 もともとは自衛軍の戦術情報収集車や生徒会連合の指揮車であったものが撃破され、寄生型幻獣となったものである。
 これ自体の武装はなきに等しいが、卓越した電子戦能力を運用するに至ったジャマーが戦場に出てくると、人類側の勝率は半減すると言われるほどの脅威となった。そのため、この幻獣はあらゆる部隊を問わず、最優先目標とするよう通達がなされている。
 今それが彼らの目の前に現れたのだ。それも二体。
「くそっ、なんて厄介な奴が……。しかしあそこなら丸見えだぜ、ぶっ飛ばしてやる!」
 しかし、滝川がライフルを向けようとしたその瞬間、再び霧が全てを覆い隠してしまった。
「ち、ちくしょう!」
 その間にも全ての電子機器は使用不可能になりつつあり、敵どころか味方同士の位置さえ分からなくなりつつあった。
『三番機、被弾! 移動力……』
『一番……、超硬度……破損……』
 切れ切れに入ってくる情報は、全て味方の苦戦を伝えるものばかりである。何とかしたくても、こうも情報が入らなければ、彼の得物は何の役にも立ちはしない。
「畜生、畜生! 姿を見せやがれっ!!」
 ――こっちです。
「……えっ?」
 滝川が悔しげに叫んだまさにその時、どこからともなく声が聞こえてきた。滝川は耳を疑った。それは忘れられるはずもない、聞き覚えのある声だったからだ。
「ま、松崎さん!」
 まさしくそれは、未来の声だった。
 同時にコックピットが薄ぼんやりとした青い光に包まれる。その光の中に立つのは、確かに未来であった。滝川の目に不意に熱いものが浮かび、そのまま音もなく零れ落ちる。
「あ、ああ……。よかった。また、会えた」
 ――陽平さん、私と、そして父を丁寧に葬ってくださって、ありがとうございました。それと、だますようなことをして、ごめんなさい。
「いや、そんなことは……お父さん!? あの、男の人が?」
 ――ええ。……そして、私を見てもあなたは好きだ、と言ってくださった。それが、私には嬉しかった。
 光の中で、未来がかすかに涙ぐむのが見えた。
「当たり前だ! 俺は言ったはずだ。君のことが好きだって! 俺は嘘なんか言わねえ!」
 ――ありがとう、陽平さん。そして皆さん。私の、私たちのために祈ってくださった方々。
 状況は指揮車でも同じであった。
 滝川たちの「会話」が流れる中、同時にモニターにぼんやりとした光が浮かび上がる。それは指揮車のみならず、全ての士魂号にも映し出されていた。
「な、なんだこれは?」
 ――それは、幻獣の現在位置です。私たちが今、彼らを捉えています。
 同時に、小隊全ての者の耳に、いくつもの言葉が、まるで寄せては返すさざ波のように聞こえていた。
 ――ありがとう。
 ――ありがとう。
 ――僕らのために泣いてくれてありがとう。
 ――私たちのために祈ってくれて、ありがとう。
 ――これは、ほんのお礼。そして、私たちに出来る、これが全て。
 ――陽平さん! 私たちが目印になりますから、それを狙ってください!
「し、しかし、そんなことをすれば君たちも!」
 ――大丈夫です。私たちはすでにこの世の者ではありません。一時的に消えてしまうかもしれませんが、存在が消えるわけではありません!
「で、でも……」
 なおも逡巡する滝川の耳元で、未来はまるでそこにいるかのように声を張り上げた。
 ――お願い! 私たちはあなたに、私たちのために涙を流してくれたあなたに報いたい!
「……う、うおおおおおおおっ!!」
 滝川は吼えた。ただ、吼えた。
 彼は九二ミリライフルを構えると、小隊の誰もが及びもつかぬような正確な操作で狙いを定め、瞬時に発砲した。弾丸はまるで味方をすり抜けるように突き進み、確実に幻獣を撃破していく。
弾倉を次々に交換し、なくなれば足に貼り付けた予備弾倉を引き剥がして、滝川は撃ち続けた。
 彼が狙った幻獣の前には青い、小さな光が漂っていたが、それはライフル弾が炸裂すると同時に粒となって弾け、消えていく。
 ――ありがとう……。
 滝川は泣きながら、それでもトリガーは緩めない。
「莫迦野郎! 俺に、俺なんかに礼を言うな! 俺は、俺はお前らに……」
 ――気にしないでください。さっきも言いましたよね? 私たちは既にこの世の存在でない存在なのですから。
「関係ねえよっ! 生きていようが死んでいようが、俺は、俺は君が、あんたらが……」
 ――ありがとう、陽平さん。次は、私が……。
「えっ!?」
 滝川が叫んだ次の瞬間、彼の傍らから未来の気配がふっと消えた。そしてしばらくしてから、青い光がいまだ健在なジャマーの前に現れる。
「そ、そんな……そんな!」
 ――陽平さん、早く!
「未来いっ!!」
 滝川はほんの一瞬だけためらいを見せたが、声を限りに叫ぶと、トリガーを引いた。彼女の想いを無碍にするような真似は、とてもできなかった。
遥か彼方のはずなのに、青い光――未来が微笑んだのが、彼にははっきりと分かった。
 ――ああ……。ようやく、名前で呼んでくれましたね。人前で、みんなの前で。ありがとう。私はいつまでもあなたのそばにいますよ、いいでしょう……?
「未来いっ!!」
 滝川の叫びに、青い光となった未来は頷きかけ――その中央を九二ミリライフル弾が通過していく。
 光は粉々に飛び散りながら、炎の中へと消え去っていった。

   ***

 翌日、すっかり焼け落ちた施設の傍らで、懸命に修復作業に励む五一二一小隊の姿があった。彼らも昨日の戦闘で少なからぬ損害を負っていたはずであったが、誰もそんなことは気にもとめていなかった。
 建物は修復不可能だったために片付けられたが、その代わりであるかのように、修復された墓標の周りには堅固な柵が設けられていた。
 やがて、線香の香りがあたりに立ち込め、小隊員全員が墓前に整列する。最先頭は滝川だった。
「私たちは、あなたたちのおかげで全滅の危機を逃れることができました。ありがとう。私たちは、あなた方のことを永久に忘れません。……滝川百翼長、前へ」
「はいっ!」
 花束を抱えた滝川は、一歩、また一歩と未来の墓前へと歩いていく。彼はそっとひざまづくと、花束を置いた。
 ――未来、ありがとう。……俺は、君が大好きだよ。
 彼の周りに、きわめて小さいが、青い光がいくつも浮かび上がる。そして、そのうちのひとつが彼の肩にそっと寄り添うと、まるで祝福するかのように他の光があたりを乱舞する。
 ――これから、いつまでも一緒に、そうだろう?
 ――はい……。
 未来の声が聞こえたような気がして、滝川はかすかに顔を上げた。だが、そこにはどこまでも青い空が広がっているだけだった。
 彼が立ち上がると、それを合図に若宮があたりを圧する裂帛の号令を下す。
「我らを救いし英雄に対し、満腔の感謝を込めて……。総員、敬礼ッ!!」
 風が、音もなく彼らの間を吹き抜けていった。
 
   ***

 余談ではあるが、その跡地には休戦後に小隊の名で石碑が建てられ、手向けの煙と花が、今も絶えることなく供えられているそうである。

 出会いは偶然なれど、真の恋は必然なり。
 死生を超えて、その絆、いつまでも……。
(おわり)


名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



前のページ | *
[目次へ戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -