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整備士哀歌(その2)


 それからというものの、「五一二一小隊、出撃!」という叫びは、整備の人間にとっては憂鬱をもたらす以外の何物でもなくなっていた。
 共食い整備のおかげで一時的に補給は確保できたものの、それは別に兵站の回復を意味するものではない。全体的な物資の不足についてはどうしようもなかった。
 戦闘を行うたびに、必ずどの機体かは傷つくし、そうでなくても普段の整備で部品は必要なのだ。結局あれから予備機の解体はとどまることを知らず、現在部隊の予備機保有数は一機だけとなっている。
 それでもともかく、生体部品はそれなりの予備を確保することに成功した。だが、必ずしもそれらの部品が他の機体にも全て適合するとは限らないのだ。
 整備士たちは、何とか使える生体部品はないかと、ストックを目を皿のようにして捜索する日々が続いていた。
「結局、部品だけ要請していたほうが早かったのかしら?」
 原は苦笑交じりにそう言ったが、今のところそれは砂漠でオアシスを見つけるよりも難しくなっている。
 補給は再三要請しているものの、一層混乱の度合いを深めている兵站からは何の音沙汰もなかった。
 まあ、それでも生体部品は陳情の効果か、準竜師のラインから少しずつ入るようにはなってきた。
 むしろ今彼らが憂えるべきは、まるでその代わりとでもいうように入手の難しくなったハードウェア、それも、ボルトやナット、各種ケーブルやパイプ類に検査機器、装甲板にタイヤなど、一般的な需品のほうに変わってきていた。
 もしこのままの事態が進行すれば、五一二一小隊はボルトがないために出撃できないなどという、はなはだ情けない事態が待ち受けている。ばらした機体から集めたパーツもそういつまでも持つわけではない。
 そこで、原はある決断をした――いや、せざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。

 ある日の整備のさなか、彼女は何事かを考え込んでいたが、ふと士魂号を見上げると小さく頷いた。
「やっぱり、これしかないわね」
「はあ? 先輩、どうしたんすか?」
 原は、自分の考えが口からこぼれていたことに初めて気がつくと、苦笑しながら軽く首を振った。
「いえ、なんでもないわ。ちょっと用事を思い出したから、少しの間ここをお願いね?」
「あ、はい、分かりました」
 いささか要領を得ない顔で森が答えるのに構わず、原は早足でハンガーを出て行った。
「先輩、何か問題でもあったのかな……?」
 なんでもないという言葉とは裏腹に、原の目は厳しい光を宿していた。

   ***

 小隊司令室は、異様に緊張した空気に包まれていた。
 まるで船の沈没を察したネズミのごとく、何やかやと用事を見つけて加藤がさっさと部屋を出ていってからは、それはさらに強くなっていったようにも思えた。
「……というわけで、ここまでの状況はいいかしら?」
 原は、部屋の雰囲気に全くそぐわない柔らかい声で念を押した。表情も、まるでただの世間話でもしているかのように穏やかだ。
 目だけは笑っていなかった。
 善行は司令席についたまま難しい表情を浮かべ、腕を組んだまま応えた。
「ええ、充分に」
 善行の声も負けず劣らずに穏やかなものだった。瞳がどうであるかは眼鏡に紛れて分からない。
 原は表情だけは柔らかなままに身を乗り出した。
「そう、ならいいわ。それでね、例の案を実行に移したいと思うんだけど……どうかしら?」
 まるで「ちょっとそこまで出かけてきたいんだけど、どうかしら?」と言っているような軽い口調に、善行は思わず苦笑を浮かべてしまった。
 内容は、その正反対だったのだが。
「なんと言うか……まあ、いささか、問題がないわけでもないですね」
「ええ、確かに」
 原はあっさりと肯定してみせる。それどころかもし彼女の言う「例の案」を実行してみせた場合、面倒どころの騒ぎではなく、最悪、部隊が消滅しかねなかった。
 だが、同時にこの案を切り捨てることができそうにないことも善行には分かっていた。
「他に適当な案があるわけでもないでしょう?」
 原が畳みかけるように言うと、善行は彼女の目の前でひとつひとつ指を折ってみせる。
「兵站本部に照会はしていますし、準竜師にも陳情は繰り返しています。……結果ははかばかしくありませんがね」
「加藤さんの方はどうなの?」
 三本目の指が動きかけたところで、原は空席となっている事務官席をちらりと眺めた。
 物資の交換・横流し・ちょろまかし、泣きに脅しに袖の下、と、彼女のおかげでとにもかくにも物資調達に成功した例は数多い。
 強気とも取れる発言をしながらも、原としては、こんなことをわざわざやらなくても物資調達ができれば、それに越したことはなかった。好き好んで危ない橋を渡る趣味など彼女にはない。
「残念ながら、加藤さんの言葉を借りると『どこも袖が振れなくなった』だそうです」
 そう言いながら、善行は原が差し出した書類にサインした。書類には「物資調達計画書」とだけ書かれていた。
「一組のメンバーには私から話を通しておきます。班長は二組の意志統一を願います」
「了解しました」
 原が立ち去ったあと、善行は窓の外を見ながら苦い表情を浮かべた。
「来るべき時が来た、ということですかね……」

   ***

 その日の夕方、小隊司令室の異様な空気は一組教室に伝播していた。
 教室には小隊メンバー全員が席について、先ほどから提案者である原の説明を聞いている。黒板には現在の物資備蓄量などが書かれたリストが貼り付けられていた。
 誰も、言葉を発する者はいなかった。
 小隊の内情については誰もが薄々と理解はしていたものの、面と向かって改めて説明されると、状況の深刻さが一層浮き彫りにされたような気がしていたのだ。
「……というわけで、このままいくと我が小隊は、敵の攻撃を待たずして絶対的な部品不足に陥ることが明白となっています。……多少はやりくりで延ばせるかも知れないけど、その際には士魂号の大幅な性能ダウンを覚悟してもらう必要があります」
 パイロットたちの表情が一様に厳しくなる。
 士魂号を兵器たらしめているのは、規定外まで人工筋肉や電子装備などを搭載し、限界ぎりぎりまで調整を繰り返した結果だと理解しているだけに、その反応は当然であった。
 原はその表情を見て苦笑を浮かべる。
「まあ、そういうわけ。私としても生還の確率を下げるような真似はしたくありません。それはひいては、整備士たちの負担をさらに増加させることにもつながるわけですから」
 今度は整備士たちが思い思いに頷いた。
「共食い整備も、既に限界だというわけか?」
 舞が手を上げて発言すると、原の傍らに控えていた森が代わって答えた。
「ええ。現在小隊の予備機はあと一機しか残っていません。これをばらしてしまうと本当に何かあったときに困りますし、まさか実戦機をばらすわけにもいきませんから」
「その通りだな」
 舞は大きく頷くと、再び原に視線を向けた。
「とりあえず、小隊の現状は理解してもらえたものと思います。……でね、ここから相談なんだけど」
 突然の砕けた口調に誰もが驚きを隠せなかったが、部屋の空気が緩むことはなかった。
 原は、瞳に刃でも隠し持ってるのかといいたくなるような空気を発散させていたからだ。誰もがその刃で頬を撫でられているような気分を感じながら、次の言葉を待つ。
 原は、口調だけはあくまでお気楽そうに話を続けた。
「他にもあれこれ手を回してもらっているけど、なんだかはかばかしい返事はないそうだし、加藤さんの方も当たってもらってるけどどこも品不足……なのよね?」
「あ、はい。すんまへん。あれからいくつか心当たりをあたってはみたんでっけど……」
 申し訳なさそうな加藤に、原は気にするなというように手を振ってみせる。
「あ、別に怒ってるわけじゃないから気にしないでいいわ。……というわけで今のところ物資が手に入るアテはまったくないんだけど、でもね、まだ物資が残っているところがないわけじゃないのよ」
 意味ありげな原の言葉に、わずかな間を置いて何名かがはっとした表情を浮かべた。
 あまり心楽しからぬ想像を思いついてしまったのだ。
「分かる?」
 しばしの沈黙の後、滝川が恐る恐ると手を上げる。
「あのー、それってまさか、ぐ、軍の補給所から……」
「そうね、その案も考えなくもなかったわ」
 あっさりと言われ、滝川は二の句が告げなかった。
「でもね、それでうちがお尋ね者になっちゃ困るのよ。ただでさえ多い噂に、わざわざこちらから特大の尾ひれをつけてやることはないわ」
「それでは、一体どこに?」
 今度は遠坂が疑問を口にした。大体みんなの意識が集中したと判断した原は、最後の一言をそっと口にした。
「今回の目標は……戦場」
 原は、熊本県の地図、特にその南部を指差した。
「我が小隊は戦場、ことに戦闘直後の地域に進出、そこで遺棄物資の回収を行います……何か質問は?」
 先ほどの何名かが露骨に安堵したのを見ながら、原はにやりと凄みのある笑顔を浮かべた。
「言っておくけど、別に楽なわけじゃないわよ? 遺棄されたとはいえそれぞれの装備は原隊の所属品とされているから、それを持ってくるということは、他部隊の装備を強奪するのと変わらないんだから」
 一瞬緩みかけた部屋の空気が再び緊張した。
「それでもやらなければ、私たちには後がない。だから悪いけどこの話に『降りる』ってのはないの。……付き合ってもらうわよ、最後まで」
 原は真剣な面持ちのまま皆を見回した。
 いささか顔を蒼ざめさせている者、難しい表情を浮かべている者もいたが、先ほどの説明が効いたのか、表立って反対しようとする者もまたいなかった。
「……いいかしら?」
 皆が頷くのを見て、原はようやく表情を緩めると、善行に向かって小さく頷いてみせた。
「それでは、これより作戦の詳細に入ります。打ち合わせを行いやすいように少々机を移動させてください」
 皆が机を動かしている間、善行はあることを考えつづけていた。ひょっとしたら舞あたりは気がついたかもしれないが、原は意図的にあることを言わなかったのだ。
 他部隊の武装強奪は、友軍に対する攻撃と受け取られる可能性すらあるという事実を。

   ***

 作戦自体は、先ほど原が言った言葉がすべてを表しているといってよかった。
 戦闘が行われた地域へ選抜メンバーが進出し、現地に遺棄された装備の回収を行う。ことに士魂号が失われた戦場を中心に、しかも夜間が主とされた。
 それと、自分の部隊の分はむろんのことだが、その他の兵器も残っていれば、洗いざらい回収することとされていた。
「でも、士魂号はともかく、なんで他の兵器まで……?」
「アホやな、うちらには用がない品物でも、他のところではそうでもないかも知れんやんか。駆け引きのネタや、駆・け・引・き」
 瀬戸口の疑問には加藤が物知り顔で答えた。彼女はこれぞ商人、といった感じの笑みを浮かべている。このへんは加藤の提案であることは言うまでもあるまい。
 手持ちのカード、ことに切り札は多くするに越したことはないし、儲け話を見逃す手もないという、なんとも彼女らしい理由であった。
「他に質問は?」
 返事はない。
 原は、もう一度周囲を見回した後でおもむろに左手に目をやった。
「作戦開始は今夜〇一〇〇時。現在時刻一六二九時四〇秒、各自時計のチェック用意……。三、二、一、合わせ!」
 全員が時計の時刻を合わせる。
 時間自体は多目的結晶によっても常に一〇〇分の一秒まで補正されながら認識できるが、常に多目的結晶が健在とは限らないからだ。
「装備は先ほど説明の通りで、作戦開始三〇分前までに校舎前に集合のこと。それでは、これから集合時間までは自由時間とします……。分かれ」
 それを合図に皆は三々五々と教室を後にする。訓練に精を出す者、整備に取り掛かる者――反応はさまざまであったが、そこには先ほどまでとは明らかに違う緊張が漂っていた。

   ***

 時が過ぎた。

 夜も更けて、さすがに女子校内の動きも閑散としてきた頃、プレハブ校舎、ことにハンガー前では逆に慌ただしい動きが発生していた。
 士魂号を降ろされた一〇トントレーラーが二台と中型トラックが一台、それにおまけとばかりに軽トラックが一台、エンジン音すら遠慮するようにやってきて仲良く停車すると、次々に機材らしきものを積み込んでいく。
 それぞれは厳重に固縛され、周囲では整備士たちが息さえも潜めるように動き回ってひとつひとつ入念なチェックを行なっていた。
「回収用機材、定数積み込み完了」
「回収班、全員集合しました」
「トラック、燃料補給完了。いつでもいけます」
 あたりをはばかるような小声で次々と報告が寄せられていくのを、原は黙ったまま見つめていた。
 ――できれば、やりたくない。
 それが正直な感想であった。たった今からでもいい、偶然でも奇跡でもいいから補給状況が好転してくれるのなら、彼女はすぐにでも作戦を中止するつもりだった。
 だから、ギリギリまで待った。
「ラインスタッフ揃いました。準備ヨシ」
「了解」
 すでに時計は作戦開始時刻を回っていたが、それでも原は命令を発しようとしない。出撃するメンバーは整列しながらも、いささか不思議そうな表情を浮かべていた。
 時計は午前一時五分を指したが、原の待ち焦がれるような報告は入らない。
 彼女はようやくのことで顔を上げた。
 事ここに至っては仕方ない。ゴミ拾いだろうが廃品回収だろうが、ともかく物資を手に入れないことにはどうしようもないところまで来ているのだ。
「……司令」
 原が促すと、傍らに立っていた善行は一歩前に踏み出して静かな声で話し始めた。
「私から多くを語るつもりはありません。ただ、諸君の健闘を祈ります」
 ざっ、と空気が動き、隊員たちが一斉に敬礼した。
 全員、ウォードレスを装着している。
 ウォードレスの倍力機構を期待しているのはむろんのことだが、それだけではないのはトラックに積まれた「機材」が物語っていた。
「乗車」
 メンバーはそれぞれ声も立てずに静かにトラックによじ登ると、予め用意しておいた支柱に幌を引っ掛けて、姿を隠してしまった。
「出撃」
 エンジンの起動音に誰もがびくりとしつつ、トラックの縦列はゆっくりと走り出すと、人通りの絶えた通りを南へと下っていった。

   ***

 最初の目的地は宇土戦区だった。
 そこではつい先日生徒会連合の四個小隊が幻獣と衝突し、多数の損害を出したという報告が入っている。
 この戦いに五一二一小隊は出撃していなかったが、士魂号装備部隊のひとつ、五一二三小隊が参戦し、二機を失ったと記録にはあった。
 あちこちに穴のある道路に揺さぶられながら、一向はひたすら戦場「跡」を目指し移動を続けていた。
 決して良いとは言えない乗り心地の中、一〇トントラックの荷台では速水が記録に目を通していた。むろん、外に光は漏れないように注意は怠りない。
「今回の目標はその二機かあ……。でもさ舞、回収はされなかったのかな?」
「どうやらそのようだな。というよりも、回収すべき部隊がなくなってしまった、といったほうが良かろう」
 彼の言葉を受けての発言に、速水は微妙に表情を変えた。
「むろん、基幹要員は生き残ったようだが、かなりの損害だったようだしな。記録を読む限りでは、士魂号も十分な能力を発揮できていなかったようだ」
 今度の言葉には、全員が深く頷いた。
 今のままいけば、次に「十分な能力を発揮でき」なくなるのは、自分たちなのだ。
 ――舞、今のは狙ってやったね?
 そう思いはしたものの、今回は少々緊張したぐらいのほうがいいだろうと思っていたので、速水は別に何も言わぬ。
 トラックは、徐々に悪路の度合いを増してくる道路をひたすらに走った。
『間もなく宇土戦区に入る。ラインスタッフは配置に就け』
 中型トラックに座乗した原の声がレシーバーから流れると、彼らはトレーラーの片隅に詰まれていたケースを開いた。闇の中ではっきりとは分からないが、そんな中でも取り出されたものの先端部がきらりときらめいた。
 それは、紛れもない銃身であった。
「おい、こいつを巻いておいたほうがいいぞ」
 若宮が差し出したテープを受け取ると、滝川は黙ってそれを巻き始めた。ケースからは次々と同じ物が取り出され、あちこちで何かをはめ込む鈍い金属音が響く。
 スカウトの標準装備たるアデレイド・アサルトライフルが次々と射撃準備を整えていった。速水と舞がいち早く準備を済ませると、幌の陰から後方をそっとうかがう。
 そっと忍び寄って、風のように消え去る。それが理想だが、戦場ではなにが起こるか分からない。常に警戒を怠らないのはむしろ当然であった。
 ――でも、できればこれは使いたくないな。
 このライフルから一二・七ミリライフル弾が発射される姿を想像し、速水は小さくため息をついた。
 彼の後方では、若宮がロケットランチャーらしいものを用意していた。


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