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整備士哀歌(終話)


 戦場というところは、昼間に見てもあまり気分のよろしいものではない。ましてや夜など、普通なら頼まれても来たくないところである。
 さすがに戦闘からかなりの時間が経過しているので幻獣の死体は霧散しているし、人類側にしたところで埋葬分隊と通称される遺体回収班が入っていたから、無残な骸を見せつけられるわけではないが、それでもあちこちに打ち捨てられ、破壊された残骸は、まるで捨てられた恨みを自分たちに向けているようにも思えなくもなかった。
 半ば崩れ落ちた市役所前から廃墟と化した市街地を通り抜け、トラックはさらに南進する。退避命令がいまだ解除されていないためか、あたりにはまったく人気がない。
 だが、彼らにはかえって好都合というものだ。
 やがてあたりは開けた一帯に差しかかる。
 別に空き地というわけではない。めぼしい建物は全て焼け落ちてしまったのだ。
 一行はここでトラックから降り、光量を抑えたライトだけを頼りにゆっくりと進んでいった。むろん、周囲には完全武装のラインスタッフが立ち、あたりに眼を配っている。
「なんだか、薄気味悪いよなあ……。お、俺さぁ、こういうのって苦手なんだよ」
「情けないことを言ってるんじゃないの。……見えてきたわ、あれよ」
 原の声に誰かが手持ちのライトをさっと掲げると、唐突にうす白い機体が目に飛び込んできた。五一二三小隊所属の士魂号M型(単座型)である。
 どうやら下半身を集中的にやられたらしいこの機体は、身体を建物の残骸に預けるようにしてもたれかかっていた。
 ――まるで、白骨死体みたいだな。
 速水は士魂号にちらりと視線をやると、口の中でそっと呟いた。
 彼自身は別にそういうのに弱いわけではないが、だからといって、見ていて気分のいいものではない。
 ハッチが解放されているところを見ると、乗員は脱出に成功したようだが、それでもあまり触れたくないものであることには変わりなかった。
「思ったほどに損傷はないわね。特に頭部あたりは無傷に近いから、それなりに回収できそうだわ」
「それは分かりましたが……。あの、整備班長。……なんだかさっきからここ、臭くないでしょうか?」
 壬生屋の声に周りを見れば、同行しているメンバーの何人かは顔をしかめ、青い顔をしている者もいる。
「ああ、おそらく人工筋肉が腐敗し始めてるんでしょう。戦闘からまる一日、循環器系も止まってこの季節じゃ、それも無理はないわね」
「ええっ? じゃあ……」
「仮に人工筋肉は駄目でも、まだまだ使える部品はあるわ。……一応、ガスマスクは用意してあるから装着するように」
「……はい」
 壬生屋はがっくりとうなだれた。突貫娘の称号をこっそり奉られている彼女にしても、どうも、この臭いのもとに向かっていくほうがよほどに嫌らしかった。
 ――無理もないわね。
 原はかすかに同情の視線を向けつつも、傍らを振り返った。
「加藤さん、そっちはどう?」
「ばっちりですわ。情報にあった士魂号L型二両、見つけましたで。……さすがに破損がひどいみたいでっけど」
「それは仕方ないわね。……じゃ、そっちはお願いね」
「はいな」
「さあみんな、こっちも作業を開始するわよ」
 彼女の声に、各自がトラックからおろした機材を手に、士魂号や周辺に散らばった遺棄車輌に取り付き始めた。
「よーし、もう少し前までいいぞ……。オーライ、オーライ……ストップ!」
 田代の指示に従って定位置についた一〇トントレーラーから、アウトリガー(張り出し)が延ばされてしっかりと地につけられた。備え付けのクレーンが回転を始める。
 ワイヤーが肩部の装甲板に結わえ付けられた。
『ボ、ボルト離脱完了。リリース開始します』
 いささかくぐもった田辺の声に合わせてクレーンがゆっくりと動き、士魂号の装甲板が外される。
『……これは、駄目ね』
 田辺の傍らに立った原が小さく首を振った。
『そうですね……。で、でも、ここのケーブル類や制御パネルは使えそうですよ』
 そう言いながら田辺はさっさと取り外しにかかる。ガスマスクの中で、原は思わず苦笑を浮かべた。
 ――こういう時ってこの娘、決断が早いのよね。普通ならこんな時躊躇しそうなものだけど。
 見てる間にも田辺は半ば腐りかけた人工筋肉の中からケーブルを引っ張り出し、使えそうな部分をカットする。やがてそこそこの長さのケーブルがふたりの手に残った。
『ここはもう、こんなところね。次にいきましょう』
『はい、でも班長……』
『何?』
『後で、お風呂が大変そうですね』
 マスクの奥で田辺が小さく笑った。
『大丈夫よ、残ったメンバーには盛大に風呂を沸かすように言ってあるし……。あと、消臭剤と芳香剤もたっぷりとトラックに積んであるわよ』
 その言葉に、田辺は珍しく苦笑を浮かべた。
 原が今挙げた品は、どういうわけか先日の補給で大量に送られてきた品からだった。

 作業の音は、明け方近くまで響いていたという。

   ***

 結果から言えば、この回収は成功であった。
 さすがに人工筋肉はほとんど使い物にならなくなっていたが、それでも奥のほうに収まっていた何本かはかろうじて無事だったし、アビオニクスやセンサー、ケーブルからコードに至るまで、かなりの部品の回収に成功したのだ。
 加藤のほうもL型の一二〇ミリ砲は無理だったが、砲弾や二五ミリ機銃、装甲板の一部や電子機器など、破損を免れた部分で得られたものは多かった。うち一両はボルトまで片端から外されたため、作業終了の声がかかったときにはほとんど解体寸前になっていたそうだ。
 ただ、作戦は成功したというものの、まるで墓荒らしにでもなった気分に、全員、大きなため息をついた。
 ことにL型内部で作業をしていた加藤と来須は固い表情を――来須の方はいつもと変わらなかったが――浮かべていた。
 車内には染みがいたるところにこびりついており、床には赤黒い水たまりが半ば固まりかけていたそうな。
 それでも多種多様な部品が手に入った効果は大きく、小隊の整備は順調に進んだ。一見無駄かと思われた車輌関係の部品も他の小隊との交渉がつき、交換が成立している。
 だが、そういった幸運が長く続くことはないのだ。

   ***

 最初の行動開始から数日後の夜中、サルベージ部隊(誰からともなくこう呼ぶようになっていた)は菊池市にいた。
 今回は生徒会連合の参加はなかったのだが、珍しくも自衛軍の機甲大隊――それも一部は新鋭の九五式戦車という噂だった――が戦闘を行ったという情報が入っていたのだ。
 出かけてみれば、そこは彼らにとって宝の山であった。
 味方の各種装甲車両が擱座し、破壊されている姿に歓声を上げる姿を見られたら、気の早い部隊から射撃されても文句は言えなかったろうが、その時の彼らにしてみればまったく正直な感想の発露であったに違いない。
 彼らは嬉々とした表情で車輌に飛びつくと、実に手際よく回収を開始したのだ。ここではよほど慌てて後退したのか遺体の回収もろくに行われていなかったが、既に彼らはそんな現実にひるむことはなくなっていた。
 人間は三日同じ状況が続けば、更なる変化がない限りはそれに適応していくものなのである。
「一二・七ミリM2機関銃二丁確保しました。弾丸は推定で約五〇〇発!」
「こっちに九五式が擱座してるぞ! バスル(砲塔後部の張り出し部分。自動装填装置の弾薬庫になっている)は無事だから砲弾が回収できるかもしれん、手伝ってくれ!」
「このエンジン、電気系統無事デス。バッテリーの接続は外しマシたか? じゃあ、始めまショウ」
「……なんだかうちって、最近は戦闘よりこっちのほうが上手になってきてるんじゃないかしら?」
 最初の頃よりはるかに手際のよくなったメンバーを見ながら、原は思わず苦笑を浮かべていた。自らが言い出したことではあったものの、こうもてきぱきと処理を進められると、なんだか意外な感がぬぐえないのだ。
「いいんじゃないですか? おかげで部品はちゃんと手に入るんですし、よそとの交渉も上々ですし。……戦局まではなかなか変わらないみたいですけど」
「そうね……」
 不意に暗くなった森の声に、原も相槌以上のものは返せなかった。前線では敗北につぐ敗北が当たり前になり、五一二一小隊の連戦も勝利も、それを押しとどめる力になってはいなかったのだ。
 ――このままでは、きっと……。
 そこまで思考が及んだ時、原ははっと顔を上げ、あたりを見回した。
「先輩、どうしました?」
「今、何か変な音が聞こえなかった?」
「音ですか? いえ、別に何も……」
 森は一応耳を済ませてみたが、聞こえるのは皆が作業する音ばかりだった。
 ――ひょっとして、疲れているんじゃ。
 そう言いかけた森の動きがぴたりと止まった。かすかではあるが、何かがうなるような音が聞こえたのだ。
 みんなのいる方角ではない。
「い、今何か音が……」
「また聞こえたわよ、ほら!」
 原の指差した方向から、確かに音は聞こえてきた。これは明らかに車輌の走行音だった。それも一台ではない。
「緊急警報、所属不明の車輌が複数こちらに向けて接近中、各員はただちに作業を終了し、撤収準備!」
 原はあくまで声をひそやかに、ヘッドセットのマイクに向かってそう言うと、自らは手近の物陰に身をひそめ、迫り来る車輌を何とか見極めようと闇の中へ目を凝らした。
 後ろでは人の動きが一斉に止まり、それからまるで蜂の巣をつついたように、だがあくまで静かに準備が進められていた。成果物を車に放り込み、厳重に固縛し、シートをかぶせ、それから工具をまとめて放り込む。
「せ、先輩。速水君たちを呼びますか?」
 後ろについた森がいささか慌てた声でささやきかけてきた。原は黙って首を振る。相手の正体が分からないからだ。
 もし民間人なら――その可能性はきわめて低いが――射撃をするなどもってのほかだし、生徒会連合や自衛軍でもうかつな事はできない。まかり間違って反乱軍にされてしまうのはまっぴらごめんであった。
 後方の音が段々と静かになっていく。明かりすら次々に消され、あたりはまったくの闇に包まれた。
 急に静かになったせいか、後方からなにやら金属質の音が聞こえてくる。
 アサルトライフルに弾倉を装填する音だった。
 気配を察した原は、マイクに小さくささやいた。
「別命あるまで発砲は禁止。総員乗車の上待機せよ」
『了解』
 車輌音はますます大きくなっていく。音から察するに、こちらとどっこいどっこいのトレーラーが混じっているようだ。あるいは、装甲車両だろうか。
 だが、今のところキャタピラ特有の何もかも踏みしだくような音は聞こえてこない。
 ――三、四台ってところかしら。
 廃墟の中でいくらか音が散乱しているが、原はそう当たりをつけた。よく聞くとさらにその向こうにも何か聞こえるが、そちらはよく分からない。
 と、エンジン音が急に止んだ。
 痛いほどの静寂があたりを包む。
 数分か、あるいはほんの数秒だったのかもしれないが、痛いほどの緊張を伴なった時間が流れ――
 突如彼方から数条の光芒が差し込み、原たちのいるあたりをはっきりと照らし出した。
『誰だ!』
 ――見つかった!
 鋭い誰何の声がかかった瞬間、転がるように原は光芒から逃れると、少し距離を取ってから立ち上がり、懸命に走り出した。
 彼女らの行動のせいか、その後の素早い機動のせいか、敵――原はほとんど本能的にそう判断した――の動きに乱れが生じる。
「エンジン起動、この場から脱出! ラインスタッフは安全装置解除、ただし発砲は待て! 森さん、急ぐわよっ!」
「せっ、せんぱぁい! 置いてかないでくださぁいっ!!」
 森が必死に食いついてくるのを確認すると、原はウォードレスの倍力装置を最大にセットした。
 まるで空を跳ねるような機動を何とか捉えようと光が走るが、それは無駄な努力というものであった。
 ――自衛軍か、それとも生徒会連合の憲兵隊か……。いずれにしても掴まったらただじゃすまないわね。
 既にトレーラーは動き出し、軽トラックだけがエンジンを全開にしたまま待機していた。
「素子さん、早くっ!」
「森、もう少しだ! 全力を出せっ!」
「若宮くん!」
「し、芝村さん、速水くんも!」
 荷台には速水と舞、それに若宮がそれぞれの得物を手にこちらに向かって大きく手を振っていた。原と森は最後に渾身の力を込めてジャンプを行う。
 手は荷台にかろうじて引っかかったのを速水たちが懸命に引っ張り上げた。
「確保した、行けっ!!」
 軽トラックとは思えないほどにタイヤが鳴き、ついで弾かれたように走り出す。全員が荷台から放り出されそうになったが、互いに手をつなぎあうことでどうにかこらえた。
「このまま大通りを避けて一旦北上、各車にも通達!」
 運転席に向かって原が怒鳴る。まっすぐ戻ったりしたら、尚敬高校までついてこられないとも限らない。
「敵、接近してくる!」
 速水の声に視線が集中した。確かに車輌群は姿を隠す努力すら放棄して、ヘッドライトを煌々と照らしながら徐々に接近してくる。
 と、若宮がおもむろに長い筒のようなものを構えた。
「皆、伏せろ!」
「若宮くん!? ダメッ!!」
「大丈夫です、傷つけやしません!」
 若宮は原の目の前に何かをずいと突き出した。それを見た原の目に理解が浮かぶ。
 気の抜けたような音とともに何かが飛び出し、ゆっくりと車列に向かっていったかと思うと、それは空中でいくつもの光の筋を引きながら分裂し、跡には夜目にもはっきりとした白い煙がもうもうと立ち込めていく。
「若宮くん、それ……煙幕弾ね?」
「そうです。あのライトの光量なら煙幕を透過などできないはずです。少しは時間を稼げるでしょう」
「そうね、それだといいんだけど……」
 原の不安は、どうやら的中したようだった。
 さほど走りもしないうちに突如前方に数本の光条が走り、小隊を明々と照らし出したのだ。
「!!」
 見れば、ここを抜ければ迂回路に出られるという十字路に先回りでもしていたのか、数台のトレーラーらしき車輌が道をふさぎ、ヘッドライトでこちらを照らし出しているのだ。原は先ほど聞こえたもうひとつの音の正体に思い当たったが、後の祭りであった。
 強行突破も一瞬考えたが、道は完全に塞がれておりトレーラーの激突くらいではどうにもなりそうにない。この調子では側道にも兵が伏せられている可能性すらあった。
 こうなったらもう同士討ちか降伏でもするしかないか、と誰もがそんな覚悟を固めかけたとき、車列の前に一人の男が立って、こちらに向けてスピーカーで話しかけてきた。
『そこの不審部隊、なかなかの手際のようだがお前たちは完全に包囲した。無駄な抵抗はやめて直ちに……あれ? お前たち、こんなところで何やってるんだよ?』
 声は途中からいきなり素っ頓狂なものに変わった。
 自分たちを煌々と照らしだしていたヘッドライトが次々とあさっての方向を向き、光量を落としていく。
 ――一体、どうなっているの?
 そのころには後方の車両も追いつき、小隊を完全に包囲する態勢をとっていた。
 せめて相手が誰であろうか確かめるべく、原は軽トラックから降り立った。
「あなたたちは一体、誰なの?」
「なんだよ、ご挨拶だな。もう俺たちのことを忘れちまったのかよ?」
 その声と同時につかつかと近寄ってくる男に、原は一瞬警戒の姿勢をとったが、それはすぐに驚愕に取って代わられた。
「あっ!? ……あなたは!」
「よお、久しぶりだな」
 男――航空自衛軍熊本航空隊の瀬崎少佐は、片手を上げてにやりと笑みを浮かべた。

 五一二一小隊と熊本航空隊の付き合いについては多少の説明も必要だろう。彼らはかつて航空機型幻獣――いわゆるファントム・ファイターを撃退するために共同作戦を行なった間柄である。その詳細をここで改めて述べることはしないが、それ以来彼らの間には、いささか浅からぬ因縁ができあがっていたのであった。
「なんだぁ? じゃ、お前たちも部品をあさってたのか」
 瀬崎はそう言って呆れたような表情を浮かべた。みれば、その背後からぞろぞろと一〇数人の整備士らしき男たちが顔を出して、似たような表情を浮かべている。
「お前たちも、って……瀬崎さんもですか?」
 アサルトライフルを片手に提げたまま、速水がいつもの口調で尋ねた。夜の戦場にあまりにも似つかわしくない口調に、瀬崎の顔に苦笑が浮かぶ。
「まあな、こっちの部品事情もお前さんたちと似たり寄ったりっていうところでな。こうして戦場で廃品回収してたってわけだ。で、ここ数日俺たち以外にも部品をあさってる奴がいるのに気がついてな。それがまたいいところばっかり持っていかれちまってるんで、ちょいとどんなやつか見てみようと思ってな」
 瀬崎はからからと笑いながら言ったが、だとすると、手に持っているアサルトライフルは何なのであろうか?
 まあ、こちらも似たようなものを持っていたのだから偉そうな事は言えない。双方とも手の中の得物については礼儀正しく無視をすることにした。
「でも、陸自や生徒会連合の部品なんて、空自でも使えるんですか?」
 原は当然の疑問を口にする。組織が違えば使ってる部品も違うなどということは、決して珍しいことではないのだ。
 その懸念は瀬崎にも理解できたのか、当然といった表情で話を続ける。
「自衛軍の部品は結構共通規格が多いし、持っていれば他の部隊との交渉材料にもなるしな」
 何のことはない、考えていることは誰もが同じであった。
「それに、そっちの方が都合がいいこともありましてね」
「どういうことだ?」
 舞の質問に、瀬崎の後ろに立っていた整備士が何事かを説明し始めた。話が進むにつれて小隊のメンバーに驚きと理解が広がった。
「なるほどね。そういうことなら良く分かりますわ。……んなら、ここの部品、ちょっと融通しまひょか?」
「本当か!?」「加藤さん!?」
 瀬崎たちからは歓呼の声が、小隊のメンバーからは困惑の声があがる。加藤はそれらの声をことごとく無視すると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「たーだーし、ロハってわけにはいきまへんで」
「なんだって?」
「そら当然やがな。商売はギブ&テイクが基本っちゅうもんやろが。あんさんたち、見たところ結構ええ品もってるんとちゃいまっか?」
「う、そ、それは……」
 瀬崎がわずかにたじろいだような声を上げる。
 ――しまった。こいつが相当のやり手だってのを忘れてた。
 後悔が胸をよぎるがもう遅い。
「さあ、どないしまっか?」

 それから三〇分後。動くものとてないはずの戦場で、奇妙な光景が現出していた。
 生徒会連合の学兵と航空自衛軍の兵士たちが車座になって座り込み、中央に次々と並べられていく品物を眺めていたのだ。品物の前にいるのは、むろん加藤である。
「さあさあ次はこの一二五ミリ砲弾! まさに掘り出しもんのお値打ち品やで!」
「……そりゃまあ、確かにさっきまで埋まってたもんな」
「ほらそこ、ツッコミいれとらんと、なんぼや!?」
 かくして、真夜中の戦場で開かれた時ならぬ競り市は、夜明け直前まで続けられたという。

   ***

 その後も彼らは事あるたびに出撃しては、様々な戦場からさまざまな品物を回収した。
 このとき得られた部品で、五一二一小隊も熊本航空隊も、その後の戦いをどうにか生き延びることができたのだ。
 だが、戦局はその程度の善戦で覆すことはできず、五月一日をもって政府は九州・沖縄の放棄を決意。在九州の全戦力はひとりでも多くの市民を本州・四国へと退避させるために、より一層過酷な戦いの中に放り込まれていった。
 五月五日に最後の物資補給が行われたと記録にはあるが、その時の物資は、質において戦場で回収したものよりはるかに劣っていた、とわずかに残る記録は伝えていた。

   ***

 そして、運命の五月一〇日――。
 熊本空港の西に集結した五一二一小隊は、今まさに最後の出撃に臨もうとしていた。彼らの背後にはいまだに多くの民間人が搭乗の機会を待っており、ただの一体たりとも幻獣どもにここを抜かせるわけにはいかなかった。
 耳をつんざくような警報がレシーバーを振るわせる。
「幻獣接近! 各隊は総力をあげて迎撃せよ!」
 直後、それすらかき消すような轟音が彼らの頭上を飛び去った。また一機、民間の旅客機が離陸に成功したのだ。
 ――飛んでいけ、一機でも多く、早く!
「全士魂号、クールよりホット! 全機、出撃せよ!」
 すでに指揮車も失った善行の命令を受け、三機の士魂号はきしみをあげながらも前進を開始した。
 滝川は愛機のコックピットの中で小さな呟きをもらす。
「よお、流星号。お前も良く働いてくれたよなあ……。たぶん、これが最後だからよ……いっちょ派手にいこうぜ!」
 その声が合図であったかのように、士魂号はそれぞれスピードを上げると、彼方に姿を現しつつあった幻獣の群れにジャイアントアサルトを向けた。

 一方、熊本空港、その東側では、同じく空港への突入を図ろうとする幻獣相手に数両の戦車が奮闘を続けていた。
 小ぶりな車体に似合わぬほどの巨大な砲身。そして車体前面に山と積まれた土嚢。
 戦車というにはあまりに不格好なそれは、熊本航空隊整備士が能力と趣味のすべてを傾けて製作した「六一式改三型戦車」である。骨董品扱いである六一式改ニ型戦車の車体に、九五式戦車の一二五ミリ砲を搭載するという常識はずれな戦車は、よたよたとした動きながらその火力を持って敵を確実に食い止めていた。
 かつて舞に何事かを説明した整備士が、ハッチの隙間からそっと外を眺める。先ほどの攻撃で照準期は半ばいかれていたが、射撃は可能だった。
「お前ら、リキ入れろよ! 俺たちがここで少しでも長くがんばれば、それだけ脱出できる奴が増えるんだ!」
『おおっ!』
 今や整備士たちから戦車兵と転職した男たち――あの夜、学兵たちと車座になって座っていた彼らは、威勢のいい掛け声とともに一二五ミリ砲弾を装填した。
「装填、ヨシ!」
「テーッ!!」
 轟音が、あたりに満ちる。

 その上空を、瀬崎操る三菱/スホーイF14「麗風」が飛翔し、航空支援を行っていた。
 と、彼の背後から一機の航空機型幻獣が不意に現れた。
 何かの気配を感じて瀬崎が振り返らなければ、彼の人生はここで終わっていたことだろう。
「くそっ、なめるなぁ!」
 ほとんど反射的に機体を急旋回に入れることでかろうじて銃撃を避けると、瀬崎はこの大型機をよく操って巴戦に持ち込んだ。
 技量の差か、たちまちのうちに瀬崎は敵の後方に潜り込む。
「食らえっ!!」
 豊和八四式ガトリング機関砲が火を噴くと、敵はたちまち空中分解を起こして空港脇の空き地に墜落していった。
「おっしゃ、一丁上がりっ! ……ちっ、後方警戒装置が反応しねえとは、お前もへたばってるよなあ……。でも、こいつだけはちゃんと動いているじゃねえか」
 瀬崎は目の前のパネルを軽くはたく。
 それはあの日、五一二一小隊とともにかき集めた部品のひとつだった。
「ガキども、サンキューな」
 瀬崎は機体を大きく右旋回に入れると、新たな敵を求め飛行を続ける。
 眼下では、また一機脱出機が飛び立とうとしていた。

   ***

 その後の彼らがどうなったか、記録は極めて曖昧である。
 九州に残留したゲリラ部隊の中に五一二一小隊の名を見ることもあれば、山口に退避した、あるいは全滅したという記録もあるからだ。
 それだけ彼らが活躍した証拠とも取れるし、誰もが正確な記録を取れないほどに混乱していたのだ、ということもできる。事実を知るのは、あの日共に戦った者たちだけであろう。
 だが、熊本航空隊も、整備士の半数は本州の地を踏むことはなかったし、パイロットに至っては生存者はたったの三名だった。
 唯一生存がはっきりしている瀬崎大佐(撤退戦後昇進)は、この件について質問されると押し黙り、
「俺たちもあいつらもやれるべきことをやった。それだけだ」 
 とだけ述べるにとどまり、それ以上は黙して語ろうとはしなかったそうな。
 それは熊本航空隊司令、あるいは五一二一小隊の教官たちも同様であった。

 戦場回収は、彼らを小さな崩壊から救い、より大きな動乱の渦中へといざなっていった。
 どちらの判断が正しかったのか、それは誰にも分からない。
 だが、ひとつだけ言えることがある。
 彼らは生き延びるために、そして彼ら自身であるために最大限の努力を惜しまなかった。
 それは、紛れもない事実なのである
(おわり)


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